Borders:インド経済の厳冬

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Deep Dive: Crossing the borders

グローバル経済の地政学

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毎週水曜日の「Deep Dive」では、新興市場を中心に、世界の経済を動かすさまざまな力学を明らかにしていきます。パンデミックと、それに伴うロックダウンで深刻な打撃を受けたインド経済。政府は、影響は一時的なもので、すぐにV字回復すると強調しますが、専門家たちの見立てはそうではないようです。(英語版はこちら)。

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Image: REUTERS/ANUSHREE FADNAVIS

インドでは3月、COVID-19のパンデミックを受け、ロックダウンが始まりました。世界のほとんどの国で何らかの感染対策が取られましたが、インドの措置は特に厳しく、人口13億人の国が完全に一時停止したのです。

経済への影響は深刻でした。主要国でもインドは特に打撃が大きく、4~6月期のGDP(国内総生産)は23.9%縮小。これは過去最悪の数字で、翌四半期もマイナス成長が続いたため、インドは1947年の独立以来、初めて景気後退局面に突入しました。

今後の見通しも悲観的で、IMF(国際通貨基金)の成長率予測は新型コロナウイルスによる被害の激しさを物語っています。

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暗い雰囲気を打ち破るために、モディ政権は、経済の落ち込みは一時的なもので、速やかにパンデミック前の水準に戻ると強調しました。また、財務相ニルマラ・シタラマン(Nirmala Sitharaman)は、「V字回復」が見込まれると述べています。

Its recovery will take time

回復には時間がかかる

ただ、実際にそうなる可能性は低いでしょう。IMFの経済予測では、1人当たりGDPは今年、11%縮小する見通しです。この見通しに基づくと、インド国民は平均するとバングラデシュより貧しくなる計算になります。IMFは1人当たりGDPがコロナ以前の水準に戻るのは2022年末になると予想しています。

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ただ、この予想はインフレを考慮していないため、回復にはさらに時間がかかるはずです。また、コロナがなければ発生するはずだった経済成長も加味されていません。シンクタンクの国立財政政策研究所(NIPFP)のサビヤサチ・カル(Sabyasachi Kar)は、ロックダウンの影響が完全に消滅し、インドが再び成長軌道に乗るにはもっと時間がかかると考えています。

カルの策定したモデルでは、インドがコロナ前の成長を取り戻すのは早くても2033年になる見通しです。しかも、このモデルは、そこまでの経済成長率が毎年7%という非常に高い水準を維持することが前提になっています。

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これはかなり楽観的なモデルですが、それでもコロナの影響を帳消しするには相当の時間が必要です。カルは「V字回復とその後の持続的な成長という誰もが望んでいるシナリオでも、元通りになるには2033年までかかるのです」と説明します。

IMFはインド経済が10%縮小すると予測しますが、落ち込みが5%にとどまると仮定した場合でも、コロナ前の成長軌道に戻るのは2029年以降になる見通しです。複利式に拡大していく経済の性質を考えると、たとえわずかな停滞でも長期にわたって影響が残りますが、V字回復というシナリオはこの事実を忘れています。カルのモデルからは、そのことがよくわかります。楽観的な経済見通しは、コロナの影響が完全に消滅するまでには10年単位の時間がかかるという可能性を排除する傾向にあるのです。

また、回復途中で経済が再び停滞するようなことがあれば、その影響も出てきます。カルのモデルは、今後の経済成長率を7%と仮定していますが、2018~19年の成長率は6.1%で、デジタルメディアのScroll.inがこの数字を使って導き出した予測では、コロナ前に戻るのは2049年になるという結論に達しています。

さらに、今後30年近くにわたって6.1%の成長率を維持するというシナリオはあまり現実的ではありません。インドが急速な成長を遂げた1990年代と2000年代前半でも、成長率は平均で5.5%に過ぎなかったのです。

More challenges for India

さらなる課題

政府の観測とは裏腹に、専門家の多くはV字回復は起きないだろうとみています。オックスフォード・エコノミクスの予測によれば、インドでは2025年までは低成長が続く見通しです。カルは、インド経済の将来を巡る議論はタイムスケールが長いために、今後、起こり得る停滞について適切な検討がなされていないと指摘します。

「先に述べたように、財政赤字が拡大するとしても、経済を軌道に戻すために必要な政策はすべて実施する必要があります。プラスとマイナスのいずれも考慮して議論を進めなければなりません。繰り返しになりますが、楽観的なシナリオでも潜在的な損失は計り知れないのです」

現状では、新たな景気刺激策どころか、通常の経済対策ですらなおざりになっており、州政府は資本的支出(capital expenditure、CAPEX)を削減しています。資本的支出は道路や発電所など固定資産に投じられるお金で、成長の促進には欠かせないものです。インドの財政システムでは資本的支出は大部分が州レベルで行われており、これは懸念材料のひとつです。

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新型コロナウイルスによる歳入減のために、資本的支出の縮小傾向には拍車がかかるでしょう。シンクタンクのICRAは、「パンデミックを受けた歳入の落ち込みで、主要12州の州政府の資本的支出削減は2021年度に総額25兆~27兆ルピー(約35兆円〜38兆円)に達する可能性がある」と予測しています。

連邦政府の予算には、すでにこの傾向が現れているようです。会計監査院(CAG)が公表したデータによると、2020/21年の上半期の予算総額に占める資本的支出の割合は、前年同期の55.5%から40.3%に低下しました。

中銀のインド準備銀行は2020/21年度予算に関するリポートで、「(第1四半期の)ロックダウンと(第2四半期の)モンスーン」の影響で、資本的支出は当初の計画から大幅に削減されることが「見込まれる」と述べています。

投資が減らされることで、経済回復の楽観的なシナリオはさらに遠のくでしょう。インドが1990年代から2000年代にかけて成し遂げた驚くべき経済成長を繰り返すのは難しいかもしれません。

 

(翻訳:岡千尋、編集:森川潤)


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