ヒトの鼻ほど特異なものはないでしょう──それ自体はとくにセクシーでも“売れる”わけでもないのに、人間の美醜や人種、地位やその他もろもろについての“鼻”にまつわる言説は数多くあります。
そして、整形手術。あなたもこれまで少なくとも2回くらいは、ブランチを食べながら鼻を整形したいという話題で盛り上がったのではないでしょうか。
鼻の整形手術は、いまも昔も、米国を含む世界の国々において、最も一般的な美容整形といえるでしょう。
16世紀にヨーロッパで梅毒が流行したときにはじまり、その数世紀後にはアイルランドのとある男性が「より白人らしく見えるように」鼻の整形をしたという記録が残っています。社会にも浸透しており(『クルーレス』のようなポップカルチャーをはじめ、母親の変化を教え諭す子ども向けの本まで登場しています)、“エスニックセンシティブ”かつ完璧な“インスタ映えする顔”を求めるティーンにアピールすることで、時代の流れに乗ってもいます。
さらにもうひとつ。「鼻の整形を元に戻して、個性を受け入れる」という新しいムーブメントも起きています(料金? だいたい1万5,000ドルからだと思ってください)
By the digits
数字でみる
- 25億:TikTokでのハッシュタグ #nosejobcheck 使用回数
- 502億7,000万ドル:グローバルでの美容整形業界の市場規模(2021年)
- 35万2,555件:米国で行われた鼻の再形成手術の件数(2020年)
- 5,483ドル:米国で、鼻の手術にかかる平均的な手術料金
- 67.9%:鼻の整形手術のうち、19~34歳のころに行われる割合
- 1〜2時間:手術の平均時間(ただし完治には約1年かかる)
Why are nose jobs so controversial?
なぜいま問題に?
自らの鼻のかたちを変えるのか、それとも受け入れるのか。それはもちろん尋ねる相手によるでしょう。
鼻形成術の多くが、機能的な(呼吸障害に苦しむ人を助ける)理由から行われているのも事実です。しかし、この手術がここまで物議を醸すのは、それが“美”そのものについてのヨーロッパ中心的な考え方に基づいているからです。さらに、加熱する整形手術人気も影響しています。
今年初め、スーパーモデルのベラ・ハディッドは『Vogue』のインタビューに対し、14歳のときに受けた鼻の整形手術を後悔していることを告白。彼女は「祖先から受け継いだ鼻を残しておけばよかった」と語り、コメント欄は騒然となりました。
米国では、鼻の整形手術を受ける人の約66%が白人です。ベラに限らず、少なくないセレブたちが鼻の美容整形によって業界への扉が開かれる可能性があると指摘しています。ミュージシャンのコートニー・ラブは、20歳のときに鼻を小さくしたことで「6カ月で世界が変わった」と告白、それを後悔していないとも語っています。
一方で、自ら後悔するのみならず、キャリア上の災難に見舞われた人もいます。映画『ダーティ・ダンシング』(1986年公開)で主演を務めたジェニファー・グレイは、圧力に負けて鼻の整形をした結果、キャリアを台無しにしてしまったとプレスに語っています。「整形のせいで、“一発屋女優”であり続けることになった」
ここに来て注目されているのが、「エスニック鼻形成術」で、自らのアイデンティティを守ろうという黒人の間で人気を集めています。一方で、アフリカ系アメリカ人やアジア系、中東系で呼吸が困難な患者に対し、白人の鼻の特徴を適用することで呼吸リスクを避けられるという主張もされています。いずれの場合においても、美的な理由から全体的に“スリムに仕上げる”のが主流ではあるようです。
Pop quiz
ここでちょっとクイズ
「よりよい声になるように」鼻の整形手術に踏み切ったと語った歌手は、次のうち誰でしょう?
- リー・ミシェル
- バーブラ・ストライサンド
- レディー・ガガ
- マイケル・ジャクソン
答えはこのニュースレターの最後で!
Brief History
鼻の整形手術の歴史
- 紀元前6世紀:インドの医師が、刑罰で切断された鼻を再建するために患者の頬の皮膚片を使ったとの記録が残っている
- 16世紀:ヨーロッパで梅毒が流行。鼻の形が崩れた人のために、腕から皮膚を採取して新しい鼻をつくる方法が流行
- 1887:ニューヨーク州ロチェスターの耳鼻咽喉科医John Orlando Roeが、「しし鼻」に悩むアイルランド人移民患者に対して手術を実施
- 1898:ドイツ人外科医ジャック・ジョセフが、「ユダヤ人の鼻」に悩む患者のために無償で鼻の美容整形手術を実施
- 19世紀後半:いわゆる「ビューティー・ドクター」が北米のサロンで外来診療を行う
- 1916:第一次世界大戦中、英国の外科医による兵士の顔面形成術の記録がある
- 1920:一般市民が美容整形を受け入れるように
- 1921:米国で形成外科医協会が設立
- 1990年台:水晶振動による骨を切る新技術が登場。それまではハンマーとノミによる術式が一般的だった
Fun Fact!
ちなみに……
幸いなことに、人の鼻は年齢とともに大きくなるわけではないようです。ただし、鼻はいずれ垂れ下がってしまうもの。鼻の軟骨のコラーゲンとエラスチンが破壊されることで、皮膚が重力に逆らえなくなり、鼻先が垂れ下がってしまうのです。
鼻の整形をもってしても、自然な老化を止めることはできません。宇宙への民間航空券が買えれば解決するのかも知れませんが……。
Take me down this 🐰 hole!
さらに深いお話
COVID-19のパンデミックによって、わたしたちはZoomやFaceTimeでのやりとりで、これまでにないほど自分自身を見つめる時間をもつようになりました。それによって、自らの“不完全性”を直視しなければならなくなったといえるでしょう。いわゆるselfie distortion、自撮りで自分の顔をみると顔が歪んでいるように感じる現象です。
Mehta Plastic Surgeryの整形外科医Umang MehtaはCBSニュースに対して、「人は、向き合って話している人とは対照的なかたちで、自分自身を見ている」と語っています。また「カメラに自分を写したとき、特にカメラが自分に近いと歪み効果が生じるようだ」とも。
ラトガース大学の顔面形成外科医Boris Paskhoverとその共同執筆者は、数学モデルを使用し、自撮りがどのように顔の特徴を歪ませるかを定量化しようと試みています。
それによると、レンズが非常に近い場合、顔の他の部分と比較して鼻が約30%大きく見えるとされています。『Vox』が公開した動画では、この現象がどのように作用するかがわかりやすく説明されていますが、ポイントは遠近法と距離にあるようです。
ありふれたビルの前に立って、見上げているのを想像してみてください。近くにあるビルは大きく見え、背景にあるビルは小さく見えます。遠ざかると、他の建物とのバランスがよく見えるのと同じことですね。
今日のメールは、QuartzのMridula Amin、Susan Howson、Morgan Haefner、Sota Toshiyoshiが担当しました。
クイズの答えは、④マイケル・ジャクソンでした。2003年のドキュメンタリーで、ジャクソンは鼻を整形したと告白。「顔の整形はしていない、鼻だけだ。呼吸が楽になったことで、高い音が出せるようになった。正直なところ、顔には何もしていない」と語っています。ストライサンド、ウィンスレット、ガガはいずれも否定しています。