MILLENNIALS NOW
ミレニアルズの今
Quartz読者の皆さん、こんばんは。今日のPMメールは、発売から6週間で世界での売り上げ本数が1,300万本を越えたことで話題のゲーム『あつまれ どうぶつの森』について。 今だからこそ振り返えるべきその歴史と、新たに生まれつつあるビジネスに迫ります。英語版(参考)はこちら。
『あつまれ どうぶつの森』(英題「Animal Crossing: New Horizons」以下『あつ森』)がNintendo Switch向けにリリースされたのは、新型コロナウィルスが欧米でも猛威を振るい始めた3月下旬のことでした。
2001年にNintendo 64向けに発売された「どうぶつの森」シリーズの5作目にあたる本作は、世界で大ヒットを記録しています。
日本では、発売初週に、歴代シリーズのローンチ時の販売数の合計を上回る売上を達成。発売から6週目時点で記録した売上げ本数1,341万本は同プラットフォームでの最速記録で、先日発表された決算によると、任天堂は同作とNintendo Switchなどの販売によって前年比41%の増益をあげています。
ゲームの内容はきわめてシンプルです。無人島に引っ越し家を建て、家具を揃えて庭を飾る。虫を捕まえ魚を釣り、友人や他のプレイヤーを訪ねて旅をする…。メールでメモやプレゼントを送ることも可能で、同じ場所、同じ時間にプレイしていなくとも、ほかのプレイヤーと交流できます。
世界的なパンデミックで人と人との物理的なつながりが断たれるなか、『あつ森』はまさに完璧なタイミングで発売され、ブームになりました。暴力のない世界がもたらす安心感と、他人との温かいつながりによって、舞台となる無人島はオンラインに生まれた“避難所”となったのです。
今、幅広い層のゲーマーが『あつ森』に魅了されています。緊急時に失われた“人生の楽しみ”がそこにあると、プレイヤーは口を揃えます。
COMFORTABLE GAMING
癒やされるミレニアル
そうしたプレイヤーのひとり、Katira Camposは24歳。普段は核戦争後の世界を放浪する「Fallout」シリーズのようなオープンワールド・ゲームや、友人と一緒に戦う一人称視点シューティングゲーム(FPS)を遊んでいるというKatiraは、次のように語ります。
「そうではないとわかっていても、この状況を乗り切るためにつくられた作品のように感じます。正直なところ、もし世界が今のような危機に陥っていなかったら、このゲームに夢中になっていたかどうかはわかりません…。だけど、また次の日に『あつ森』を遊ぶことは、間違いなく楽しみなんです」
『あつ森』では、いわゆる“ゴール”を目指す必要はありません。32歳のZachary Aresは、ゲームのなかでブラブラする静かな時間には、「アドレナリンは出ないが、人生の一片のようなものを感じられる」と言います。
ステットソン大学の心理学教授であるChris Fergusonは、「どうぶつの森」シリーズや「シムズ」のようにゲーム内で世界が構築された作品は、「普段の生活がどういうものか思い出させてくれる」と説明します。
『あつ森』は、現実の生活になりかわるバーチャルなプラットフォームを提供しているともいえます。そこで人々が楽しむ行為は、結婚式や卒業式、誕生日会などのお祝いから、植物に水をやったり家事をしたりするようなありふれた作業まで、多岐に渡ります。ベトナムや韓国の伝統的な婚礼衣装をデザインした人もいます。
また、本作には誰でも楽しめるような工夫が施されています。過去作では、キャラクターデザインは「男の子か、女の子か?」という質問によって決定され、一度決めると変更できませんでした。本作からは、ゲーム内で性別に関連したヘアスタイルの選択が制限されることもなくなりました。
ORIGIN STORY
孤独のためのゲーム
人々が『あつ森』にハマっているのは、その「穏やかさ」や「やさしさ」に惹かれるからです。そもそも、本シリーズは「孤独とつながり」をテーマにデザインされたゲームでした。
「どうぶつの森」シリーズを手がけたゲームデザイナーの江口克也。彼が1986年に任天堂に就職した21歳のころの体験が、同シリーズの根幹にあります。
友人や家族を残して千葉県の自宅から京都に引っ越してきた彼は、仕事と家庭の両立に苦労したそうです。
江口はそんな体験から、親密な関係性のなかで得られる温かさや心地よさ、友人や家族と離れた新しい街で一人になったときの感覚を「どうぶつの森」のなかで再現しました。「あの感覚を再現する方法はないかとずっと考えていて、それが『とびだせ どうぶつの森』の開発のきっかけになりました」と、江口は2008年に語っています。
同作の根幹には、友情や小さな街での生活の大切さといった価値観があります。母親から手紙をもらったり、街で商店や銀行を営んでいる「たぬきち」(英名:トム・ヌーク)から仕事を受け、空っぽの家を家具や収集品で埋め尽くしていくという行為は、京都に引っ越してきたときの江口が他人とつながりたいと感じた思いから生まれたのです。
THE ECONOMY OF ANIMAL
経済学者にいわせれば
『あつ森』は、友だちや隣人とおしゃべりするだけのゲームではありません。江口が“仕事”をゲームのなかに組み込んだことにより、そこには独自の経済が生まれています。
ゲーム内で唯一の“資本家”ともいえるキャラクター・たぬきちによってコントロールされているゲーム内の世界は、経済学者にいわせれば「牧歌的な風景と資本主義が完全に共存している」のです。
4月23日、たぬきちが経営する「たぬきバンク」は、普通預金口座の金利を毎月0.5%から0.05%に引き下げました。これはプレイヤーがゲーム内通貨である「ベル」を入金し、端末の日時設定を未来の日付にして複利を得るという“裏技”を封じるために行われました。
ただ、その結果「コロナの状況下での世界の中央銀行を模倣するように、最も人気のあるゲーム内の銀行が急な金利引き下げを行ったことで、貯蓄を好むプレイヤーたちはカブとタランチュラの投機に駆り立てられている」と報じられました(ゲーム内で捕獲できるタランチュラは高額で買い取ってもらえます)。
独自の世界のなかで育まれる経済という話題があるからこそ、人々は安心してこのバーチャル世界のなかでつながれるのかもしれません。
NEW BUSINESS
無人島で生まれる経済
さらに興味深いことに、『あつ森』は現実の世界のビジネスにも影響を与えています。ゲームと現実の境界は、非常にボーダレスなものになりつつあるのです。
たとえば醤油からアワビの缶詰まで、香港全土に8店舗を展開する食品販売チェーンYummy Houseは、ゲーム世界のなかで商品を宣伝するための島を建設する人材を募集しています。
要項によれば、必要な人材は「クリエイティブでアートスキルがあり、100時間以上『あつ森』をプレイしたことがある、ゲームのスペシャリスト」。在宅勤務が可能で、週3回の会社への報告のみで、給与として1カ月2万香港ドル(約28万円)が得られます。
英インテリア販売サイトOlivia’sも、バーチャルインテリアコンサルタント事業をスタート。申し込みを行なえば、コンサルタントがあなたの島を訪問。ゲーム内での予算に応じて、あなたの家に何が足りないかなどフィードバックを提供します。こちらの仕事も、もちろん完全在宅勤務で、時給40ポンド(約5,000円)にて募集が行われています。
『あつ森』は、現在の状況下で「ノンゲーマー層」にも波及することで、ゲームがもつ可能性を新しい領域にまで引き上げつつあるのかもしれません。コロナの状況下で苦境にあるファッション業界からも注目が集まっています。
多くのブランドが、ロックダウンの状況下で消費者とつながることができる新しいメディアとして、『あつ森』の世界で自身のブランドのアイテムを配布しています。
ストリートウエアブランドHappy99はゲーム内で着用できるアイテムをリリースした後、商品の売上が約30%増加したといいます。「ゲーム内でパーカーを所有し、その後アバターに着せるという行為は、かなりの愛着を生む」と、同ブランドの共同創設者ドミニク・ロペスは語ります。
ただし、昨年ナイキとコラボレーションを行い、同ブランドのアイテムを配布した『Fortnite』とは異なり、任天堂は公式にはファッションブランドとのタイアップを行なっていません。ファッションブランドは、ただ自主的に自身の商品をプレイヤーに提供しているのです。
例えば、香港を拠点にするKara Chungによって運営されている、ファッションスナップを集めたInstagramアカウントAnimal Crossing Fashion Archiveは、ValentinoやMarc Jacobsといったハイブランドとコラボし、カスタムルックを発表しています。
Happy99で成功を手にしたロペスは、「プレイヤーが実際にプロダクトを買うかどうかは別にしても、私たちはこの世界で彼らと一緒に過ごせることをとても幸せに思っています」とも語ります。
発売から20年近く経った今でも、「どうぶつの森」はゲームと現実の境界を越えて、新しいつながりを生み出し続けているのです。
(翻訳・編集:矢代真也)
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- Walmartがリセール事業に参入。米大手量販店のWalmartは、ファッションのリセールに特化したマーケットプレイスthredUPとのパートナーシップを発表。Walmartのウェブサイトに新たにカテゴリが設けられ、75万店以上のアイテムが掲載されています。Walmartによると、「新品」または「新品同様」と表示されている衣類や靴のみが掲載されますが、「ジェントルユーズド」と表示されているアクセサリーやハンドバッグも利用できるようになるとのことです。
- シルク・ドゥ・ソレイユの救済。ケベック州政府は、COVID-19の影響によって導入された「シェルター・イン・プレイス」により、エンタテインメント企業と同様に打撃を受けたシルク・ドゥ・ソレイユの生き残りをかけ、2億ドル(約210億円)を支援することがわかりました。5月26日、ケベック市で行われた記者会見で、同州のピエール・フィッツギボン経済大臣が発表しました。
- 動画で訴える「Body Shaming」。ビリー・アイリッシュがショートフィルム「Not My Responsibility」を公開しました。このビデオは、パンデミックによって延期された彼女のワールドツアー「Where Do We Go」で見せたものです。ビリーが制作・脚本を手がけた衝撃的なクリップでは、暗闇の中で黒のパーカーを着た彼女が一人で写っていて、ビリーが常に訴えかけている「Body Shaming」をテーマにしています。
- バケーションレンタルが人気。ロックダウンが緩和されたあとも、新しい生活様式で暮らす必要のある私たち。海外旅行も制限され、夏休みの過ごし方も変わってくると予想されますが、そこでバケーションレンタルが人気のようです。米ノースカロライナ州のアウターバンクスに1,100の別荘を管理するTwiddy and Companyによると、ロックダウンが始まった3月中旬から、貸出の依頼が殺到し、5月には大幅に増加したといいます。
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