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Next Startups
次のスタートアップ
Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。
新型コロナウイルスの影響で、日本でも「リモートワーク」が急に現実のものになりました。慣れない環境での仕事に悪戦苦闘する人も多いのではないでしょうか。
一方、世界にはコロナ以前から全社員が完全リモートワークで急成長中の、驚異のスタートアップが存在します。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、「オフィスがない」未来型企業、Zapierに迫ります。
Zapier(クラウドデータ連携システム)
- 創業:2011年
- 創業者:Bryan Helmig, Mike Knoop, Wade Foster
- 調達総額:250万ドル(約2億6,600万円)
- 事業内容:プログラミング不要で定型作業を自動化できるiPaaS開発
WHATS IS ZAPIER?
Zapierとは?
クラウド化が進むにつれて、企業が利用するソフトウェアの種類は無数に増えています。Gmail、Slack、Dropboxと挙げればきりがありませんが、米国では一社平均150のソフトウェアを導入しています。
Zapierはこれらソフトウェア間を繋いで、定型作業を自動化するツールです。例えば「Gmailで添付ファイルを受け取ったらDropboxに自動的に保存する」など、自由に設定できます。
プログラミングスキル不要で、非エンジニアが簡単に扱えます。日本では最近プログラミング教育の議論が盛んですが、シリコンバレーではプログラミング不要なNo Code(ノーコード)が一大トレンドです。
エンジニア不要で優れたデザインのWebサイトをつくれるWebflowや誰でもスマホアプリをつくれるAppsheetなど、ユニコーン企業も生まれる急成長分野なのです。
FULLY DISRRIBUTED ORGANIZATION
完全リモートの起源
Zapier創業の地はミズーリ州コロンビア。ジャズやブルースで有名なこの土地で、CTOのBryan Helmig(ブライアン・ヘルミグ)が所属するジャズバンドにCEOとなるWade Foster(ウェイド・フォスター)を勧誘したのがZapierの始まりです。よく「スタートアップの経営チームは音楽バンドに似ている」と言われますが、彼らのきっかけは文字通り音楽でした。
地元で数少ないエンジニアだった彼らはすぐに意気投合し、毎日テックの話題に明け暮れます。
ある日、地元にスタートアップイベントがやってくると聞きつけ、現在のプロダクトの原型となる“API Mixer”で出場し、最優秀賞を獲ります。しかしその時点では法人もなく、彼らは別の本業の仕事を抱えたままの「週末起業」でした。
ミズーリにはスタートアップの投資家もメンターもいません。一念発起した彼らはYコンビネーターに参加し、そのままシリコンバレーに移住します。
ところがもう一人の共同創業者であるMike Knoop(マイク・クヌープ)がミズーリにいる恋人のため、地元に戻ることに。「彼を失う訳には行かない。何か方法を探そう」と、リモートでの協働を模索します。これがZapierの完全リモートワークの起源です。
CUSTOMER CENTRIC CORPORATE CULTURE
顧客中心の企業文化
ミズーリで育った彼らにとって「利益の範囲内で人を雇い、投資をする」は自然な発想でした。
前職が住宅ローンの営業マンのフォスターは上司から「1ドルを節約することは1ドルを稼ぐことと同じ」「会社のお金を自分のお金と思って使え」と倹約を叩き込まれ、大型ファイナンスのシリコンバレー型成長とは無縁でした。設立3年目から黒字。資金調達はエンジェルを中心に250万ドル(約2億6,600万円)のみで、VCからの調達はありません。
Zapierは法人向けにソフトウェアを売る会社ですが、営業マンが一人もいません。
当初は各ソフトウェアのウェブサイト内のユーザー掲示板にある「あのツールと連携できない?」という書き込みに「いいのがあるよ」と答え、顧客を獲得していました。営業マン無しで、2018年で5,000万ドル(51億4,000万円) 近い売上を誇ります。
Zapierの社員は全員が一定期間「カスタマーサポート」を経験します。「スケールしないことをしよう」と、1,000人のまだ見ぬ顧客ではなく、目の前の1人の顧客に向き合う。営業のいないZapierは、実は社員全員が「営業」です。“Zapier”という社名の由来“Happier”は、最高の顧客満足を提供する意思の現れなのです。
KEY TO SUCCESS
完全リモートの秘訣
Zapierにはオフィスがありません。全米20州、世界18カ国に広がる約300名の社員全員が「完全リモート」の成功には秘訣があります。
まず、自律型(セルフスターター)社員の採用です。想定外のトラブルも、隣に相談する同僚や上司はいません。常に自分の頭で考えて行動し、判断できること。自分の持ち場をこなすだけでなく、有益な学びはメモにして共有する、といったチームワークも重要です。
次に、透明なコミュニケーションです。相手の顔色、場の雰囲気での意思疎通は不可能です。自社開発の情報共有ツールを用い、報告や指示は明確に言語化され、共有が徹底されます。忖度やゴマすりは排除され、具体的なアウトプットに基づいて協働が図られます。
リモートゆえに、社員のスキルアップや自己実現はより手厚くフォローします。上司と部下は毎週1対1でビデオ面談。マネジャー向けには「採用面接」「部下へのフィードバック」など独自作成された音声マニュアルが用意されています。
そして、テクノロジーの徹底活用です。チャットツールのSlack、ビデオ会議のZoom、そしてドキュメント共有のためのGoogle Docsという「3種の神器」に加えて、あらゆる最新ツールを活用しています。
一方で、オフラインでの交流も重視しています。世界中の社員が一同に集うオフサイトを年2回行っています。入社時の研修はサンフランシスコに集められ、AirBnBで部屋を借り経営陣らと1週間をともにします。
また社員3名をランダムに組み合わせてのチャット「ドーナツ」も毎月行われます。Slackには「子育て」「旅行」などあらゆるチャネルが用意され、社員は気軽に発言して交流することができます。
HUGE TALENT POOL
圧倒的な人材プール
リモートワークの最大の利点は世界中からベストな人材を採用できること。Zapierの社員の定着率は驚異の高さで、ほとんど人が辞めません。彼らにとって完全リモートはオフィス家賃の節約ではなく、根元的な企業カルチャーであり、戦略的な競争優位の源泉なのです。
フォスターは「完全リモート組織の秘訣」を良く聞かれるそうですが、「経営としてやるべきことを突き詰めただけ」と。考えてみれば「社員の自律」「透明なコミュニケーション」など、昨今の「働き方改革」でどの会社も掲げる命題です。彼らはこれを徹底しているに過ぎません。
これらは擦り合わせの文化、終身雇用による集団マネジメントに徹してきた日本企業が最も苦手とするところかもしれません。
コロナショックで突然強いられたリモート環境でのワークスタイルが、私たちの未来の経営に意味するところは何か。オフィスもない、営業マンもいない、VCもいない新たなスタートアップ生命体であるZapierが、その可能性を示唆してくれているのかもしれません。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- Saas利用者、世界で爆増中。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、Saasサービス利用者が世界中で増加しています。FreeConferenceCallの報告によると、各国の伸び率はそれぞれ、アメリカおよびイギリスで6%、インド10%、フランスと韓国20%、イタリア170%、中国524%、香港1,576%、ベトナム3,836%増。市場では1月末以降、Zoom、Slack、Dropboxなど、クラウドアプリの利用者が増え、株価上昇が続いています。
- イーロン・マスクは動じない。スタートアップアクセラレーターのY Combinatorは2020年のデモデーをオンラインで実施することを発表し、開催まで1週間というタイミングでテックと映画と音楽の祭典、サウス・バイ・サウスウェスト(SXSW)の開催が見送られるなど、自粛ムードが立ち込めるなか、テスラのイーロン・マスクCEOはこれらの「パニック」を「馬鹿らしい」と一蹴。2時間で10万リツイートされました。
- 中国がロックアップ規制緩和へ。中国の中国証券規制当局は6日、コロナウィルス感染拡大によるダメージを受けた実体経済回復支援の一環として、未上場のハイテク企業へ投資した一部のベンチャーキャピタルおよびPEファンドに対しロックアップ期間を短縮する方針を明らかにしました。VCの撤退を促し、資本を迅速に新興企業に還元することを目的としています。
- WHOがTikTokに公式アカウント開設。新型コロナウィルスについて、陰謀説やアジア人差別を助長するフェイクニュースが蔓延するなか、正しい情報の啓蒙を目的として3月6日、TikTokに世界保健機関(WHO)の公式アカウントが登場しました。コロナウィルスの解説や正しいマスクの着け方を、動画で紹介しています。
【今週の特集】
今日9日の日本時間夕方に配信開始の、Quartz(英語版)の特集は「AI’s power problem(AIの権力問題)」です。AIが人間が生み出した巨大なデータを基に開発されるなかで、人間の持つ「ステレオタイプ」が助長される問題が起きています。これを正すには、アルゴリズムだけではない、人間の関与が必要になる――。その最前線をQuartzがレポートします。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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