Guides:#88 タングステンの道徳

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A Guide to Guides

週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzが取り上げている「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。毎週更新している本連載のためのプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

Image: Giphy/commotion.tv

A beginner’s guide to tungsten

タングステンの道徳

──お疲れさまです。お元気ですか?

元気ですよ。ただ、今回は結構頭を抱えていまして、いま配信前日の土曜日の夜の11時半なのですが、この連載で初めて途中まで書いた原稿をボツにして、いま別の原稿を書き始めたのが、これです。

──珍しいですね。だいたいいつも強引に最後まで持っていくのに。

そうなんです。最初にお話してしまうと、今回は〈Weekly Obsession〉から「タングステン」という謎のお題について書こうと思っているのですが、さっき書いていたものは、関係ないことからはじめて、どうにか「タングステン」というお題に辿り着けないかと考えながらやっていたのですが、4,000字ほど進めたところで「こりゃ無理だな」と悟って、やめました。

──あはは。

というわけで、ここでは潔く最初から「タングステン」の話から始めようと思うのですが、なんでいまQuartzが、わざわざタングステンをお題に特集をつくっているのかというと、これが、なぜなのかさっぱりわからないんです(笑)。

──それはますます謎ですね。

ただ、以下のイントロにヒントはあるかと思いますので、まずはそこから見ていきたいと思います。

周期表のどの元素よりも硬く、稠密で、耐熱性に優れたタングステンほど強力な金属はないだろう。そのユニークな化学的特性から、電球、ロケットエンジン、核融合炉など、あらゆるものの重要素材となっており、過去1世紀にわたり地政学的緊張の火種となってきた。

また最近、ミームトレーダーたちによって、最新の資産クラスとして小さなタングステンキューブが愛されるようになっている。暗号通貨やNFTのようなインターネット上の無形資産への投資に飽きた一部の金融インフルエンサーは、4インチ四方にして重さ19kgという驚くべき重金属のキューブに3,500ドルも出し始めている。彼らは “We like the cube “というシンプルなスローガンを掲げ、TwitterやReddit上に集まっている。

──あはは。前段の「地政学的緊張の火種となってきた」という部分ではなく、どちらかというと後段のほうに、どうも興味の焦点がありそうですね。

はい。まさにそうなんです。上記の文章には、例えば、amazon.comのリンクが貼られていまして、何かといえば、まさに4インチ(約10センチ)のキューブがアマゾン上で、3,500ドルで売られているページのリンクなんです。

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Image: VIA AMAZON

──ウケますね。

わけわからないんですね。ちなみに、この販売ページのコメント欄には、こんなことが書かれています。

片手で持ち上げるのはほとんど無理です。木箱とたくさんの発泡スチロールでしっかりと梱包されて届きました。これでいろいろなものを壊そうと思います。

とか、

わたしは手が大きい方ですが、片手で持ち上げるのは困難です。妻に片手で持ち上げたら100ドルあげると言いましたが無理でした。数センチの高さからでもテーブルの上に落とすと4インチ四方の模様ができますので家具を傷つけたくない方は、家具の近くに置かない方がいいでしょう。決して足の上に落としてはいけません。

あるいは、

4インチキューブは、驚くほど重いと表現されますが、これはむしろ控えめな表現です。これは最高のペーパーウェイトにもなりますが、下にあるものを取り出すのにきっと苦労するでしょう。いままで買ったものの中で、一番役に立たず、一番驚きと興味に満ちた買い物です。この驚きが消えることはないでしょう。

──ほんとにしょうもないですね。

ところが、このタングステンブームに興味をもったメディアは他にもありまして、『The Wall Street Journal』は、「まずはビットコイン。次にゲームストップ。そしていま、小さなタングステンキューブ」(First Bitcoin. Then GameStop. Now Tiny Tungsten Cubes)という記事は、とりわけクリプト業界の人たちの間で人気が高まっていることについて、こんなふうに書いています。

ブロックチェーンに特化したベンチャーキャピタルCastle Island Venturesの創業パートナーであるNic Carterは、タングステンキューブの物理的な重さは、暗号市場の無形性と好対照を成していると語る。

「わたしたちは、自分たちの愛着を宿らせる物理的なトーテムを奪われている。タングステンはわたしたちの心の穴を埋めてくれるんだ」

タングステンの需要は、非営利の暗号通貨研究・擁護団体であるCoin CenterのコミュニケーションディレクターのNeeraj K. Agrawalは、暗号トレーダーが世界的なタングステン不足の背後にいると主張する偽記事を投稿した直後に跳ね上がった。

「タングステンキューブと一緒に埋葬して欲しいと思っています」と、Agrawalは語る。「ファラオが自分の財産と一緒に埋葬されたように、キューブにも名誉の場所が与えられるべきです」

──トーテムとかファラオとか、何やら神秘的なタームが使われているのが特徴的ですね。

そこなんです。記事は続いてこう書いています。

キューブ愛好家たちは、しばしば神秘的な言葉でキューブを表現する。「重力や自然の力について考え始めると、とんでもないところに迷い込んでしまう」と、アルバニーにあるユダヤ教の先生で、@thebicoinrabbiのTwitterハンドルを用いるマイケル・カラスは言う。彼は1.5インチのキューブを所有している。

──ユダヤ教の先生まで(笑)。

先のアマゾンのページの商品紹介のところにあるQ&Aで、トップに来ている質問は、「これで”Mjolnir”をつくれる?」というものなんです。

──Mjolnir?

「ムジョルニア」と読むのですが、これは何かというと、北欧神話の雷神Thorが、持っているハンマーのことです。いまどきのコンテキストで言いますと、Marvelの映画でクリス・ヘムスワースがもっている金槌のことで、おそらくこのQ&Aで念頭に置かれているのは、こちらだと思います。

──言われてみれば「奥さんに持てるかどうか賭けをした」というコメントと似たシーンが「アベンジャーズ」にもありましたね。ソーのハンマーを、キャプテン・アメリカやアイアンマンが持ち上げようと試すという。

はい。このタングステンブームが面白いなと思うのは、まさにその点なんです。つまり現在のポピュラーカルチャーにおける重要な論点とつながりあっているように見えるんです。

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──ほお。

というのも、自分が好んで見ている「アベンジャーズ」も「スターウォーズ」も、やたらと鉱物資源に関する言及がありまして、それをめぐる興味は、オブセッションと呼ぶに近いもののようにも感じるんですね。それこそアベンジャーズには「Vibranium」(ヴィブラニウム)という架空の物質が出てきますが、日本語のウィキペディアの項を見ると、やたらと詳細にこの物質について語っているんです。

ヴィブラニウム(英: Vibranium)とは、マーベル・コミック及びその映画化作品シリーズであるマーベル・シネマティック・ユニバースに登場する架空の金属である。ブラックパンサーの故郷であるワカンダで産出され、彼のスーツに使用されていることで知られている。人工的に作られる南極産のものもあり、これはアンチメタルと呼ばれる。また、キャプテン・アメリカの盾(英語版)の素材としても有名である。

ダイヤモンド以上の硬度を持ち、ウラン以上のエネルギーを放出する。限界まで振動と運動エネルギーを構成分子内に吸収して硬度を増す。また、そのエネルギーは治癒力を活性化させる効力も持つ。さらに、X-MENに登場するアダマンチウムは限りなくヴィブラニウムに近い金属である(ヴィブラニウムのリバースエンジニアリングの結果生み出されたため)。

遥か太古の昔に、宇宙からの隕石によって地球にもたらされた超鉱石。ワカンダ人は“イシポ(贈り物)”とも呼称していて、地球では、前述の隕石が落下したアフリカ大陸の地中深くに巨大な鉱床を形成し、その地が“ワカンダ”として建国されてからは本国がこの鉱石の唯一の採掘地となり、ワカンダ以外での貯蔵量はごく僅かな希少なものである。

ダイヤモンド以上の硬度と強度を誇り、且つ軽量だが、それだけでなく最大の特徴は、受けた衝撃をそのまま吸収する作用をはじめ、ウラニウム以上のエネルギーを秘めており、その力で植物をも超常的なパワーを内包するように変異させたり、ナノマシンの素材としても使用可能などの不可思議な特性を有していることである。このことからワカンダでは、ブラックパンサー・スーツは勿論、衣服、装飾品、街、武器、乗り物など、一般の国民の日用品から、専門職に就く者の特殊なツールにまでこの鉱石を加工して取り込み、地球上のあらゆる物品よりも高性能な発明品が多数生み出されている。

──あはは。物語上の単なる「設定」を超えてますね。

あるいは、スターウォーズ・シリーズの『マンダロリアン』では「ベスカー」と呼ばれる金属が極めて重要な役割を果たしますが、これに関するファンダム・ウィキにおける記載はこうです。

ベスカーは銀河系で最も強靭で伝説的な金属の1つである。この合金はブラスターの直撃に耐え、ライトセーバーの一撃を跳ね返すことができる。また、この金属はあらゆる戦士の好みに合わせて鍛錬できる。インゴットの状態では、ベスカーの色は銀に波模様があり、「るつぼ鋼」を連想させる。

ベスカーはマンダロアのさまざまな集団、氏族、家系でよく使われる材料であり、レン、ヴィズラ、サクソン、クライス、ナイトオウル、チルドレンオブザウォッチのようなクランが使用してきた。 そのユニークな特性のため、マンダロリアン・ジェダイ戦争ではジェダイのライトセーバーをはじくことができる鎧がベスカーで鋳造された。マンダロリアンによると、すべてのベスカーは彼らのものであった。

──マニアックすぎてほとんど何を言っているのかわかりませんが(笑)、それでも、それが重要なのであろうことは伝わってきます。

いずれにおいても重要なのは、その鉱物資源の希少性でして、鉱物自体がもっているパワーとは別に、その「希少性」自体が、これらの鉱物に権力を与えているということなんです。で、冒頭のQuartzのイントロダクションにあったように、その有用性と希少性が相まって、鉱物資源は「地政学的緊張の火種」となるわけですね。

──政治と経済の根源に鉱物資源がある、と。

はい。これはスターウォーズにおいてとりわけ顕著なのですが、スターウォーズが描く銀河というのは、経済活動というものがほとんどない世界でして、そこを支配している「独裁帝国」が何をしているかというと、デススターをつくるための「Quadanium steel」という鉄や、それに搭載された巨大レーザー砲をつくるための「kyber crystal」といった鉱物資源を宇宙のあちこちで掘っては、未制圧の地域を制圧するための武器をひたすら製造するだけで、天然資源採掘と武器製造だけがあって、あとはそのおこぼれ、という世界なんです。

──ざっくりした世界像ですね。

ただ、基本、経済ってのはそういうものかもしれないと思うところがないわけではなく、地球上の資源の有限性もしくは希少性を独占化するところから権力が発生するところから、経済というものも発生するのだとすれば、わたしたちも、同じような「資源争奪」のおこぼれに縋りながら生きているスターウォーズのなかの屑鉄拾いやら用心棒やら賞金稼ぎとさして変わることがないかもしれません。

──先週言及した映画『ドント・ルック・アップ』でも、隕石に含まれた鉱物資源の利権争いが描かれていましたが、いま地球で行われている宇宙開発競争というのも要は資源開発競争なわけですもんね。

「フロンティア」という考え方は極めてアメリカ的なものですが、これも基本は「誰もいまのところ所有していない天然資源が眠る空間」のことを指しているわけですよね。

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──なるほど。そう考えると、フロンティアというのは原理的に経済的なもので、資源利権と結びついていそうです。

興味のない人にはおそらくまったく興味のないアメリカ映画の話ばかりで恐縮なのですが、先日、ようやく昨年公開されたMarvelの『エターナルズ』という作品を観たんです。これは『ノマドランド』でアカデミー賞を受賞したクロエ・ジャオが監督を務めたヒーローもので、なかなか面白いものでしたが、主人公が、中国系イギリス人の俳優のジェンマ・チャンが務める「セルシ」(Sersi)という女性ヒーローなんです。

──ほう。

彼女は7,000年前に宇宙から地球に派遣されてきた「エターナルズ」という宇宙人グループの一員なのですが、サルマ・ハエック演じる当初のグループリーダーAjakからリーダーの役割を譲り受けることとなり、ジェンマ・チャン演じるセルシは「なぜわたしがリーダーに選ばれたのか」と自問することとなります。観客は、彼女はグループのなかで、地球という星、あるいはそこに生きる人間も含めた生命に一番深く共感をもっている存在であればこそ、彼女の存在に共感もしますし、彼女がリーダーに選ばれたことに納得もするのですが、問題は、エターナルズのメンバーのなかで、なぜ彼女だけがそんなふうに生命というものへの共感をもつことができたのか、という点です。

──ほほう。面白い。なんでですか。

彼女の活躍ばかりを集めたファン動画をYouTubeで見ていたら、以下のようなコメントがあったんです。

ある人がいいことを言っていたので、気づかなかった人のために共有させてもらいます。セルシが人間を何よりも大切にするのは、触れるだけで金や貴重な素材を手に入れることができるからです。彼女はより大きな視座から命の尊さを知ることができるのです。

──どういうことでしょう。

セルシのスーパーパワーは、石を水や木に変えたり、生き物を鉱物に変えたりすることができることでして、実際、映画のなかで石を金に変えたり、何でできているのかよくわからない宇宙から来た存在を木や石に変えることになりますが、このコメントが言わんとしているのは、あらゆる資源を自分の望む資源へと変えられる彼女は、「資源の希少性」という概念を超えているということなんですね。

──つまり、希少性を基盤とした権力や経済を超えている、と。

はい。もちろん、これは非常にロマンチックな見方でして、逆にいえば彼女のパワーは巨大な権力の源にもなりうるものですから、そのことだけをして彼女がリーダーにふさわしいことにはなりませんし、彼女はその力を利権として占有する専制的なリーダーにもなりえるわけです。ただ、この指摘が面白いのは、鉱物を扱うということが、モラルというものと根源的に関わっているということを、図らずも端的に指摘しているところなんですね。

──ふむ。

ここで、カート・セリグマンという人が書いた『魔法:その歴史と正体』という本をご紹介したいと思うのですが、これは科学以前の魔法、つまり占星術や黒魔術や占い、呪いといったものの歴史を紐解いたもので、鉱物資源と関わるところで言いますと、当然、錬金術というものも扱われています。

──ああ、そうか。セルシは、錬金術師だと見ることができるわけですね。

補足しておきますと、このセルシというキャラクターは、ギリシア神話に登場する女神Circe(キルケ)をモチーフにしていますが、彼女は女神というよりは魔女に近い存在で、薬草やさまざまなポーションをつくることについて広範な知識をもっていて、オデュッセウスの部隊を豚に変えてしまったことで有名です。キルケの魔術は、主に人を動物に変えることだったそうですから、セルシが、無機物と有機物、生命体と非生命体とを自在に入れ替えることが可能となっているのは映画のなかで新たに追加されたスーパーパワーだと理解しておく必要があるのでが、それを踏まえると、セルシは薬学に通じた魔女であり、同時に錬金術師でもあるわけですね。

──ふむ。

そこで、先の『魔法:その歴史と正体』に戻りますと、錬金術についての章には、こんなことが書かれています。

 真の錬金術は、技術や科学よりも限りなくすぐれていた。なぜなら、金属の変成は技能だけではつくりだせなかったし、また知識だけでは熟達の域に達するには十分ではなかったからである。道徳的な美徳が必要だった。そして人は、崇高な完全な状態に達したときはじめて、自然の驚異を利用する。

聖ヨハネは、錬金術師だったと考えられていた。ビザンティウムの伝説によると、彼は海岸の小石を金や宝石に変えたからである。

中世とルネッサンスの錬金術師は、自分たちの知恵の科学的な面を強調しなかった。(中略)多くの人たちは、自然について熟考することは学究的な書物を研究することよりもはるかに重要である、と言明した。彼らは、心の純真さをとりもどすことをすすめた。そして、幼児は金をつくりだすことができるし、また、錬金術の作業のための第一物質──プリマ・マテルナ──は、いたるところに見出すことができる、と断言した。しかし無知な連中は、毎日のように第一物質を踏みつけ、錬金術の基石は、価値のない人びとによって捨てられている。

パラケルススはプリマ・マテリアについて、「貧乏人が金持ちよりもそれを多くもっていることは、だれの目にも明らかである。人びとは、その良い部分を捨て、悪い部分を保有する。プリマ・マテルナは、目に見えるものであり、かつ見えないものでもある。幼児たちは、路地でそれをもてあそんでいる…….」と述べている。

このようなイメージは、『福音書』から借りてきている。

──へえ。錬金術とキリスト教の教えはつながるところがあるんですね。

本によると「金」は神、もしくは天と地上とを結ぶ媒体なので、それを実行するためには、自分自身を天や神とつながるにふさわしい存在へと高めるもなくてはならないというのが基本的な考えなのだそうです。であればこそ、それに従事するものは清らかな純真な存在でなくてはならないんですね。細かい点については、わたしもよくわからないところがあるのですが、ここまでの話と関わるところで言いますと、この本のなかで引用されているニコラ・ヴァロアという人の以下のことばは、示唆に富んでいるかと思います。

心の純潔を失うとき、人は科学を失う。

──ほほう。科学がある意味完全に経済に従属させられてしまっているいまの世界は、この言に従うならば「科学を失」っている世界だと言えるのかもしれません。

そうですね。あらゆる物質を、経済的有用性から「資源」としてしか見ることができなくなってしまった世界は、科学そのものも失うんですね。ところが、『エターナルズ』のセルシは、そうした経済的有用性から自由であるがゆえに、自然の驚異を利用し得る存在ともなるわけです。もっとも、彼女が高潔であるがゆえにその魔法が可能になるのか、あるいは、魔法をもつがゆえに純潔だとされるのかというあたりの因果はよくわからないところではありますが、いずれにせよ錬金術も科学も、高潔さとセットでないとダメなんですね。

──錬金術と道徳がセットだというのは、なんだか意外な感じもしますね。

いま引用した箇所を、今度はタングステンの話と引き比べてみますと、先のユダヤ教の先生のコメントにあった「重力や自然の力について考え始めると、とんでもないところに迷い込んでしまう」ということばが、錬金術師たちが「自然について熟考することは学究的な書物を研究することよりもはるかに重要である」と断じたことと正しく響きあっているのがわかりますが、とすると、錬金術には意外な現代性がある感じがしてきます。

──たしかに。「タングステンはわたしたちの心の穴を埋めてくれる」ということばも象徴的です。

鉱物を「資源」としてしか見ることができなくなった現在の状況は、このことばに沿っていえば、鉱物から「心」を切り離してしまったということになるのではないかと思いますが、これをさらに大げさな言い方で、近代以降の人間は地球あるいは「大地」との、心的/道徳的なつながりを切断してしまったのだ、とでも言ってみると、気候変動といった地球規模の問題が重くのしかかる世界にあって、なぜポップカルチャーのなかで、これほど鉱物へのオブセッションと、それを扱うための魔術がこれほど語られているのかが見えてきます。

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──この連載の、「葛」をお題にした「葛のセンスメイキング」という回で出てきた、TikTokにおける魔女ブーム「ウィッチトック」の話とも通じ合っていますね。

「ウィッチトック」を扱った回でも触れましたが、これは「ものごとをホーリスティックに捉える」ということと関わることなんですね。で、魔術的なものがもたらす全体性というもののなかには、「自分の心」というものが含まれているのがポイントだと思うんです。

──と言いますと。

「マンダロリアン」に登場するベスカーという素材には、「それを手にする者には、それにふさわしい者でなくてならない」という感覚が常についてまわるんですね。これはソーのハンマーにおいても、アフリカのワカンダで採掘されるヴィブラニウムにおいてもそうだと思うんです。ベスカーについて言えば、その資格をもつのはマンダロリアンという種族であるわけですが、大事なのは、マンダロリアンがその資格を所与の「権利」だと考えるのではなく、それは自分を高めることで得られるものだと考えているところだと思うんです。つまり、鉱物資源が、己自身、もしくは血族自体の道徳や美徳とセットになって、常に自分たちに内省を迫るものになっているんですね。そして、そこが主人公のマンダロリアンにわたしたちが共感するポイントとなっています。

──スーパーヒーローものにおいては、超自然的な力を使うものとしての「資格」は重大なテーマですよね。

おそらくタングステンを買って喜んでいる人のなかには、そうした心持ちがきっとあるはずで、それこそアマゾンのコメント欄にあった「一番役に立たず、一番驚きと興味に満ちた買い物です。この驚きが消えることはないでしょう」というコメントから察するに、タングステンという驚異を身近に置くことがもたらす癒しは、その驚異が、絶えず自分を問い返してくれるからなのではないかと想像しますが、その問い返しは、実は道徳的なものでもあるとんだと思います。

──驚異といえば、センス・オブ・ワンダーなんていうことばを、よく科学者なんかが口にしたりしますが、それは必ずしも道徳的なことを語っているわけでもない気もします。

なんらかの石を火にくべることで見知らぬ物質が取り出せたり、さらにそれを加工することで新しい道具をつくりだせたりといった、いわゆるエンジニアリングの行為には、極めて高い快楽性や陶酔性があるんだと思うんです。なんらかのインプットを人為的に加えることで、そこからあっと驚くようなアウトプットが得られるのは、それ自体が驚きに満ちたことでしょうし、楽しいものですよね。ただ、その快楽性・陶酔性には常に危険な側面があって、センス・オブ・ワンダーということばも下手をすると、そうした快楽性への埋没を擁護するようなものになってしまいかねないところに、危うさがあるのかもしれません。

──スーパーパワーの快楽性に溺れて悪に転じるのは、ヒーローものの悪役の典型的な道筋です。

ここまで科学技術が肥大化したなかにあって、いまさら個々の科学者や工学者の道徳心に期待するには時すでに遅しという感じですが、いま少なからぬ人びとが魔術に癒しを感じるのは、科学や工学において見出すことが困難になったいま、かえって魔術のなかに、「道徳」や「善」の感覚をそこに見出せるからなのかもしれません。逆説的な感じもしますが、今回改めて思ったのは、人がタングステンに見出しているのは、すでにそれ自体がノスタルジーの対象でしかないのかもしれませんが「道徳という概念」なのではないかという気がします。

──錬金術には「道徳的な美徳が必要だった」、だから「技術や科学よりも限りなくすぐれていた」。ということばは、いまのご時世、スーパーパワーをもったヒーローの物語がやたらと描かれ、やたらと消費されている理由の説明としては的確な説明なのかもしれませんね。

あるいは、「道徳的な美徳もないくせに巨大なパワーだけもってる」ような人たちに、わたしたちがよほどうんざりしていることの証なのかもしれません。

──それはまず間違いなさそうです。いま、日曜日の朝5時半ですが、書き始めてちょうど6時間です。キリもいいので、今日はここまでにしましょうか。

そうしましょう。

──お疲れさまでした。

はい。疲れました。


若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。


꩜ 「だえん問答」は毎週日曜配信。次回は2022年1月30日(日)配信予定です。本連載のアーカイブはすべてこちらからお読みいただけます(要ログイン)。

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