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Startup:ユニコーンバブルの逆流、そして倹約スタートアップの時代

This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
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[qz-japan-author usernames=”masaya kubota”]

Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

ログインの度に必要なパスワード。皆さんはどうやって管理していますか?

実は、パスワード管理ではよく知られた便利なアプリがあります。その名も1password(ワンパスワード)。先日、この企業に名門VCのAccel(アクセル)が2億ドル(約220億円)を出資したというニュースが飛び込んできました。

2億ドルは確かに巨額ですが、最近のユニコーンの資金調達トレンドからすると、特に大きいわけではありません。しかし、この案件にはシリコンバレーのスタートアップの潮目の変化が示唆されています。

1passwordは設立14年目で初の資金調達、そしてVCのAccelにとっては創業35年の歴史の中で過去最大の投資、と異例ずくめでした。

時を経て大型出資を獲得した1passwordとは何者なのか、名門VCの前代未聞の出資は何を意味するのか。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、1passwordを取り上げます。

1password(パスワード管理サービス)

  • 創業:2005年
  • 創業者:Dave Teare, Roustem Karimov
  • 調達総額:2億ドル(約220億円)
  • 事業内容:パスワードを集約し管理するアプリの開発・提供

BRILLIANT SOFTWARE

シニアまで使えるサービス

インターネット上のセキュリティ技術は日進月歩ですが、実は不正アクセスの多くは高度なハッキングではなく、人的な理由がほとんどです。中でもパスワード管理の不備が約8割とも言われます。 パスワード管理は大変です。大抵は同じパスワードを使い回す、ポストイットに貼っておく、アプリにメモするなど様々ですが、どれもセキュリティ的にはイマイチです。忘れて再設定しようとすると、二段階認証でペットの名前や母親の旧姓を聞かれるなど、ユーザー体験的には最悪ですよね。

1passwordはこのユーザーの悩みに着目し、パスワード作成・管理に関するツールを提供してきました。パスワードを一つ覚えておけば、そこに全てのパスワードを管理、保存できます。ログイン画面からダイレクトに自動入力されるため、コピペの手間もない。忘れてもいいからランダムで複雑なパスワードが設定できます。セキュリティも強固で、どのデバイスからでもアクセス可能。銀行口座やクレカ番号もまとめて放り込んでおけば良いという優れものです。

当初は身内を中心に小さく事業をスタートさせましたが、今や1passwordは、全世界で1,500万人以上のユーザー、そして5万社以上の企業を顧客に有するグローバル企業へと成長しました。最近は法人向けが好調で、Appleでも全社員に1passwordを提供しています。個人向けのユーザー層は幅広く、創業者のDave Teareの両親も使っているそうです。

シリコンバレーのトップエンジニアと田舎の老人が同じものを使っている、そんなアプリは滅多にありません。いかにシンプルで使い易く、万人が抱える課題に刺さるプロダクトであるか。ターゲットは全世界のインターネットユーザー全員というとてつもなく巨大市場を構想する事業なのです。

そして1passwordは一度使うと離れられず、とても粘着性が高い。管理したいIDやパスワードが増えれば増えるほど依存度が上がり、解約率が下がる。ユーザーは半永久的に解約できないサービスと言ってもいいでしょう。

BOOTSTRAPPING A STARTUP

自己資本経営のスタートアップ

1passwordの設立は2005年。ITコンサルタントだった創業者Dave Teareが、様々なITツールのログイン時の入力が面倒で、自動入力のツールを自分で作ったのが起源です。つまり、彼は一番のサービスの提供者である前に、一番のユーザーだったのです。

かの有名なチャットアプリのSlackも同様。当初はゲーム会社でしたがエンジニアが使い易いコミュニケーションツールがなく、仕方なく自前で作ったのが今のSlackの原型でした。起業のネタは日常の不都合の中に転がっている。そして起業家は経営のプロである前に、ユーザー課題のプロであるべきと認識させられます。

さて1passwordは設立14年目の今日に至るまで、100%自己資本で経営してきました。設立1年目から黒字。コツコツと地道にユーザーと向き合い、利益の範囲内で投資をし、プロダクトを磨いてきた訳です。

シリコンバレー型のスタートアップの成長は、「赤字を掘って最速で成長する」「外部資金をテコに一気にスケールし、市場を抑える」といった戦い方が常識でした。

逆説的ですが、資金調達ができるから赤字になる。赤字だから資金調達をしなくてはならない。昨今のユニコーンスタートアップから噴出する問題には、この鶏と卵の関係に起因する部分が大きい。すなわち「大きすぎる資金調達」が産む弊害です。

VCの投資資金の40%は広告宣伝費に回っているという調査があります。R&Dなどのイノベーションではなく、広告宣伝でユーザー獲得を競うユニコーン。「成長が全てを癒す」という言葉の前に、こうした戦い方はシリコンバレーの常識でした。

自己資本のみで経営してきた1passwordにとっては、赤字になりたくても、使えるお金がない。「設立1年目から黒字」は戦略ではなく、消去法的にその選択肢しかありませんでした。

倹約な環境でプロダクトとオペレーションを磨き切った1password。グローバルなテック企業となった今も社員はたった200名。お金やストックオプションにモノを言わせて採用したセレブ社員はいません。カスタマーサポートのヘッドは創業者の妻、社員が14名の頃に外部から招き入れたCEOは創業者のIBM時代の知人。ミッションへの共感を重視し、身近な人から地道にゆっくりと採用を行ってきました。

ちなみに自己資本のみで経営するスタートアップのことを「ブートストラップ(bootstrap)」と言います。靴紐を下から一つずつ結んでいく様子を、一段ずつコツコツと事業構築していく姿に喩えてその様に呼びます。米国でもスタートアップがVCから外部資金調達をすることは当たり前ではなく、ブートストラップ型を選択する起業家も多い。成長企業のランキング「Inc. 5000」のスタートアップでも全体の4割はブートストラップ型です。

MONEY HAS ITS NARRATIVE

資金調達の「意味」

さて、創業からずっと黒字経営だった1password。資金も相応に潤沢な筈が、今回220億円もの資金を調達した理由は一体何だったのでしょうか。

1passwordに出資したVCは、名門のAccel。担当パートナーであるArun Matthewとの出会いは6年前に遡ります。Arunは1passwordの経営陣と事業モデルに惚れ込み、ゆっくりと時間をかけて信頼構築に努めました。Accelとして支援できる準備を整えて、無理せずその時を待ったのです。

Accelは、過去にAtlassian(アトラシアン)という別のブートストラップ型企業にも出資を行っていました。こちらも2002年に友人2人組が立ち上げてから8年間、自己資金で経営を行ってきました。2010年7月に初めての資金調達を行なったのですが、2015年の上場までずっと黒字でした。

Atlassianも驚くべき効率的な会社で、「営業をしない」企業向けソフトウェア企業として有名でした。「良いプロダクトは自然と顧客が求める。営業しないと売れないプロダクトは不完全だ」と。世界の大企業を顧客に抱えながら、IPO時点で1,400名だった社員のうち営業はたったの7名。株価も上場ゴールとは真逆で、上場時に4,000億円だった時価総額は今や8倍の3.2兆円。

1passwordの経営陣にとって、自己資本のみでの経営から一歩踏み出すことを決意させたもの、それはAccelが伴走したAtlassianの成長の軌跡、その知見だったのです。

REDEFINING “GENUINE” UNICORN

真のユニコーンとは?

昨年起きたWeWorkやUberなどユニコーンの凋落から、投資家側もより一層、お金以外の価値を問われ始めています。ケタ違いの資金を与えて圧倒的な勝ち馬を創ろうとしたユニコーン現象からの揺り戻しです。

そして高成長だけど赤字を垂れ流すのではなく、高成長と黒字を両立するスタートアップこそ、「滅多に見つけることのできない企業=本当のユニコーン」として再定義されつつある。1passwordの一件は、この様なシリコンバレーの潮目の変化を象徴する案件と言えるのではないでしょうか。

皮肉なことに、1passwordの本社はトロント、Atlassianの本社はシドニーと、どちらもスタートアップの聖地、シリコンバレーが生んだ企業ではありません。倹約が創造と工夫を生み、筋肉質なユニコーンを産む

ひょっとして2020年代は、シリコンバレーという中央集権構造がディスラプトされる10年になるかもしれません。もはや「日本だから…」という言い訳が、スタートアップにも投資家にも通用しない時代がやってきました。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)

This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. エンジニアのスタートアップ離れが進む。Google、Facebook、Apple、Netflixなど、大手IT企業で働くスキルのあるエンジニアにとって、スタートアップで働く意味は(給与面において)ほぼない。優秀なエンジニアをスタートアップに引き止める方法として、創業者への報酬カットと従業員の給料アップ、週休3日制、リモートワーク、面接プロセスの改善などが挙げられた
  1. CES注目の大麻デバイスに致命的な制限。ラスベガスで1月7日〜10日に開催される「CES 2020」に先立ち、特に優れた製品「Innovation Award」に選出された大麻専用のストレージデバイス「KEEP」。大麻に関連する事業を手がける企業の受賞は初めてで注目を集めていたが、CESでの展示の際「大麻に言及することを禁止」され、出展を見送る判断をしたという。
  1. 投資家が多過ぎるのも問題…。NFLでも使われる次世代アメフト用ヘルメット「VICIS ZERO1」で知られる、シアトルのスタートアップ企業VICIS社が昨年末に破産を申請。裁判所に提出された文書によると、キャップテーブルに名を連ねていたのは389人、機関投資家はほぼいなかった。多くの株主が関与していると「問題が発生した場合、誰も会社を支援することを強いられると感じない」ことが一因だった可能性が示唆された。
  1. TikTokがディープフェイク機能を開発。TikTokの親会社であるByteDanceが、動画に映る人の顔を入れ替えるディープフェイク映像を簡単に作る機能「Face Swap」を開発したと報じられた。イスラエルの調査会社報道によると、TikTokと姉妹アプリのDouyinのアプリ内にこのコードが存在することをイスラエルの調査会社Watchful.aiが発見。TechCrunchの問い合わせに「不要なコードを削除する」と回答したという。

【今週の特集】

今日1月6日の日本時間夕方に配信される、今週のQuartz(英語版)の特集は「The birth of geriatric cool(かっこいい老年の誕生)」です。日本だけでなく、多くの先進国で高齢化が大きな課題となってくる中、いかに老年をミレニアルのように楽しく、快適に過ごすのか、大きな変化の兆しをQuartzがレポートしていきます。

(翻訳・編集:鳥山愛恵、写真:1PASSWORD、ロイター)