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Obsession:暗黒のサマーキャンプ

ただのサマーキャンプと思っていたら…その裏側で行われていたのは、半世紀過ぎたいまも参照される心理実験でした。その実験が明らかにしようとしたのは「人間の本性」でした。

This story was published on our Quartz Japan newsletter, A glimpse at the future of the global economy-in Japanese.
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週に一度、夜にお届けする日本版ニュースレター「Obsessions」では、グローバル版の人気シリーズ「Obsessions」の翻訳をはじめとするレポート、インサイトをお送りしていきます。

1954年夏、オクラホマ州のロバーズケーブ州立公園(Robbers Cave State Park)に2台のスクールバスが到着しました。バスから飛び出してきたのは11〜12歳の子どもたち。全員が中産階級出身の健康な男の子で、これから夏の冒険が始まるとワクワクしています。一方の保護者たちは、この催しはロックフェラー財団が出資するサマーキャンプで、リーダーの育成を目指すものだと聞かされていました。

しかし、3週間のキャンプは実際には、ムザファー・シェリフ(Muzafer Sherif)という社会心理学者が計画した壮大な心理実験だったのです。ロックフェラーからの資金は研究に対する助成金で、キャンプカウンセラーは心理学を学ぶ大学院生でした。

ハーバード大学で学んだシェリフは、人間の部族意識tribalism)というものに執拗なまでの関心を抱いていました。彼は、複数の集団が対立したとき、それぞれの集団のメンバーが互いに抱く偏見の原因や、敵対するグループに残虐な行為を行う理由を解明したいと考えていたのです。

ロバーズケーブ実験」として知られるこの実験では、被験者たちは2つのグループに分けられ、最初は対立するように仕向けられました。そしてキャンプの終盤には、対立を解消するための試みがなされます。

結果として、シェリフは実地に基づいた集団対立に関する理論を打ち立てました。シェリフの理論では、集団対立は資源が不足しているときに起きるとされています。つまり状況の産物であり、歪んだ人格や人間の本来の性質が悪であるために対立が生じるのではないというのです。

一方で、この実験から数十年が経った現在、オーストラリアの心理学者で作家のジーナ・ペリー(Gina Perry)によって、シェリフの実験に新たな光が当てられました。ペリーは著作『The Lost Boys: Inside Muzafer Sherif’s Robbers Cave』で、当時のメモや録音記録から、ロバーズケーブ実験の1年前に行われた別の実験を紹介しています。シェリフはこの実験を「失敗」とみなしていましたが、ここではグループ同士の対立の力学は非常に異なっており、隠された教訓が浮かび上がります。

では、それは何を意味するのでしょうか。詳しく見ていきましょう。

A fire is burning a tree and a group of kids is backing away from it.
Image copyright: Giphy

PERSON OF INTEREST

なぜこんな研究を?

シェリフは1906年、トルコのイズミル県で裕福なイスラム教徒の家庭に生まれました。成長してからは米国に留学してハーバード大学とコロンビア大学で学び、コロンビア大学で心理学の博士号を取得します。シェリフはその後、ロバーズケーブ実験についての本の共著者でもある心理学者キャロリン・ウッド(Carolyn Wood)と結婚しました。

ジーナ・ペリーは『The Lost Boys』で、シェリフは優秀な学者だが精神的に不安定で飲酒癖があり、皮肉なことに独裁的なリーダーだったと書いています。同族意識という彼の興味を掻き立てたのは、少年時代の体験だったようです。トルコではシェリフが少年時代にオスマン帝国が崩壊し(1922年)、ギリシャ系やアルメニア系の住民たちが迫害される事件が多く起きています。

また、シェリフはスミュルナ(Smyrna、現在のイズミル)の寄宿学校に通っていましたが、この街は第一次世界大戦中にはギリシャ軍に占領され、多くのトルコ人が殺害されました。それから数十年後、シェリフは心理学者たちが第二次世界大戦で起きたグループ間の対立の力学を熱心に研究しているのを目にすることになるのです。

FUN FACT!

ちょっとトリビア

ロバーズケーブ州立公園にあるロバーズケーブ(泥棒たちの洞窟)は、南北戦争後に当時の“お尋ね者”たちが隠れ家として利用したことから、この名前が付きました。有名なジェシー・ジェイムズ(Jesse James)もこの洞窟に潜伏していたことがあるそうです。

EXPLAIN IT LIKE I’M 5!

2つの実験

1. ロバーズケーブ実験

  • 被験者の男子児童22人はまず2つのグループ(「イーグルス」と「ラトラーズ」)に分けられ、グループの名前を決めて、自分たちだけの決まりをつくって結束を強めた。グループの対立が起きたとき、その原因が人種や宗教、文化などの違いによるものではないことを保証するために、被験者は全員が白人で、プロテスタントの中産階級から選ばれている。
  • イーグルスとラトラーズはその後に互いに紹介され、それから数日間にわたって野球などのスポーツの試合をした。また、自分たちの使っているキャンプ場の区画をどれだけ綺麗に掃除するかといったことでも、グループ同士で競争するような仕組みがつくられた。なお、一連の競争に勝った側のグループには、賞品としてハンティングナイフが与えられることになっていた。
  • キャンプカウンセラーは必要に応じて、例えばイーグルスのメンバーがラトラーズの小屋に泥の入ったバケツを置いてくるといった、対立をあおるような介入もしている。この結果、子どもたちは互いに憎しみを抱くようになり、言い合いや喧嘩が起きた。
  • しかし実験の最終段階では、2つのグループは協力して複数のタスクを成し遂げることで和解するように仕向けられた。そのうちのひとつでは、研究者たちが密かに貯水タンクの元栓を閉めたためにキャンプ場の水が出なくなり、子どもたちはタンクの周辺にある岩などを取り除くよう求められた。子どもたちは始めこそ嫌がっていたがすぐに協力するようになり、最終的にはイーグルスもラトラーズも関係なく、全員が再び一丸となった。

2. ミドルグローブ実験

  • 1953年にニューヨーク州ミドルグローブ(Middle Grove)で同じようにサマーキャンプを模した実験が行われたが、「失敗」に終わった。やはり白人の中産階級出身の子どもたちが集められ、まず全員が顔見知りになってから、2つのグループ(「パイソンズ」と「パンサーズ」)がつくられた。ここでは、せっかく友達になったのになぜグループに分かれなければいけないのかと抗議する子どもたちもいた。
  • その後、敵対心を抱かせるためのスポーツの試合と対立をあおるための介入が行われたが、うまくいかなかった。子どもたちは、大人が自分たちに喧嘩を始めるように仕向けているのだと見破り、研究者たちが片方のグループの小屋を荒らして、それを別のグループがやったように見せかけようとしたときも、キャンプカウンセラーよりも相手のグループの音葉を信じていたという。
  • 被験者のひとりはカウンセラーに対して、「ぼくたちがどう反応するか見たかったんでしょう」と言った。こうして子どもたちはむしろキャンプカウンセラーと対立するようになり、実験は終了した。
  • なお、当時行われていた社会心理学の実験の多くは、現在では非倫理的とみなされる可能性が高い。
People pulling a tug of war rope.
Image copyright: Giphy

BRIEF HISTORY

集団規範論の発展史

1953年:ニューヨーク州ミドルグローブで実験が行われる。シェリフはキャンプカウンセラーのふりをして被験者を操ろうとしたが、子どもたちを対立させることができないとわかったため、実験は予定より早く終了した。

1954年:ロバーズケーブ実験でシェリフの理論が証明される。この年にはウィリアム・ゴールディング(William Golding)の傑作『蝿の王』(Lord of the Flies)が出版されたが、ゴールディンの小説とシェリフの実験は人間の本性についてまったく異なる説を提示している。

1965年:トンガの10代の少年6人が漁船で難破して、無人島にたどり着く。6人は島で助け合いながら暮らし、1年3カ月後にたまたま近くを通りかかったオーストラリアの船に救助された。

1988年:シェリフがアラスカ州フェアバンクス(Fairbanks)で心臓発作のために82歳で死去。新聞の訃報には、ロバーズケーブ実験は米国の公民権運動における対立についての心理学者の理解に影響を与えたと書かれていた。

2018年:『The Lost Boys』が出版。ペリーは著作のために、被験者のうち生きていた数人にインタビューをしており、彼らは初めて実際には心理実験に参加していたことを知らされた。

2020年:ピュー研究所(Pew Research Center)の調査では、COVID-19のパンデミックにより、米国を除く先進国の大半で国民の団結意識が強まったことが明らかになっている。

WATCH THIS!

動画でみる

Boys making a tent
Image copyright: Youtube

ロバーズケーブ実験を取り上げたこの短編ドキュメンタリーでは、実験の記録映像や音声が使われています。

MILLION-DOLLAR QUESTION

人間は協力する生き物?

A scene from West Side Story where two groups of dancers are yelling Mambo at each other.
Image copyright: Giphy

ロバーズケーブ実験に関しては、子どもたちが相手のグループに敵対心を抱くような介入が行われたことはあまり知られていないようです。もちろん、だからといって部族主義など存在しないということにはなりません。また、自分が帰属する集団の仲間を厚遇するという人間の傾向についての長年の研究の結果として、シェリフのものを含めて集団対立の原因に関する複数の理論は基本的には正しいと考えられるようになっています。

さらに、シェリフの理論でも示されているように帰属意識というものは場合によって変化します。わたしたちは状況に応じてどの集団が自分にとって一番重要かを選択することが、研究によって示されています。

しかし、『Humankind 希望の歴史』の著者で歴史家のルトガー・ブレグマン(Rutger Bregman)は、シェリフが「失敗」とみなしたミドルグローブの実験で子どもたちの対立が起きなかったことは、社会心理学者や人類学者、科学者たちの間で支持が高まっているある理論の証明だと指摘します。人間は本来は友好的な生き物で、互いを助け合おうとする性質をもっていると考える人たちが増えているのです。

人類が驚くべきテクノロジーを生み出したり医学での進歩を成し遂げることができたのは、協力する能力のおかげであり、権力を求めたり、敵を殺したいという衝動のためではないのでしょう。

本日のメールは、Lila MacLellan、Morgan Haefnerがお届けしています。日本版の翻訳はChihiro Oka、編集はSota Toshiyoshiが担当しています。

QUOTABLE

こんな発言も

「リアリティ番組の制作者が最初に発見した不可解な真実は、人びとを無人島に置き去りにして、やりたい放題をさせても、何も起こらないということでした。みんなが集まってお茶を飲み、ゲームをするだけです。これでは視聴率は取れないでしょう」

──ルトガー・ブレグマン

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