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Feature:アヘン戦争以来の超大物の中国観

1週通してワンテーマでお届けしてきた午後のニュースレターの特集「中国ウォッチャーに訊く」も、今回が最終回。最後は保守派の大物が語る中国でのビジネスチャンスについてお届けします。

This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
  • Sota Toshiyoshi
By Sota Toshiyoshi

Editor in Chief (Quartz Japan)

Published

Special Feature

中国ウォッチャーに訊く

Quartz Japan読者の皆さん、こんにちは。1週通してワンテーマでお届けしてきた午後のニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」も、今回が最終回。最後は保守派の大物が語る中国でのビジネスチャンスについてお届けします。

Abstract photo illustration of James Sassoon
Image copyright: Illustration by Ricardo Santos & Daniel Lee

今週は…[中国ウォッチャーに訊く]

ワクチン外交やコロナ後の世界復興、あるいは人権問題から途上国のインフラ整備、さらには気候変動まで。あらゆる問題で世界が避けては通れない国、中国と、わたしたちはどう向き合えばいいのか。今週(21〜25日)お届けしているニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」は、対中政策のキープレイヤーである英国の視点から、さまざまな分野の識者のインサイトをお伝えしてきました。最終回では、保守派の重鎮の中国観をお届けします。

ジェームズ・サスーン(James Sassoon)は保守党所属の貴族院(上院)議員で、中英ビジネス評議会(CBBC)の会長を務めています。金融および政治分野で長いキャリアがあり、その大半で中国と関わってきました。サスーンは、18世紀にアジアで幅広く事業を行い「東のロスチャイルド」と呼ばれたサスーン家の一員です。サスーン財閥は中国と英国の間に2回の戦争を引き起こしたアヘンの貿易に関わっていました。

サスーンは香港に拠点を置く英国資本の複合企業ジャーディン・マセソン(Jardine Matheson)の取締役だったことがあり、元首相デヴィッド・キャメロンのアドバイザーとしても知られます。キャメロン政権下では、2010〜13年に財務省の商務担当政務官を務めました。

この期間には、その後に訪れる英中関係の「黄金時代」の基礎が築かれたと言われています。サスーンはまた、中国の政府系ファンドの国際アドバイザーでもあります。

Interview with James Sassoon

中国での勝機

──中国に初めて行かれたのはいつですか。

その質問には少し違うかたちで答えさせてください。中国に初めて心を奪われたのは1966年11月、わたしが11歳のときでした。祖母が欧州初となる(中国での)アートツアーのひとつに参加し、そこで1カ月を過ごしたのです。中国に行くには飛行機が4カ所も経由地に立ち止まらなければならない時代でした。

当時は外国メディアによる情報もありません。ツアーの案内には「中国に郵便物を送っても届かないので諦めてください」と書かれていました。つまり、まったく謎の場所だったのです。

文化大革命で庶民による大規模なパレードが始まったばかりの頃でした。祖母は北京でのパレードとトラクター工場の見学のフィルムという素晴らしいお土産を持って帰国し、気楽な調子で「杭州で紅衛兵とご飯を食べましたよ」と言っていました。あの時点では誰も、文化大革命がどれだけ恐ろしいものかを知らなかったのです。

とにかく、わたしはそのときにはもう日本のことを知っていましたが、中国は日本と比べるとずいぶんと遅れた国だなという印象を受けました。ただ同時に、大衆運動や北京の通りを練り歩く人々といったものには、とてもわくわくしたことを覚えています。

祖母は『毛主席語録』の初版本も持って帰ってきました。それが何かはまったくわかりませんでしたが、11歳の多感な少年だったわたしは、そこで何か特別なことが起きていることを理解したのです。

──中国におけるジェームズ・サスーンのマニフェストは何でしょう。

短い文章でまとめようとするとありきたりになってしまいますし、また考えが甘いと思われるかもしれませんが、わたしは常に、貿易と投資という観点からこの問題に取り組んでいます。中国は世界2位の経済規模を誇り、COVID-19の影響を含めても含めなくても、世界でもっとも急速な成長を遂げています。

わたしにとってのマニフェストは、英国とその経済が、中国が提供する巨大なチャンスを安全かつ適切な方法で活用して成功を収めるにはどうすべきかを考えることが中心になっています。そして、そこからいくつかの大きな課題と問いが生じます。

──英政府の中国に対する現在のアプローチについては、どう思いますか。

政府はわたし自身が所属する党のメンバーから特に大きなプレッシャーを受けていると思います。個人的には、過去18カ月に起きたごたごたは、できれば目にしたくないものでした。

統合レビュー(*1)で示された英国の政策は、中国に関しては完全に賢明かつ適切なものです。政府は数カ月前には、自分たちと同じ民主主義国家(*2)としか貿易協定を結ばないという立場を示していましたが、これはどのような国の政府であってもばかげた態度です。中国との関係では非常に重要なことですが、政府は少なくとも、他の問題と同様に貿易問題も適切な視野に立って扱っていると、わたしは考えています。

*1:2021年3月に発表された政策ペーパー「競争の時代におけるグローバルなブリテン」の通称。ここでは、欧州連合(EU)離脱後の英国の安全保障、防衛、開発、外交政策について、概要が示されている。中国への対処が重要なテーマになっているとされるが、中国ウォッチャーの一部は、英国と北京との「前向きな経済関係」が強調されたことに不満を示している。

*2:2021年3月、ドミニク・ラーブ(Dominic Raab)外相は「必ずではないが一般的に、民主主義国家とは共通の問題を解決する上での取引や協力が容易だ」と発言。外相は一方で、英国は貿易協定の締結先を欧州人権条約の基準を満たす国に限定しないとの考えを明らかにしたこともある(そして激しい批判を受けた)。

わたしはブレグジットには反対でしたが、離脱を支持する人がよく持ち出す理由に、EUからの縛りなしに世界各国と貿易をする機会が得られるというものがありました。では英国にとって貿易における最大のチャンスはどこにあるでしょう。間違いなく中国です。近い将来に中国と自由貿易協定が結べるとは思いませんし、未開拓の分野を開拓していく上で、必ずしも貿易協定が必要となるわけではありません。二国間での市場開放で対応できます。

EU離脱後の優先的な貿易相手から中国を除外すれば、国内の雇用の拡大と経済成長を制限することになります。政府がこの道を選ばなかったのは喜ばしいことです。

──(元財務相)ジョージ・オズボーン(George Osborne)の下で「黄金時代」が築かれようとしていたとき、政府内で働かれていましたね。これについてお話を伺えますか。

2010年の総選挙の18カ月前から、ジョージと仕事をするようになりました。当時、英国が中国との貿易および投資関係を十分に活用できていないのは明らかで、ジョージはこの状況をなんとかする必要があると考えていたのです。

わたしは中国関連でのキャリアがありました。ゴードン・ブラウン(Gordon Brown)元首相が財務大臣だったときには財務省で働いていましたが、彼が財務大臣だったときと首相になってからの訪中に付き添ったことがあります。わたしはこのために英中(関係)の直近の動きについてある程度理解しており、ジョージはわたしの知見を利用したかったのです。

──この時代について、特筆すべきことは何でしょう。

わたしが関与したことで特に重要なのは、2011年に行われた英中経済財政金融対話です。当時、国務院副総理だった王岐山(Wang Qishan)がロンドンにやってきました。わたしたちは中国からの投資やビジネスを拡大したいと考えており、財務省としては金融サービスがその要になると理解していました。

そこで、王がロンドンに来てジョージと1対1で対話したのです。彼には金融の世界におけるシティの役割について驚くほどの歴史的知識がありました。ジョージ・オズボーンやわたしたちが中国との関わりを模索する一方で、王岐山と中国側の官僚たちには、グローバルマーケットにおけるロンドンの位置づけについて確固とした見解があったのです。

経済財政金融対話の後、(アジアインフラ投資銀行への)早期参加と発展に向けた協力などに続いていく流れができました。

──この間に起きた別の重要なできごとに、2015年の習近平国家主席の英国公式訪問があります。習近平にはお会いになられたんですよね?

会いました。公式訪問は4日間でしたが、精神的に非常に疲れました。CBBC会長としてわたしが絶対にやらなければならなかったのは、国家主席に一帯一路に関するリポートを手渡すことでした。このリポートは一帯一路(*3)によるビジネスチャンスについて述べたもので、業界団体がこの種のリポートを発表するのは世界で初めてだったはずです。当時も、またいまから振り返っても、国家主席にこのリポートを渡したのは完全に正しかったと考えています。

*3:陸海空でアジアと欧州との接続をよくしていくことを目指した野心的なインフラ金融支援プログラムで、港湾や橋、高速道路、鉄道のほか、通信網やデジタルのヘルスケアプラットフォーム、サテライトのネットワークなどの設立が進められている。習近平の外交および開発政策の中核をなす戦略。

英中の二国間関係にスポットライトが当たったことで、それまでは関心をもっていなかった英国企業が中国の可能性に注目するようになりました。計算のしかたにもよりますが、中国はいまや英国にとって2位もしくは3位の貿易相手国です。その後に成功した多くのビジネスがこの期間に育っています。それに中国は英国を非常に高く評価しているのです。

──「黄金時代」の中国へのアプローチを支持しますか?

まず、黄金時代という呼び方は英国が決めたわけではありません。また、こうしたラベル付けは常に難しいものだと思います。習近平の公式訪問の直後に北京の共産党中央対外連絡部に行ったとき、そこの責任者に「黄金時代は永遠には続きませんよ。いまのうちにこれを最大限に活用するために、ビジネス面では何をしましょう」と言われました。

キャメロン政権が中国に対して真剣に向き合ったのは正しかったと思っています。連立相手だった自由民主党で中国問題を担当していた幹部議員たちと連携した取り組みでした。あれはキャメロンとオズボーンが自分たちのためだけにやったのだと言われていますが、それは違います。

また、ダライ・ラマの訪英後、2011〜13年に英中関係が悪化した期間がありましたが、このことは忘れられているようです。わたしはちょうどこれが始まったころに政府内で働いていましたが、どんな簡単なミーティングでも調整するのが非常に困難でした。ただ、その後に政府を離れてCBBCの一員として活動し始めると、文字通り翌日から北京の中国政府高官と会うことができるようになりました。こうしたことは繰り返すのです。

──当時の政府に対する主な批判に、必要な防御策を取らないまま中国からの投資誘致に動いたというものがあります。

わたし自身も参加した非公式な会議で多くのことが話し合われました。キャメロンやオズボーンをはじめ、当時の政府内の人間は取り上げなかったと批判されているような微妙で難しい問題についても、ここできちんと議論しています。こうした微妙な問題はすべて、国家安全保障会議に送られました。

もちろん、わたしたちは中国を褒め称えることになるだろう、もしくは、中国はいい国だ、中国のやっていることには目をつぶるべきだと言っているわけではありません。ただ、英国の首相、副首相、財務大臣、貿易大臣の全員が中国に対して甘い考えを抱いていたという指摘は、事実誤認だと思います。

──当時、中国からの投資に対して国家安全保障という観点から十分な調査が行われていたと思いますか。

その質問に対する答えになるかはわかりませんが、あるエピソードをご紹介しましょう。中国の政府系ファンドの立ち上げを任された楼継偉(Lou Jiwei)が(ロンドンに)やってきたときのことです。わたしはゴードン・ブラウンを交えて、首相官邸で彼と会っています。楼は通訳を介して、政府系ファンドからの投資を巡って英国側に制限はあるかと質問してきました。ブラウンはこれに対して、メディア、特定の金融サービス、銀行、防衛企業では誰が支配株主になれるかについて規制がある、これは決まっていることだ、と答えています。

ミーティングはそのまま続いたのですが、最後に楼がわたしに向かって、「防衛、メディア、銀行以外の企業であれば支配株を取得できるというのは、本当にそうなのでしょうか」と聞いてきたので、実際にはもう少し微妙であってというような話をしました。

わたしがここで言いたいのは、楼は英国がそこまで寛容だということが信じられなかったのだという点です。ですから、中国は英国がその後に外国からの投資に対して厳しい目を向けるようなったことには驚かなかったでしょう。

──つまり質問に対する答えは「ノー」、英国は十分な調査はしていなかったということですね。

わたしは長い間、この問題に関わってきました。1980年代の保守党政権の時代に、リリー・ドクトリンと呼ばれるものが議論になったことがあります。これは民営化された英国企業が外国の国営企業から出資を受けるのは認められるべきかという話なのですが、当時、政府が念頭においていたのはどの国かご存知ですか。フランスです。

要するに、視点は違っても昔から繰り返されている議論で、適切なバランスを取ることは非常に難しいのです。わたしは、英国は諸外国からの投資に対して開かれた国であるべきだと考えていますし、世界的に見ても実際にそうあり続けるでしょう。

いま行われている議論の大半が、ひとつの国だけに着目したものであるのは残念です。なぜなら先ほども申し上げたように、30年前はフランスが問題でした。いまは中国です。ただ、特定の国だけに焦点を絞ると、次の脅威、それが脅威であると仮定してですが、それがどこからやってくるかに気づくことができなくなります。

──新疆ウイグル自治区や香港、台湾といった人権問題については、黄金時代にはほとんど進展がなかったという批判があります。こうしたことは、同じアプローチを継続することで改善しうるのでしょうか。

歴史を書き直すことは困難ですが、3つの事例のいずれについても、英政府が事態に大きな変化をもたらすような別のやり方で対処できたとは思いません。わたしは当時もいまも、主にビジネスという観点から物事を見ています。この観点から言えば、例えばファーウェイ(華為技術)の機器の安全性を調べる上でも適切なことが行われていました。

わたしが政府内で働いていたとき、政府はこれが適切なやり方であるという保安局の判断を受け入れましたが、わたしはその判断は正しいものだったと信じています。また、ファーウェイのソフトウェアにはセキュリティギャップがあったと言われていますが、もしそうなら、中国の諜報機関だけでなく他国の諜報機関もこれを悪用できたはずです。

連立政権の前の時代にさかのぼっても、知財保護については政府間で果てしのない議論が行われてきました。こうした絶え間ない議論の結果として中国を巡る状況は大きく改善しています。ですから、英国が自国の利益を保護するか、もしくは影響力を行使することが期待できる分野については、中国との関わりは妥当で釣り合いの取れたものです。

過去のすべての政府が間違いを犯しています。しかし、英国は特に欧州ではフランスやドイツと比べて本来の能力をまったく発揮できていない、そしてこの状況を打開するための努力をしなければならないという認識は、完全に正しいものです。

過去の政府はたまに、中国以外の国々との関係により大きなチャンスがあると考えてその方向に舵を取りましたが、すぐに間違いだったと気づき、結局は再び中国との関係を追求するようになっています。

──それはインドのことでしょうか。

そうです。マレーシア(*4)との間でも、わずかですが同じことが起きました。

*4:英国はEU離脱後の外交政策において東南アジア諸国連合(ASEAN)との貿易を優先する方針を打ち出し、二国間貿易および投資協力に関する合同委員会を立ち上げている。

肯定的な視点から眺めるために、わたしが諸外国と比べて中国が提供する可能性のほうにより関心をもつ理由を説明させてください。中国のビジネスへの関与は、基本的には政治的な優先事項によって動いています。そして、中国の政治的優先事項を読み取るのは非常に簡単です。それは多くの場合において、共産党に対する潜在的脅威もしくは実在の脅威から来ています。

最近、重点的な取り組みが進められているのは、大気汚染の軽減、水質改善、子ども向け食品の質の向上、医薬品などですが、すべては国務院が発表する政策で詳細に説明されています。そしてこれがビジネスチャンスにつながるのです。

もうひとつ、中国政府は市場がないところに新しいマーケットを創出することを恐れません。インドには非常に強力なビジネスセクターが存在し、外国との競争に打ち勝つことに長けています。ではなぜそうなのか。それこそがビジネスだからです。

わたしの一族はインドで事業をしていました。インドでのビジネス文化には、はるか昔から連綿と続く伝統があり、中央集権的な計画システムのようなものが入り込む余地はほとんどありません。これに対し、中国では政府がコントロールする比較的強固な計画制度が存在し、見通しは非常に明確です。つまり、ロンドンからでも優先事項を正確に読み取ることが可能なのです。

──このインタビューが始まったとき、下院では新疆ウイグル自治区で起きていることを「ジェノサイド」と認定する内容の決議案を巡る討議が行われていました。そして先ほど決議案が可決され、これが議会としての公式の見解となりました。ただ、あなたはこの問題について非常に異なる考えを抱いていますね。

腹を立てるべきなのか、悲しめばいいのか、それともただ肩をすくめるしかないのかわかりません。わたしの母方の親族には、戦争中に強制収容所に送られたり亡くなったりした人がいます。幸運なことにたくさんではありませんでしたが、何人かはホロコーストの犠牲になったのです。

わたしは(ミャンマーの)ラカイン州に行ったことがありますし、カンボジアにも外国人が再入国できるようになってからすぐに足を運びました。母方の叔父は、英国側で「キンダートランスポート(Kindertransport、*5)」を運営した組織のトップを務めた人です。

*5:キンダートランスポートは、第二次世界大戦が始まる直前の1938年11月、ナチスの支配圏からユダヤ人の児童1万人近くをイギリスに移送したプロジェクト。ちなみに、クメール・ルージュ(ポルポト派)支配下にあった1970年代のカンボジアでは外国人は完全に締め出されていた。

証拠があるのか知りませんが、わたしは少なくとも、新疆で起きていることをジェノサイドと呼ぶ政治家たちが提示した証拠は目にしていません。ジェノサイドという言葉が不用意に使われている現状には、非常に動揺させられます。政府がこれに飛びつかないことを信じています。また、ジェノサイド関連のことを貿易関連法に持ち込むのは、議会の権力濫用になるでしょう。

新疆ウイグル自治区では喜ばしくないことが起きており、それが人道的悲劇であることは間違いありません。証拠がほとんどないため、わたしにはその規模はわかりません。また、欧米で言われていることは誤りだと反論するという意味では、中国政府はきちんとした対応は示していません。

ただ繰り返しになりますが、一部の政治家たちについては、中国の思考回路をもっとよく理解して欲しいと思わずにはいられません。そうすれば、中国を追い詰めても前向きな反応は得られないということがわかるでしょう。

では、どうして上院でこうしたことを発言しないのかと聞かれるかもしれません。わたしは舞台の裏で現実的かつ小さなことを実行に移すというやり方でやってきました。それに倫理という意味では、それほどの勇気は持ち合わせていないのです。

昨年の議会周辺の空気は非常に不快で、わたしは大臣たちに貿易問題に関して書簡を送ることを選びました。対中国の貿易政策や同国との関係に影響を及ぼし、いまのつながりを維持するために、小さなことでもできることをやろうとしたのです。そして人権を巡る議論は避けるようにしました。

──中国との関係の今後についてはどう思われますか。

わたしは楽観的でいます。目の前にあるチャンスは巨大で、同時に英国のビジネスは中国とつきあっていくことに関して現実的であると考えているからです。中国は世界最大の市場で、議会でわたしに反対する人たちでさえ、中国との貿易を止めなければ(ならない)とは言いません。わたしが知っている限り、そこまでの愚か者はいないのです。

中国は独自のペースで発展を続けています。現在のリーダーシップの下で後退した分野はありますが、中国を理解しているのであれば、あの国が民主的な方向に進んでいくと期待している人はいないでしょう。

グローバルリーダーであることは何を意味するのかということを理解するのは、中国にとって今後も続いていく重要な課題です。今年に関して言えば、気候変動への関与がそのテストとなります。

中国は世界で主導的な役割を果たしたいと考えています。なるべく多くの分野でグローバルなリーダーらしく振る舞うようプレッシャーをかけていくことが、わたしたち全員が望む方向に中国を導いていくためのやり方なのです。

(翻訳:岡千尋)

Back number

Photo illustration made out of paper cutouts
Image copyright: Illustration by Ricardo Santos

21〜25日まで5日間にわたってお届けしてきたニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」は、いかがでしたか?

  1. 中国問題は、英国に学べ(6/21)
  2. 中国の上手な「愛し方」(6/22)
  3. 中国は地球を救えるか(6/23)
  4. 中国、2017年の大転換点(6/24)
  5. アヘン戦争以来の大物、中国を語る(本ニュースレター)

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