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Guides:#48 ゲームストリーミングの心理的安全──若林恵

Quartz Japanの週末のニュースレター「だえん問答」では、世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今週は、市場規模2,000億ドルを超えるともいわれるビデオゲーム産業から、「DX」の“キモ”を探ります。

Image copyright: Illustration by Nick Little
This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
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A Guide to Guides

週刊だえん問答

週末のニュースレター「だえん問答」では、世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今週は、市場規模2,000億ドルを超えるともいわれるビデオゲーム産業から、「DX」の“キモ”を探ります。

Image copyright: ILLUSTRATION BY NICK LITTLE

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──お疲れさまです。いかがお過ごしですか?

この1週間はわりと引きこもっている感じですね。

──そうなんですか。

はい。作業が立て込んでいる感じでして、ずっと地下にこもって原稿書いたりテキストの整理をしたりしています。

──なんの仕事ですか?

5月から3カ月立て続けに3冊ほど単行本が出ますのと、それとは別に動いているリサーチのプロジェクトでテキストをまとめないとなんです。

──567月と続けて3冊ということですか。

まだ予定ではありますが。といっても、ずっと品切れ状態になっていた『次世代ガバメント』という本を、発売元を弊社に移して出版し直すのが5月の予定です。これは内容はそっくりそのままですから、特に作業もないですし、7月に予定しているのはこの連載「週刊だえん問答」の2冊目ですから、これはもう粛々とこれまで配信したものをゲラに移しかえていくという作業なので、それなりに機械的にやれそうです。

──6月は?

これは「働くことの人類学」というポッドキャストの書籍化でして、メインのパートとなるところは、あらかたのテキスト整理を終えて校正に回っているというステータスでして、あとは追加する新しい企画をぼちぼちつくっているところです。

──なるほど。一番大変なのは、どれなんですか?

いま一番時間がかかっているのが、リサーチのプロジェクトのまとめでして、当初はさっくりしたものにしたいと思っていたのですが、やり始めたら面白くなってきてしまいまして、調べたことを、ひと通り、この「だえん問答」の方式で全部吐き出してやろうと、猛然と描き下ろしているところです。

──なるほど、仮装対談形式で。お題はどんなものですか?

「行政府のDX」がお題ですが、行政府に限らず、「DX」というものは基本民間企業でも考え方は同じだと思いますので、お題は端的に「DX」です。

──面白そうです。

面白いですよ。「DXとは何か?」というのは、もういろんな人が喧々諤々、さまざまなことをおっしゃっていると思いますが、このリサーチをするにあたって5カ国ほどの海外行政府の「DX推進部門」の方々のお話をお伺いしたのですが、何に驚いたかと言いますと、「DXとは何か?」ということについては、もうかなり明確に答えが出ていることなんです。

──あ、そうなんですか。

そうなんです。こっちも当初は不必要に小難しく考えてしまっていたので、かなり慎重に「DXってなんですか?」って聞いて回ったんですが、答えはだいたい「即答」で、しかも「一言」なんですよ。

──あれま。

本当に「あれま」なんですよ。で、結論だけ言ってしまうと、「ユーザー中心ってことだから」の一言なんです。

──そうなんだ。ウケますね。

そうなんですよ。ウケるじゃないですか。

──報道はじめデジタル庁をめぐる話で、そんなことば聞いたことないですけどね。

言われてはいるのかもしれませんが、それが根本にして絶対に揺るがない理念である、と考えられているかどうかは、よくわかりませんよね。

──でも、それくらい厳格な支柱なんですね。

そうですね。ただ、これは、ことばの簡単さとは裏腹に、いざ実行しようと思うととてつもない労力がかかる転換でして、少なく見積もっても10年はかかると思っておいた方がよさそうです。

──新しいイカしたシステムを導入すれば、すぐに変わるというものでもない、と。

「ユーザー中心」は、すでにしてよく使われていることばですが、これを仕事のあらゆる局面で発動させるという意味なんですね。そして、そんなことはほとんどの人がやったことないんですね。おそらく「ケア」という領域に分類される仕事以外、この世のほとんどの仕事は、基本「つくり手側」の視点で行われていたわけですから。

──そうなりますか。

ここでは、これ以上深入りしませんが、そうやって回っていた社会のありようを180度転換させるというのが、「DX」というものの本質で、これが実際困難なのは、それが大きくマインドセットの転換に関わるからですし、それだけでなく「体の動かし方」、つまりは「仕事の仕方」そのものも大きく変えないといけないからです。野球部を突然サッカー部に変えるみたいなものですから。

──そりゃ大変ですね。

しかも、さらに大変なのは、サッカー部につくり変えたとしても、数年後にはそれを水泳部や将棋部に変えないといけないかもしれない、ということを想定しておかなくてはならないというところです。

──なるほど。不確実性にどれだけ耐えられるようにするかということですね。

レジリエンスって、おそらくそういうことなんですね。もちろん、これからの社会においては「デジタルデフォルト」のゲームに即した体づくりが必須の要件として必要にはなるのですが、本質的には、なんらかの拍子でデジタルシステムがクラッシュしたときに、変な例ですが、モールス信号を使うことができるような対応力をつけることの方が大事なんですね。

──伝書鳩とか(笑)。

そういえば、つい先日非常に面白い記事をみつけまして、「DXってこういうことなんだよな」と思ったんです。

──いいですね。

毎日新聞に掲載された「自治体ワクチン担当、嘆きの投稿 ツイッター開設次々、情報交換」という記事ですが、出だしはこうなっています。

「『この大規模な事業でぜひ全国の同じ立場の方と情報共有できたら』

10万人規模の市の接種担当を名乗るツイッターは2月に開設された。フォロー先には、厚労省の公式ツイッターやワクチン接種を所管する河野太郎行政改革担当相、全国の同じ境遇の自治体のワクチン担当者らが並ぶ。余裕がないのか、アイコンの写真もない。

こうしたアカウントは、プロフィル欄などで確認できるだけで80件近くに上る。多くは目的を『情報収集用』と明記。国からの情報提供を待つのではなく、インターネット上で自ら、他の自治体の関係者と作業内容や進捗を共有しようとする現代型の業務スタイルだ」

──面白い。

突然降って湧いた「ワクチン接種」という全国規模の事業を実行するためフロントラインにいる人たちが、自発的に情報共有フォーラムのようなものを立ち上げて、そこに河野大臣も参加してアドバイスをしたりもしていると言いますが、こうした動きは、特にそれ自体取り立てて新しいものではないとはいえ、改めて、人が「新しいゲーム」に参入していかないとならない状況のなかで、どういう情報がどういうふうにやり取りされるのが最も効率がよく、かつ現場のワーカーに役立つのかを端的に教えてくれているような気がします。

──ネットワークのなかでコレクティブとして「答え」を探り当てていくことを、SNSが可能にしているということですよね。

はい。つまり「DX」というものが目指さなくてはいけないのは、ワーカーたちを、このようなやり方で支援できるプラットフォームやインフラを提供していくことなんですね。

──日本の自治体職員が全員で参加できるプラットホームを、例えばデジタル庁が整備する、とかそういうことをやっていくということですね。

この例で言いますと、ソーシャルメディアが、新しいゲームをプレイするためのいわば「武器」を調達するためのソースとして機能しているということですが、これが重要なのは、それが、この場合のユーザーであるところの「自治体職員」をエンパワーするツールになっているということだと思うんです。

──ああ、なるほどな。「ユーザー中心」って、そういうことなんですね。

はい。この場合のツールの「ユーザー」は行政府の組織内のワーカーですが、案件によっては、ここに市民が参加することもできるわけでして、そうやって完全に透明な状態のなかで、あるソリューションがロールアウトするまでの過程が詳らかになっていれば、それがロールアウトした際の市民への説明コストも、ぐっと下がりうる可能性もあるわけですね。

──なるほど。

だいぶ端折った説明になってしまいましたので、わかりにくいところもあるかもしれませんが、なんにせよ、そうやって「ユーザー」の困難をいかに素早く察知し、その困難をどうやったら取り除けるのかを素早く特定し、いかに素早くその困難の除去に向けて介入できるか、というのが、「DX」担当者には求められるスキルで、しかも、そうしたマインドセットと体の動かし方を組織全体に行き渡らせることができるかがミッションとなるわけです。いまの事例で言いますと、そこにあった困難は、例えば「ワクチン接種のために導入されたシステムの使い方がわからない」ということでしたが、ソーシャルメディアを使うことで「わかる人が教えてあげる」というソリューションを組むことができる、ということになります。そうやって一番効率がよく実効性の高いスキーム全体の設計を支援するのが、DX推進部門の役割ということになるわけですね。

──大変ですね。そりゃ一朝一夕にはできませんね。

そうなんです。しかも、頭で「ユーザー中心ね」と理解しただけでは意味がなく、こうした新しいワークスタイルは実際体験して、自分なりの実感や手応えを積み上げていかないと身につかないものでもありそうですから、近道というものがないんですね。

──習うより慣れろ、と。

といって、わたし自身、ソーシャルデフォルトの環境のなかでコレクティブに働けと言われても、なかなか気乗りしないタチですから、我が身を振り返ってみても「時間かかるなあ」と思わざるをえません。これはマインドセットの問題ですが、もっと広くいうなら「文化」の問題ですから、急進的な変化はどうしたって難しいですね。

──ですね。

とはいえ、デジタルネイティブが社会のなかで一定の数を占めてくれば必然的に変わってくるものでもあるでしょうし、それこそ今回の〈Field Guides〉の「ゲームストリーミングの革命」(Video game live streaming levels up)を読むと身にしみて感じますが、すでにして、そうした文化的転換は、もはや、すでにそちらがメインストリームと言えるほどまでに進行しているわけですね。

Video game live streaming levels up

ゲーム配信の心理的安全

──あ、「ゲームストリーミング」の話に、ここで突然。

自分がゲームをまったくやらない人間なので、今回の特集は、ある意味衝撃でしたが、それというのも、ゲームストリーミングの世界を形づくっている水平・双方向のソーシャルメディア型コミュニケーションが、もはや垂直・一方向のマスメディア型コミュニケーションを完全に凌駕していることが明かされているからです。

──今回の特集は主に「Twitch」「YouTube Gaming」「Facebook Gaming」といったゲーム視聴プラットフォームが、どれだけの巨大勢力になっているかをレポートしたものですが、特集は「ゲームストリーミング視聴」はすでにしてエンタメのメインストリームであって、ハリウッドやテレビ業界も、そこに参入したがっているとしています。

はい。ここで話題になっているのは、「ゲームをやること」ではなく「観ること」が巨大産業化しているということでして、「『他人のゲームプレイを観ること』はいかにして世界を制覇したか」(How watching other people play video games took over the world)というメイン記事は、ここで起きていることを、まずこんなふうにまとめています。長いのですが、引用させてください。

「他人がゲームをしているのを観る行為は、ニッチでも一過性のブームでもない。映画鑑賞のような旧来のエンターテインメントに並ぶか、それよりも巨大なメインストリーム・エンタテインメントだ(パンデミック前の映画のグローバルでの興行収入は400億ドルだった。ゲーム産業は2,000億ドル)。いまハリウッドはゲームストリーミングの業界に大量のキャッシュを注入し、ゲームストリーマーたちを、そのホームグラウンドから引き抜きテレビ・映画プロデューサーと契約を結ばせようとしている。しかし、ゲーマーたちは自分たちのブランドを成長させるためにハリウッドを必要としてはいない。むしろ逆なのだ。

『Valkyraeのようなゲーマーのソーシャルでのフォロワーの数は、大物俳優、アスリート、音楽家たちのそれを凌いでいる』。Slasherの名で知られるeSportsジャーナリスト/コンサルタントのロブ・ブレスローは語る。『ゲーマーたちがハリウッドに参入したがっているというよりは、むしろエンターテインメントエリートたちの方が、むしろゲームストリーミングに参入したがっている』

あなたの子どもや孫や若い親戚の子どもたちはこうした状況が見えている。ところがそれ以外の人たちにとって、ビデオゲームのライブ視聴がエンタテインメントの世界を制圧している、その恐るべきスピードとスケール──そして、いま『セレブ』が何を意味するか──は衝撃的に思えるだろう。しかし、これが、この先テレビや映画に匹敵するエンターテインメントであり続けることは、よくよく承知しておくべきだろう」

──ゲームをやらない人には、まったく、ちんぷんかんぷんな話でしょうね(笑)。

かく言うわたしもそうでして、実際「何がおもろいねん」と思ってしまったりしますが、記事はその辺も的確に解説してくれています。今回は引用が増えそうです。

「ライブストリーマーの配信が、従来のビジュアルエンタテインメントと異なるのは、その基底にあるインタラクティブな要素だ。それはセレブとのリアルタイムのハングアウトセッションのようなものだ。ユーザーは他のファンとチャットできるだけでなく、ゲームをプレイしながらファンからコメントや寄付をチェックしているストリーマー本人ともやり取りを、何千人もの友人と親密な時間を過ごすなかで行うことができる

『バックグラウンドにユーザーたちの会話が流れているのはとても心地よい。まるで友だちと一緒にいるみたいだから』。Valkyraeは言う。『何かの一部になれているようで、とてもいい気分。ひとりでいる時間が長いと、誰かの声が聞こえるだけでも癒される』」

──面白いですよね。先ほどお話にあったような、非常に親密な水平・双方向のコミュニケーション空間がそこにあるということですよね。

「アマゾンがゲームストリーミングの世界につくりあげた揺るぎない独占」(Amazon has built an unbreakable monopoly in video game streaming)という記事には、こんな一節があります。

「配信は奇妙に親密だ。まるで友だちの家の居間で友だちが遊んでいるのを見ているみたいだ」

──それは多くの人が体験していそうです。

そうした環境を数千人といった規模でつくれてしまうわけですから、たしかに魅力があるんでしょうね。ちなみに、いま紹介した記事は、アマゾンが保有している「Twitch」というプラットホームの圧倒的優位を、競合である「YouTube Gaming」「Facebook Gaming」、そして2020年に撤退したマイクロソフトの「Mixer」と比較しながら分析したものですが、そのなかで、フェイスブックがゲームのライブ配信に参入した理由が、「Twitchのソーシャル機能が、自分たちを脅かすことになるとの恐れから」であったと記しています。

──なるほど「Twitch」が一種のソーシャルメディアであるという認識なわけですね。

先ほどセレブがどんどんゲーム配信の世界に参入しつつあるというお話をしましたが、「Twitch」でこれまでに史上最高の視聴者数を獲得したのは、実は、AOCの略称で知られるアメリカ民主党のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスの配信で、これは昨年の大統領選挙前の10月20日に行われたものでした。ここで彼女は、同じく民主党のイルハン・オマーやTwitchのセレブプレイヤーであるPokimane、Myth、DrLupoとともに「Among Us」というゲームをプレイしたのですが、基本的な主旨としては視聴者に投票を促すことにあったわけです。

──ですよね。

AOCが「Among Us」をプレイしたのはこのときが初めてだったそうですが「なかなかうまい」と好評だったそうで、まさに、誰かが自分の家の居間でゲームを遊んでいるようなプラットフォームの親密な雰囲気に、彼女はうまくフィットしたそうなんですね。これは彼女のキャラに負うところも大きいのでしょうけれど、ただテキストや写真を投稿したり、お喋りを配信したりするよりも、さらに一歩踏み込んだエンゲージメントをプラットフォームがもっていることを証明したことになったと言えます。ちなみに、AOCがTwitchに参加する以前から、トランプ前大統領(ヘイトコンテンツを摘発され一時凍結)やバイデン現大統領、バーニー・サンダースなどもTwitchのアカウントを開設し、トークなどを配信してきたそうですが、AOCが評価されたのはやはり彼女自身がゲームを実際にプレイした点でした。

──若い世代の支持が欲しいからプラットフォームに参加してみた、ではダメなんですね。

コンテンツを提供する主体がプラットホームのダイナミクスを読みきれないと、そうした「親密さ」や「共感性」が発動しないのでしょうね。

──安倍前首相のインスタを思い出したりしますね。

といって、必ずしもゲームをしなきゃダメだということでもないようで、今回の特集では「CodeMiko」という名のバーチャル・トークショーホストが紹介されていまして、彼女こそ、ラリー・キング、デイヴィッド・レターマン、オプラ・ウィンフリーといった名だたる先達の衣鉢を継ぐものだとされています。

──「未来のトークショーホストは3Dビデオゲームキャラである」(The talk show host of the future is a 3D video game character on Twitch)の記事ですね。

はい。CodeMikoの番組は、こんなふうに説明されています。

「番組は『トゥナイト・ショー』とビデオポッドキャストの間にあるもので、コメディアンのザック・ガリフィアナキスがホストするフェイクトーク番組『Between Towo Ferns』をビデオゲームのキャラがホストしているようなものでもある。CodeMikoは視聴者の求めに応じて、インタビューの途中で突然踊り始めたりピエロに変身したりする。現在はまだTwitchのようなインタラクティブライブストリーミングプラットフォーム上にしか存在しないシュールなエンタメ体験だが、それも永遠にではない。

『Twitchには700万人のコンテンツクリエイターがいます』とTwitchのCOO、マイケル・アラゴンは語る。『すなわち700万のTV番組のパイロットがあるということです』」

──なるほど。

解説はさらにこう続きます。

「CodeMikoの番組の核心にあって、他のメディアに移植しづらいのは、そのインタラクティビティ(双方向性)だ。ゲストと話す話題を決定し、彼女の体型をいじったり、彼女の服に表示される文字を決定したりするのは視聴者だ。そこにおいてMikoは指揮者であり、円滑かつ楽しく番組が進行することを担保する役割だが、番組自体を作動させているのはユーザーなのである」

──ああ、面白いですね。ファシリテーターということですよね。ちょっと最初の話にもつながってきそうですが、「ユーザー中心」のコンテンツ/サービスづくりの最先端がある感じがしますね。

そうなんですよね。CodeMikoの場合は、その3Dキャラを操作しているのが、ひとりの女性なのですが、それがバーチャルキャラであれば、その背後にいるのがチームであってもいいわけで、そういう意味では、そのキャラ自体が、字義通り「メディア」なんですよね。

──と言いますと?

以前、海外で「Lil Miquela」というバーチャルモデルが話題になって、それこそ彼女が音楽フェスの「コーチェラ」のバックステージでミュージシャンにインタビューを行う動画などがつくられたりして、ちょっといいなと思ったんです。

──Vチューバーみたいなものですよね。

はい。

──何がいいんですか?

うまく言えるかどうかわからないんですが、自分なりの言い方をしますと「雑誌っぽい」と思ったんですよね。

──と言いますと?

雑誌ってそれぞれに「キャラ」があるわけですが、それがつくり手個人個人の趣味嗜好の直接的反映かというとまったくそうではなくて、どちらかという読者も含めた、ふんわりと束ねられた集団の、コレクティブなキャラなんですよね。女性誌なんかですと、それが「読者モデル」のようなかたちでリアルな人物として表象されることになりますが、その「読者モデル」って、基本的にはフィクションというかバーチャルなものですし、「媒介者=メディエイター」なんですよね。

──ああ、なるほど。

そう考えると、バーチャルなモデルをインタビューや取材に行かせたりすることができるなら、それ自体が「雑誌」的な何かになりえるな、と思ったんです。

──でも、それがバーチャルになると、さっき言ったような「親密さ」みたいなものは損なわれませんか?

そこなんですが、そもそもオンラインで、好んで観ている相手って、仮にリアルな人であっても、リアルに会ったりする人ではないわけですね。「The Drum」というオンラインメディアに掲載された「パラソーシャル:Twitchとオンライン対人関係のニューノーマル」という記事がありまして、そこにこんな記載があります。

「オンラインクリエイターと強い絆を感じたことはないだろうか。誰かの映画評やYouTubeを見ながら一緒にビールでも飲めたらいいなと思ったりしたことはないだろうか。メイク指南の動画を観ながら、まるで自分に直接話しかけているように感じて、インスタにリプライして無視されたりしたことないだろうか。

こうしたシナリオがあてはまるなら、あなたはすでにパラソーシャルの概念に馴染みがある。この概念は1950年代にTVパーソナリティと視聴者の関係性を説明するのに用いられたものだ。煎じ詰めるなら、そのつながりは一方通行のものでしかない。あなたは相手を知っているが、相手はあなたを知りもしない。

何百時間も相手と時間を過ごせば、相手のことを理解していると信じるようになるが、本当の相手を知ったわけではない。それはあなたを含めた数百万人に向けられて配信されるソーシャルメディア上のペルソナでしかない。つながりは幻想でしかない。

Twitchのようなサイトはこうした幻想を増幅する。プロストリーマーはライブでコンテンツを配信する。それは友人とのビデオチャットのように感じる。(中略)プロストリーマーの成功は視聴者とのやり取りにかかっている」

──身に覚えありますね。

K-POP好きのわたしも決して人のことは言えない身分ですが、とはいえ、さすがに多くの視聴者もそれなりに成熟してきているとは思いますので、その辺の距離感についてはある程度の慎重さは身についているとは思うのですが、相手が生身の人間であればこその難しさはあって、例えば、Twitch上でも、女性のゲーマーに彼氏がいることが明かされるとフォロワーがどっと減ったりとか、それこそハラスメントが起きたりといったことはままあるそうで、ユーザー全体の心理的安全を考えると、特に、その機能が「ファシリテーション」にある場合、それがバーチャルな存在であるのは、実は合理性が高いようにも思うんです。

──なるほど。面白いです。黒柳徹子さんがあれだけ長きにわたって、あの番組を維持できたのは、言われてみれば、彼女があの番組でしか存在しないバーチャルな存在のように感じられていたからなのかもしれませんね。私生活とかまったく謎ですし。国連の親善大使だということ以外何も知らないです(笑)。

そういえば、つい先日非常に面白い記事を読んだのですが、いまの話に少し関係があるかもしれません。

優秀すぎる人事社員は、実はこの世に存在しない人物だった……フルリモートワーク企業のある実話」という『Business Insider』の記事ですが、ネタバレになりますが、勤めていた会社の人事部にいる「仕事の速い若手女性社員『遠藤ひかり』さん」がずっと実在の人物だと思っていたら、実はバーチャルなキャラで、「業務委託4名・従業員1名の計5名の社員で運用」されていた、という内容なんです。

──へえ。面白い。

記事は、こうしたキャラの運用のメリットをこう解説しています。

「目的は業務の属人化防止だ。一つの共有アカウントを作ることで、各担当者に問い合わせが散逸することなく、情報を集約することができる。

デメリットはないとのことだが、運用上、対応を標準化するためのマニュアル化とトレーニングは必須となるそうだ。

一方、運用が軌道に乗れば、業務委託者の数を増やすだけで、上下する業務量に柔軟に対応することが可能となる。人材確保が難しい状況でも、時短勤務やスポット勤務などを組み合わせて運用できることは、大きなメリットだという」

──ふむ。

一方で、ユーザーから見たメリットを、記事の筆者はこう説明しています。

「いち社員として遠藤氏と交流して感じたのは、人格があることで相談のハードルが格段に下がるということだった。仮に彼女が「人事部・共有アカウント」という名前だとしたら、人事部に相談すべきかどうかわからない曖昧な事柄について、まずは知人に相談したように思える。結果的に問い合わせが散逸し、情報の一元化は困難になっていただろう。

「見知った人」という属性に対する心理的な安全性は、想像しているよりもはるかに大きいようだ。たとえそれが架空のものであろうとも」

──ここでも、「心理的安全性」ということばが出てきますね。

はい。ここでいきなり最初の話に戻るのですが、「ユーザー中心」のサービス設計というのは、基本「参加型」という形式になっていくわけですが、そこにおいて極めて重要なのは、参加者の自由を阻害せず、それでも一定方向に、話を潤滑に進めていくことのできるファシリテーションの技術ということになるんだと思うんです。

──はい。

ただ、それってかなり膨大なエネルギーを要しますし、どうしても、ファシリテーター個人の属人性に依拠する部分が多くなったりもしますよね。特にオンライン上では、そこがたとえ「家の居間」のように思える空間であっても、参加する人数は数百、数千、あるいは数万ということになったりするわけですから、そこで求められるファシリテーション能力は、相当高度なもので、実際Twitch上のスターは、レブロン・ジェームズかセリーナ・ウィリアムズ級の才能を要するとも、指摘されています。そうしたときに、「遠藤ひかりさん」のようなありようは、非常に有用にも思えるんです。

──たしかに。

そうやって見てみると、水平・双方向型のソーシャルコミュニケーションがデフォルトになっていく世界にあって、その可能性を最大化しつつ、かつ、そのダウンサイドをどう制御しうるかという問題は、ジリジリとずっとさまざまな試行錯誤が続いているわけですが、そういう意味では、ゲームという空間が、その最前線を、目下走っているということなのかもしれません。

──それこそ、日本のコロナ対策も、こうしたゲームストリーミングの世界から学ぶことがありうるということですね。

あ、ちなみに最後に言い忘れてしまいましたが、ゲームストリーミングの最大のプレイヤーはグローバルでも見ると、実はTwitchではなく、中国の「DouYu」(闘魚)でして、月間のアクティブユーザーはTwitchの1億4,000万に対して、1億6,500万だそうです。さらに「Huya」(虎牙)がそれを追いかけていまして、ふたつのプラットフォームを合わせると3億といわれ、この二大巨頭が合併を発表しテンセントの支配下に入るとされたのですが、規制当局の介入があり「企業結合(事業者集中)法に基づいて審査している」とのことです。これが昨年の12月の話ですので、その後どうなったのか定かではないのですが。

──今日は中国の話がないな、と安心していたんですが(笑)。

結局、ここでも覇権は中国にあったりするんですね。

──そりゃもう、アメリカも強く出られませんね。

そうですね。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。本連載をまとめた書籍「週刊だえん問答 コロナの迷宮」もぜひチェックを。

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