Asian Explosion
爆発するアジア
Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週火曜日の夕方は、アジアの最新動向をお届けしています。今日は、迅速なパンデミック対策が国際的な評価を得る台湾にフォーカス。そのスピード対応の背景を、現地の声から読み解きます。
台湾・新竹、日曜、朝。Milo Hsiehは誰かが家のドアをノックする音で目を覚ました。寝ぼけ眼で応えると、そこには2人の警察官が待っていた。Hsiehのスマートフォンが、持ち主は14日間の隔離義務に違反している可能性があるとの警報を発したのだ。
「スマホが約15分の間、バッテリー切れになっていたんです。充電して電源を入れて、警告を伝えるテキストメッセージに気づきました」。Hsiehは、別の行政機関から4件の不在通知も残されていたと言う。彼はベルギーでの留学プログラムを終えて(パンデミックの影響で期間は短縮されていた)台湾に帰国したところだった。「電源をオフにすることでこんなことになるとは、思いもしませんでした」
Digital fence
アジャイルな壁
現在、台湾では大規模な位置情報トラッキングが実施されている。COVID-19蔓延を阻止するために、自宅隔離を義務づけられた約5万5,000人を監視しているのだ。
世界的なパンデミックのなか、人々の場所・行動を監視するためにスマートフォンのGPSを活用している国は多いが、台湾はどこよりも早くトラッキングシステムを実装した。その迅速な動きは、ニュージーランド首相や歌手のリッキー・マーティンからも賞賛を受けている。
3月31日現在、台湾では約2,400万人の人口のうち、322人の罹患者が確認されている。それに比べて、人口規模が同じオーストラリアでは、確認されているだけでも罹患者は4,800人以上に及ぶ。
一方、中国との外交的孤立の結果、世界保健機関(WHO)から排除された台湾は重要かつタイムリーな情報から遮断されており、伝染病対策において大きな課題を抱えている。
台湾の監視システムは「デジタルフェンス」(Digital fence)と呼ばれている。隔離下におかれるべき人が自宅から遠く離れると警報システムが作動し、通話やメッセージで居場所を確認する仕組みだ。隔離を破り逮捕されると、最高100万台湾ドル(約360万円)の罰金が科せられる可能性がある。
台湾では、中国・武漢からの新型コロナウイルス流入が初めて確認されてからわずか1週間後、1月下旬にはシステム構築に着手している。1月28日の夜、国中が旧正月の休日を祝っている最中、さまざまな部門や機関から担当者が集まり、今後数日間で隔離されるべきと想定される人口の拡大を監視する方法を議論した。
彼らは、追跡用リストバンド(香港で実装されているシステム)を含むさまざまな選択肢を検討したが、最終的には、スマートフォンベースの“より押し付けがましくない”システムを採用。数日のうちに、システムは稼働した。
台湾政府執行部副総統のChen Chi-mai(陳其邁)は、電子監視システムの構築に尽力したひとりだ。「我々は導入を急ぎました…人々に深刻な負担をかけないように…中国からは毎日多くの人が帰国していました…従来の方法では全員を監視することは不可能でした」
中国は台湾与党政府への不満から台湾への観光客の流出を事実上停止しているが、それでも何百万人もの台湾人が海峡を渡り両国を行き来して生活し、仕事をしている。
Civic Tech
人海戦術
台湾でデジタルフェンスが急速に採用された背景には、この国の活気あるシビックテック・カルチャーが政府のパンデミック対応をかたちづくったことがある。例えば、2月初旬には、市民エンジニアが薬局のマスク在庫のリアルタイム・デジタルマップを作成し、政府はすぐさま彼らに協力を求めた。
「台湾ではテックが愛されており、この種の取り組みを実施するのに十分な技術者がいる」と、台北の起業家で技術政策コンサルタントでもあるT.H. Scheeは言う。
デジタルフェンスのシステムは、国内の主要な通信会社5社との協力の上で機能している。近くの基地局との携帯電話の位置を三角測量し、隔離された個人を追跡するのだ。サイバーセキュリティ部門のディレクター、Jyan Hong-weiは言う。「電話がオンになっている限り、場所を把握することができます。電源が切れている場合は、切れていること自体がわかるので、現場の行政や警察にメッセージを送り、フォローアップを促せるのです」
Jyanによると、これまでのところ、 システムは非常に正確で、誤作動も約1%だという。それも、信号が弱い農村部や基地局からの信号を拾いづらい高い建物におけるものだという。
誰かが携帯電話を家に置いたまま外出したらどうだろう? 台湾当局は、その抜け穴を塞ぐ方法も用意している。警察は、2007年から「M-Police」と呼ばれるシステムを展開し、警官はクラウド上にある膨大なデータベースにアクセスできる。そして現在のところ、そのデータベースには隔離対象にあたる個人データも含まれている。警察は、バーやカラオケパーラーのような人の集まる場所に散開し、リストと照合する者がいないかチェックするのだ。この方法ですでに十数人の違反者を逮捕し、多額の罰金を課したという。
Trust in government
政府は信用できるのか
冒頭のHsiehも台北の起業家Scheeも、まもなく自宅での隔離生活を終えようとしている。彼らが危惧するのは、デジタルフェンスがプライバシーに及ぼす影響と、政府が収集した膨大な量の個人データのことだ。
「テストも経ずに、これほどの規模で展開された前例はありません。あまりに立ち入りすぎているし、エラーも起きます」とScheeは言う。
彼らは、デジタル監視を概ね支持する一方で、多くの人々はこの技術がどのように機能するかを完全に理解していない点を指摘している。「なによりスマートフォンの電源を切ることで警察が来ることになるとは思いませんでした。私の位置を三角測量していることも知りませんでした」とHsiehも言う。
政府は追跡システムがパンデミックが通過した後に廃止されると声明を出している。
今のところ、世論は政府の対応を支持しているようだ。 台湾世論基金会(Taiwanese Public Opinion Foundation)が2月中旬に実施した電話世論調査では、市民は政府に対し、100点満点中84点の評価を与えたことが分かっている。
34歳のアーティスト、Paul Wuは、パリでのアーティストレジデンス・プログラムを中断し、自宅で隔離されている。彼は政府が監視能力を増すことに対する懸念を理解しながらも、スマートフォンを使った大規模トラッキングシステムには安心を覚えると言う。
「これをデジタル監視だとか権威主義だとレッテル貼りするのは、個人的にフェアでないと思います。国民は、政府そのものと政府の行動に対し、基本的には信頼を寄せていると思うのです」
This week’s top stories
アジア注目ニュース4選
1. クラスター集会参加者に差別。インドのデリーで3月に行われた毎年恒例のイスラム教の大規模イベントでクラスター感染が発生。ムスリムへの反感が強まっています。4月3日時点での感染者約2,500人のうち300人はこのイベント参加者とみられます。ネットではイスラム嫌いのミームも出回っていますが政府は事実上放置している状態で、専門家は「コロナ検疫よりも、私たちはヘイト検疫をすべき」と苦言を呈しています。
2. コロナとの戦いを美談に書き換える。中国は感染者数の虚偽報告が相変わらず疑われています。当局は、コロナ感染による死者を、「犠牲者」ではなく「殉教者、同胞」としてアピールするのに躍起になっていますが、武漢の遺族らによってWeChatに作られたグループが当局によって解散させられたなど、ストーリーを捏造しているという報道も。
3. 警戒感に緩みまくりの韓国…。感染拡大が小康状態の韓国で、政府の自粛要請にもかかわらず外出したり、経過観察のための自宅待機命令に違反する例が増加。政府は携帯会社のデータを元に、3月の市民の移動が2月よりも約16%増えたことを示しながら、「爆発的な集団感染はいつでも起こり得る。まだ安心する時期ではない」と強調します。
4. 2020年はアジア金融危機以来で最悪。アジア開発銀行(ADB)の発表によると、2020年の東南アジアのGDP成長率は、昨年末時点の予測値から3.7ポイント引き下げ、1.0%になる見通し。なかでも観光業に依存するタイのマイナス成長は大きく、プラス3.0%→マイナス4.8%へ。シンガポールはプラス1.2%→0.2%、マレーシアはプラス4.7%→0.5%に鈍化。1998年のアジア金融危機以来、最悪の落ち込みです。