Startup:熱狂を創る「超人的サービス」

Startup:熱狂を創る「超人的サービス」

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NEXT STARTUPS

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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今年、誕生から15年を迎えたGmail。ユーザー数は月間15億人、世界のメールソフトの6割のシェアを持つと言われるその強さは圧倒的です。

平均的なビジネスマンは、なんと一日平均3時間も、メールに時間を費やしているそうです。一方、これまでメールソフトの大きな革新は起きていません。無料で使えるGmailを「当たり前」ものとしてそれ以上に何かを求めたり、対抗するサービスが生まれることはありませんでした。

しかし今、そこに敢えて参入するスタートアップが脚光を浴びています。今回はメール文化をアップデートするSuperhumanをご紹介しましょう。

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Superhuman(メールサービス)

  • 創業:2015年
  • 創業者:Rahul Vohra, Conrad Irwin, Vivek Sodera
  • ステージ:Series B
  • 調達総額:3,300万ドル(約36億円)
  • 事業内容:月額30ドル(約3,300円)のメールサービス

UNUSUAL IDEA

Gmailを倒そうなんて…

無料で使えるGmailで十分なのに、Superhumanは月30ドル、年間360ドル(約4万円)の有料のメールソフトです。わざわざお金を払ってまで使いたい人がいるの?と疑問に思う人もいると思いますが、希望者が殺到し、今や10万人以上がウェイティングリストに並んでSuperhumanからの招待を待っている状態だと言われています。

投資家も注目していて、Netscape Navigatorの開発者で投資家のマーク・アンドリーセンも絶賛。彼自身のベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロヴィッツなどから今年6月、3,300万ドル(約36億円)の資金を集め、企業価値は2.6億ドル(約290億円)と評価されました。

Superhumanはターゲットがかなり絞り込まれていて「1日に3時間以上メールの送受信に時間を費やしている人」向けに、従来の2倍のスピードでメールを捌けることをプッシュしています。一体、どんなサービスを提供しているのか、気になりますよね。Superhumanの機能の特徴はこちらの通りです。

  1. 速さ:操作が10分の1秒以内に画面に反映される
  2. 多様なショートカットキー
  3. 受け手の開封通知
  4. 受け手の読んだ回数
  5. メール内リンクに飛んだか
  6. 添付ファイルの開封状況

文字にするとあっさりした印象です。しかし、Superhumanがここまで話題になる理由は、もっと他にあるのです。

GOOD BRANDING

希少価値を高め、解約を抑える

Superhumanが長けていること、まずはブランディングと希少性です。

まず利用開始にあたって、導入ハードルが高い。使いたいと思ってもすぐに誰でもできるわけではなく、まずSuperhumanにサインアップするとウェイティング状態になります。無制限にユーザーを増やさず、焦らしてユーザーに期待と話題を醸成する訳ですね。そして、ようやく招待メールが来たと思ったら、そこから様々な質問に答えさせられます。その回答次第では、「あなたはこのサービスに不適切なユーザーです」と断られることもあります。

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ユーザーからすると非常に面倒なシステムですが、Superhumanはこのシステムによって、メールサービスに月30ドル支払い続ける属性を吟味し、優良ユーザーを厳選しているのです。

一方でユーザーはこの過程によって、待たされた挙句、手間のかかるアンケート審査を経てやっと手にしたSuperhumanを利用する権利が、とても価値のあるものに感じられます。「選ばれし者」という希少性、ブランド意識を逆撫でされる訳です。思わず友人に話したくなる、自慢したくなるのは自然でしょう。そして、これだけ苦労して得た権利ゆえ、解約するとまた待たされてアンケートの回答が必要になるため、解約したくなくなります。ユーザーからすると非常に面倒なシステムですが、Superhumanはこのシステムによって、メールサービスに月30ドル支払い続ける属性を吟味し、優良ユーザーを厳選しているのです。

洗練されたSuperhumanのウェブサイトは、数え切れないくらいの試行錯誤を繰り返して、綿密なデザインのもと作られています。そのセンテンスや言葉使いの一言一句に至るまで、徹底的に吟味し何度も練り直して作られたそうです。月30ドルという価格設定も、壮大な議論と検証を繰り返して到達した、この体験にマッチしたマジックナンバーとして設定しているそうです。

PURSUIT OF CUSTOMER HAPPINESS

ユーザーエクスペリエンスの追求

高い導入ハードルをクリアすることで、ユーザーに一旦特別感を与えることはできますが、いざメールサービスを使う時にユーザーの期待値を下回れば解約が発生します。そのためSuperhumanは、広く浅くではなく、自社の思想に合う厳選された顧客の「特別感」を維持するため、サポートを徹底しています。

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①丁寧なオンボーディング

晴れてユーザーに選ばれ、サインアップを終えると、すぐに面談調整が始まります。この面談はSuperhumanのスタッフが30分かけて使い方をレクチャーするものです。Superhumanのメールサービスは細かなショートカットキーが設定されていたりするので、サポートなしで使いこなせるものではないそうです。またこの面談には、創業者のRahul Vohraがサプライズで登場することもあるそうです。

ここまですると、「コストがかかり過ぎでは?」「すぐに解約するかもしれないユーザーにそこまで?」と思いがちです。しかし、考えてみれば、30分のマンツーマンのレクチャーを受け入れている時点で、そのユーザーのコミットは相当高いと言えます。また、使い始めて直ぐに効果実感を得てもらうためにはこの教え方が最も効果的とも言えます。ビデオを見て自分で学ぶ、ではなく手取り足取り、これがまたブランド意識をくすぐります。

②ユーザーのコミットと期待値の調整

Superhumanはファンを醸成するのが非常にうまい。Superhumanのメールサービスを介して送られたメールの最後に必ず“Sent via Superhuman”の文言が入ります。これもユーザーにとっては自分が「選ばれし者」というアピールになる、人間の優越感をくすぐる巧みな仕様です。このメールを受け取った人は、Superhumanというサービスに興味を抱くでしょう。バイラルでユーザー獲得できる仕組みが埋め込まれているのです。ちなみにこの“Sent via Superhuman”の挿入句は外すことができません。いわば「Superhuman教の証」な訳です。

そして、創業者Rahul Vohra(下写真、左)の強烈なインパクト。彼は、いつも同じ黒の革ジャン姿で、クールで神秘的なSuperhumanのイメージ戦略につながっています。

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文字通り超人的なブランドのアイコンを、Rahul Vohraが体現する。それはアップルのSteve Jobsにも通じる部分があります。Superhumanは、カリスマを信仰する「信者」のような、ある種カルト的な熱狂を秘めたサービスです。Superhumanでは月に一度、会員に対してメールが送られますが、送り主は、Rahul本人です。受け取ったユーザーは、驚きと感動と興奮を持って、そのメールを開封するに違いありません。

CUSTOMER DELIGHT

便利以上の価値

もちろん、創業者の分かりやすいビジュアルだけでは、ユーザーの満足度は高まりません。Superhumanの革新性を支えるキーワードは「ゲームデザインの追求」です。

Superhumanは「インボックスをゼロにする」目標に対し、ユーザーの喜びを徹底的に追求しています。人は単に便利になるというだけの価値では、メールサービスに月30ドルは払いません。

彼らは、インボックスをゼロにする工程を、ゲーム的な体験として設計しています。ユーザーエクスペリエンスが全て、と。Superhumanの解釈でそれを突き詰めると、サービスの中に喜びや楽しみがなければ、人間心理に訴えかけないというのです。

新着メールを一種の敵に見立て、いかにこれをやっつけるか、言わばゲームのゴールに向けたストーリーの過程で感情に響く仕組みを緻密に設計している。「便利」を超えた、“Customer Delight(顧客感動)”を提供し、この熱狂をつくり上げているのです。

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ちなみに創業者のRahul Vohraは、子供の頃、ゲームを作りたくてプログラミングを学び、起業家になる前はゲームデザイナーでした。ゲームデザインの本質、それはSuperhumanを「使う(use)」ではなく「遊ぶ(play)」という体験に昇華すること、と表現しています。任天堂WiiをPlayしても、Useする人はいない、と。

CONSUMERE IS EMPOWERED

テクノロジーで武装する個人

エンジニアカルチャーなシリコンバレーでは、仕事の生産性向上に繋がるサービスが次々に生まれます。日本でもユーザーが多いチャットツールの「Slack(スラック)」に始まり、散らばった情報を一元管理する「Notion(ノーション)」、リモートワークに特化したコラボレーションツール「Tandem(タンデム)」など。自由な働き方が普及する根底には、こうしたテックによる飽くなき生産性改善があるのです。

いわゆる業務ソフトはかつては企業が導入し、社員が仕事に利用するのが普通でしたが、今や順序が逆。エンジニアなどの個人から火がつき、やがて社員の多くが使っていることに気がついた企業が自社導入する順序で進むケースが増えています。

果たして、Superhumanも同じ道を辿るのでしょうか。シリコンバレーには、Superhumanに対して懐疑的な見方もあり、「30ドルも払ってメールソフトを使いたい人がどれだけいるのか?」と訝しむ人たちも多い。ただ、こうした物議を醸し出し、話題をさらう時点で、Superhumanのマーケティングは成功と言えそうです。Superhumanの今後に要注目です。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)

THIS WEEK’S TOP STORIES

今週の注目ニュース5選

  1. スペースXがISSに物資搬入成功!12月5日(現地時間)にフロリダのケープカナベラル空軍基地から、国際宇宙ステーション(ISS)へ向けて打ち上げられたスペースXの補給船「ドラゴン」がISSに到着、搭載していた補給物資を納入したことが8日明らかになった。補給物資を積んで接近してきたドラゴンをISSのロボットアームがキャッチする写真が投稿されている。今回、ドラゴンが運んだ2720キログラムの物資には、実験用マウス40匹が含まれている。
  2. 電動スクーターUnicorn「完全に失敗した」。落し物トラッカーで有名な「Tile(タイル)」と共同で電動キックスクーターの提供を今年6月に開始した「Unicorn(ユニコーン)」が早すぎる窮地を迎えている。699ドル(約7万6,000円)の電動スクーターの事前注文を受けていたが、FacebookやGoogleに投入した広告費が痛手となって事業停止に。報道によると、資金不足が深刻過ぎて払い戻しは行われないそうだ。ニック・エバンスCEOは「ビジネスとして完全に失敗した」と後悔の念を滲ませる。
  3. 豚肉インフレに歯止めをかけるMeatable。単一の動物細胞から肉を培養する技術を開発する、オランダのスタートアップ「Meatable(ミータブル)」が1000万ドル(約10億円8,500万円)の資金を調達。豚インフルの流行による世界的な豚肉価格の高騰を受けて、同社は豚肉作りに注力し、来年には試食会を開く見通しという。2019年は培養肉や魚介ベンチャーの増資ブームで、 Shiok Meatは530万ドル(5億7,500万円)、Future Meatは1400万ドル(約15億2,000万円)を確保した。
  4. Google生みの親の退任劇は何を意味するのか。12月3日、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンがそれぞれGoogle親会社Alphabet(アルファベット)の最高経営責任者(CEO)と社長のポストから退く(取締役としては残る)ことを発表。そして「日々の責任」から自分自身を取り除いていると説明した。アルファベットの評価については、この発表以来およそ2倍に急騰した株価からも成功したと分かるだろう。Google構造ではベンチャー支援は、あくまでも母体を強化する目的で位置付けられていたが、アルファベットが目指す、真に成功する可能性がある企業の育成という目的に焦点が当てられる。つまり、ペイジとブリンが、より大きくチャレンジングなアイデアを追求することを可能にする、ということだ。
  5. 東南アジア発ハイブランドレンタル企業が増資。デザイナーズブランドの衣服をレンタルできるプラットフォーム「Style Theory(スタイルセオリー)」は12月5日、SeriesBで1,500万ドル(約16億円)を調達したことを明らかにした。2016年に創業した同社は、250を超える世界的デザイナーズブランドの衣服3万着超を、インドネシアとシンガポールでレンタルする事業を展開。モバイルアプリのユーザーは10万人を超えている。

【今週の特集】

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Quartz(英語版)の今週の特集は、「Beyond the Fintech Hype(フィンテック、ブームを超えて)」です。Quartzの金融とテックの取材班が、真の次世代企業へと迫る力作です。Quartz Japanの購読者は、英語のオリジナル特集もお読みいただけます。

(翻訳・編集:鳥山愛恵、写真:ロイター)