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Startup:音声×医療が拓く、果てない可能性

毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。ニュースレターの最後には、会員限定で開催するウェビナー「Next Startup Guide」のご案内も。

This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
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Deep Dive: Next Startups

次のスタートアップ

[qz-japan-author usernames=”masaya kubota”]

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。ニュースレターの最後には、会員限定で開催するウェビナー「Next Startup Guide」のご案内も。

日本人の2人に1人が、その一生でがんを患うとされています。予期せぬ病いやケガに直面したとき、これからの不安にかられて平常心を保てなくなるケースは少なくありません。聞き慣れない専門用語が飛び交う非日常の空間で「医師の話を正確に理解する」のは難しいです。

この永く放置された「医師と患者のコミュニケーションの断絶」という課題を、テックを使って解決すべく立ち上がったスタートアップが今、注目を浴びています。

今週お届けする「Next Startup」では、医療用音声メモアプリを提供するAbridgeを取り上げます。

Image copyright: ABRIDGE
Abridge
・創業:2018年
・創業者:Florian Metze、Sandeep Konam
・調達額:1,500万ドル(約16億円)
・事業内容:診察時の音声メモ起こしアプリ

VOICE AI FOR PATIENTS

患者のための音声AI

「医師の話が、よくわからない」「忙しそうで、質問したくてもできない」などといった悩みを、よく耳にします。ましてや、重い病気の可能性や症状の悪化などを告げられれば、冷静さを保とうにも言葉が耳に入ってきません。

実際、ほとんどの患者は、医師の話をその4割も理解できていないそうです(Abridgeの調査による)。検査の仕組みやカラダの解剖学的な構造など、医者は丁寧に説明しているつもりでも専門用語が飛び交い、理解が追いつきません。手術の失敗など“万が一”のリスクが長々と説明されると気持ちも沈み、質問する気力も失われます。

Image copyright: REUTERS/HANNAH MCKAY

この悩みをテックの力で解決しようというスタートアップがAbridgeです。

彼らの開発したアプリがターゲットとするのは、「診察時の患者」。医師の説明を音声で録音し、文字起こししたテキストで保存してくれます。Amazonの音声メモや、精度の高さで話題になった「Rimo」とやっていることは同じと思われそうですが、Abridgeは以下の点で大きく異なります。

まず、Abridgeは40万以上の医療用語を学習済みのAIを実装しています。音声メモサービスを使った経験がある人はお分かりでしょうが、日常会話でさえ、音声から言葉を抽出してもその変換された内容はひどいことになるのが当たり前です。診察の会話には比べものにならないくらい特殊な単語が出てきますが、それらをAbridgeは網羅しています。

アウトプットにも患者目線の工夫がされています。会話から要点をAIが抽出し、人の手で編集されたノートのように要約して仕上げてくれます。症状や治療方針の説明など、自動抽出された重要箇所が音声メモ上にマークされるので、タップすればその場所だけ何度でも聴き直すことができます。

Image copyright: ABRIDGE

また、病名や薬の名称など、医療用語には吹き出しで解説が出るので、いちいち検索する手間も省けます。HIPPA(米国の医療情報の機密保持基準)準拠のセキュアな環境でデータが保管されるため、安心です。同じ症状に対して異なる医師にかかる際に「前の医師からは何と言われたっけ?」と思っても、聞き直すことも容易です。

患者の家族も、苦しみを共にする当事者。病状や治療計画について正確に知りたいと思うのは自然なことです。Abridgeのメモがあれば、心配する家族から「どうだった?」と聞かれても正確に伝えられ、介護士やケースワーカーなどの関係者に対しても簡単に情報共有できます。

Image copyright: ABRIDGE

もちろん特別な病気のときだけでなく、かかりつけ医との定期検診や生活習慣病など、長期に通院する場合も全てメモに残すことができます。毎回記入する手間なく、診断の際に「アプリを立ち上げて録音ボタンを押す」だけで、その人だけの健康手帳ができあがります。

Abridgeの設立は2018年ですが、これまで存在を明かさず開発に没頭していました。2年の歳月を経て、ようやく10月にサービスを開始するとともに、ユニオン・スクウェア・ベンチャーズ(USV)などトップVCから1,500万ドル(約16億円)の資金調達を発表しました。早くもユーザー数は口コミだけで5万に達し、蓄積した会話データは4万8,000に上ります。

CONTROLLED BY DOCTORS

医師に支配された空間

Abridgeの創業者は、心臓外科医でCEOを務めるシヴ・ラオ(Shiv Rao)と、カーネギーメロン大学でロボット工学を研究していたエンジニアでCTOのサンディープ・コナム(Sandeep Konam)のコンビです。

Image copyright: ABRIDGE

起業のきっかけは、CEOのラオがピッツバーグ大学医療センター(UPMC)に勤務していたころの経験に遡ります。

ある日、肺がんを患う女性患者がとても不安そうにしていたので理由を訊ねると、返ってきた答えは、「いつも同行してくれている夫が今日はいない」。普段は夫が一緒に診察室に入って医師の言葉をメモし、帰宅してから自分で言葉の意味を調べて説明を咀嚼していたというのです。

彼女はそうすることで「病院に支配された、自分の病気という物語の主人公を取り戻す」のだと語っていました。患者の抱える無力感を知ったラオは、この女性にとっての夫の“代替”となる「医者と患者のコミュニケーションツール」の開発を決意します。

Image copyright: ABRIDGE

困難を極めた医療用語の音声認識アルゴリズムの生成。その過程において、データ提供など惜しみない協力をしたのが、ラオの勤務先のUPMCでした。全米でも有数の規模を誇る病院で、治療研究や健康管理の分野における革新にも定評があります。ベンチャーキャピタル機能も有しており、Abridgeにも出資しています。

COMMUNICATION BARRIERS

医師と患者の「断絶」

消えることのない医療事故からくる医療不信は、深刻さを増しています。「医師を信頼できるか」という問いに対して、「信頼できない」と答える人の比率は年々上昇しています。そして、その理由として「説明が不十分」「聞きたいことが聞けない」が挙がるなど、コミュニケーションの問題は大きく立ちはだかっています。

医学用語は、アカデミアで使用されてきた学術用語がそのまま使わ続けており、患者に正しく理解されようとはつくられていないといわれています。

考えてみれば、世の中にはいろんな専門家がいますが、それらの専門家と一般の人とが会話する機会は、医療の現場を除いてはめったにありません。書けないどころか、読めもしない漢字だらけの専門用語が飛び交うのも仕方ないのかもしれません。

この点について、Abridgeのユースケースで面白いのが、医師が好んで使う場面も多いという点です。診察内容を録音されることに抵抗する医師も多いと想像されますが、「前回の診療で何を話したかを正確に把握できる」「家族に同じ説明の手間が省ける」など、メリットを感じる医師も多いそうです。

よりよい関係の構築を望むのは、医師も同じです。Abridgeは単なるメモアプリに見えて、その本質は「医師と患者のコミュニケーション・プラットフォーム」なのです。

TOOLS TO HELP PATIENTS

患者に寄り添うツール

もう一点、Abridgeで興味深いのが、蓄積される膨大な会話データです。

人々の「ヘルスデータ」は、あらゆるプレイヤーがしのぎを削る重要な戦場です。この問いにAbridgeが出した答えが、「診察室での会話」でした。医師と患者の会話には、健康状態から症状、病名、体質、処方される薬まで、すべてが含まれます。

受診や健康診断のタイミング毎に定期的にアップデートされ、時系列でデータが蓄積されます。製薬会社や保険会社にとっては広告に最適で、ノドから手が出るほど欲しいデータといえるでしょう。

患者の立場から、患者に役立つツールとして参入した点が面白い」と、投資をリードしたUSVのAndy Weissman(アンディ・ワイスマン)は語ります。

Image copyright: VIA YOUTUBE/UPFRONT VENTURES

「電子カルテ」や「電子問診票」のように、病院のシステム側からアプローチするケースがほとんどですが、Abridgeは逆でした。極限まで操作と機能を絞り込み、「押すだけで使える簡単さで患者に寄り添っている」と、ワイスマンは評価しています。

加えて、音声認識技術の飛躍的な進歩が進むこのタイミングで、このサービスが登場したのも頷けます。音声インターフェイスの普及は急速に広がっており、マイクロソフトは、2017年時点で音声AIがプロの速記者に匹敵するとされる5.1%の「単語誤り率」に達したと発表しました。

注文受付や議事録作成など、音声AIの本格的な社会実装が始まった今、身の回りでもあらゆる場面で交わされる「会話」というデータが「資産」に変わる、そんな変化が始まっているかもしれません。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。

新たなビジネスは、その背景にあるカルチャーを知らねばつくれない! 世界各地で活躍する日本人VCが現地の声で伝える、月イチのウェビナーシリーズが始まります。世界を目指すビジネスパーソンはもちろん、ここ日本では何を生み出せるかを考えるための「次世代のスタートアップ地図」を描く時間を、ぜひ共有しましょう。第1回は11月26日開催。世界最大の民主主義国インドにフォーカスします。

  • 日程:11月26日(木)11:00〜12:00(60分)
  • 登壇者:河村悠生さん(Head of Global IP Expansion〈執行役員〉, Akatsuki)、久保田雅也さん、Quartz Japan編集部員(モデレーター)
  • 参加費:無料(Quartz Japan会員限定)

This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. DoorDashが占うフードデリバリーの未来。10月13日に証券取引委員会(SEC)に提出された、DoorDash(ドアダッシュ)のIPO申請書類からは、その驚異的な伸びが伺えます。過去9カ月で収益は226%増加。7~9月期の売上高は前年同期比3.7倍の8億7,900万ドル(約920億円)で、米国では競合のウーバーイーツの26%を上回る50%のシェアを占めます。来月にもニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場する予定です。
  1. オンライン授業を受けられない子どもたちへ。新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない米国では、小学校から大学まで対面授業を延期するか、または完全オンライン授業に戻りつつあります。しかし、なかにはインターネットにアクセスできない学生もおり、4月下旬の調査では440万世帯で環境が整っていませんでした。これに対処するべく、スタンフォード大の学生2人が立ち上がり、避難所に住む子どもたちに中古ラップトップの提供を始めています。
  1. バイデンとスタートアップの共通点。ジョー・バイデン次期大統領が選挙運動中に掲げた2兆ドル規模の持続可能なインフラ整備計画は、スタートアップがすでに着手している分野と重なります。重点分野としてあげられるのは、EV充電インフラストラクチャー、バッテリー技術、EV、スマート信号機など。もっとも大統領の計画は「やることリスト」というよりは「ウィッシュリスト」であるため、実を結ぶかどうかは未知数です。
  1. 活況のサイバーセキュリティ市場。自律型エンドポイントセキュリティベンダーのSentinelOne(センチネルワン)がシリーズFの資金調達ラウンドで2億6,700万ドルの調達を発表しました。バリュエーションは31億ドル(約3,240億円)に達します。コロナ禍でサイバーセキュリティ市場はこれまでにない程の活気で溢れており、特にエンドポイントセキュリティソリューションは2024年までに184億ドル(1兆9,000億円)規模にまで拡大する見通しです。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)

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