✈️ 夢の燃料「SAF」の未来

「持続可能な航空燃料」ことSAF。世界の航空業界が大胆な脱炭素化を宣言するなかで注目されるSAFについて、知っておきたいこと。
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Photo: Akshar Dave

8月も終わりに近づきましたが、夏休みで飛行機を利用して旅行したという方もいらっしゃるかもしれません。

空の旅は他の移動手段と比べて環境負荷が非常に高いことは周知の事実です。定員などさまざまな要素が関係してくるために一概に議論することはできませんが、単純計算では移動距離1km当たりの二酸化炭素(CO2)排出量は航空機がかなり多くなっています。

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Graphic: Quartz

新型コロナウイルスのパンデミック以前の2018年には、飛行機での移動をなるべく控えるよう呼びかける「フライトシェイムflight shame、発祥地であるスウェーデンではflygskam)」という運動が広まりました。その後、パンデミックによって世界の商用飛行は一時的にほぼ完全停止状態に陥りますが、世界の航空利用はすでにコロナ前の水準を回復しつつあります。

こうしたなか、航空会社の業界団体である国際航空運送協会(IATA)は昨年の年次総会で、2050年までに航空業界の排出量を実質ゼロとする議案を採択しました。それまでの目標が2050年までに2005年比で半減だったことを考えれば大きな進歩であり、ここで鍵を握るのが「持続可能な航空燃料Sustainable Aviation FuelSAF)」と呼ばれる代替ジェット燃料です。

航空業界では液体水素燃料で飛ぶまったく新しい航空機電動航空機の開発、CO2からジェット燃料をつくり出す研究なども行われていますが、短期的に排出量を確実に減らすには、既存の航空機や空港などの給油インフラをそのまま使えるSAFに頼るほかないというのが実情です。一方で、SAFはまだ生産量が極端に少なく価格が高いことが、普及に向けた大きな障壁となっています。

周囲を海に囲まれた日本では、海外に行こうと思えば現実的には飛行機を使わざるを得ません。また出張などビジネス目的で航空機の利用を避けられないことも多くありますが、そうした場合に環境負荷を減らす方法はあるのでしょうか。

航空業界の脱炭素化に向けた取り組みを見ていきましょう。

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Photo: COLE BURSTON (Reuters)

BY THE DIGITS

数字でみる

  • 2.1%:世界の総排出量に占める航空業界の割合
  • 1,478社:世界の商業航空会社の総数
  • 0.67トン:ロンドンとニューヨークを直行便のエコノミークラスで往復した場合の乗客1人当たりのCO2排出量。ガーナ国民1人当たりの年間の平均排出量に等しい
  • 40億人:2024年の世界の航空旅客数の見通し。2037年には82億人に達する可能性もある
  • 0.1%以下:世界で使われているジェット燃料全体に占めるSAFの割合。2030年にはこれを10%に伸ばすことが求められている
  • 157億1,600万ドル2兆1,515億円):2030年のSAFの市場規模。2021年時点では2億1,900万ドル(299億円)で、向こう9年間の年経筋成長率(CAGR)は60.8%が見込まれる

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SAFってなに?

SAFとひと言で呼んでいますが、ガソリン燃料やディーゼル燃料のように「SAF」という燃料があるわけではありません。SAFは原油からつくられる従来のジェット燃料に対して、バイオマスや廃油などを原料にした代替燃料の総称です。

SAFも通常のジェット燃料と同じように燃焼の過程では二酸化炭素(CO2)を排出します。ただし、生産から消費までのサイクル全体で見ると、化石燃料よりも排出量は少なくなっています。例えばバイオ燃料であれば、原料となる植物が生育する際に光合成でCO2を吸収するため、排出量の一部が相殺されるわけです。製造方法や原料にもよりますが、SAFは従来のジェット燃料と比較してCO2の排出を最大80%削減することが可能だとされています。

SAFには世界最大の国際規格設定機関であるATSMインターナショナル(ASTM International)が定めた「D7566」という規格があり、以下の7種類がSAFとして認められています。この規格に適合していれば安全性などの点から従来のジェット燃料と同等とみなされ、既存の航空機の商用飛行で使用することができるのです。

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Graphic: Quartz

これらのうち広く用いられているのは、農業廃棄物や廃材などバイオマスをガス化してから液体燃料にする「FT-SPK」、植物油や動物性油脂などの油脂を分解する「HEFA」、バイオエタノールのようなアルコールを触媒によって炭化水素にする「ATJ-SPK」です。


Pop QUIZ

ここで問題です

SAFの生産で世界最大手はどこの国の企業でしょう?(企業名までわかる方もいらっしゃるかもしれません)

  1. 米国
  2. フランス
  3. 中国
  4. フィンランド

答えはフィンランド。手がけているのはネステNeste)という企業です。ネステは1948年に国営の石油会社として誕生し、主に原油の輸入と精製事業を手がけていましたが、1991年のソビエト連邦崩壊に伴う取引量の落ち込みで事業転換を迫られます。

90年代は気候変動問題が注目を集め始めた時代でもあり、ネステはこうした状況でクリーン燃料の研究開発に着手し、1996年には動物性および植物性油脂や食用油の廃油などからバイオディーゼルを生産する技術で特許を取得しました。その後、シンガポールとオランダのロッテルダムに工場を開設し、SAFの生産にも進出します。

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Photo: Neste

ネステのSAFの生産量は年間10万トンに上り、2023年末までにはこれを150万トンに拡大する方針です。同社は化石燃料事業も継続していますが、低炭素化に向けた大胆な戦略が評価され、カナダの市場調査会社コーポレート・ナイツ(Corporate Knights)がまとめた世界で最も持続可能な企業ランキングでは2021年に4位にランクインしました。


DECARBONIZING AVIATION

3つのシナリオ

持続可能性に焦点を当てた航空業界の専門団体である航空輸送行動グループ(ATAG)は、2050年の排出量実質ゼロ達成に向けて3つのシナリオを公表しています。

脱炭素化に向けた手段としては、「水素燃料航空機などの技術開発」「インフラの改良や事業効率の改善」「SAFの普及」「市場メカニズムの変革」を打ち出しており、このうちSAFの貢献度は技術開発を積極的に進めた場合で53%、SAFの普及を中心にしていく場合は71%が見込まれています。

つまりどのような道筋をたどったとしても、現時点での見通しでは、SAFの普及なしには航空業界の脱炭素化は実質的には不可能なのです。


THE CHALLENGE OF SAF

課題もあります

SAFの最大の課題は価格です。生産量が少ないために価格が高く、価格が高いために普及が進まず、普及が進まないために新規企業の参入や生産拡大に向けた投資が行われず、大量生産に向けた体制が整わないために価格が下がらないという典型的な悪循環が続いているのです。また、一部の航空会社はパンデミックによる業績悪化から回復できておらず、環境対策まで手が回らないという状況もあります。

SAFは2008年に民間航空機の商用飛行で初の試験が行われましたが、10年以上経ったいまでも、ジェット燃料の使用量全体に占める割合は0.1%以下にとどまっています。航空業界が2050年までに排出量実質ゼロを達成するためには、2030年のSAFの使用料を年間230億リットルに拡大する必要がありますが、現在の生産量は年間1億2,500万リットルに過ぎません。

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Graphic: Quartz

SAFの生産能力は2025年までに世界全体で50億リットルに拡大する見通しですが、価格を下げて普及を軌道に乗せるには、2030年までに年間300億リットルを生産する必要があると試算されており、IATAはこれを実現するために政府の支援などを呼びかけています。

また、世界経済フォーラムのイニシアチブのひとつで、SAFの導入促進を目指すクリーン・スカイズ・フォー・トゥモロー・コアリションClean Skies for Tomorrow Coalition)は昨年、2030年までに世界で使用される航空燃料に占めるSAFの割合を10%に伸ばす目標を打ち出しました。これには航空会社や航空機メーカー、石油メジャーなど世界的な大企業60社が参加しています。

一方、航空利用がパンデミック前の水準に回復するのに伴って、ビジネス目的での飛行による排出拡大が問題になっています。例えば、セールスフォース(Salesforce)は持続可能性を企業のコアバリューに掲げていますが、2020年通期には社員の出張だけで14万6,000トンのCO2を排出しました。これは米国の1万8,000世帯の年間排出量に等しい量です。

こうしたなか、大手航空会社は法人顧客向けにSAFクレジットの購入プログラムを提供するようになっています。これはクレジットの売り上げをSAFの購入や利用拡大に投資することで顧客の航空機利用による排出量をオフセットする制度で、欧州連合(EU)や各国の排出量取引プログラムに準拠したものもあります。

SAFで飛ぶ便はまだ限られていますが、SAFクレジットを提供する航空会社は増えてり、企業だけでなく個人でもクレジットを購入できる場合もあるので、次に飛行機を利用するときには確認してみてください。


ONE 🎸 THING

ちなみに……

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Photo: MAJA SMIEJKOWSKA (Reuters)

ロックバンドのコールドプレイColdplay)は昨年、新作アルバム『ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ』(Music of the Spheres)のグローバルツアーをできる限り低炭素で持続可能なものにする方針を打ち出し、さまざまな企業の協力を仰ぐと発表しました。上記のクイズでご紹介したSAF世界最大手のネステもこのうちの1社で、現在「Neste x Coldplay」と題したキャンペーンを行っていますが、これがグリーンウォッシュだとして批判を浴びています。

ネステのバイオ燃料の原料には一部パーム油が使われていますが、パーム油は生産過程での森林破壊が大きな問題になっており、EUも2030年までにパーム油由来の輸送燃料の使用を禁止することを決めています。環境団体トランスポート&エンバイロメント(T&E)は、「ネステは自社を持続可能な企業だと見せかけるためにコールドプレイを利用している」として、コールドプレイに同社との提携を解消するよう求めました

コールドプレイはこれに対し、ツアーの移動に使用しているネステのSAFはパーム油由来ではなく、使用済みの食用油など廃油を原料にしたものだと反論。環境への影響を抑えるための試みについては、「現時点ですべてが完全に成功しているわけではないが、今後も努力を続けていく」と述べました。またネステの広報担当者も、SAFの原料にはバイオ燃料のために生産された天然のパーム油は含まれておらず、自社の事業は厳格な持続可能性基準に準拠していると話しています。ただ一方で、SAFの原料の詳細などについては「契約および競争上の理由」から明らかにしていません


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