💎 22歳のCEO、サラ・ドゥ

Quartz Japan最後のニュースレターとして、あるGen Zの起業家へのインタビューをお届けします。アロイ・オートメーションの共同創業者であるサラ・ドゥは、現在22歳。彼女自身が今後、どのようなライフプランやどのようなヴィジョンを描いているかなどを聞きました。

Quartz Japan最後のニュースレターとして、あるGen Zの起業家へのインタビューをお届けします。アロイ・オートメーション(Alloy Automation、以下アロイ)の共同創業者であるサラ・ドゥ(Sara Du)は、現在22歳。Quartz Japanの人気連載で、WiL パートナーの久保田雅也さん(@kubotamas)にナビゲート役を務めていただいた「Next Startup」でも紹介した起業家です。

アロイはEC向けアプリをノーコードで連携させ、業務の自動化を図れるツールを提供しています。サラが共同創業者とともにアロイを起業したのは2020年。パンデミック下でEC市場が爆発的に成長し、D2Cブランドも乱立するなか、まさに「かゆいところに手が届く」ツールとなったアロイは、これまで2,400万ドル(約27億円)を調達しています。しかし、インタビューをして見えてきたのは、その地位に固執することない軽やかな姿でした。彼女が今後、どのようなライフプランやどのようなヴィジョンを描いているかなどを聞きました。

このニュースレターを、自らビジネスをつくり出そうと試行錯誤されている読者の皆さんに(もちろん女性に限らず)、最後のメッセージ代わりにお届けします。


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Photo: Sara Du

──これまでどのような人生を歩んできたか教えてください。

わたしの家族は中国・上海の出身です。両親は18歳くらいのときに、大学進学のために米国へ移住したと聞いています。

わたし自身は、ジョージア州で生まれ育ちました。周囲にわたしと同じアジア系の人たちはほとんどいなくて、自分が場違いなようで、孤立していると感じながら育ちました。両親は仕事でとても忙しかったので、代わりに祖父母がわたしを育ててくれました。

祖父母は2人とも大学教授で、「勉強することが大好きになるように」と教え込まれました。アトランタは大きな都市ですが、わたしたちが住んでいたのは都市部からはずいぶん離れたところ。だから遊ぶのはだいたいアウトドアで、そのほかには祖父母と一緒に科学史を学んだりして、多くの時間を過ごしました。

子どものころは最初、アーティスト、それもヴィジュアルアーティストになりたいと思っていました。その後、両親の故郷である中国を訪れてからは、歴史家になる夢を抱くようになりました。古いものを追究するのは、わたしにとってとても興味深いことだったのです。

──ロサンゼルスに引っ越したのは、高校生のときだったとか。

ほんとに大きな変化でした。通っていた学校での授業に追いつくのも大変でした。一生懸命勉強してクラスのトップになれたのですが、同時にコンピュータサイエンスの勉強も始めました。

16歳になるまではスポーツとアートに夢中で、学校のバスケットボールチームやゴルフチームに所属していましたが、コーディングが好きになったので止めました。コーディングを始めたきっかけは、本当に偶然なのですが、わたしよりずっと頭のいい4歳年下の弟の存在です。両親は、わたしよりも彼のことばかり気にかけていると感じていたくらい(笑)。

──弟の存在は大きかった?

はい、弟は学校で数学の授業を飛び級しているくらい、ほんとうに頭がいいんです。それで母は彼をコーディング教室に通わせたのですが、わたしはそれが羨ましくって。それもあってわたしもコードを覚え始めたのですが、そのうちコーディングが本当に好きになりました。

いくつかのサイドプロジェクトに取り組むようになるなかで、グーグルが主催するプログラミングコンテスト「Google Code-in」で大賞を受賞したのはひとつの転機だったのかもしれません。母にそれを伝えたとき、彼女はわたしがコードを書けるなんて知りもしなかったのです。だからわたしが何を言っているのか理解できなかった(笑)。

受賞したことで2週間のベイエリアツアーに参加することになったのですが、ツアーには、オープンソースのコンペティションで優勝した同世代の若者20人が、世界中から集まっていました。そこにいた2人の女の子のうちのひとりが、わたしでした。

──そのころ、実際にどんなものをつくっていたのですか?

いろいろとつくっていたうちのひとつが、ハードウェアのプロジェクト。3Dプリンターでつくったコーヒーカップの蓋のようなもので、電流を流すことでコーヒーの味を甘くするというものです。口をつけると電気が発生し、特定の周波数や波形により甘みや苦みなど、さまざまな味を感じさせることができるという仕掛けです。

これが、ピーター・ティール(Peter Thiel)が2011年に始めた若手起業家育成プログラム「ティール・フェローシップ」(Thiel Fellowship)の目にとまりました。

当時、わたしは17歳でした。このプログラムは、22歳未満の若者が学校を中退することを条件に2年間で10万ドルの出資を受けられるというものですが、わたしは学校を辞めることは考えていませんでした。なぜなら、家族が学校をとても大切なものだと考えていたからです。

でも、せっかくなので、面接を受けに行くことにしたのですが、そのときに本当にクールでおもしろい子たちにたくさん会いました。「伝統に従わない」道を歩んでいる彼らのうちのひとりが、弁護士ボットのアプリ「DoNotPay」を立ち上げたジョシュア・ブラウダー(Joshua Browder)でした。

わたしは、ジョシュアのビジネスを手伝うことになりました。高校を卒業する前にベイエリアに引っ越して、彼のビジネスの一部を構築するなどひたすら励んだのですが、6〜8カ月くらいしていると、「普通の付き合い」がしたいと思うようになったのです。テクノロジーに夢中な子たちと一緒に暮らしていましたが、もっと人間らしいというか、もっと平凡な生活を送りたいと思うようになったわけです。

そこで大学受験をすることにして、ハーバード大学に入学。大学には1年だけ在籍して、歴史の勉強をしたり、同年代の仲間と遊んだりして楽しく過ごしました。

でも1年が経つと、シリコンバレーで過ごした6〜8カ月間ほどの期間を思い出し、実はそれほど学んでいなかったと気づきました。そこで、ギャップイヤーとしてインターンシップをすることにしました。スナップチャット(Snapchat)で3カ月間、エンジニアリングのインターンシップをしました。その後、ウィッシュ(Wish)というショッピングアプリの会社では1カ月、プロダクトデザイナーとして働きました。

2020年に立ち上げたアロイ・オートメーションは、もともとわたしにとってはサイドプロジェクトのようなものでした。学ぶための最良の方法は、とにかくつくってみること、やってみることだと思っています。その後、パンデミックが起こって世界が閉ざされてしまいましたが…この2年は、本当にクレイジーな時間でしたね。

──パンデミックで多くのことが狂いましたよね。

アロイを始めたのはまだ十代で、「大人」としてどう生きたらいいのか、よく分かっていませんでした。パンデミック中には30人ほどのチームをリモートで運営してきましたが、実際のところ、管理職として何をすればいいのか、よく分かりませんでした。わたしは自分のことをいわゆる「CEOタイプ」ではないと思っているので、「Zoomだけ」だったこの2年間が逆によかったと思っています。

──小さなころの記憶に戻りましょう。アカデミックな祖父母や両親のもとで育ってきたとのことですが、どんな幼少時代を送ったのですか? アジア人というマイノリティであることと、どう向き合っていましたか?

わたしがいまも強くもっているのは、子どものころにもっていたような「好奇心」です。祖父は、世界を「遊び場」のように、モノを「おもちゃ」のように見ていました。この新しいソフトウェア、このアプリ、すごくおもしろそうだって感じでしたね。

小さいころのわたしは森に囲まれて暮らしていて、家のすぐそばには小川が流れていました。多くの時間をただ探検したり、何かを想像したりして過ごしていたので、いまも散歩をしたり、家で静かに過ごしたりというような生活が好きなのでしょうね。もちろん、街や人びとからのエネルギーを感じ取ることも好きです。

ジョージア州で数少ないアジア人として過ごしたことで、自分と同じような人たちとの強いつながりがないことにも慣れました。精神的なサポートは自分自身に頼らなければならないという意味でも、幼少期の孤立は役に立ったと思います。学校を出て年配の白人男性ばかりの環境に入り、新しい土地で一人暮らしをしながら会社を立ち上げるのにも、普通の子よりは抵抗がなかったのだと思います。

とはいえ、もっと若いころのほうが精神的な余裕もあったようで、それほど悩むこともありませんでしたね。VCから資金を調達するときだって、人と違って見られることに違和感はありませんでした。いま、わたしがアジア系の女性CEOとしてステレオタイプが間違っているということを証明できることは、とてもよいことだと思っています。

──この仕事を続けていくつもりですか?

はい、そう思っています。どれほど成功しようが失敗しようが、企業とは10年単位で考えるものだと思います。この10年サイクルが終わっても、わたしはまだ若いままなので、会社についてのこれからのプランはもちろん、ほかの仕事もやってみたいと思っています。

──あなたにとっての人生の価値、モットーとは?

わたしの原動力は、あるトピックにとても興味があること、そして、スタートアップ企業であっても、それがまるで「おもちゃ」や「ラボ」のようなものとして接することにあると思っています。

自分の興味の赴くままに行動するのが好きですが、それは時として悪いことでもあります。というのも、もし向かうべき対象がさほど魅力的に映らなくなったと感じてしまうと、飽きてしまうからです。

──「Gen Z」というキーワードだけでも注目されていると思いますが、これからの社会において成し遂げたいことは?

少なくとも、ほかの人たちが「こんなことができるんだ」と思えるようなことをしたい、という気持ちがあります。わたしができるのは、人びとのマインドセットにちょっとした変化を起こすこと、「アジアの若い女性であるわたしにもできる」と信じる力に変えることだけです。

自分ができることの範囲でよい見本となるような行動を示し、他の人たちがそれを実感できるようにすることならば、わたしにもできます。個人的には教育のこと、学校における学習支援など、より大きな問題に取り組んでいます。

──Gen Zはおもしろい世代ですよね。80年代前半のミレニアル世代とは全然違うと感じます。

そうですね。世の中に「ノンバイナリー」の人がたくさんいて、わたしの身の回りにも性別にとらわれない人たちが多くいます。とはいえこれも、まだ地域やサークルによると感じるのが現状です。

わたしのいる業界でも、若いIT系創業者はほとんどが男性で、そのサークルをキープしようとしています。こうした状況もかなりなくなっているとは思いますが、人びとの交流の仕方や、受け入れられるものには、まだ大きな違いがあると思います。

──Gen Zは、ソーシャルメディアを使ってうまく仕事につなげている印象もあります。

はい、わたしはInstagramで育ったようなもので、かなり若いころから使っていました。それからTwitterは、仕事でも使っています。Twitterは、仕事や知的な考えを共有することでフォロワーを増やせるから好き。Instagramでは単に連絡を取り合うだけですが、たくさんのメッセージをもらいます。その多くがアドバイスを求めている人たちだったりしますが。TikTokは中毒性がある気がして使っていません。

──忙しい日々を送っているようですが、年内の予定はどうですか?

会社がいろいろと動いていて、いまは30人ほどセールスの人材を雇うなど、チームビルディングに費やす時間が多くなりそうです。また、年末には50〜60人の従業員を増やす予定です。

目標としては、製品をより多くのブランドに提供し、使用率を高めること。実際、わたしたちの顧客の5%は日本で、10%は海外の国々。ラテンアメリカでもいくつかのプロジェクトが進行中です。今年は、インターナショナルな動きも楽しみなところですね。

(interview by Kurumi Fukutsu)


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