Startup:ゲイツが惚れ込むSF型スタートアップ

Startup:ゲイツが惚れ込むSF型スタートアップ

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Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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日本ではあまり報じられませんが、実は今アメリカで「水没問題」に直面している都市があります。温暖化の影響で溶けた氷によって水位が上がり、特に海抜の低い場所で被害が出る可能性があるそうです。

2016年に、アメリカ海洋大気庁(NOAA)は、地球温暖化がこのまま進行すれば、海面は約3.0〜3.7メートル上昇するとの予測を発表しました。以降、じわじわと水面は上がってきています。地球の気温が2℃上昇すると東京・ニューヨーク・ロンドンが沈む可能性も指摘されています。

こちらのサイトでシミュレーションをすれば一目瞭然ですが、大阪・名古屋も沈みます。

ここまで聞けば、海面上昇や地球温暖化に少しでも興味を持ってもらえたと思います。

今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、先週に引き続き地球温暖化問題の解決に取り組むスタートアップを取り上げます。今回は、ビル・ゲイツ氏も出資するCarbon Engineeringをご紹介します。

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Carbon Engineering(CO2の除去)

  • 創業:2009年
  • 創業者:Alessandro Biglioli, David Keith
  • 調達総額:1億740万ドル(117億7,000万円)
  • 事業内容:CO2除去と液体燃料生成

STARTUP TACKLING CLIMATE CHANGE

テックで地球環境を再生

温暖化対策の基本は「CO2排出の削減」です。2015年のパリ協定で、全ての参加国が排出削減の努力をすることで合意しました。日本も2030年までに、26%削減を目指しています。先のCOP25でも、各国のCO2排出量の削減目標を巡って、激しい交渉が行われていました。

ところが、実際には、CO2排出量は全く減っていないどころか、増えています。IEAの公表によれば、昨年のCO2排出量はむしろ前年比1.7%増え、過去最高の331億トンに達したそうです。パリ協定の目標達成に向けた削減は一向に進んでいないのです。

この状況に業を煮やし、立ち上がったスタートアップがCarbon Engineeringです。排出量が減らないなら、いっそ空気中のCO2を吸い取ってしまえと。スタートアップらしい、大胆かつ直接的な発想で、CO2問題に真っ向から立ち向かいます。

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同社はハーバード大の応用物理学の教授で、気候変動問題への提言も多く、TIME誌のHeroes of Environmentにも選ばれたDavid Kieth氏が2009年に創業しました。実業界からSteve Oldham氏をCEOとして招き、経営を行っています。

まず巨大な換気扇で空気を吸い込み、特殊な液体に接触させ、CO2を除去します。従来の方法では1トンの二酸化炭素を取り出すのにおよそ600ドル(約6万6,000円)かかっていたところ、100ドル(約1万1,000円)にまで下げる技術革新に成功したそうです。

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取り出したCO2は処理も大変で、通常ならコストをかけて地中に埋めるなどしますが、水素と合成して液体燃料を作ってしまうという、画期的なアイデアを打ち出しました。CO2からガソリンを作って、このカーボンフリーなエネルギーを売って、売り上げを作ります。

設立は2009年と古く、以降8年に及ぶ研究と3,000万ドル(約32億8,000万円)の投資を経て、この複雑な工程を作り上げました。現在200バレルの燃料を生産できる設備を建設中で、2022年の操業開始を予定。その後、2,000バレルに引き上げて、商業的な採算に乗せる計画です。

設立当初のシード資金を提供したのがマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏。2019年1月には著名ベンチャーキャピタルのFirst Round CapitalやLowercase Capital、石油会社Chevronなどから70億円近くの資金を集めました。

学術研究のタネが事業化に至るまで

Carbon Engineeringがここまで漕ぎ着けたポイントはいくつかあります。

まず、アカデミックの研究者と、経営のプロがタッグを組んだ点。事業化の際に、大学教授が見よう見まねで経営するのではなく、きちんと外部からCEOを招いた点です。

次に、全く先の見えないプロジェクトを初期から支援した強力な支援家の存在です。ビル・ゲイツは設立以降全ての資金調達ラウンドで出資し、辛抱強く技術の芽が開花するまで付き合っています。

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そして、しっかりと商業ベースの採算性を確保し、ベンチャーキャピタルの出資を得たこと。社会的意義が高くても世の中にインパクトを与える規模に育てるには、きちんと「儲かる」ことが大事です。

ちなみに、創業者のDavid Keith教授もCEOのSteve Oldham氏も共に50歳を超えています。一般に「起業の成功確率が最も高いのは45歳」と言われています。スタートアップを創業するのも、経営するのも、若い人の特権ではありません。

WHAT IS GEOENGINEERING?

ジオエンジニアリングとは

Geoengineering(気候工学)という言葉を耳にしたことがあるでしょうか? 気候や大気などの地球システムを、テクノロジーを用いて大規模かつ人為的に操作することです。大きく二つのアプローチがあって

  1. 大気中からCO2を吸収して、CO2濃度を減らす
  2. 太陽光を何らか遮断して、温暖化を防ぐ

1はまさにCarbon Engineeringの事業そのものです。2は、成層圏に粒子をまき、太陽光を反射させるなど、です。

CO2削減がなかなか進まない、もはや普通の対策では危険な温暖化を回避できないとの焦りの中で、こうした選択肢が急浮上してきています。最強のスタートアップ養成学校として有名なY Combinatorも、2018年にGeoengineering企業を募集して話題になりました。

かつてSFの世界、構想に過ぎなかったものが、今や現実的な対策として視野に入ってきたわけです。

一方で、地球にダイレクトに手を加えることで環境のバランスが崩れるのでは? という懸念もあります。膨大なコスト負担に関しても、政治的な議論は難航を極めそうです。

とはいえ先の見えない温暖化対策に、Geoengineeringは切り札となり得る可能性を秘めているといえそうです。スタートアップもこの分野に続々と参入しており、今後に注目です。

Prometheus(プロメテウス)
空気からCO2を取り出してガソリンを生成する技術開発。1ガロン(3.79リットル)当たり約3ドル(約330円)でガソリンを生産できると説明している。

Global Thermostat(グローバル・サーモスタット)
Carbon Engineeringのライバル社。発電所および大気中からの二酸化回収技術を開発。

Visolis(ヴィソリス)
炭素を食べる微生物を生み出そうとしている。

Ocean-Based Climate Solutions(オーシャン ベースド クライメート ソリューションズ)
海をかき混ぜ、植物プランクトンの成長を促進するデバイスの開発。

Charm Industrial(チャーム インダストリアル)
独自の植物バイオマスを燃焼させて水素を生成、その過程で生成される温室効果ガスを抑制する技術開発。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)

This week’s top stories

今週の注目ニュース5選

  1. 世界はスピードに取り憑かれている。新たなイノベーション、とりわけ「時短」や「高速」といった速度の改善を謳うサービスを生み出すことは成功の鍵だが、一方で死角も広がる。スタートアップのように、スピード重視の方法論に依存した思考が我々に浸透することは「早期の失敗、頻繁な失敗」「イノベーションか死か」へ誘う。
  2. イスラエルのVCがファンドを閉鎖。Aleph(アレフ)傘下のファンド、Aleph III(2億ドル規模)の閉鎖が発表された。同国はブロックチェーンを活用したスタートアップがいくつも立ち上がっており、ウォレット運営会社として知られるColu(コル)もAlephから資金を調達している
  3. 3Dプリンターで安価な住宅供給に期待。カリフォルニア州サンタバーバラ郡で、初めての3Dプリンターを使った住宅の建設プロジェクトが進んでいる。2017年に、建設費113万円、わずか24時間でコンクリート製の家を作ったことで知られるApis Cor(アピスコー)社と協力する。
  4. 情報漏洩を懸念、TikTokに警戒。先月、TikTokでバズった動画が問題になっているという。このアカウントの主@Shreddedphotog(David Bickel)はアメリカ海軍に所属する軍人で、ジムで筋トレに勤しむ姿を映した動画を投稿。本人は「投稿前に動画を選別している」と言うが、議員や軍関係者からは中国による情報収集を懸念する声が。
  5. 医療データ、丸裸だったと発覚。医療系スタートアップのLyfebin(ライフビン)が、サービスの一環として行なっていたX線写真、MRI画像(患者の個人データや医師名も)のファイル共用場所はなんと、Amazon Web Services(AWS)だった。パスワードなしで保存されており、発覚後に同社は保護する対策を講じたというが、誰でもアクセス可能な状態で放置されていた

(翻訳・編集:鳥山愛恵、写真:ロイター)