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Portrait of ME:世界の“わたし”の肖像 #1

Quartzの毎日のニュースレターでは、世界で激変する経済の動きを伝えていますが、週末は、ちょっとひと休み。そこで暮らす人たちが日々感じている悦びを(ときに辛みや悩みを)、今日から毎月1通のニュースレターでお届けしていければと思っています。

Image copyright: Victor J. Sebb
This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
  • Kurumi Fukutsu
By Kurumi Fukutsu

Contributing Editor

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Portrait of ME #1

フランスでの不妊治療から見えた、家族のかたち

皆さん、こんばんは。Quartzの毎日のニュースレターでは、世界で激変する経済の動きを伝えていますが、週末は、ちょっとひと休み。そこで暮らす人たちが日々感じている悦びを(ときに辛みや悩みを)、今日から毎月1通のニュースレターでお届けしていければと思っています。

Image copyright: Victor J. Sebb

金子はなさん|上智大学外国語学部フランス語学科卒、東京・ニューヨークで金融機関勤務を経て、ニューヨークで現在のパートナーと出会い、2014年にパリ移住。独保険グループの不動産アセットマネジメント会社勤務。

🗣 第1回となる今回は、メンバーシップ読者以外の方でもウェブで読めるようにしています。広くシェアいただいたり、ご感想をお寄せいただけるとうれしいです。

Image copyright: Victor J. Sebb

わたしがはなと出会ったのは、上京して入学した大学のフランス語学科でのこと。一学年で70人弱しかいない学科だったので、彼女とは早いタイミングで仲よくなり、授業が終わるとグループで集まって時間を過ごすことが多かった。彼女は頭の回転が速く、外国語の習得もとても早かったことを覚えている。

その後、お互いに忙しくなり会う機会が減ったけれど、社会人になった25歳頃のときにまた会って話をするように。彼女はいつもわたしの悩みを聞いてくれて、人生をどう過ごすかなど、さまざまな話を会うたびにし、お互いの時間を共有した。

ハワイ生まれのはなは、学生時代にも留学をするなど、いつも気持ちは日本の外に向いていた。卒業後にパリに留学したあと、外資系の金融機関で働いていた彼女が次のキャリアのことも考えて米国に行くと決めたのは2012年。28歳のとき、ニューヨークへ行ってしまった。

ニューヨークで新しい生活をはじめた彼女は、次の人生の決断も早かった。そこで出会ったフランス人の男性と入籍し、2014年にパリへ移住することに。「パリに行けば東京とニューヨークとの暮らしを比べられると思ったのもあるし、そのときの自分のライフスタイル、ライフステージの影響も強いと思う。パリのいいところは、日々の生活を大事にできることだった」と話す。

と、ここまで書いてみて、はなの人生は、すべて彼女の決断したとおりに進んでいたのかもしれないと思ってしまう(もちろんさまざまな困難があったにせよ)。でも、パリに行った彼女は、自分自身ではどうしようもない壁にぶつかることになってしまった。それが、「子どもをもつこと」。彼女は子どもをもつということを当たり前のように人生設計において描いていたし、むしろそれがあくまで「自然な流れ」だと思っていたからだ。

フランスで不妊治療を始めて

結婚してからなかなか子どもができずにいた彼女は、しかし不妊治療にも、前向きに取り組む日々を続けていた。

「わたしたちの場合は、2017年に入ってから子どもをもちたいという話が出て、半年くらいが経って初めて不妊のために検査した。年上の友人が苦労しているのを見ていたので、わたしたちも早めに行ったほうがいいなって。受診したらわりとすぐに原因になりそうな要素がわたしにあることがわかり、すぐに顕微体外受精をするといいって言われて。おそらく日本だと、まずはタイミング療法、次に人工授精、そして体外受精……と何カ月、下手したら数年に渡ってこのステップを踏んでいくと思うんだけれど」

Image copyright: Victor J. Sebb

その後、2018年1年間で8回採卵にトライするも妊娠に至ることはなく、ドナーから卵子提供を受けて2019年に3回移植するも、それも報われなかった。

「正直、不妊治療をしたことも、そして子どもができない状況にあったのもフランスだったのは本当によかった」と、彼女は話す。

「まず、経済負担が軽い。フランスでは、4回までは体外受精は保険でカバーされる。もちろん、入っている保険にはよるけれど、薬代・病院代の負担はかなり減る。わたしは体外受精のための卵子採卵を8回したけれど、結果が分からないなかで気にせずチャレンジできるのは、とても気が楽だった。次に、時間を無駄にしないこと。これは、不妊治療が保険負担ということも関係していると思うけれど、可能性が低ければバッサリと『無理だ』と言われる。たとえば、わたしは体外受精で8回採卵して、受精卵になったのはひとつだけ。これはとても悪い数字だけれど、主治医からはっきりと、『この年齢でこの回数やっていれば、通常はもう妊娠している。これだけやってできないなら、今後も可能性は低い。子どもをもちたいならさまざまな方法があるから、卵子ドナーを検討した方がいい』と、ほぼ戦力外通知を受けてしまった」

「そして、 最後に精神的な安心面。フランスでは誰も詮索しないし、勤めている会社でも休みを取る理由を告げる必要もないので、帰社しづらい、休みを取りづらいという状況は考えられない。そうすると結果的に、経済的にも心理的にも楽」

もちろん、こうした日々が彼女にとってダメージがなかったわけはない。不妊治療に対して前向きに取り組んでいるというのに、体外受精を始めてから1年も経たない段階でバッサリと言われてしまうのだから。「セカンドオピニオン、サードオピニオンも取ったけど、同じような意見で、納得せざるを得なかった」

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フランスでの「家族」のあり方

しかし、少し時間が経つと、彼女は「(主治医に妊娠の可能性が低いことを)言ってもらえて本当によかった」と感じるようになったという。「これは、『家族とはなにか』ということにも通じるけれど、自分のDNAをもったこどもが欲しいのか、パートナーとこどもを育てるということをしたいのかを考えるようになった。わたしは後者だったので、養子を検討するという次のステップを考えることができた。養子を希望するのにだって、若い方がいいに越したことはない。そういう意味では、最初の体外受精で可能性が低かったときにはっきりと言われてよかったと思っている」

彼女の言う「家族」について、パリに住む彼女にはどのように映っているのだろうか。「フランスでは、子どもをもつのももたないのも、『家族』、さらに言えば『個人』の問題であって、『社会』の問題ではないとされていると思う。日本では、子どもをもたないことで社会的に肩身が狭いということをよく耳にするけれど、これはフランスにはないように感じる。まず、大前提として、フランスは日本のように人口減・少子化が社会問題ではない。日本のような社会的な文脈で子どもをもつ必要性が語られることはあまりないのでは?」

事実、日本の出生率が1.36(2019年時点)で、30年前と比較すると(1989年は1.57、日本では「1.57ショック」とも)マイナス2.1ポイントなのに対して、フランスでは1.87。30年前(1989年は1.79)と比較しても概ね横ばいで推移している。

一方で、子どもをもたないことが「普通」なのかと言われたらそれも極端な話で、そんなことはまったくないとも話す。「出生率が示す通り、子どものいる家族像が一般的なのだとは感じる。わたしの周りの友人も、いまでは第二子、第三子と出産が続いているのは事実。カトリック系の家庭では、子どもをもつことがいいとされているのも確かで、社会的に『そうあるべき感』があるコミュニティがあるのもそう。ある程度は日本と同じように『家族』からの影響はあるけれど、最終的には『個人』(カップル)の問題という線引きはされている気がする

カップルであること、子どもをもつこと

Image copyright: Victor J. Sebb

日本と海外でよく違うと言われているのは、子育てとジェンダーに関する社会的な受け入れ方について。とくに、会社勤めの人にはかなりのハードルがあると思われている。

「パリでは、女性が退職するということは全く聞いたことがない。ただ、保育園が見つからないというのは悩みの種のようで、見つからずに職場復帰が遅れるという話は耳にする。そのなかでも意外だったのが、父親の育休の少なさ。これは最近まで、11日間しかなかったものが改正されて、やっと28日間になった。日本でも男性が育休を取得できるけど、取得率で言えば、フランスの方が日本よりもずっと取りやすい現実はあると思う。里帰り出産という慣習もないので、わたしの周りでも男性が育休を当たり前に取っているのを普通だと感じる」

また、仕事とプライベートを切り分ける生活の仕方も日本とは大きな違いがありそうだ。

「フランス人は、よくも悪くも『仕事は単なる仕事』と割り切っていて、『仕事のために生きる』ような人はかなり少数派。日本にいる時には気になったけれど、父親だけが遅く帰ってきて夕食ひとり、というのは寂しいなと思ってしまう。フランスでは男性も夕飯の時間には帰ってきて、家庭の中で役割を担っているという印象。保育園の送迎、お風呂、食事なども普通にこなしているようなスタイルが、苗字が一緒であるという表面的なことよりも、ずっと家族の一体感があると思うのは、わたしだけかな」

フランスに住んでから彼女は、「カップル」の存在というものが大きいことにとくに気付かされたという。

「日本は子どもが欲しいから結婚、という流れも成り立つ気がするけれど、これもフランスだと、カップルがまずありき、そしてその延長上にこどもがあるという感じがする。全く独立した話ではないけれど、それぞれ別軸な部分も大いにある。もちろん最初から積極的に選ぶ人は少ないだろうけれど、こどもが欲しいなら、ひとりで産んで育てることも現実的な選択肢としてある。そもそも結婚しないカップルもいれば、離婚してシングルマザーになる人も多いので、現実的にそれができる気がするけれど。ハードルは高いけれど、シングルで養子を希望する人もいるのが現実」

わたしはこれでよかった

Image copyright: Victor J. Sebb

この不妊治療を経て、彼女はこれまでの人生がそうだったように「頑張れば報われる、実現する」ということではなく、頑張ってもダメなことがあることを受け入れざるを得ない状況があることを理解しなければならないと感じたという。

「自分が忘れっぽいタイプということもあるけれど、正直なところ、これまで挫折するような経験はなかった。これまでは頑張れば、ある程度は結果がついてきたから。でも、子どもをもつということに関しては挫折に次ぐ挫折で、早々に戦力外通告されてしまった。シンプルに、人生思い通りにならないことがあり、まわりの状況や自分の傲慢さを見直すきっかけにもなった」

自分のパートナーがこの人でよかった、と何度も思った」と彼女は言う。「不妊の原因はわたしのほうにあるというのに、彼は一貫して『君の問題ではなく、ふたりの問題』『一番大事なのはぼくたちふたり。子どもをもつ方法は他にもある』と一度もぶれなかった。幸せ者だな、と思います。頑張っても手に入らないものがあると、いまもっているものをありがたく思うということを学んだかな

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Photography: Victor J. Sebb
Edit & Text: Kurumi Fukutsu

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