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Next Startups
次のスタートアップ
Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。
新型コロナウイルスで、教育は大混乱をきたしています。大学は入学式も中止ですが、入学しても授業が始まっていない大学も多いです。
日本でも、東京大学はZoomで遠隔授業に踏み切りましたが、初日からサーバーがダウンして授業継続が困難に。「生協で教科書を買えない」「図書館のWifi環境が必要」など、大学が閉鎖していると遠隔授業が機能せず、一旦は開始したのに中止を余儀なくされた大学もあります。
日本の学校のICT環境は文科相が「危機的状況」と指摘するように、突然のこの事態に為す術もありません。大学のシラバスや履修登録のオンライン化は7〜8割程度の導入率ですが、コンテンツの電子化やeラーニング、Web会議システムなどの導入は1割程度という、寒い状況です。
コロナショックで大きく揺さぶられる教育現場。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、デジタルで大学教育にイノベーションを起こす、トロント発のTop Hatを取り上げます。
Top Hat(クラスマネジメントプラットフォーム)
- 創業:2009年
- 創業者:Mike Silagadze, Mohsen Shahini
- 調達総額:1億5,000万ドル(約161億円)
- 事業内容:教材作成や授業運営をサポートするプラットフォームの開発・運営
DIGITALIZING CLASSES
授業をデジタル化する
米国ではキャンパスは全面的にクローズし、授業はオンライン。再開は来年になるともいわれ、スポーツクラブも廃部や打ち切りが相次いでいます。約2割の高校生が、家計状況から入学を辞退する可能性があるそうです。
米国の大学はとにかく高く、学費は年4万ドル(約440万円)、生活費込みでは6万ドル(660万円)必要といわれます。彼らに時間をロスする猶予はなく、カネは死活問題です。
教科書代も高く、年1,200ドル(約13万円)ほどします。学生の65%が教科書を購入せず、友達から借りるか中古で凌ごうとします。しかし3年ごとに改訂版が出るため新品を買わざるをえません。
Top Hatは、教材や教科書のデジタルコンテンツを核に、大学での教員と生徒のコミュニケーションを一元管理する、クラスマネジメントプラットフォームです。北米のトップ1000の大学のうち750校で使われ、270万人の学生が登録しています。以下の4つのプロダクトから構成されています。
- Textbook:デジタル教材(教科書)の作成ツール。2万を超えるクリエイティブで直感的な素材から、欲しいものを引用できます。
- Classroom:双方向型のクラス運営ツール。クラスへの参加度や貢献に応じて生徒にポイントを与えたり、匿名での質問で発言のハードルを下げたり。GPSで教室にいたかを確認して出欠確認も可能です。
- Test:テストの作成、採点、成績管理ツール。生徒のデバイスからテストが受けられ、独自アルゴリズムで不正を検知します。理解度を分析し、個別のフォローが可能です。
- Assignment:宿題の作成、提出、管理ツール。提出状況や達成度を管理し、ゲーミフィケーションで生徒同士が競うこともできます。
Zoomを活用したリモート授業の機能もあり、現在問い合わせが殺到しています。株主にはユニオンスクエアベンチャーズ、エマージェンス・キャピタルなどトップVCが名を連ねていますが、今年2月にシリーズDで5,500万ドル(約59億円)を調達するなど、彼らには大きな追い風が吹いています。
START LOOKS LIKE A TOY
最初は「オモチャ」
Top Hatが面白いのは、「教育」という古い産業へ切り込むステップがよく練られていると感じさせる点にあります。
まず、彼らは「スマホ版クリッカー」から参入しました。クリッカーは教員が出す質問に学生が回答するためのハードウェアです。教員が出す質問にYes / Noで答えたり、ナンバーキーが付いていて数字で回答します。
実はこのクリッカーこそ、教員と学生のコミュニケーションのハブとなるデジタル上での接点でした。授業のコンテンツも学生の質問や回答も、全てはここを経由し、蓄積されます。大学というコンテンツにおけるOSとなる可能性を秘めていたのです。
教育産業では、デジタル化は「諸刃の剣」です。既存のプレイヤーからすると、デジタル化が必要とわかっていても、自分たちの役割がなくなる恐怖がつきまといます。ところがTop Hatのような「クリッカーのスマホへの置き換え」なら、警戒されません。
尖ったユースケースでタテに切り込み、その後機能を広げてヨコに展開するパターンは、まさにスタートアップそのものです。
TEACHER’S LOVE
ユーザーに、愛される
また、Top Hatは「教員に愛されるプロダクト」に徹しました。教員に向けたサービスでありながら、彼らの利用は完全無料です。
大学は、教授の権限が強く自由度も高いため、教授が気に入りさえすれば現場で使ってもらえます。
教える側も市販の教科書に満足してはいませんが、自らデジタル編集するのは大変です。Top Hatなら、自分の欲しい教材をデジタルで簡単につくれ、授業をデザインできる。教育者の強力な味方であり、武器なのです。
作成した教材はTop Hatの用意するMarket Placeで販売もできます。現在、Market Placeには2,500の教材が用意されています。教授は収入も得ながら、作品を公開できます。
徹底したユーザー視点に立つという点もまたスタートアップ的です。教育では導入されても利用率が低いケースが多いですが、Top Hatのアプローチは管理者と現場のギャップを解消しています。
UNIVERSITY READY FOR DISRUPTION
大学という「市場」
そして、大学という市場に目を付けた点も優れています。
決められた授業を繰り返す義務教育と違い、大学では毎年コンテンツが変わるため参入ポイントが豊富です。親と生徒と先生という3者のITリテラシーが必要な義務教育に比べ、大学では先生と生徒の2者で完結します。
また、市場規模(米国)は4,750億ドル(約51兆円)と巨大です。生徒向けも学校向けも、ある程度のお財布を前提にビジネスモデルを設計できます。
大学はお金持ちです。ハーバード大学やイェール大学などの基金は約4兆円の規模で、運用益をキャンパスの整備などに充てています。
そして、学生の7割が学生ローンを利用し、4割の返済が滞る異常事態です。巨大な借金を負って大学に進学しても、社会的な成功との相関は薄れるばかりです。
Gen Zが中心で感度が高いユーザーと、紙中心で旧態依然の大学。このギャップに、変化は待った無しの市場なのです。
KEEN INTEREST BY VC
VCの注目の的
米国の教育市場は1.6兆ドル(約172兆円)ですが、テクノロジーへの投資は5%未満です。VCにとって教育(エドテック)は「儲からない」「スケールしづらい」が定説でしたが、コロナで一変。今や、世界のVCが最も注目する分野の一つです。
先を行く中国では「今が攻め時」とばかりに、eラーニング企業が積極的にマーケティングに資金投下をしているそうです。
コロナで急速に進み始めたレガシー産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)。医療や教育など、深く大きな社会課題の解決に、テクノロジーが貢献できる時がついに訪れたのかもしれません。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- 必要なのは、哲学、倫理。新型コロナウイルスの「濃厚接触追跡アプリ」の開発でAppleとGoogleがタッグを組むなど、危機にテクノロジーで対抗する動きが加速するのに伴い、プライバシーや安全性を勘案しつつ健全なバランスを維持することがこれまで以上に重要になっています。そのためにはAI技術者が開発現場で、テクノロジーの倫理観について率直な意見交換をする余地が求められます。スタンフォード、ハーバード、MITなどではすでに倫理、公共政策、技術変化に関する課題やリスクに関するコースが設けられています。
- 遠隔医療をペットにも。米テキサス州オースティン発のTeleVetは獣医の遠隔医療システムを、新型コロナウイルスの被害が大きいエリア(ニューヨーク市、アトランタ、ニューオーリンズなど)を対象に1カ月間無料で提供することを発表しました。全米1,000の動物病院で導入されており、電話、タブレット、またはコンピューターからアクセスが可能です。
- アラート付きヘルメットに懸念。米国疾病予防管理センター(CDC)が推奨する社会的距離6フィート(約1.8メートル)より接近するとアラートするシステム「Proximity Trace」が開発され、建設作業員のヘルメットに装着されるかもしれません。Amazonでは倉庫で働くスタッフに5フィート(約1.5メートル)の距離を保つアラート付きリストバンドを装着させていますが、雇用主の統制権を強めてしまう恐れも。
- キャスパー、CFO辞任そして社員21%をクビに。マットレスD2C事業のパイオニアとして知られるCasper(キャスパー)は21日、従業員78人の解雇と、CFO兼COOのグレッグ・マクファーレンの辞任を明らかにしました。フィリップ・クリムCEOは、欧州事業の縮小と北米ビジネスの強化で難局を乗り越える方針を示しています。年間節約額はおよそ1,000万ドル(10億7,000万円)。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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