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Guides:#96 戦時のビジネスエシックス──若林恵

DX、デザイン経営、サイバーセキュリティから財務まで。企業のすべての領域に必要な「ポリシー」とは、どうつくられるべきか? グローバル企業の「ロシア撤退」から考える、経営の倫理。

Image copyright: REUTERS/Maxim Shemetov
This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
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A Guide to Guides

週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。毎週更新している本連載のためのプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

Image copyright: REUTERS/Maxim Shemetov

WORK ETHICS

戦時のビジネス倫理

──お疲れさまです。

はい。疲れてます。

──最近は何をやっているんですか。

そうですね。この間、サイバーセキュリティ教育に関するリサーチをお手伝いしていて、日本でもトップクラスと言っていい、セキュリティ企業の代表やCISO(最高情報セキュリティ責任者)などにお話を聞く機会をいただきまして、非常に面白かったです。

──サイバーセキュリティ、興味ないですよね?

そうなんです。あんまりちゃんと考えたことはなかった領域でしたので、今回色々と聞けて、よかったはよかったです。

──どんなところが面白かったですか。

そうですね。今回を機に自分なりに海外メディアなどを調べてみてわかったのは、まず第一に、サイバーセキュリティというものを、ある特定の一部門が管轄する末端領域と考えるのではなく、事業そのもの、つまり経営そのものに「どうサイバーセキュリティを統合するのか」という問いが大きくなっているということでした。

──経営に統合?

はい。って言われても、あまりピンときませんよね。

──そうですね。

ですから、「それってつまるところ、どういうことなのですか?」といったことを主に聞いていくことになったのですが、みなさんの意見をざっくりと総合すると、「経営とサイバーセキュリティ」の統合が意味するところは、「あらゆるほかのビジネスリスクと同等のものとしてサイバーリスクを扱う」ということになります。というのは、あくまでもわたしの理解ですが。

──ビジネスリスク、ですか。

例えば工場が止まったら生産できなくなりますよね。であればこそ、それが安全かつ安定して稼働するための対策はビジネス上不可欠になりますよね。

──そりゃあそうですね。

つまり、「事業継続」を阻害するものはすべてビジネスリスクと考えられるわけで、そういうものとしてサイバーリスクを捉えようということです。ITサービス/プロダクトを事業の柱としている企業以外の、それも少なからぬ企業はITインフラを依然として「情報システム」の範疇で捉えていて、事業全体に関わる「事業基盤」としてまでは認識しきれていないということなのだろうと思います。これは、おそらく「DX」というものにどれくらい真剣に取り組んでいるかによって、サイバーセキュリティの重要度の認識が変わってくる、ということなのだろうと思います。

──DXを「デジタルを経営に統合する」ことだと説明するなら、当然、それが進めば進むほど「サイバーセキュリティと経営の統合」も必然的に進むということになりますね。

はい。その際、CISOという役職は、経営の最上流においてセキュリティを事業全体に組み込んでいくことを司る役割となるわけですが、この間のリサーチで個人的に一番面白かったのは、そのCISO職の第一の仕事は「サイバーセキュリティに関するポリシー」をつくることだと、あるCISOの方がおっしゃっていたことです。

──ポリシーですか。

理念というか、ほとんど憲法のようなものだと考えるといいのかなと思います。わたしがお話を聞いた方がおっしゃっていたのは、例えば、セキュリティの観点から社員のPCを差し押さえるといったことがあったとして、その際の「根拠」が必要になるということでして、要は、会社全体のポリシーに沿うかたちでセキュリティのポリシーが設定されていないと、セキュリティ部門が実行する対策や場合によっては実力行使そのものが、合理性と正当性をもった妥当なものなのかが検証できないとおっしゃるんですね。

──そりゃそうですね。面白いです。

というのも、セキュリティの仕事は「守り」の仕事ですから、事業側が「どんどんやろうぜ!」と盛り上がっているところに水を差す役割でもあったりします。事業側からすると、せっかくのビジネスチャンスを邪魔する存在だったりもするんですね。とはいえ、セキュリティにこだわりすぎて、事業がもはや回らないといった状況になってしまっては、それはそれで「なんのための安全なのか」という議論にもなってしまいますので、要はどういったバランスのなかで「セキュリティ」というものを考えるのかは、これは会社そのものの理念に基づかざるを得なくなるわけですね。

──なるほど。だからポリシーが必要になる、と。

はい。そして、そのセキュリティポリシーが、あらゆる施策の妥当性を測る唯一の根拠になるわけですね。つまり、原理的なレベルで言いますと「経営との統合」というお題目は、おそらく法体系の整備に似たところがあって、会社自体の存立の根拠を、各領域において翻案していく作業のことを指すんですね。これはセキュリティに限らず、おそらく「チーフ・〇〇・オフィサー」が置かれる際の「〇〇」に該当するすべての領域において、本質的には同様なのだろうと思います。

──ファイナンス、テクノロジー、オペレーション、エクスペリエンス、デザイン、サスティナビリティ、すべてにおいて同じことが言える、と。

本来的にはそうなんじゃないかという気がしますが、実際はよくわかりません。ただ、例えばファイナンス部門が、「この部門はコストがかかりすぎなのでカットしてください」というときに、何を根拠にその部門がそれに従わなくてはいけないのかを考えてみると、その施策が、会社が存立の根拠としてそもそも掲げているミッションなりビジョンや理念に基づくものでない限り正当性がないわけですよね。「お金ないから倹約して」というだけの仕事であれば誰でもできる仕事ですから、CFOの仕事というのも、会社のミッションにアラインした「財務のポリシー」を置いて、それに則って具体的な戦略が策定されていくのが原理的な筋であるような気はします。あくまでも筋論として、ですが。

──と、考えると、会社のミッションや全体を統べるポリシーというのは、改めて極めて重大なものだと言えるわけですね。

そうなんですよね。逆に言いますと、あらゆる要件を「経営に統合」することが求められ、経営における判断の要件がどんどん増え複雑化しているからこそ、意思決定の基準として、一種の「憲法」が必要になるということなのかもしれません。

──先に挙げたように、多領域にまたがる要件一つひとつにおいて最良の意思決定をしようと思えば、その都度「そもそもウチの会社は何がやりたくて何を大事にしてきたんだっけ」とか「ウチらしい解決って何だっけ」ということを問い返さざるを得なくなるということですよね。

これだけ複雑化した環境のなかでは、経営というのは、すべての意思決定が複雑なパズルになっているということでしょうから、よくそんなことよくやれるな、と思ってしまいます。自分でしたらとっとと匙を投げちゃいそうです。

──ほんとですね。ちなみに今回、お題として考えてみたかったのは、いままでの話にかなり近い話でして、言ってみればビジネスリスクというものに関わる話題なのですが、もううんざりかもしれませんが、ウクライナとロシアの紛争における企業の動きについてなんです。

あ、なるほど。

──というのも、この間、QuartzのUS版は、有名企業の相次ぐロシア撤退に関して、いくつか面白い論考を掲載していまして、実はその内容も「企業のポリシー」を問うものなんです。

そうですね。わたしも企業撤退の動きについては、どういう根拠で判断しているのかな、というところは大変気になっていたところでして、Quartzの記事でいいますと「ロシアをボイコットしている企業は6つの価値を体現している」(The companies boycotting Russia are demonstrating six key values)は、ハーバードビジネススクール教授でハーバード大学サフラ倫理センター所長代理のNien-hê Hsieh先生にインタビューを行い、非常に明快な分析を掲載しています。まずは、それを見てみましょうか。

──そうしましょう。

まず記事はこう書き出しています。

ロシアがウクライナに侵攻して以来、400社以上がロシアから撤退している。しかし、彼らはいったい何を望んでいるのだろうか。戦争の終結か、手を汚さないことか、ブランド力の向上か。例えばマクドナルドは、”Do the right thing”(正しいことをする)という原則に常に忠実であると述べているが、これは答えではあるが、多くの疑問をも呼び覚ます。

そこで、ハーバード大学サフラ倫理センター所長代理で、ハーバード・ビジネス・スクール教授のHsieh教授に、企業の意思決定の背後にある倫理について解説してもらった。

──いい問いかけですね。企業は撤退することで、いったい何がしたいのか。

先生は、こう解説します。

企業の内部事情を正確に把握することは困難ですが、3つの大きな社会的なトレンドに照らし合わせて考えてみることができるでしょう。1つ目は、企業が社会の特定の問題に対して立場を表明し、何か行動することがますます期待されていることです。2つ目は、企業内においても従業員から問題に取り組むように圧力が高まっていることですが、これは「ブラック・ライブズ・マター」の問題において顕著でした。そして3つ目は、一般的に、企業が社会における自分たちの役割を考えるようになってきたことです。

さらに、企業の対応の仕方も3種類に分けて考えるべきだと思います。ひとつは、「表現的(expressive)」とでも呼ぶべき対応で、これは支援や連帯といったことを企業が表明する必要を感じていることを表しています。ウクライナの今回の紛争は、企業が事業停止することが「表現」になりうるということを一般化する契機となるのかもしれません。

また、第2の対応としては「加担を避ける」ということがあります。ロシア国内で事業を継続することで、何かに加担してしまわないようにするということです。

そして3つ目は、実際に状況を改善しよう、向上させようとする対応です。つまり、事業を停止することは、状況に圧力をかけ、改善することに寄与するかもしれません。例えば、ウクライナで住宅を無料で提供したり、ウクライナの販売業者が負っている負債を帳消しにしたり、無料のサービスを提供したりしている企業は、状況を改善しようとしている例と言えるでしょう。

──企業はこの時点で、すでに、自分たちが撤退するならするで、「なぜ、それをするのか」「何のためにそれをするのか」を検討しなくてはならない、ということですね。

そうですね。さらに先生は、ビジネスにおける倫理を考慮するにあたって、合計6つの論点を考慮するよう学生たちに教えていると言います。

わたしたちの教室では、5つの重要な価値観を常に検討するようにしています。

1つ目は、権利です。他者に対して行うことを制限する権利がそこでは尊重されているのか、あるいは、他者が異議申し立てをすることができる基本的な権利というものが存在するかどうかです。

2つ目は、ウェルビーイングです。企業はウェルビーイングの促進においてどのような責任を負っているのでしょうか。例えば、カスタマーに対して、製品やサービスを通じてカスタマーのウェルビーイングに対して企業はどのような責任を負っているのか、です。

3つ目は、公平性です。人びとの間のウェルビーイングや利益のトレードオフをどのように調整するのか。例えば、職場における給与の公平性はいかに保たれるのか。どのような場合であれば、待遇や処遇の違いは公平と言えるのか、といったことです。

さらに、ビジネスの文脈で見過ごされがちな重要な価値が2つあります。

1つ目は、カスタマー、従業員、社会全体に対する「信頼」です。信頼を獲得し、信頼を維持するためには何が必要なのかを、講義においては常に学生たちに考えてもらうようにしています。そして、この「信頼」というものについて、2つの概念を考えてもらうようにしています。1つは「あてにできる(reliance)」という意味での「信頼」です。人がある会社を信頼するのは、その会社が「あてにできる」とみなすからで、やると言ったことをちゃんとやるといったことがそこに含まれます。もう1つは、より深い信頼で、これはビジネスの重要な基盤です。例えば、あなたが投資マネジャーである場合、あなたがわたしの利益を考慮してくれるから、わたしはあなたを信頼できるという考え方です。そうした信頼関係においては、わたしは単なる取引相手ではありません。

そして最後の1つは、自律性です。人々の自律性をどの程度促進しているか、あるいは高めているかという観点です。

さらに、もう1つ、個人と企業ではものごとを考慮する際の位相が異なるということも重要です。企業の力と社会におけるその役割について考える際、企業は、個人にはない力と社会への影響力をもっていることを考慮しなくてはなりません。企業の行動の正当性や社会における企業の理想的な役割については、個人とは異なるレベルで考える必要があるのです。

──なるほど。考えないといけないことがほんとに多いですね。とはいえ、こうしたことを検討したとすると、やはりロシアからの撤退は妥当性があるということになるんでしょうか。

ここは難しいところでして、同じことは、インタビューイーがまさに質問しています。「これら6つの倫理の考え方は、すべての企業はロシアと手を切るべきだということを示しているのでしょうか」。先生の答えはこうです。

これらの項目の是非は、とりわけ「状況を改善すること」を考慮するにあたって対立します。1980年代の南アフリカにおける投資の是非をめぐる問題を振り返ってみると、どれが正しいアプローチなのかについては、ともに合理的な言い分の対立がありました。アパルトヘイトが間違っていること、不正であることに異議を唱える人はいませんでしたが、問題は、状況を改善するためにどのような方法がベストなのか、ということでした。ある人たちは南アフリカに留まることは状況に加担していることになると考え、ある人たちは、加担を最小限にとどめ状況を改善する最善の方法はその国に留まることだと主張しました。国に留まり税金を払い続けることは一種の共謀だとする見方や、国にとどまることで実際に事態が好転するかどうかは明らかではないという意見もありました。

ロシアからの撤退についても、同じような問いができるでしょう。撤退は、政権への加担を避けるための最良の方法なのか。逆に、撤退することで従業員に悪影響が出るかもしれませんし、その決断の結果、ロシアの人びとにとって重要な商品やサービスが不足し、事態を悪化させることにはならないか。

さらに、その上で「企業の力」という問題も重ねて考えなければなりません。それは政治的な決断ではないのか。こうした問題に対して、企業は発言すべきなのかそうでないのか。こうした「政治問題」と「人権問題」の線引きは曖昧で、この点における意見の相違には、双方に妥当性があると思います。

──「企業は政治問題に口を出すべきではない」という意見に対して、「いや、これは人権問題だ」とやり返すような議論は、ソーシャルメディアでもよく見かけますが、ここは実際、なかなか合意にいたらないところですね。

そうなんですよね。これは端的にいえば「社会における企業の役割とは何か」ということに関するコンセンサスが壊れているということを表しているのだと思いますが、この対立をわかりやすく言ってしまうと、「企業があるから社会がある」と考えるのか「社会があるから企業がある」と考えるかの違いなのかもしれません。ここはまさに新自由主義の是非をめぐる分断線でもあるように思いますが。

──ふむ。

いずれにせよ、インタビューイーもそこは気にしていまして、「社会における企業の役割の話に戻りますね。その役割はどうあるべきなのでしょうか」という問いを投げかけています。

企業は、どのような問題に対して行動を起こし、発言していくかという視点をもつことが今後ますます必要になってきます。そのために必要な考え方を3つ紹介します。基本的な権利、制度の機能、そしてより一般的に「繁栄する社会に必要な条件とは何か」という観点から考えることです。

まずは、「重大な人権侵害がないか?」を考えることです。これが国連のラギー原則の考え方で、このような最低限度の基準をまずは設ける必要があります。

次いで、社会がうまく機能するために必要な制度の機能を企業が損なっていないかどうかを検討する必要もあります。例えば、政府や行政の腐敗はこの問題に関連しています。ロシアやウクライナでは、マネーロンダリングについてよく耳にしますが、企業によるマネーロンダリングは、社会がうまく機能する上で必要な制度の機能を損なう活動です。

さらに必要なのが、「ビジネス主体が社会の一員であるとはどういうことか」という問いかけです。どのような社会を望むのか。ビジネスが繁栄し、成功するためには、どのような社会であることが重要なのか。そして、そのような社会の実現に、自分たちがどのように貢献できるのか、という問いかけです。

──なるほど。上記の3点を、今回の撤退を考える上でのベーシックな視点において自分たちの立場を規定していくと、そのまま企業のミッションにもなってきちゃいそうな感じですね。

そうですね。ちなみにこれは余談ですが、マネーロンダリングに関してはロシアが有名ですが、ウクライナでも同様に政府レベルで行われていることは知られていまして、世界90カ国の政治家・政府関係者によるマネーロンダリングの実態を暴露した、いわゆる「パンドラ・ペーパー」で最も名前の多かったのがウクライナの政府関係者でしてロシアの約2倍の数に上っていますし、そのなかにゼレンスキー大統領の名前も公表されています。

──「制度の機能を損なわない」という論点において、自分たちの企業が何を支持し、しないのかを検討する上で重要な情報とはなるわけですね。

と思いますが。せっかくなので一応お伝えしておきますと、Organized Crime and Corruption Reporting Project(OCCRP)という団体が2021年10月にまとめたレポートによりますとゼレンスキー大統領はけちょんけちょんに問題視されているんですね。この団体が提出したレポートをまとめると、こうなります。

– ウクライナ大統領ヴォロディミル・ゼレンスキーとそのコメディ制作会社のパートナーたちは、英領ヴァージン諸島、キプロス、ベリーズを拠点にビジネスに関連したオフショア企業ネットワークを所有していた。

– ゼレンスキーの現在の首席補佐官であるセルヒイ・シェフィルや同国の保安庁長官も、このオフショアネットワークの一員だった。

– オフショア企業は、シェフィールともう一人のビジネスパートナーが、価格の高いロンドンの不動産を購入するために利用していた。

– 2019年の選挙の頃、ゼレンスキーは重要なオフショア会社の株をシェフィールに譲渡したが、ゼレンスキーの家族がオフショアからお金を受け取り続けるための取り決めがあったと思われる。

──こうやって見ていくと、企業が迂闊に政治的問題にコミットしていくことはやはりリスクが高そうですね。

この点についてHsieh先生は、こう答えています。

こうした問題を考える上で、見落とされていることがいくつかあります。ひとつは「コモングッド」(共通善)です。「コモングッド」を考慮するにあたっては、必ずしも政治的である必要はありません。もっと一般的に、社会全体の健全性に貢献し、支援するという考え方のことです。社会における企業の役割について議論するとき、すぐに政治的議論かステークホルダーのことにばかり飛びつきがちです。しかし、もっと広い意味でコモングッドとは何か、営利企業がコモングッドに貢献するとはどういうことかを考えることはできるのです。こうしたことは、最近ではとかく「あらゆるステークホルダーをケアするとはどういうことか」「社会的使命をもつとはどういうことか」「政治的な配慮をするとはどういうことか」といった問いとして検討されるのが目につきますが、しかし結局のところ、あなたが靴をつくる会社をやっているのなら、靴をうまくつくり、それを必要とする人びとに販売し、デザインを革新し、仕事を提供し、富を増やすということ、それ自体が、社会的な機能でもあるです。

──なるほど。結局のところ、企業の重要な社会的役割は、靴屋がちゃんと靴をつくって、雇用を生み、お客さんに喜ばれることだ、というのはいいですね。

「ソーシャルジャスティスを経営に統合しろ」というお題があったとしたら、そこで語られているのは、要は、そのソーシャルジャスティスを、靴屋であれば「靴」そのもののなかにいかに表現するのか、ということになるわけで、そこがしっかりと地に足ついていないと何をやっても「ウォッシング」になってしまうということになるのではないかと思ってしまいます。Hsieh先生はインタビューの最後に、こんなことを語っていますが、これはとても大事な指摘だと思います。

こうした企業対応において大切なのは「わたしたちが求めているゴールは何か」を考えることだと思います。そして、どうなったら、そのゴールは達成されたとみなしうるのかです。

──最初に話があったように、検証可能性が重要だということでもありますね。

あるアクションを通じて、何を達成したいのかを具体的に考える、ということが大事だということだとは思いますが、とはいえ、ここまで見てきたようないくつものパラメーターを考慮しつつ、問題となっている対象に関してできる限り正確と思える情報を集めて、適正な判断を下すというのは、膨大な思考上の演算が求められる困難な作業にもなると思うんです。加えて、人間には感情という厄介なパラメーターもありますので、それを客観的に調整するのは、さらに困難だろうと思います。実際、『The New York Times』は「CEOもまた人間にすぎない」と語るコラムを、この3月9日に掲載しています。「CEOたちがロシアを罰することに躍起になりすぎている」(C.E.O.s Are Going Out of Their Way to Punish Russia)という記事です。

企業は「ESG」を推進する際に、しばしば表面的であると非難される。環境、社会、ガバナンスの重要性を謳いながら、結局のところ追求するのはドルやユーロでしかない。だが、ロシアの問題においてはまったく逆の現象が起きている。大企業はロシアを罰するべく大胆な手段をとっており、しかも利益を度外視してまで行っている。

こうした措置がもたらすのは企業収益への打撃にとどまらない。外国企業の撤退やサービスの停止はプーチン大統領やオリガルヒだけでなく、一般のロシア人にも打撃を与える。また、企業の行動は場合によってロシアと同盟関係にある国々にも打撃を与える。石油や天然ガスの購入量を減らしたり止めたりすることがいい例だ。西側諸国の指導者たちは、高いガス料金から国民を守るために化石燃料を制裁対象から外したが、シェルなどの大手石油会社は、原油購入を自主的に停止することでその計画を阻止している(火曜日にバイデン大統領がロシアの石油、天然ガス、石炭の米国への輸入を禁止し民間企業に足並みを揃えたが、米国はいずれにおいても大口顧客ではない)。

企業の熱心な抗議活動の背後には軍事的な意味合いが含まれている可能性もある。プーチンは同盟国への制裁を「宣戦布告に等しい」と語っている。ロシアを世界経済から切り離すという意味で企業が国家元首や外交官の意図を超えた行動をとれば、サイバー攻撃をはじめとするクレムリンの反撃にあうことにもなる。

こうしたデメリットがあるにもかかわらず、なぜ多くの企業がロシアを罰するために極端な行動に走るのか。世論への対応というのは明らかに1つの要因だ。だが、同じくらい大きな理由は、結局のところCEOも人間でしかないということだ。つまり、わたしたち同様に、CEOたちもまた、プーチンがウクライナにもたらした死と破壊に慄いたということだ。CEOたちは「家に帰って妻や子どもと一緒に座ったときに」意味のある行動を取ったと言えるようにしたいのだと、トランプ政権時代に国務次官に任命された元シリコンバレー経営者のキース・クラッハは語る。

より現実的に言えば、多国籍企業の最高経営責任者たちは、自分たちの行動が「世界経済の安全保障」に役立つと考えているのだとクラッハは付言する。プーチンを貶めるのは、本社がある国のためだけではない。「自由世界に対する愛国心のようなものです。国家の安全保障だけを考えているわけではない、と言いたいわけです」

──先のHsieh先生の教えに戻ると、個人と会社とではそのインパクトや影響力がまったく違うのでレベルを分けて考えなくてはならないにしても、結局のところ最終的な意思決定においてはCEO個人の政治信条や理念に当然ながら大きく左右されてしまうということですよね。

コラムはこう続けます。

ここでの判断は複雑だ。経済学者ミルトン・フリードマンの語ったシェアホルダー・ファースト、「企業の社会的責任は利益を上げることである」という考えは冷酷ではあるが明晰だ。企業がより広いステークホルダーの利益を考慮した場合、道徳性は高まるかもしれないが明晰さは損なわれる。企業がロシアに留まることは現地の顧客や従業員にとって有益であるという理由で正当化することができるし、ロシアから撤退することは世界平和にとって最善であるという理由で正当化することもできる。明晰さの欠如は、結果的に企業の経営者に自由裁量を与えてしまう。

──なるほど。であればこそ、CEO個人の信条とは別のところに法人としてのミッションや理念が必要になるということなのかもしれませんね。

Quartzは、こうした問題に企業がどう向き合うべきかについて、働き手とのコミュニケーションという観点も踏まえながら、 Society for Human Resource Management (SHRM)という組織のCEOのジョニー・テイラーにインタビューを行っています。「ウクライナへの対応は、企業の社会問題との向き合い方を変えていく」(The response to Ukraine will change the way companies react to conflicts)という記事です。テイラーさんは、企業が現状向き合っている問いには3つのカテゴリーがあると語っています。

まず第一に、会社としてそもそも何に対して反応すべきなのか、という問いです。この議論は企業内でここ数年ずっと行われています。わたしたちはグローバルな社会に生きていますので、すべての事柄が否応なくつながりどの会社であれ影響を被ります。とはいえ、必ずしも自社のビジネスに直結していない問題に対して企業がどこまで反応すべきなのかという問題です。

第二に、もしなんらかの対応をすると決めたなら、そこで何を語り声明の焦点をどこに置くのかという問いです。一般的な戦争についての表明なのか。従業員に与える影響についての立場表明なのか。あるいは、会社の外に出て争いに首を突っ込んで、どちらかの味方をするということなのか。

第三の問いは、声明を発表し、従業員と対話を重ねていくとして、そこでもどこに焦点を置くのかです。というのも、雇用主がある立場を取ってしまえば、そのことに不都合を感じる従業員も出てくる可能性があるからです。例えばわたしの組織には、ロシアで生まれた人もいれば、ロシア系アメリカ人と結婚している人もいます。わたしがロシアに対してなんらかのポジションを取りたかったとしても、そうすることにはリスクが伴います。

──難しい問いばかりですね、しかし。

これを受けて、記者はこんな質問をしています。「ロシアから撤退した企業は『どちらの味方をしているわけではない』と主張するのは難しいですよね。あるいは撤退の措置はロシアの人びとに向けられたものではなく、プーチンの行動に向けられたものだといった正当化もありうるのでしょうか」。これに対してテイラーさんは、こう答えています。

あなたが明確なポジションを取らざるを得ないと考えるなら、紛争の最終的な意思決定を行った人をターゲットにするのは賢いやり方です。もし小児病棟や産科病棟への爆撃といったことが事実であるなら、立場を表明することのリスクは少ないでしょう。

わたしが話をしたある企業は、まさに「わたしたちはポジションを取っているわけではなく、プーチンを問題にしているのだ」と語っていました。とはいえ、そのことでリスクを減ずるともいえません。アメリカがイラクでやったことに対して大勢の人が憤り、大統領の死すら願っていたこともありました。このあたりは実際難しいところですが、今回に限っていえば、プーチンの指令が野蛮なものだというのが大方の意見ではあるようですが。

──「プーチン個人への抗議」と「ロシアからの撤退」を、どうロジカルに整合させるのかも難しいところですね。

そうですね。そこから記者は、今後こうした意思表明が会社のあり方を変えていくことになるのか、あるいは今回は特例なのかを問うています。答えはこうです。

今回の出来事が、企業のあり方に関する問いを開いたことは間違いないと思います。わたしは、今回のことについて、企業が立場を表明すべきではないと言っているわけではありません。現在の状況がひどいものであることは明らかです。とはいえ、わたしたちは、滑りやすい傾斜の上で遊んでいることを認識しておくべきです。すでに職場においてある兆しが見え始めています。つまり従業員の間では「なぜいまなのか」という疑問がもち上がっています。なぜ他の残虐な事件が起きたときではなく、今回なのか。なぜ他の事件において同じレベルの怒りを抱かなかったのか。こうした問いは、フェアな問いだと思います。

──なぜ今回だけ、これほどの激越さをもって「罰せねばならない」と躍起にならなくてはならないのか、というのはいい問いですよね。シリアがひどいことになっていたときにどうしたんだっけ、とか、香港のデモの際にはどうしたんだっけといったことを持ち出さずとも、ここでも再三語ってきたように、ウクライナとロシアの紛争はこの8年続いてきて1万人を超える死者が出ているにも関わらず、誰も気にしてこなかったわけですしね。

直接的に利害関係のない紛争や事件であれば、そもそも情報もないでしょうから「知らなかった」ということはあるでしょうし、知らないでも困らなかった以上は「関係なかった」ということにもなるので、それはそれでいいと言いますか仕方ないということではあると思うんですね。

──どこまでいっても全部はカバーできないという意味で、恣意的にならざるを得ないと。

はい。加えて個々人のレベルで見ても「これは許せない」と思うようなことには当然個人差はあって、大事に思うイシューのプライオリティもあるわけですよね。個人は感情に左右される部分も多いですし、メディアの伝え方や伝える内容によって簡単に左右されたりもしますから、そこにあまり強くプライオリティや一貫性や恣意性の排除を求めるのは非現実的だとも思います。

──たしかに。

その一方で、企業というものは、まさにHsieh先生が語ったように、個人とは比べ物にならない影響力やインパクトをもたらすものですから、こちらは個人のように感情で左右されるような不安定なものであっては困るはずです。ですから、そこにはCEOなり意思決定者の属人的な政治理念や信条に左右されない何かが、よほど必要になるはずでして、冒頭にお話した「ポリシー」というものの重要性は、まさにこの点に関わることなんだと思うんです。

──法人こそ理念が必要だと。

そうだと思うんです。逆に、個人はそんなに理念的一貫性にこだわっていくと、ろくなことにならないと思いますし、個々人がプーチン大統領やゼレンスキー大統領のやっていることに説明責任を負わなきゃいけない筋なんてどこにもないですよね。

──とはいえ、企業が理念として何かを表明してしまえば、その従業員はそれに対する責任を少なからず負ってしまいますよね。あるいはアメリカでは、企業内でのロシア人に対するハラスメントが起きているなんていう話もあるそうですし。

そのバランスを企業側もワーカー側もよくよく考えて行かないといけないのだと思います。先のジョニー・テイラーさんは、この問題についてこう書いています。

多様性こそがアメリカのワークプレイスをかたちづくっているものだとするなら、企業もそのことに十分に配慮しなくてはなりません。プーチンが世界中でやっているようなことの責任を誰かが負うべきではありません。雇用者はそうしたハラスメントから人びとを守る義務があります。

──組織と個人とをどう切り分けるのか、というのは実際難しいところですね。

難しいですね。昔就職活動のときにあるメーカーの説明会に行ったら「うちに就職したらたばこは止めてもらいます」と言われて「死んでもいくか」と思ったことを思い出しました。

──企業の方も、そんな人いらないですよ(笑)。

もちろん書類審査で落ちましたが、そのことを問題にしない会社に拾ってもらうことができて命拾いしました。

──そう考えると、でも、多様な価値観に基づいた多様な企業があることは、社会の多様性や柔軟性を担保する上でも大事ですね。

市場というものの価値は、そもそもがそうした多様性を社会のなかで試す機能にあると思うんですけどね。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。

꩜ 「だえん問答」は毎週日曜配信。次回は2022年3月27日(日)配信予定です。本連載のアーカイブはすべてこちらからお読みいただけます(要ログイン)。

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