Asia:韓国スマートシティは「成功」したのか

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Asia Explosion

爆発するアジア

Quartz読者の皆さん、こんばんは。今日のPMメールは、新型コロナウイルスの感染症対策で一躍世界から注目された韓国のスマートシティプロジェクトを紹介。コロナ禍によって浮き上がったその利便性と危険性を整理します。

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Image: MASAMI IHARA

いまなお世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスに対して、韓国は比較的初期の段階からウイルスの封じ込めに成功したといわれています。

大量のPCR検査実施もその要因のひとつに挙げられますが、とりわけ世界から注目されたのはビッグデータを活用した感染者や濃厚接触者の追跡システム。健康状態を管理するアプリの導入からクレジットカードの利用履歴携帯電話の位置情報の利用、街中のCCTV映像の分析まで、韓国は感染者の行動を徹底的に追跡しデータを公開することで感染拡大を防いだのです。

こうした感染症対策は一朝一夕で実現したものではありません。この国が、かねてより「スマートシティ」実現のためにさまざまなプラットフォームと法制度を整備してきたからこそ可能になったといえるでしょう。

多くの国や企業がICTや先端技術を使った都市計画に試行錯誤を重ねる現在、韓国はいかにスマートシティに取り組んでいたのでしょうか。

To Be “Smart”

都市は“スマート”に

Googleの親会社アルファベットの参画で話題となった「Sidewalk Toronto」に、トヨタが静岡県につくろうとしている「Woven City」、アリババが杭州で進めている「ETシティブレイン計画」など、大企業がテクノロジーによって都市開発をアップデートする取り組みが近年増えています。

こうしたプロジェクトがつくろうとしている都市は「スマートシティ」と呼ばれ、ICTやAIなど先端技術の導入とビッグデータの活用によって交通、エネルギー、行政機能といった都市インフラを効率的に運用すべく、世界各国が現在さまざまな取り組みを進めています。

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Image: 2020年のCESでWoven Cityをプレゼンする建築家ビャルケ・インゲルス。REUTERS

もちろんスマートシティとは企業のテクノロジー開発のみによって実現するものではなく、政府や地方自治体の力が必要不可欠です。

エストニアでかねてより進められている「e-residency」のような電子国民制度もスマートシティの実現と深く関わっていますし、アジア圏においてもたとえばシンガポール台湾は政府がプラットフォーム整備を進めています。

日本でも国土交通省を中心に10年ほど前から取り組みがスタートしており、つくば市札幌市宇都宮市など各都市でビッグデータの活用によるインフラ最適化の実証実験が進められています。先日可決されたことで話題となった日本の「スーパーシティ法案」も、こうした取り組みの一環だと言えるでしょう。

増えつづける人口に対応するため、あるいは人口が減少し過疎化した地域に適切なサービスを提供するため、環境問題や食糧問題などさまざまな社会課題に対応するため──。

現在、都市が抱えている課題を解決するために、これからの都市は大なり小なり“スマート”にならざるをえないのかもしれません。

REUTERS/CHRIS HELGREN
REUTERS/CHRIS HELGREN
Image: すでに機能を止めたSidewalk Trontオフィス。REUTERS/CHRIS HELGREN

ただし、多くの取り組みがいまなお試行錯誤の過程にあることも事実です。たとえばSidewalk Torontoでは住民との合意形成がうまく進んでいないことがたびたび指摘されていました。今年5月にはプロジェクトの停止が発表されたように、とりわけ住民のプライバシーを含む個人情報の扱い方には多くの課題が残されています。

だからこそ、今回の新型コロナウィルスに対する韓国の動きは注視すべきものだといえるでしょう。韓国が行なった徹底的な感染者の追跡とウイルスの封じ込めは、同国が10年以上にわたって注力してきたスマートシティ実現のためのプラットフォーム整備なくしては実現しえないものだったのですから。

Trace, Trace, and Trace

韓国は追跡を徹底した

まずは韓国が今回どのように新型コロナウイルスの封じ込めを行なったか整理しておきましょう。同国が感染対策にビッグデータが活用したことはよく知られていますが、その活用方法はじつに多岐にわたっています。

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韓国政府が公開している感染症対策へのICT活用をまとめたレポート資料によれば、たとえば「Now and Here」というアプリでユーザーが入力した自身の通勤経路の危険度を算定し過去の感染者と自分の行動範囲も比較表示するほか、「Cobaek」は感染者が訪れた場所から100メートル以内の範囲にユーザーが近づくとアラートを発するアプリで、現在は各ドラッグストアのマスクの在庫状況を表示する機能も追加されています。

アプリによるデータ管理は海外からの入国者にも義務付けられており、4月時点ですでに約17万人の渡航者がアプリをインストールしていると報じられています。

渡航者はアプリにパスポート情報や氏名、住所などを入力するほか、入国から14日間の隔離中は毎日アプリを通じて健康状態(体温、咳や喉の痛みの有無など)を報告せねばならず、提出されたデータは随時地方自治体の管轄する保健所へと送られるのです。

単に感染状況を把握し新規感染を抑制するのみならず、たとえば釜山においては市民の移動データやクレジットカードの購買データを分析することで経済への影響も試算されています。各種データは地区・業種ごとに振り分けられ、税収がどれくらい減少しうるのか計算されたうえで来年度の予算対策が講じられているといいます。

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GDPR(一般データ保護規則)のような制度によって個人情報の利用に厳しい制限が課せられた欧州では実現しえないであろうこれらの対策が韓国で実現したのは、2015年のMERS(中東呼吸器症候群)の影響が大きいといわれています。

当時感染者186人、死亡者38人と世界で2番目に多くの被害者を出した韓国では感染拡大初期の対応が遅かったことが問題となっており、韓国議会は収束後に接触者を追跡できるような法制度を整えたのです。

How It Works

スマートシティの恩恵

感染者や濃厚接触者の徹底的な追跡やアプリを通じた行動の抑制は、韓国が開発した「スマートシティデータハブ」によって実現したものだといわれています

スマートシティデータハブとは韓国国土交通省と科学ICT部が共同開発し2018年に誕生したプラットフォームであり、各地域の交通状況や都市計画の情報を地方自治体間で共有できる環境がつくられています。

このプラットフォームによって、これまでよりも圧倒的に短時間で市民のさまざまな行動データにアクセス可能となり、3月下旬に導入された「EISS(The Epidemic Investigation Support System)」と呼ばれる流行調査支援システムが実現しています。

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韓国は2000年代末から、新興都市を舞台に「U-City」と呼ばれる構想のもとICTインフラの整備による都市の再編に取り組んでおり、2010年代中ごろから後半にかけてそのインフラを既存の都市に広げていきました。

韓国政府は2013年までを「U-Cityの構築(Construction of U-City)」、2014〜2017年を「システムの結合(System Linkage)」のフェーズに位置付けており、2018年から現在を「スマートシティの開発(Smart City Development)」として、徐々にその規模を広げています。今回機能したスマートシティデータハブはまさにこれまでの積み重ねによって実現したものでしょう。

現在はソウルのみならず各地でプロジェクトが進行しており、2019年時点で67の地方自治体が何らかのかたちでプロジェクトに参加していることが報告されています。

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Image: 韓国で進むスマートシティ開発の現状。IMAGE VIA SMARTCITY.GO.KR

たとえば2015年には“世界初”を謳うスマートシティが松島(ソンド)につくられ、公衆無線LANによって多くの公共施設や公共交通機関がネットワーク化される環境がつくりあげられました。

2017年には、文在寅大統領が第4次産業革命に向けた特別委員会を組織。ソウルや釜山をはじめとする複数の都市のスマートシティ化がその目標として掲げられており、世宗(セジョン)はモビリティとヘルスケア、釜山はエネルギーとロボティクス、水資源を中心とした開発が進められるなど、地域に応じて異なったアプローチがとられていることがひとつの特色だといえるでしょう。

もちろん個々の都市をつなぐためのプラットフォームがこれまでに整備されたからこそ異なるアプローチが可能なのであり、その基盤こそが今回の新型コロナウイルス感染対策に効果を発揮したことはいうまでもありません。

Governance & Openness

「成功」の条件

今年1月に開催された「CES 2020」においても、ソウルは24の企業とともに「Smart City & Smart Life」をテーマとしたソウルパビリオンを発表しています。

ここで展示された「デジタル市長室(the Digital Civic Mayor’s Office)」はソウルのスマートシティプロジェクトを代表するプラットフォームであり、都市全体の状況をリアルタイムで把握できるもの。市内に設置された1,500のCCTVの映像や1,600万件の行政データが可視化されており、これまでも韓国はこのプラットフォームをスマートシティプロジェクトの代表的な取り組みとして海外に紹介してきました。

「デジタル市長室」のような取り組みからは政府による市民の監視が想起されますが、一方ではCES 2020に際して行なわれたインタビューにおいてソウル市長のパク・ウォンスンが「スマートシティ政策の成功を決定づける理念は“ガバナンス”と“オープンネス”です」と語っていることも重要でしょう。

ガバナンスにおいては地方自治体や民間企業、市民を巻き込みながらシステムをつくりあげており、とくに民間企業とは2019年2月に発足した「スマートシティ・コンバージェンス・アライアンス」によって連携が進んでいます。このアライアンスには113社の企業と20の公的研究機関が参加しており、AIやモビリティ、教育、ヘルスケア、エネルギーなど産業領域も多岐にわたっています。

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たとえばLG CNSはスマートシティを統合するプラットフォームの根幹に関わっており、電子政府システムからスマートホームの構築まで幅広く事業を展開するほか、近年はブロックチェーンと5Gを使った自動運転ネットワークの構築にも着手しています。

住宅管理を手掛けるスタートアップApartmentnerは、入居手続きの自動化・電子化サービスなどアパート運営に関する機能を提供するなど、規模の大小によらず多くの企業が自身の領域に関する技術を提供しています。

あるいはオープンネスにおいては、数多くの行政機関から集約されたデータが市民も自由に閲覧・利用可能なものとして公開されるものとなっています。もちろん政府による一方的なデータ利用のリスクがあるとはいえ、必ずしもデータが専有されるわけではないことには留意すべきかもしれません。

Need to Deliberate

そこに「文化」はあるか

今回韓国は、スマートシティが公衆衛生においても非常に強い効果を発揮しうることを示してみせました。都市インフラにICTを導入するためのさまざまなソリューションを“輸出”する韓国企業も増えていますが、とくに今回効果を発揮したビッグデータの活用は海外諸国が気軽に導入できるものではないでしょう。

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日本でも一時は欧米のような政府による強制的なロックダウンや中国・韓国・台湾が実施したデータドリブンな対策を待ち望む声が多かったものの、現在ではそれらが個人の自由やプライバシーを侵害しうるものとして危険視されてもいます。

とりわけ現在のような状況下においては「プライバシー」と「生命(健康)」が天秤にかけられ、生命を守るためならプライバシーを犠牲にしても構わないと考えられることは少なくありません。

韓国でも以前1,000人を対象に行なわれたアンケート調査では約8割の人々がウイルス対策のためなら多少の犠牲は仕方がないと答えたといわれています。しかし現在開示されている感染者の情報が適切なのかはいまだ議論の余地があり、すでに韓国では限られた情報から感染者を特定しようとする試みが新たな迫害へと発展しうるおそれが生じてもいます。

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いずれにせよ確かなのは、スマートシティのプラットフォームやそれに伴う個人情報の活用は、長期的な議論を経た先でしか実現しえないということでしょう。

「プライバシー対生命」というシンプルな二項対立の強さに引きずられるのではなく、その二項対立を超える道のりを探すことがスマートシティを実現するためには不可欠です。韓国ではシステムづくりも法制度の整備も10年以上前から段階を経て議論が行なわれてきましたし、その過程ではいくつもの失敗があり、たとえば松島で行なわれた計画は必ずしも“成功”とは言いがたい状況だと考えられてもいます。

日本においてもスーパーシティ法案の成立が話題となりましたが、目先の理念や危険性だけに飛びついても議論は進まないはずです。

プライバシーの侵害によって個人の自由が奪われることは許されませんが、人は利便性に抗いがたく、多くの人が多少の犠牲を払っても便利な生活を送りたがってしまうことも事実です。韓国がMERSに対応できなかったことが今回のデータ活用につながっているように、スマートシティとはテクノロジーのみによって成立するのではなく、その場所の文化や歴史と分かちがたく結びついています。

諸外国を含む過去の事例やそれを成立させる現地の文化を踏まえたうえで長期的な議論を続けられるかどうかが、日本におけるスマートシティの行く末を左右するのかもしれません。

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This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. 中国本土→香港への「検疫免除の恩恵」を受けるエリート。香港取引所(HKEX)に上場する企業のうち480社を対象に、会社ごとに2人の取締役もしくは経営幹部が「重要な事業活動」のために、毎月香港へ越境する資格が認められます。この480社は合計すると、香港の取引所に上場している2,107社の時価総額のおよそ95%を占めます
  2. 「緊急用ワクチンを秋までに準備できる」。中国の国家衛生健康委員会専門家グループ長を務める鍾南山(Zhong Nanshan)医師は、新型コロナウイルスのワクチンについて、多くの人を対象とした大規模接種は1〜2年かかるものの、緊急と認められれば今秋から使用できると見通しを示しました。集団免疫に頼った場合は多くの死者を出す事態を免れないと指摘します。
  3. 2025年までに韓国で空飛ぶタクシー運行。国土交通部によると、主要都市での交通渋滞の緩和を狙い、2025年までに「空飛ぶタクシー」の商業化が整備される予定です。ソウル中心部では2030年までにターミナルが10か所設置される計画。韓国の都市型航空交通システム(UAM)市場規模は2040年に13兆ウォン(約1兆1,800万円)まで拡大するとみられており、現代自動車はUAM部門を設け、車両開発に注力しています。
  4. 感染追跡デバイスを全国民に配布へ。シンガポールでは、新型コロナウイルスの濃厚接触者を追跡するスマートフォンアプリをリリースしたもののインストール数は人口のわずか4分の1にとどまり、政府は新たな対策として、ウェアラブルデバイスの配布を発表しました。懸念されるプライバシーについては「(収集された情報は)接触トレースにのみ使用される。データ漏洩が起こらないよう徹底する」と、担当大臣がコメントしています。

(編集:鳥山愛恵、年吉聡太)


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