Guides: #3 ホームフィットネスの意義

Guides: #3 ホームフィットネスの意義

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Quartz読者のみなさん、おはようございます。週末のニュースレターではQuartzの“週イチ特集”、「Guides」をピックアップ。世界がいま注目する論点を、編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。

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──早いもので3回目です。前回(#2「デリバリーのための倫理学」)はいい反応がありました。

そうですか。

──ええ。ありがたいツイートもありました。「若林さんの連載は読む価値ある。ハッとする」とか「他の人にはない視点だわ。え、そんなこと考える?ってところと、落とし所の納得度の高さ」とか。

プレッシャーかけてます?

──いや、そういうつもりはないですが。

いずれにせよ、週刊ってのはやっぱりそれなりにキツいですね。うかうかしていると、あっと言う間に1週間経ってしまいますね。

──直に慣れるのではないかと。

そうだといいですが、ちゃんと習慣にならないと、長く続けるのは大変ですよね。

──習慣としてやられていること、なにかあります?

うーん、特ににないですね。朝起きたらタバコを吸うとか?

──それ、習慣ではなくて依存ですよ(苦笑)

そうですか。そうか。でも、そこ面白いですよね。習慣と依存。どこに線引きがあるんですかね?

──たしかに。

難しいですよね。習慣化って、それがないと人は生きていけないわけですけど、とはいえ生活のすべてが“習慣”でいいのか、というのもありますよね。

習慣は、すぐ惰性にもなるようなものじゃないですか。仕事でも習慣を組織化していくことは効率の観点からはものすごく重要ですけど、危機的な状況や、予測不能な事態が起きると、それが足枷になるものでもありますよね。でも大事、という。

The home fitness boom

おうちでフィットネス

──はい。で、今回のお題は「フィットネス」なんです。なんか関係ありそうな話ですか?

どうでしょうね。先日、佐久間裕美子さんとのポッドキャストで、佐久間さんがヨガをやられているという話をされていて、それがものすごく良いのである、とこう仰るんですね。で、もちろんヨガの効能を疑うつもりは毛頭ないのですが、それが“良い”のは、それが習慣化していることに意味があるのではないか、とちょっとまぜっ返しをしてみたんですね。

──ヨガというコンテンツそのものではなく、それを毎日なり定期的にやることそのものに意味がある、ということですか。

そうです。おそらく習慣というものが大事なのは、それがリズムになるというところなのかもしれないですよね。生活の拍が刻まれるというか。その適正なテンポを見つけられると、なんというかグルーヴしてくるみたいなことなんじゃないんですかね。基本、生活にグルーヴがない人間なので、あまり体感的にはわからないのですが(苦笑)。

──いいですね。生活のグルーヴ。

いいですよね。で、今回取り上げる〈The home fitness boom〉の基本線は、フィットネスがコロナによってどういう影響を受けたかというところなんですが、まあ、簡単にいうと、ロックダウンによってジムに行けなくなったおかげでオンラインフィットネスが活況だということなんですが、まあ、これはそんなに驚く話でもないですよね。

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──そうですか?

って、自分も改めて今回の「Guide」を読んでいて思ったのですが、フィットネスって、オンライン化はそこまで進行していなかったとしても“ホーム化”はずっと進行していたわけですよね。つまり、「ビリーズブートキャンプ」みたいなものはアメリカに限らず、日本でも大ヒットしたわけで、おかげでビリーさんは大金持ちなはずですけど、要はそもそも大人気のビッグビジネスなんですよね。

──たしかに。

特集内の〈A short history of home fitness, from 600 BC to today〉という記事をまず見てみますと、それこそホームフィットネスは、紀元前のインドやローマ時代にもあったというんですが、現代におけるホームフィットネスの大きなエポックがあるとしたら、1977年ということになると思うんです。

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──その年に何があったんですか?

VHSの登場ですね。家庭用ビデオです。

──あ、なるほど。

映像コンテンツを家で繰り返し観ることができるようになるわけですね。そこに注目したのがフィットネス業界で、要は家でもできるワークアウトの“教則ビデオ”というものが出てくるようになり、それで一大ブームになるのが女優のジェーン・フォンダのエアロビ教則ビデオ「Jane Fonda’s Workout」ビデオなんですね。これYouTubeにトレイラー動画があがっていますので、ぜひ観ていただきたいんですが。

IMAGE VIA YOUTUBE
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Image: IMAGE VIA YOUTUBE

──おー、時代感ありますね。

これ、本が先にありまして、この教則本も2年間にわたってNew York Timesのベストセラーランキングに入り続けたという爆発的ヒットで、追って出たビデオ版も大ヒットするんです。これがあったおかげで一般家庭にまでVHSプレイヤーが普及したと言われるほどだそうです。

──日本のテレビ普及における、皇太子成婚みたいな話ですね。VHSにおけるそれがジェーン・フォンダだったと。

まあ、はい(笑)。なので、ホームフィットネスというのが、ここから長い時間をかけて一般化していくことになるんですが、これが面白いのは、ジェーン・フォンダが女性だということですよね。

──たしかに。

先の記事の解説を読むと、それまでのスポーツジムというのは「ボディビルディング」をコアの価値に置くもので、あまり女性が好んで行く場所でもなかったんです。要はマッチョなわけですよ。

──なるほど。

女性は、男性ほどには「ボディビルディング」には興味ないわけですが、体のことを気にしないのかと言えば当然そんなことはなく、にもかかわらず、“女性が自分のカラダに取り組む空間”というのが社会のなかになかったんですね。

で、そのときのジェーン・フォンダの、というか彼女のフィットネスビジネスを仕掛けた人たちの慧眼は、「社会のなかにその空間がないならそれをつくろう」と考えるのではなく、「家でできるようにしてしまえ」と考えたところですよね。

──みんなの前でせっせとワークアウトするのではなく、むしろ、「こっそりやりたい」とか「人にそんなに見られたくない」といったあたりに訴えかけたわけですね。

うまいですよね。で、そうした志向性をより強くもっていたのが女性であることを、先になのか後になのかわからないですけど、発見していくことになるわけです。

これは、ジェーン・フォンダという人が70年代のフェミニズムの闘士のひとりだったことを考えると、実はソシオポリティカルなコンテクストにおいても大きな意義をもっているはずで、それは「スポーツジム」や「カラダを鍛える」ということが、男性原理の「ボディビルディング」から女性原理による「フィットネス」へと転回していく大きな契機でもあったのではないか、ということなんです。

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Image: AP / MILTON BRACKER

──ははあ。でも、その転回が意味するのは、どういうことなんでしょうね。

これは最近流行りの「ウェルビーイング」ということばを考える上でも重要な転回なのではないかと思うんですが、「ボディビル」は、それが競技になっていることからもわかるように、優劣の物差しが単一で明確に存在するゲームなんですね。つまり“パーフェクト”もしくは“100点満点”がはっきりしているものなんです。

なので、その“100点”を目指してせっせと肉体を改造していくことになるわけですが、人間の身体というのは工学的な機械ではないので、100点っていう状態を単一の物差しで規定するのが、本来は難しいものだったはずなんです。

ところが、“100点満点”があってみんながそこを目指さなくてはいけないというゲームが優勢になると、人は100点からの差分、つまり減点分で規定されることになっちゃうわけです。ジムにいくのが恥ずかしいと人が思うのはなぜかと言えば、このゲームがハナから自分の減点にばかり目が向く構造になっているからなんです。

──なるほど。

ところが、そこに「フィットネス」ということばが入ってくるとそこに価値の転倒が起こるんです。つまり「ビルド」から「フィット」に価値が移行するわけです。「フィット」というのは“洋服がカラダにフィットする”といったときのフィットですから、「最適」とか「ぴったり合う」という意味ですよね。自分を自分に最適化をするということなんです。

そうすると物差しは人の数だけ出てくることになりますから「競争」の概念が消えちゃうわけです。フィットは、100点を目指すというよりも“プラスマイナスゼロの状態”を目指すものなので、要は「バランス」とか「調和」という概念が大事になってくるはずなんです。

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Image: REUTERS / SIMON DAWSON

──面白いですね。“家でやる”というのもそのことと符号しますね。自分の都合のいいときに、自分にとっていいやり方で、自分のカラダの面倒を見てあげる、ということですもんね。

そうなんです。これはまったく関係ない話なのですが、カート・ヴォネガットというアメリカの大作家が、「人間のさらなる欠陥は、みんなつくりたがるばかりで、だれもメンテナンスをしようとしないことだ」というようなことを書いていると誰かのツイートで読んだのですが、この問題意識は「ビルド」と「フィット」の価値観の違いをうまく言い当てているような気がします。

──「フィット」はすなわち「メンテナンス」だということですか。

おそらくヴォネガットは、機械と制度といった人工物をめぐるビルドやメンテナンスということを問題にしたのだと思いますが、ましてカラダという、そもそも「ビルド」できないものにそのことばを当てはめてみると、カラダというものを「ビルド」の対象としていたそれまでの価値観の不自然さは際立ちますよね。フィットネスというのは、日々刻々と変わり続けるカラダをメンテナンスするってことが本質なんじゃないかと思うんです。農業やガーデニングなんかに近い行為と言いますか。

──ヨガとかピラティスとか、その後人気になるようなプログラムは、たしかにそうしたメンテナンス的なところに主眼を置いたものが多いですね。ちなみに「ビリーズブートキャンプ」ってどっちなんですかね?

どうでしょうね。どっちでもあるのがヒットの要因かもしれないですよね。というのも、自分にとって調子のいいカラダになればいい、と心では思っていても、うっかりいい具合にシェイプアップできちゃったりすると、どうしても人に見せたくなったりもするでしょうから。そういう自尊心というか競争心みたいなものを燃料にしないと人はモチベートされない、というところもありますよね。

──ですね。

ワークアウトのビデオってそういう意味では面白いですよね。ビリーなりジェーン・フォンダなりがひとりでやってるだけでも別にいいのに、周りに一緒にワークアウトしている人たちがいるじゃないですか。しかも、上級者から初心者まで色々いる。

あれはやっぱり観ている人が、自分より下の人間を見て安心し、自分より上の人間を見てやる気を出す、という心理的な仕掛けによるみたいです。ちなみに〈The psychological and social benefits of online workouts〉という記事では、この辺の心理的な綾を神経科学の専門家が解説しています。

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──「自分と同じように苦闘している人を見て『あの人にできるならわたしにもできる』とモチベートされる人もいれば、素晴らしくフィットな人を見て『すげえ』とやる気をだす人もいる」というあたりのくだりですね。

はい。でも、その一方で、そうしたグループエクササイズの問題点も指摘されていまして、「はりきりすぎたり無理をして怪我する人も多い」というリサーチ結果も紹介されていたりします。

──Guide内の最後の記事は、まさに「ホームフィットネスで怪我をしないために」という記事ですしね。

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そうなんです。いいカッコしようとしちゃうんですね。どうしても人は。とはいえ、その一方で、グループでやることの効能というのもあって、それは競争原理の作動によるモチベーションの向上だけではないんですね。

──ほお。

新型コロナウイルス/ロックダウンという状況のなかで、ホームフィットネスが大事なイシューだとされているのは、身体的にフィットであることをいかに維持するかという問題がある一方で、人と会えなくなっているという問題とも関わるからなんですね。

フィットネスジムやヨガスタジオは、たんなるカラダのメンテナンス工場ではなく“社交場”でもあったということなんだと思うんですが、先に挙げた〈The psychological and social benefits〜〉という記事でも、リモート化したリアルタイムフィットネスプログラムに、いかにソーシャルな機能を盛り込むかをめぐるサービスプロバイダーの試行錯誤の例が取りあげられています。

また、〈The edge local fitness studios have over big gym chains during Covid-19〉という記事では、大手チェーンではないローカルなヨガやダンススタジオなどのサバイバルの物語が綴られていますが、ここでのメインのトピックも、やはりコミュニティなんです。

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──そうですね。

記事の締めはこんな文章です。「多くの人にとって、フィットネススタジオは精神的な逃げ場でもある。それが家で行われることで、人はより素の状態になる。弱さがさらけ出され、恥ずかしさもあるが、それが終局的にはより深いつながりへと変わる。同時にそれはこれまでフィットネスクラブに及び腰だった人たちにも扉を開くことにもなる。こうしたさまざまなつながりがあるからこそ、人は、状況が変わってもフィットネスクラブに通い続ける」

──ちょっと泣けちゃいますね。

実際、初めてオンラインでプログラムをやったときに、参加者が泣いてたというエピソードなんかも出てきますけど、社交場としてのフィットネスジムというのは、やっぱりとても大事な観点ですよね。

わたしの知り合いからも、毎日ジムに通っていた高齢の父親が、ロックダウンで行けなくなって困っているという話を聞きましたが、それというのも、高齢者にとっては、ジムだけが社会との接触回路だからでもあるんです。それはフィジカルなメンテナンスというよりメンタルなメンテナンスですよね。それが絶たれることの方が、人にとって危険なこともありますから。

──メンテナンス空間としてのフィットネスって面白いですね。

空間ってことで言いますと、コロナによって明らかになった面白いことのひとつは、リアル空間がシャットダウンされたことで、空間とサービスとが明確に切り離されちゃったことなんですね。

──と言いますと?

例えばレストランって、空間とサービスが一体になっているわけじゃないですか。でも、お店という空間をシャットダウンされちゃって、それでも何らかの方法でビジネスを継続させられないかと考えたら、デリバリーでやるしかないですよね。そのときに空間の価値に依存しないやり方で、自分たちのサービスを見つめ直さないといけなくなりますよね。

病院なんかもいい例ですが、PCR検査は、病院という不動産をもっていなくても、ポップアップで展開できるサービスであることが明らかになったわけじゃないですか。移動できない設備が必要なサービスは別ですが、お客さんにわざわざその場所に来させるのではなく、お客さんがいるところに出向いてサービス提供すればいいわけです。

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Image: REUTERS / ISSEI KATO

こうしたサービスのモバイル化/ポップアップ化はコロナ前から進んでいた趨勢ですが、コロナによって一気に進行しましたよね。そうしたなかで、例えばライヴハウスみたいな空間も、いまいちど自分たちのサービスの立脚点を見直すことを迫られているはずなんです。フィットネスクラブが、オンライン化したことで、自分たちのサービスの本質を再発見しているということが、おそらく今回のGuideの主題だろうと思います。

──自分もやってみようって気になってきました。どうですか?

〈Our favorite free trials for home workouts to try right now〉という記事は、フリートライアルできるおすすめワークアウトの紹介記事で、ざっと見てみましたが、個人的にはちと厳しそうですね。

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──「コミュニティ感」を欲したりしません?

基本人見知りなので、あまりそういう欲求はないんです。でも、一時鍼に通ってたことがあって、別に誰と仲良くなるわけでもないのですが、カラダのあちこちに不調を抱えた人たちが、それこそスポーツやダンスをやっている若者からお年寄りまで待合室に集まっていて、それはなんかとてもいい感じだったんですよね。変な親近感がありますよね。

──いいですね。

池波正太郎の『藤枝梅安』を自分はさいとうたかをの漫画でもっぱら知っているだけですが、待合に人が集まって和気藹々とやっている光景が折に触れて出てきて、それをみるにつけ鍼医ってのは社交場なんだなと思うんですね。身体のウェルネスとメンタルのウェルネスがちゃんとリンクしているんだな、と。あの感じはやはりこれからの社会において欠くことのできない重要な機能なのではないかと思います。

──でも、鍼はオンライン化が難しいですね。整体とかマッサージとかも。

いや、電話やSkypeで整体してくれる先生がいるって話、聞いたことありますよ。めちゃ効くらしいです。それは本当に興味ありますね。というのも…。

──いや、今回は、この辺でいいですか?

はい。すみません。おつかれさまでした。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。人気Podcast「こんにちは未来」のホストもNY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともに務めている。次世代ガバメントの事例をリサーチするTwitterアカウントも開設( @BlkswnR )。


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