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Guides:#94 終わりなき戦争のナラティブ・後編──若林恵

今週は前後編! 海外メディアの言う「戦争はウクライナ人のアイデンティティのなかで起こっている」の真意とは? 海外で報道される点と点とを結んで「世界の論点」をあぶり出す人気連載。

This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
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A Guide to Guides

週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。今週は2通に分けて、お届けしています。

前回の「#93 ウクライナの「脱ナチ化」」に続き、特別無料公開。毎週日曜に配信している「だえん問答」のアーカイブは、すべてこちらからお読みいただけます(要ログイン)。内容にご興味をおもちいただけたら、ぜひ7日間の無料トライアルで購読してみてください。

the narrative of endless war #2

戦争のナラティブ・後編

Image copyright: REUTERS
このニュースレターは、1分前にお送りしている「Guides:#94 終わりなき戦争のナラティブ・前編」の続きです。

──極右勢力は議会でさほど議席を取れていないから取り立てておおごとにするほどでもない、という見方も変わってきちゃいますね。議会がどうせ、そうやって言いなりになるのであれば、議席なんかなくてもいいわけですもんね。

そうなんです。警察をはじめとする行政機関と、司法機関とを抑えてしまえば、やりたい放題になってしまいます。例えば、先に記載のあった、ロマのキャンプの襲撃事件についても、すぐそばに警察がいたにもかかわらず何もせず、暴行集団と談笑していたともされています。この事件の裁判は今年1月に判決が出ましたが、ロマの人びとに対する「ポグロム」(ユダヤ人に対して、自発的計画的に広範囲に渡って行われる暴力行為と同様な出来事)は「直接民主主義のひとつの現れである」として、裁判所が訴えを棄却しています

──ひどい判決ですね。

アメリカで最も古いメディアのひとつでプログレッシブな立ち位置で知られる『The Nation』の2019年の記事「ネオナチ・極右がウクライナを行進中」(Neo-Nazis and the Far Right Are On the March in Ukraine)で、2014年の革命以降に起きた、さまざまな事件をまとめていますのでざっと紹介します。気が滅入るかとは思いますが。

ナチ協力者を国を挙げて賛美
– ウクライナの極右は、マイダーン後の政府をハイジャックし、不寛容で超国家主義的な文化をこの土地に押し付けることに成功した。2015年、ウクライナ議会は、第二次世界大戦中の準軍事組織であるウクライナ・ナショナリスト組織(OUN)とウクライナ反乱軍(UPA)をウクライナの英雄とし、その英雄性を否定することを犯罪とする法案を可決した。OUNはナチスに協力してホロコーストに参加し、UPAは自らの意思で数千人のユダヤ人と7万〜10万人のポーランド人を虐殺した。
– ホロコースト修正主義は、政府出資のセミナー、パンフレット、ボードゲームから、ユダヤ人虐殺者の名を冠したプレート、像、通りの増殖、極右のキッズキャンプでの超国家主義思想の教育まで、多方面にわたる取り組みとなった。
焚書
– ウクライナのテレビ・ラジオ放送国家委員会は、政府のシナリオに反する「反ウクライナ」文学を禁止することで、ウクライナの英雄の賛美を強要している。この思想検閲には、欧米作家による評価の高い著作も含まれる。
– 2018年1月、ウクライナは、第二次世界大戦中にウクライナ人部隊がユダヤ人の子ども90人を虐殺したという一節を理由に、イギリスの歴史家アントニー・ベーヴァーの『スターリングラード』を発禁にし国際的なニュースとなった。
反ユダヤ主義
– 政府主導でホロコースト加害者を美化することは、反ユダヤ主義にお墨付きを与えることとなった。過去3年間、街頭に鉤十字やSSの文字が爆発的に増え、殺害予告がなされ、ホロコースト記念館、ユダヤ人センター、墓地、墓、礼拝所が破壊され、イスラエルはこの潮流に対処するよう政府に公式に促す異例の措置を取った。
– 公職者による反ユダヤ的暴言には何の咎めもなく、治安部隊の将軍がzhidi(「カイク」に相当する中傷)を排除すると明言したり、国会議員の代理がテレビで反ユダヤ的な暴言を吐いたり、極右政治家がヒトラーはユダヤ人を殺しきれなかったと嘆いたり、超民族主義者の指導者がオデッサからzhidiを一掃すると公言している。
– マイダーン後の数年間、ユダヤ人団体はウクライナ批判をほとんど控えていた。おそらく、キエフが自力でこの問題に取り組むことを期待していたからだ。しかし2018年になると、反ユダヤ主義的事件が頻発するようになり、ユダヤ人団体は沈黙を破った。
– 2017年、ウクライナ最大のユダヤ人組織の所長が、『The New York Times』に論説を発表し、キエフのホワイトウォッシングに対処するよう西側諸国に促した。
ロマ・ポグロム
2018年春、ロマ人に対するポグロムが発生し、2カ月間で少なくとも6件の事件が発生。その映像は1930年代を思い起こさせる。武装した暴漢が女性や子どもを襲い、彼らのキャンプを破壊し、少なくとも1人の男性が殺され、子どもも刺された。
– 国連がキエフにロマの「組織的迫害」を止めるよう要求してから数カ月後、人権団体が、C14がキエフ警察との合同パトロールでロマを威嚇している疑いがあると報告。
LGBT・女性権利グループ
– ナショナリストたちはLGBTの集会を狙い、Amnesty International主催のイベントを閉鎖したほか、トランスジェンダーの権利集会で欧米のジャーナリストに暴行を加えた。国際女性デーの行進も標的にされ攻撃された。
メディア攻撃
– 2016年5月、政府とつながりのある超国家主義ウェブサイトMyrotvoretsは、ウクライナ東部のロシアに支援された反政府勢力から認定を得たジャーナリスト数千人の個人データを公開し「テロリストの協力者」のレッテルを貼った。
– 検察庁はRFE(Radio Free Europe)で汚職を調査していた記者ナタリー・セドレツカの調査記録を押収する令状を発給。RFEの広報担当者は、政府の行動が「ジャーナリストを冷え込ませる雰囲気」をつくり出したと警告し、国会副議長のMustafa Nayyemは「忍び寄る独裁」と呼んだ。
言語統制
– ウクライナは非常に多言語で、ロシア語を話す数百万人の東ウクライナ人に加え、ハンガリー語、ルーマニア語などの言語が用いられる地域もある。これらの言語は、2012年に制定された地域言語法によって保護されている。
– ポスト・マイダーン政権は、この法律を無効化しようとし、ロシア語を話すウクライナ人を憂慮させた。米国国務省とジョン・ケリー国務長官は2014年、政府がロシア語の地位を守ることを約束し、不安を和らげようとしたがその努力ものちに無に帰した。
– 2017年の法律では、中等教育をウクライナ語で厳密に行うことが義務付けられ、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャが激怒した。いくつかの地方では、公的な場でのロシア語の使用を禁止する法律が可決された。テレビやラジオでのウクライナ語使用も強制されている。(これは、ワシントンがスペイン語圏のメディアに対して、英語で放送することを強制するようなものだ)。
– ​​2018年2月、ウクライナの最高裁判所は、ケリー国務長官が東部ウクライナ人に約束した2012年の地域言語法を無効とした。

──想像以上のひどさです。

こうしたやばい状況は、世界各国の人権状況をまとめたアメリカ国務省の2018年のレポートでも問題視されています。

C14や「ナショナルコープス」といったナショナリスティックなヘイトグループのメンバーが、法執行機関の黙認のもとに恣意的な拘束を行うことがあったという報告もある。例えば、ウクライナの人権を監視する国連組織「HRMMU」によれば、2018年3月14日、C14のメンバーは、キエフ州で「LPR」(ルガンスク共和国)の武装グループメンバーと疑われた男性を不法に拘束した。C14は、彼をうつ伏せにして手錠をかけた状態で尋問を行った後、SBU(ウクライナ国家保安庁)に引き渡した。こうした恣意的な拘束は「DPR」(ドネツク人民共和国)と「LPR」の両方で広まっていると報告されている。

──ことばを失います。

さらに驚くべきことに、「ナショナルコープス」や「C14」といった団体は、文化省から「愛国教育」の実行組織とみなされ、数多くのプロジェクトに関わってもいます。『Bellingcat』というオランダの調査報道メディアは、2019年の記事「ウクライナの極右過激派が愛国を教えるべく国家予算を取得」(Ukrainian Far-Right Extremists Receive State Funds to Teach “Patriotism”)で、詳細を記しています。

ウクライナ政府は悪名高き極右過激派グループとその関連団体(2015年の殺人事件で現在裁判中の過激派が率いる2団体を含む)に資金を提供し、ウクライナの若者を対象とした「国家愛国教育」(NPE)プログラムを実行し続けている。
『Bellingcat』の調査により、国のNPE補助金で賄われたプロジェクトの一部を極右組織が運営し、プロジェクトを通じて新しいメンバーをリクルートすることで、組織を拡大していることが明らかになった。さらに、この愛国教育は、ウクライナの極右で長年経験を積んだ人物によって組織され主導されている。ウクライナ青年スポーツ省の国家愛国教育局長のミコラ・リャコヴィッチだ。(中略)
ウクライナ教育科学省は「愛国心教育」を「青少年の『強い愛国心の形成』を目的とした包括的な国家政策」と定義している。と同時に、ウクライナの国益と独立とを守る気概を育むことを強調している。国連の2月の推計によると、1万3,000人の命を奪い、3万人もの負傷者を出したロシアの侵略とウクライナ政府はいまなお戦い続けており、この点からも優先的な政策となっている。
ウクライナの教育科学省が掲げるNPEの「国家愛国教育」には、「ウクライナ嫌い、非道徳、分離主義、排外主義、ファシズムに抗う人格の形成を促す」ことが掲げられている。しかし、若者にファシズムに抵抗することを教えるというウクライナ政府の目標は、極右・ネオナチ組織に資金提供し続けていることと明らかに矛盾している。

──ファシズムと戦うためにファシズムを注入する、と。わけがわかりません、

こうした文化省や教育省との取り組みについて、C14のリーダー、エフヴェン・カラスは次のように語っています。先の『Harper’s Magazine』からの引用です。

カラスは、C14が国から受け取っているのは、退役軍人省からの兵士のリハビリ資金と、文化省からの教育資金、そして「ロシアのプロパガンダにどう対処し、抵抗するか」をジャーナリストに教育するための予算だけだと語る。カラスにとって、極右団体が政府から資金援助を受けていることは問題ですらない。むしろアゾフが極右シーンを独占し、政府からの支援金を吸い上げ、小さな競合組織を圧迫していることのほうが彼にとっては問題なのだ。

──悪びれもしないのが怖いです。

この人物のマイダーンに関するスピーチは、先ほど紹介しましたが、そのスピーチの前段では、西側の武器供与を受けていることなどを、それこそまったく悪びれることなく明かしています。またいま起きている戦争についても語っていまして、かなりすごいことを言っています。本気なのかブラフなのか、誇大妄想なのかよくわかりませんが、ウクライナの「愛国教育」の一翼を担う人物の発言でもありますので、ご紹介しておきます。

わたしたちには現在かなりの武器が供与されています。多くの人がいうように「西側が助けてくれている」からではありません。わたしたちに頑張って欲しいからでもありません。わたしたちが、西側の望むタスクを実行できるからです。わたしたちにそれを引き受ける用意があるからです。わたしたちは楽しんで引き受けます。殺人を楽しみ、戦闘を楽しみます。西側の人たちは、それを見て「さて、何が起こるか」と見物するわけです。トルコ、ポーランド、英国、ウクライナ間の新しい同盟は、ここから生まれたものです。わたしたちは旗振り役です。60年間行われてこなかったような戦争の火蓋を切って落としたのですから。想像してみてください。わたしたちがどれだけの武器をもっていて、どれだけの兵力をもっているか。そしてロシアが粉々に砕け、5つでもなんでもいいのですがばらばらになるのを。
わたしたちは欧州大陸で最も多くのジャヴェリン(対戦車ミサイル)をもっています。もしかしたら英国のほうが多いかもしれませんが。こうした武力は、これまでわたしたちに苦しみを与えてきた連中に、即座に苦しみをもたらします。それが喜びであり悲しみです。ウクライナ人がこの300年もの間痛めつけられてきたからではありません。わたしたちが善良で、ようやく日の目を見ることができるからではありません。ヨーロッパの一員になりたいからでもありません。わたしたちは強力な国家であり、それが力をもつことは世界に喜びと同時に問題を引き起こします。だからこそ、これは大変な任務なのです。わたしたちはクールな時代に生きています。クールな時代には野心的でクールなゴールがあります。ゴールはヨーロッパの一員になることなんかじゃありません。あんなものはすでに崩壊しています。わたしが言っているのは、グローバルな新しい政治同盟です。新しい政治世界なのです。

──EUに参加したいわけでもなく、要は極右・白人至上主義の国際同盟をつくるのがゴールだと言っているわけですね。恐るべき内容です。しかも政府が、その存在を公認し予算を投下しているのであれば、かなり大変なことですね。ちなみに、現在のゼレンスキー大統領は、彼らとはどういった関係にあるのでしょう。

『The Grayzone』というメディアは「ユダヤ人大統領のゼレンスキー大統領はいかにネオナチ組織と共闘しているか」(How Ukraine’s Jewish president Zelensky made peace with neo-Nazi paramilitaries on front lines of war with Russia)という記事で、ゼレンスキー政権とネオナチとの関係を以下のように紹介しています。ただ、このメディアは、極左メディアでこれまで数多くの陰謀論を提供してきたことでも知られていますので、その主張を鵜呑みにしないよう注意が必要です。彼らが引用する事実関係だけ取り出しますと、こうなります。

– 2019年10月、ゾロテの町で(政府方針に反対していた)アゾフを復員させる試みに失敗した後、ゼレンスキーは戦闘員たちをキエフに呼び寄せた。記者団に「昨日、退役軍人たちと会った」と彼は語った。「ナショナル・コープスもアゾフも、みんないた」。ユダヤ人大統領の数席隣にはC14のリーダー、エフヴェン・カラスもいた。
-カラスによればウクライナの治安当局は、分離派の動きはC14だけでなく、アゾフやライト・セクターなどに「転送」されているという。「基本的に、国家防衛隊、セキュリティサービス、内務省は、うちらのために働いている。と冗談半分に言ってもいいくらいだ」とカラスは語る。
– 2019年を通じて、ゼレンスキーと彼の政権は、ウクライナ全土の超国家主義分子との関係を深めていった。
– 2019年11月にゼレンスキーがカラスらネオナチの指導者と会談した数日後、オレクシィ・ホンチャルク(当時首相、ゼレンスキー大統領府副長官)が、C14の人物で殺人犯とされるアンドリー・メドヴェスコが主催するネオナチ・コンサートのステージに登場した。ゼレンスキー退役軍人担当大臣は、反ユダヤ的なメタルバンドがいくつか出演したこのコンサートに出席しただけでなく、facebookでコンサートを宣伝した。
– 2021年11月、ウクライナで最も著名な超国家主義的民兵の一人、ドミトロ・ヤロシュは、ウクライナ軍総司令官の顧問に任命されたことを発表した。ヤロシュは、2013年から2015年まで右派セクターを率いたナチスの協力者バンデラの信奉者で、ウクライナの「脱ロシア化」を主導することを公言している。
– 2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻し、東部でウクライナ軍を包囲してキエフに進軍するなか、ゼレンスキー大統領は、ロシアで指名手配中の殺人犯を含む犯罪者の釈放を含む国家総動員を発表した。また、一般市民への武器の配布と、アゾフのような戦闘経験の豊富な準軍事組織による訓練が行われることも承認された。戦闘が進行する中、アゾフの国家隊は、老婆や子どもも含む何百人もの一般市民を集め、ハルヴィウからキエフ、リヴィウまでの公共広場や倉庫で訓練を行った
– 2月27日、ウクライナ国家警備隊の公式Twitterアカウントは、チェチェン出身のロシア人イスラム教徒戦闘員に屈辱を与えるため、アゾフの戦士が銃弾に豚の脂肪を塗る動画を投稿した。
– 一方、ロシアの装甲車の大規模な車列がキエフに押し寄せる中、ネオナチC14のエフヴェン・カラスは、戦闘員を輸送していると思われる車内からYouTubeに動画を投稿している。「もし我々が殺されたら、聖戦を戦って死んだことになる。クソ最高じゃないか」とカラスは叫んだ。「生き残ればさらにいい。この戦争にはなんのデメリットもない」

──記事には、実際のSNS投稿などが引用されていますが、これらの情報が事実としますと、かなりべったりですね。とはいえ、こうした武装勢力のおかげで、キエフの陥落が阻止されている、ということなのかもしれません。

『Harper’s Magazine』の記事は、アゾフの幹部のひとりに、なぜ政府が彼らを援助しているのか、尋ねています。

わたしはディディッチに、なぜウクライナ政府は他のヨーロッパ諸国政府と違って「アゾフ」や「カルパツカ・シチ」のような過激派集団を支援しているのか、と尋ねた。理由のひとつは、政府がマイダーンの革命を鮮明に覚えていて、同じような反乱で倒されることを恐れているからだと彼は説明する。加えて、ウクライナを牛耳るオリガルヒは金儲けに手一杯で、面倒な政治の仕事に手が回らず、極右勢力がその空白を埋めているという単純な事実もある。「自由を与えすぎた、といつか気づくかもしれないけどね。なんせウクライナにはヨーロッパ全土のデモクラシーを集めたよりもたくさんの自由があるから」と彼は笑いながら語る。

──笑ってるし……。

そんな彼らから見ると、マイダーンの革命は、西側のメディアが語っているものとはまったく姿が違うんですね。アゾフのメンバーは次のように語っています。

マイダーンの革命は、アゾフのメンバーやウクライナの他の多くの極右活動家に、もうひとつのヨーロッパが手の届くところにあると信じさせた。「マイダーンのデモに参加した人のほとんどはナショナリストだったと思います」とフェドシウクは言う。「リベラルは見かけなかったと思います。踊ったり歌を歌ったりしていたのかもしれませんが、ラジカルな行動には参加していません」。金髪を三つ編みにした23歳のスタッフ、アンナ・クロフンも同意見だ。「マイダーンは、わたしたちが自分たちで歴史をつくることができ、わたしたちの考えが世界に影響を与えることができると、実感できた瞬間だったんです。自分たちの力を実感し、自分たちのアイデアを現実のものにできると信じさせてくれたのです」

──マイダーンを、ナショナリストたちによるクーデターだと見ると、その後現在にいたるまでのウクライナの紛争も、見え方がかなり変わってきますね。彼らにしてみれば、これは「独立」をめぐる戦いのようにすら思えてきます。

ここがまさに、この原稿の冒頭の方で、この戦争が、ロシアの侵攻なのか、内戦なのか、代理戦争なのか、見方によって変わってしまうと語られていたところの真意だと思います。カチャノフスキー先生は、ドンバス紛争を分析した論文を、こうまとめています。

ドンバスにおける暴力的な紛争は、外国の直接的・間接的な軍事介入を伴った内戦であると定義することができる。紛争当初は地元の分離主義者が優勢であり、指導者や武装組織に地元住民やウクライナの他地域の住民が多く含まれていたことは、この紛争の起源が「内戦」にあることを示唆している。現在入手可能な証拠によれば、ロシア政府による分離主義者への間接的支援とそれに続く直接的な軍事介入は、ドンバス紛争が始まって起きている。しかしながら、このロシアの介入が、分離主義者の戦況を好転させ、ウクライナ軍によるドンバス全域奪還を阻止する上で決定的な役割を果たしたことも事実である。(中略)
ドンバスにおける暴力抗争の始まり、その激化、そしてそれがもたらしたウクライナの事実上の崩壊には、分離主義者、ヤヌコビッチ政権、反マイダーン派、マイダーン政権、極右組織、ロシア、アメリカ、EUが、それぞれ異なる方法で影響を与えている。それぞれが語るドンバス紛争は、程度の差こそあれ誤ったものだが、それぞれ行動がすべてに等しく影響を与えたわけではない。米国がマイダーンの暴力的な政権交代に、ロシアがドンバスでの紛争開始に、それぞれ密かに関与したと推定されるが、これらの出来事に関する公開データはないため、さらなる検証が必要である。

──そしてここに来て、さらなる武力侵攻ですから、ますます混迷は深まります。

ちなみにアメリカのソーシャリストメディア『Jacobin』は、ウクライナにおけるアメリカの関与を、キューバ、アフガニスタン、シリアになぞらえて、以下のように批判しています。これは今年1月の記事で「CIAがナチのテロをウクライナで育んでいるかもしれない」(The CIA May Be Breeding Nazi Terror in Ukraine)というものです。

1960年代、CIAはキューバの反フィデル・カストロ過激派と協力し、マイアミをテロリストの拠点に変えた。80年代にCIAはアフガニスタンに集結したイスラム過激派を支援・奨励したが、のちに彼らは9月11日のテロを組織した。そして2010年代にはシリアの「穏健」ではない反政府勢力を支援したが、彼らは結局、市民とアメリカの仲間であるはずのクルド人勢力に残虐行為を行った。致命的に学ばなかったこの教訓リストに、まもなくもうひとつ新たな項目を追加されるだろう。ウクライナのネオナチだ。
最近の『Yahoo!News』の報道によると、2015年以来、CIAは、ロシアのウクライナ侵攻に備えて、ある元諜報関係者の言葉を借りれば「反乱軍のリーダー」として機能するようウクライナで部隊を密かに訓練しているという。(中略)
不条理なことに、ワシントンがウクライナのナチスを支援している理由は、彼らをロシアの防波堤にするためだ。タカ派はいつもそうだが、彼らはその脅威をアドルフ・ヒトラーの1930年代ヨーロッパにおける拡張になぞらえる。プーチンのロシアは多くの面で悪辣だが、プーチンのウクライナと近隣諸国への最近の侵攻は、NATO軍事同盟の国境までの拡張とそれに伴う安全保障上の影響が主な理由だ。
言い換えれば、アメリカのタカ派が次のヒトラーやナチスドイツとみなすものを阻止するために、ワシントンはウクライナのネオナチ民兵を支援してきた。彼らはそのお返しとして、アメリカ国内の白人至上主義者たちと連絡を取り合い、彼らを訓練している。ワシントンは、それを抑えるために国内の対策チームを増強する羽目に陥っている。

──歴史は繰り返す、と言いますが……。まさにアフガニスタンの二の舞という感じがしてきます。

いま起きている戦争の起源が内戦であるのかそうでないのかは別としても、ふたつの大国によって、国が引き裂かれているということになるのだと思いますが、実は、こうやって大国間で分裂状態に置かれてしまうのはこれが初めてではなく、同じことは第二次大戦中にも起きています。

──そうなんですか。

2014年以降のウクライナ政府は、ステパノ・バンデラという第二次大戦中のナチス協力者を、国家的英雄として讃えていますが、このバンデラという人物は、ナチスドイツの協力者であることに間違いはないのですが、その活動の軌跡は、なかなかに複雑なものなんです。

──へえ。

第二次大戦前のウクライナは基本ソビエト領だったわけですが、そこにナチスが侵攻してきてソビエトを追い出すことになり、このバンデラという人物は、そこでナチスドイツに協力しました。そしてナチスがやってきてソビエト軍を追い出した際に、彼が何をしたかというと、ウクライナの独立を宣言したそうなんです。

──ん? どういうことでしょう。

英語のウィキペディアから、以後の経緯を抜き出すとこうなります。

1941年6月30日、ナチス軍がウクライナに到着すると、バンデラとOUN-B(Organization of Ukrainian Nationalists-Bandera)はウクライナの独立を宣言した。この宣言には激しいポグロムが伴った。 「ヨーロッパと世界に新秩序を形成している指導者アドルフ・ヒトラー指揮下の国家社会主義ドイツと緊密に連携し、モスクワの占領からウクライナ国民を解放するのを助ける」と「ウクライナ国家樹立宣言法」の本文には記されている。
しかし、ファシズム国家としての独立ウクライナを、ナチス政権が枢軸同盟国として承認してくれるというバンデラの期待は裏切られた。ナチスドイツとOUN-Bの関係はみるみる悪化しはじめ、1941年11月25日のナチスの文書に「バンデラ運動は独立したウクライナの樹立を最終目的とする反乱を準備している。バンデラ運動のすべての首謀者は直ちに逮捕されなければならず、徹底的な尋問の後、粛清されねばならない」と書かれるまでにいたる。
7月5日に、バンデラはベルリンに移送された。7月12日、新しく形成されたウクライナ国民政府の首相であるヤロスラフ・ステツコもまた逮捕され、ベルリンに連行された。ふたりとも7月14日に釈放されたがベルリンに滞在することを義務づけられた。1941年9月15日、バンデラとOUNの主要メンバーはゲシュタポに逮捕された。
1942年1月、バンデラはザクセンハウゼン強制収容所の高名な政治犯のための特別バラック、ツェレンバウに移送された。

──ことばは悪いですが、ナチスに使い捨てにされた、ということですかね。

バンデラは結局、その後1944年に収容所から出て、再びソビエト軍に対する撹乱工作員としてウクライナに帰国しますが、そこでウクライナは、ソビエト、ナチスドイツ双方に対してレジスタンスをしていたと言います。そして終戦を迎え、その後1946年に彼はOUN-Bを再興するのですが、そのための資金提供を行ったのは、英国の諜報機関MI6だったそうです。と同時に、OUN-Bの分派はCIAと協力関係をもつようになっていったといいます。

──列強の間でずっと翻弄され続けた、と。

それが気の毒だといって、彼の思想や行動を正当化するつもりはありませんが、ただ、バンデラの道行きを見ると、ウクライナという国が、自立した「国家」であることを常に大国によって阻害され、翻弄され続けてきたことは、なんとなく見えてきます。ここまで度々紹介してきた『Harper’s Magazine』の記事は、そうした歴史と極右が跋扈する現在の状況を、こうつなげて説明しています。

ウクライナのナショナリズムと、ソビエト連邦からの独立のための闘いは、ナチスの侵略軍に協力した人びとの存在と表裏一体をなしており、その道徳的・政治的な両義性を、アゾフのような極右グループは最大限に利用している。

──独立への希求が、スターリンと戦ったナチス協力者の記憶につながっていく、と。つらい気持ちになります。

つまり国家自体がずっとそうやって分裂させられてきたわけですね。先に引用した『The New York Times』のルポ「ウクライナの終わりなき戦争の塹壕から」は、例えば、ウクライナの東側における分裂を、こう書いています。

ドンバスの分割は、ウクライナの家族や隣人を物理的に分断し、ある者はドネツク、ある者はルガンスクへと移住させられた。それはまた、イデオロギー上の分裂ももたらした。2014年以前、ウクライナへの愛国心とロシアを愛好することは、調和しているとは言えないまでも、少なくとも暴力的ではないやり方で共存することができた。しかし、戦争が始まると、ウクライナ人、特に東部の人たちは、自分たちの忠誠心がどこにあるのか、きっぱりと決めなければならなくなった。父親が分離独立を支持し、息子はウクライナ軍に入隊する。妻はルガンスクから脱出を企て、夫は残ることに決めた。ドンバスでは、そんな話をよく耳にする。(中略)
2020年8月24日、キエフでウクライナ独立30周年記念のパレードが行われた。その前夜、リハーサル中のウクライナ兵が唱和しながら通りを行進していた。「プーチン、チンカス!」「プーチン、チンカス!」
ゼレンスキー大統領は演説のなかで、プーチンの名前には触れなかった。しかし、彼はドンバスについてこう語った。「わたしたちはそこで人びとのために戦っている。一時的に領土を占領することは可能だ。しかし、ウクライナの人びとの愛情を占領することはできない。絶望をつくり出し人びとにパスポートを取得させることは可能だ。しかし、ウクライナ人の心をパスポート化することはできない」。
さして感動的ともいえないスピーチだったが、ドンバスでの戦争について、見落とされがちな真実を突いてはいた。戦争は国を分裂させたが、同時に多くのウクライナ人をかつてないほど団結させた。それまで一介の旧ソ連邦の国という曖昧な存在でしかなかったところに、ひとつの国家が生まれた。あるいは国家の始まりと言えるかもしれない何かが。愛国心の強いウクライナ人は、ドンバスの戦いを「内戦」と呼ぶと憤慨するが、それは、ほとんどの観点から正しい。これはロシアが始めた戦争であり、ロシアが永続させている戦争である。しかし、ある1点において彼らは間違っている。というのも、戦争がウクライナ人のアイデンティティのなかで起こっているという点で、これは内戦だからだ。この戦争によって、ウクライナ人は自分たちが何者であるか、あるいは何者でないか、すなわちロシア人であるかどうかを決めなければならなくなった。結局のところ、それがプーチンの真の誤算と言えるのかもしれない。

──アイデンティティのなかの戦争、ですか。

つい先日、女優のミラ・ジョヴォビッチさんが、いま起きている戦争についてInstagramに投稿したコメントがメディアで紹介されていました。『スポーツ報知』によると以下のような内容ですが、ここでもやはり上記の引用同様に「分裂」が語られています。

「私の生まれ故郷であるウクライナで起きた出来事に、私は心を痛め、唖然としながらも、心の整理をしています」と沈痛な声明を発表。「母国と国民が空爆されています。友人や家族は身を隠している」と母国の現状に心を痛めた。
「私のルーツは、ロシアとウクライナの両方から来ています」とし「国が破壊され、家族が家を失い、これまでの人生が燃えて破片とり、周りに散らばっている、その恐怖の光景を見て、私はふたつに引き裂かれています」とつづった。
最後に「父の故郷である旧ユーゴスラビアでの戦争や、家族が経験したトラウマや恐怖の話を思い出します。戦争。常に戦争。平和をもたらすことのできない指導者たち。帝国主義という終わりのない巨大な力。いつでも人々が流血と涙の代償を払うのです」と結んだ。

──さきほど途中で紹介した、ロシアからウクライナ軍に参加した極右青年のコメントと似ている箇所がありますね。「ロシアはアメリカのような帝国であり、常に他国を植民地化している。やることはどこでも一緒だ。侵略すること、征服すること、破壊すること」。

そうなんです。もちろん、このふたつのコメントを並べるのは、あまりにも恣意的ではあるのですが、どういった立場の人であれウクライナの人たちに通底しているのは、もしかしたら「帝国」というものへの根源的な不信と憎しみなのではないかと思わされます。『MintPress News』の2月25日の記事「ロシアとウクライナと、予告された戦争のクロニクル」(Russia, Ukraine and the Chronicle of War Foretold)は、アメリカを非難する立場から、ウクライナを弄ぶ大国の悪辣さを、こう表現しています。

戦争国家は、自らを維持するために敵を必要とする。敵が見つからなければ、敵をつくり上げる。

──そうやってつくられた敵を相手に、国民も自分の内面も分断させられてしまっている、ということですね。

加えて、この戦いは、どこに前線があるのかがわからないような戦いですから、ただただ混迷するばかりになります。かつてソビエト兵としてアフガニスタンで戦ったというドンバスの老人は、『The New York Times』のジャーナリストに、こう語っています。

「みんなこの戦争に疲れきっている」。彼は言った。
ウクライナ人だが、彼もまた、ソビエトの頃が懐かしいと打ち明ける。当時は暮らしを信じることができた。指導者たちは非情だったが、正直だった。いまはめちゃくちゃだ。何をあてにしていいのか分からない。
「アフガニスタンは本当の戦争だった」と彼は言った。「この戦争は、自分にはまったく理解できない」

──さて、これまでの連載のなかでも最も長い回になってしまいました。

仕事そっちのけで調べたものを書いておかないと思ったら、無駄に長くなってしまいました。まさにラビットホールに落ち込んでしまった気分です。

──危険ですね。

でも、自分なりには多少腹落ちできたような気がしますが、この戦争がどう終わるのかは、まったく見当がつきません。仮に政治的な合意にいたったとしても、これが『The New York Times』のルポが語ったように「アイデンティティのなかの内戦」であるなら、長いこと燻り続けることになるのかもしれません。

──もう8年も続いている争いなんですもんね。早く終息してほしいですね。

はい。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。

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