Friday: New Normal
新しい「あたりまえ」
Quartz読者の皆さん、こんにちは。毎週金曜日のPMメールでは、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。今日は、パリの街計画と人々の生活をもとに、これからの公共交通を考えていきます。英語版はこちら(参考)。
世界中で徐々にロックダウン解除が進むなか、人々は通勤のため、あるいはデモに参加するために、様変わりした街中に足を踏み出し始めています。
市民が距離を保ちながら移動できる手段の導入に取り組んでいますが、コロナウイルスは私たちに道路の使い方について再考する機会を与えてくれたようです。
THE HISTORY
繰り返す歴史
パリの歴史は、ある意味「繰返している」といえるでしょう。19世紀半ば、フランスの首都は何十年もの暴力と疫病によって苦しんでいました。水の中にコレラが潜み、1848年に終わりを迎えた革命の空気も依然として漂っていました。
1853年、ナポレオン3世は、知事であったジョルジュ=ウジーヌ・オスマンに都市の近代化を命じます。いわゆる「パリ改造」です。オスマンは、街に密集していた中世時代からの路地を開き、今やパリの代名詞とも言われる広い大通りに変身させることで混雑を緩和し、より開けた安全で美しい街をつくり上げたのです(開けた新しい道路は、反逆者の活動を阻み、同時に軍隊にとっては活動しやすいものとなりました)。
結果として、中心から無数の大通りが広がるパリの街のデザインは、コロナ禍でも他の都市に比べ、比較的早くに街を再開させる役割を果たしたといえるでしょう。それは街のデザインに限らず、現在の政治と政策にも言えることです。
現パリ市長のアンヌ・イダルゴは社会主義寄りで、2014年から積極的に歩行者やサイクリストにやさしい道路づくりを進めてきました。
環境汚染によって引き起こされる気候変動や健康被害を受け、イダルゴ市長はここ数年で自動車禁止区域を増やし、歴史的な交差点を再デザイン。セーヌ川沿いの3.3キロに及ぶエリアを含む大規模な道路を封鎖し、街の中心地に歩行者専用道路をつくるなどの政策を進めてきました。
艀(はしけ)にはレストランが浮かび、舗装には子どもたちのために絵が描かれ、夏になると散歩道には期間限定のカフェが並びます。おかげで、現在のパリは、ヨーロッパ中の都市で最も多くの人が徒歩で通勤する街となっています。
ポストコロナの現実に向かって舵を切るなかで、イダルゴ市長が進める「Paris piéton(歩行者のパリ)」のような政策は強く主張されてもよいでしょう。
彼女の計画に対する支持は、6月28日、パリ市長への再当選を果たしたことで裏付けられました。彼女が次の6年の公約に掲げた「15分の街」は、急を要する市民が徒歩あるいは自転車で15分で市内のどこへでも行けるようにする、というものです。2024年までに全ての道路に自転車専用レーンを設けることと、路上駐車を74%削減することも約束しています。
4月のパリの市議会において、ロックダウンが解除されたら自動車規制を緩めるかどうか質問を受けたイダルゴ市長は、「いつまでも多くの自動車とひどい汚染を許すのは論外です」と答えました。
「環境汚染だけでも市民の健康にとって危機なのです。汚染とコロナウイルス両方となれば、より一層危険な状態ができ上がってしまいます」
Cut down on cars
自動車の規制
世界中がコロナウイルスのワクチンを待ち望み、ソーシャルディスタンシングが規範となるなかで、都市の公共交通手段は大幅な縮小を余儀なくされ、個人などより小さい単位での移動を主流とする必要が出てきました。通勤客の多くは公共交通機関の利用に不安を感じ、自動車での通勤に移行しようとしています。
自動車通勤を思いとどまらせたい都市は、パリの政策に注目しても良いでしょう。法定速度の低減、中心部における古い車の利用時間制限、駐車スペースの削減、熱心な自転車利用キャンペーン。そして最も大事であるのは、充実したサイクリング用道路とプログラムの提供で、多くの人は自動車の運転を敬遠するようになります。
しかし、歩行者やサイクリストにスペースを与えるということは、その他からスペースを奪うことであり、こういったアンチ自動車の運動は必ずしも好評ではありません。
反対者たちは、イダルゴ市長の政策は単に交通を別の場所へ移動させただけであり、通勤を不便にしていると批判しています。また、彼女の策はパリ中心地だけに集中しており、郊外に住む自動車以外に交通の便がない人々を無視し、罰していると反発しています。自動車運転業の団体は、中古車やディーゼル車に対する取り締まりが、車を買い換える余裕のない人々を不公平に苦しめる可能性もあると指摘しています。
類似した政策をとる都市は、もちろんこういった不利な点も考慮する必要があるでしょう。ところが、コロナウイルスはすでに、興味深い試験的政策をいくつも生み出しています。
アテネでは期間限定の自動車禁止区域が設置されました。ニューヨークでは一時的に大通りで64キロ(40マイル)におよぶ自動車禁止区域を設け、人の集まりを散らす試みを行なっています。ロンドンでは、市内に入る車に対して渋滞時の追加料金を課し、ブリストルでは市街中心地に自動車禁止区域が設けられました。
ミラノでは、35キロにおよぶ道路を、歩行者と自転車専用道路にしていく計画も進められています。ミラノの副市長マルコ・グラネッリは、「これまで何年も、自動車利用を減らす活動を行ってきました。みんながクルマを運転すると、人々のスペース、活動するスペース、そして野外で商売をする場所もなくなってしまいます」とGuardianに話します。
「もちろん、私たちも経済活動を再開したいのです。ですが、これまでとは違う方法で再開するべきではないかと考えています」
Share the streets
道をシェアする
歩行者に優しい道づくりとは、単に自動車をなくすことではありません。多くの都市では、現在特に人々が距離を保って歩かなければならず、店の外に列を成すこともあるなか、歩道に十分といえる安全な幅があるとは限りません。
このパンデミックが起こる前、パリでは歩行者エリアの拡大を進めていました。この大規模な計画は、「パリ改造」でデザインしたものも含め、マドレーヌ寺院やバスティーユ広場など市内の7つの広場の再開発を行い、歩行者、サイクリスト、そして観光客により広い空間を提供しています。
コロナ禍でパリは、市民それぞれがスペースを確保できるよう、駅や大きなショッピング通り、学校、公共施設などの再開発計画に力を入れています。
その他の都市では一時的または恒久的に歩道拡張を行ったり、車線やカーブ、駐車場スペースを移動させたりすることで、歩行者が歩道で距離を保ちながら歩けるよう策をとっています。たとえば、バーリントンでの車道の歩道化や、グラスゴーでの駐車エリア削減、ニューサウスウェールズでの短期間の道路改良計画などが例として挙げられます。
Dedicate public space to communities
公共の場の使い方
歩行者に配慮した道路や歩道の整備改革は、活気のある地域社会や近隣地区を作ることでもあります。パリでは、子どもたちが楽しめるように、通常は車道を開放していますが、定期的に閉鎖して「子どものための道」を整備(開発)しています。仮設のバリアを設置して交通を遮断し、ボランティアが到着してゲームを提供します。こうして、舗道に絵を描くような遊びを奨励するのです。
また、パンデミックの影響で店内に客が集まらなくなったため、レストランやカフェは十分な客数を確保するためのスペースを確保しなければならなくなりました。
パリでは、通りが再び重要な役割を果たすことになります。9月末まで、飲食店は一時的にテラスを拡張したり、テラスをつくったりすることが許可されており、一部の飲食店は通りや駐車場のレーンに拡張することができます。
他の都市でもさまざまな工夫が見られます。ヴィリニュスでは、一時的または恒久的に屋外の道路空間を飲食用に使うためにレストランを設置したり、エディンバラでは通勤を元気づけるためにストリートアートを採用。オタワでは駐車場にパティオを、バンクーバーでは公園がつくられようとしています。
Small acts are good, too
小さいことから始める
イニシアチブは高価なものである必要はありません。パリは、人々に焦点を当てた未来に向けて、大小さまざまな方法で道路を整備してきました。
パリの参加型予算とは、市民が毎年予算の一部をどのように使うべきかを提案し、投票することができるイニシアチブであり、歩行者に焦点を当てた多くのプロジェクトは比較的経済的でした。たとえば、クルマのない通りにベンチを設置したり、子どもたちのためにゲームの絵を描いたりするプロジェクトには、2万ユーロ(約245万円)の費用がかかりました。
パンデミックにより、いくつかの都市では、歩道のライトの点灯時間を変えて歩行者が集まらないようにしたりと、歩行者を優先させるためにクリエイティブでリソースの少ない方法を実施するようになっています。
リバプールでは屋外に座れるように家具を設置し、ワシントンD.C.では時速25マイル(約40キロ)から時速20マイル(約32キロ)へと制限速度をさげ、他の都市では歩道と必要な距離を示すために、道路用のステンシルを開発しています。
このユニークなパンデミックの時期を利用し、道路の閉鎖、自動車の禁止、歩道の拡幅などの改革に着手したいと考えている都市は多くあります。長期的な成功への鍵は、影響を受けるすべてのコミュニティ、特に端境期にあるコミュニティへの思慮深い配慮に大きく依存しています。
歴史的に、交通機関の改革は、より貧しいコミュニティやマイノリティのコミュニティに不釣り合いにネガティブな影響を与えてきました。都市は、歩行者に優しい計画を推進するためのイニシアティブが、一部の人々に以前よりも移動手段の選択肢が減ることのないように注意を払うべきです。
原文はUS版Quartzの特集〈The commuting revolution〉の記事です。同特集については、Quartz Japanの週末連載 「Guides:#11コミュートの自律性」でも詳しく解説しています。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- COVID-19予防の点鼻薬。ハーバード大学教授のデヴィッド・エドワーズが、エアロゾルの拡散を99%まで阻止することができるスプレー式点鼻薬を開発しました。価格は50ドル(約5,360円)です。
- ラグジュアリーマスクの誕生。ファッションブランドがマスク市場に本格参入です。Collina Strada(コリーナ・ストラーダ)は、鮮やかなプリントで飾られ、リボンで結ばれたマスクを販売。価格は100ドル(約10,700円)。Proenza Schouler(プロエンザ スクーラー)の100ドルのマスクは、シルクとビスコースの混紡サテンやナイロンとコットンのギンガムプリントなどの素材がありますが、どちらもすでに売り切れになっています。
- フロリダのディズニーが再開へ。米フロリダ州オーランドのウォルト・ディズニー・ワールドが、今週土曜日に再オープンする予定。ディズニーは、それが訪問者や従業員を保護するために設計された安全手順を強調するために、オンラインでマーケティングビデオを投稿しています。
- 家具レンタルブランドの新しい取り組み。Feather(フェザー)は、パンデミック前の売り上げのレベルには戻っていませんが、フェーズ3に移行している都市では需要が回復しているとのことです。同社では、カーボンニュートラルで耐久性を考慮した家具を自社でつくり始めるなど、環境に考慮した活動も始まっています。
(翻訳・編集:福津くるみ)
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