[qz-japan-author usernames=”masaya kubota”]
Next Startups
次のスタートアップ
Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。
8200部隊の名を、聞いたことあるでしょうか? イスラエル軍の諜報部隊でありながら、近年はスパイや軍事とは違う文脈で知られるようになっています。
「中東のシリコンバレー」とも呼ばれるイスラエルは、人口約900万人、国土は日本の四国程度の小国ながら、毎年1,000社を超えるペースでスタートアップが誕生します。まさに「世界一の起業大国」です。
この土壌を支える「秘密の人材育成機関」が、この8200部隊です。1万人に1人という合格率を潜り抜けた18〜21歳のスーパーエリートの卒業生が、次々と起業します。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、驚異のドローン防衛技術を誇るConvexumを取り上げます。
Convexum(サイバーセキュリティ開発)
- 創業:2015年
- 創業者:Gilad Sahar, Niv Magen, Tom Gol
- 事業内容:域内の不審ドローンをハックする境界防御シールド技術の開発
SF-LIKE INVISIBLE BARRIER
目に見えないバリア
前回は、ハイテクとローテクを掛け合わせて「ドローンをドローンで制す」方法を紹介しましたが、Convexum はSFさながらの手法をとります。
地上に独自開発のセンサーを設置すると、最大1.5キロメートル四方の仮想ドームが形成されます。このドーム内へ不審ドローンの侵入を検知すると、自動でそのドローンをハッキングし、飛行経路を制御し安全に着陸させるのです。仮想ドーム内ではあらかじめ登録されたドローンのみが飛来でき、未登録のドローンは離陸もできません。
まさに『新世紀エヴァンゲリオン』のATフィールドの世界。目に見えないバリアを張り、敵の攻撃を防ぐという近未来的な手段を現実のものにしました。
不審ドローンを撃ち落とすと、地上に被害が及ぶ可能性があります。生け捕りドローンで追いかける場合も、逃げられたり、事故的に落下するリスクがあります。
Convexumは不審者によってハッキングされたドローンを、再度ハッキングして制御を奪い、指定された場所に強制的に着陸させます。しかもこの操作は全て自動で、無人で行われます。機体を完全な状態で回収し、部品やシリアルナンバーから生産元など相手の情報をたどることも簡単です。
電波への影響もありません。境界区域内のConvexumの信号は特定の無線周波数を発信し、不審と見なした対象物にだけ反応するため、既存の信号に干渉しません。また、市場に出回っているドローンのほぼ全てに対応し、不審ドローンの操縦者の位置まで特定できるものもあります。
Convexumの社員はたった10名で、これまでの調達金額は220万ドル(約2億4,000万円)のみ。創業者を含む全員が8200部隊出身という少数精鋭のエリートチームです。製品はオーストラリアとニュージーランドはじめ、世界各国で利用されているグローバル企業です。
A NEW AGE OF WARFARE
新しい「戦争」
先月、Convexum社は、世界的に有名な民営スパイ企業であるNSOグループに6,000万ドル(約66億2,300万円)で買収されることが発表されました。
NSOグループといえば、自らを「サイバー戦争をリードする企業」と称し、政府や軍、情報機関にハッキングツールを販売しています。「誰の、どのスマホにも入り込める」と語り、あまりに強力なシステムを開発することで批判を浴びることも多い会社です。同社の製品Pegasusは標的となった人の生活をあらゆる側面から覗き見できる「究極のスパイウェア」と評されています。
最近ではメッセンジャーアプリWhatsAppをハッキングした疑いで、Facebookに提訴されました。WhatsAppは暗号化技術などセキュリティに定評があっただけに、世界20カ国1,400人の情報が収集されていたことに世界は震撼させられました。
また、2018年にはサウジアラビア政府がこれを利用し、反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏のiPhoneに侵入し通話を傍受し情報を得たことが、同氏殺害のきっかけとなったとも言われています。
NSOはPegasusを販売する相手を厳格に審査し、契約時には目的をテロ集団や犯罪組織の監視に限定していると主張しています。NSOには批判が多い一方、実際にはイスラエルはじめ、メキシコ、パナマ、UAE、サウジ、トルコなど多くの国と政府が顧客に名を連ねています。すでに世界45カ国でPegasusの存在が確認されており、各国は数億円にも上る手数料をNSOに支払っているといわれています。
そしてこのNSOの創設者もまた、8200部隊出身者です。Convexumというドローンハッキングの技術を得て、NSOは更に勢いを増すと見られていますが、秘密主義のその企業の実態は謎に包まれています。
ISRAELI INNOVATION
イスラエルの強さ
イスラエルは興味深い国です。2,000年前にパレスチナの地を追われたユダヤ人は世界中で過酷な迫害と差別を受け、1948年に念願の「自分たちの国」を建国します。周囲を対立するアラブ諸国に囲まれ、砂漠のど真ん中に位置しながら、水も食料もエネルギーもほぼ100%自給率を誇る奇跡の国です。
ユダヤ人の人生観は「人は誰も完璧ではない」です。物事が全てうまくいくとは限らない、絶望したり悲しみに暮れてはいけない。家や財産を奪われ追い出されても、知恵さえあればどこでも生きていける。そのため、徹底的に教育を磨き、頭脳を鍛えます。
そして「失敗は当たり前」。人間はいつ死ぬか分からない、一日を一生と考え、精一杯挑戦し、やりたいことをやって生き抜く。起業家の9割が3回目以上の起業という、驚くべきスタートアップ国家です。
イスラエルの強さは政府、大学、VCに加えて、軍が果たす役割が大きいといえます。原則、国民は高卒時点で全員兵役が課されますが、身体的な訓練とは違い、IT技術やサイバーセキュリティ、通訳などの技術を身につけます。
そんななかで選ばれるスーパーエリート集団が8200部隊。訓練では上官に反抗しでても、独創的な思考や権威に対する挑戦が奨励され、徹底的に叩き込まれます。「不可能」など存在しない、「できない」場合でも粘り強さと創意工夫で状況を打開できると教えられます。
以前イスラエル人に「なぜ起業がポピュラーなのか」と尋ねたら、「起業は“National Sports”(国技)だ」という答えが返ってきました。起業という選択肢が、とても自然で、当たり前に存在している。彼の子どもは小学5年生で大学数学を学んでおり、その教育方針は「徹底的に自分の頭で考えさせる。答えが正しいかどうかは問わない」だそうです。
イスラエルは親日の国。今も戦時下にあるイスラエル人にとって、電子立国で劇的な戦後復興を遂げた日本に、尊敬と共感の念を抱いているといいます。豊かで安定した社会に慣れきった日本を襲う新型コロナウィルスの脅威、その後に控える東京オリンピック。今度は日本がイスラエルから危機管理という学びを得る時かも知れません。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- 紀伊国屋店内に「農園」が今夏オープン。ドイツ・ベルリンに拠点を置く農業ベンチャーのInfarm(インファーム)はJR東日本から出資を受け、「紀伊国屋」で Infarm の仕組みを使った屋内栽培の農作物の販売を今年の夏にスタートすることを発表しました。2013年に、イスラエル生まれのガロンスカ兄弟らによて立ち上げられた同社は、温度や湿度、光などをクラウドで最適に管理した野菜栽培を手掛け、ヨーロッパやアメリカのスーパーと提携・販売。紀伊国屋での販売はアジアでも初の試みです。
- ゲームの祭典「GDC2020」開催中止。3月に開催が予定されていた世界最大のゲーム開発者の祭典「Game Developers Conference(GDC)2020」は、新型コロナウィルス感染拡大を懸念し、今夏に延期されることとなりました。開催元のInforma Tech(インフォーマ・テック)は「苦渋の決断」とし、一部のプレゼンテーションとイベントはオンライン上で配信される予定です。
- 受刑者の支援をネットショップから。クラフトアイテム売買のeコマースサイトを運営するEtsyは、塀の中で罪を償う囚人たちの自立支援にユニークな方法で取り組みます。受刑者の描いた作品をEtsy上で販売して、収益の60%を受刑者に渡し、賠償金や養育費に充てることでより良い道に導こうという試みです。コロラド州更正・矯正局と協力しパイロットプログラムを始めており、今年下半期に本格的にサービスをスタートさせたい考えです。
- GSが南アフリカのフィンテックスタートアップに出資。南アフリカのfintech企業JUMOは最新のラウンドで5,500万ドル(約59億5,000万円)を獲得し、資金総調達額は1億5,000万ドル(約162億2,000万円)に達しました。GSの出資を初めて受けたのは2018年で、それを元手にアフリカ大陸を越え、パキスタン、インド、バングラデシュへの進出も果たしています。モバイルデータによる新たな信用スコア、銀行口座を持たない人たちへの融資の仕組みを確立させた同社は、昨年11月にアフリカ初のフィンテックユニコーンとして認められました。設立以来18億ドル(約1,950億円)の融資を実施、1,500万人にサービスを提供しています。
【今週の特集】
今日3月2日の日本時間夕方に配信開始の、Quartz(英語版)の特集は「Beyond student debt(学生ローンの先)」です。生涯学習の必要性が注目される中、教育の内容とともに、そのための学資金の集め方にも変化が求められています。借金に苦しむことなく、必要なスキルを習得できる未来をQuartzがレポートします。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
👇に、こちらの記事をシェアできる機能が追加されました(Quartz Japanのツイッターで最新ニュースもどうぞ)。