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Next Startups
次のスタートアップ
Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。
「スタートアップの40%は、あと3カ月でキャッシュが尽きる」という調査もありますが、コロナ禍でスタートアップは資金調達に奔走しました。
VCは既存投資先のレスキューが優先、事業会社は本業で手一杯、銀行はベンチャーに不慣れで、政府の支援策も複雑で使いにくい。緊急事態の繋ぎ資金の調達手段が増資なのか、急成長ではなく永く続かせたい企業が頼る先がVCなのか──。
急を要する事態に改めて浮かび上がった、スタートアップとカネの出し手のミスマッチ。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、スタートアップ専業の“資金の出し手”のClearbancを取り上げます。
Clearbanc(スタートアップ向け融資)
・設立:2015年
・創業者:Michele Romanow, Andrew D’Souza, Ben Sanders, Charlie Feng, Pavel Melnichuk
・事業内容:スタートアップに特化したファイナンス
20 min termsheet
20分タームシート
コロナ禍で改めて浮き彫りになったスタートアップにとってのカネの問題。この状況に一石を投じるのが、スタートアップ専門にファイナンス提供するClearbancです。
特徴は「20min termsheet(20分タームシート)」と呼ばれる超人的スピードでの資金提供です。Eコマース事業を営むスタートアップがウェブ経由で必要なデータをClearbancに投げると、Clearbancのアルゴリズムが成長性や収益性など瞬時に判断。1万ドル(110万円)〜1千万ドル(11億円)を48時間以内に口座に入金します。
返済も一律「売上の一定比率を、提供額の106%まで支払う」とシンプルです。毎月の売上の5〜20%を返済に充て、返済が完了したら終わり。満期はなく、半年で完済しても3年かかってもOKです。
VCからの投資を取り付けるには面談や交渉に何カ月も費やして、Noを突きつけられることがほとんど。Clearbancなら株式の希薄化もなく、経営者保証も不要です。
Clearbancは自らを「VCをディスラプトする」と意気込みます。すでに著名な投資家やVCから3億ドル以上の資金を集め、2020年末までにD2Cなど2,000社に融資する計画です。EC事業者に加えて、最近はB2BのSaaS企業向けサービスも立ち上げ、事業を拡大しています。
BANKING FOR ENTREPRENEURS
起業家のための銀行
この革新的サービスはどのように生まれたのか。創業者兼CEOのMichele Romanow(ミシェル・ロマノフ)は、カナダCBSで放送されている『Dragon’s Den(ドランゴンズ デン)』という番組に出演していることでも知られています。
この番組は、いわば「マネーの虎」のカナダ版。起業家たちがDragonと呼ばれるエンジェル投資家にピッチ(提案)をして、出資を得る姿を描いたリアリティショーです。ロマノフはDragonの一人です。
番組に登場する起業家はさまざまですが、親子で創業して手づくりスマホケースを販売し、黒字だがユニコーンは望めない、そんな企業がほとんどです。10万ドル(1,000万円)の運転資金の調達に株式の30%を渡してしまう様子に、彼女は永く疑問を感じていました。
ロマノフは大学在学中にコーヒーショップで起業し、卒業後は地元アルバータ州の特産品であるキャビアを高級レストランに卸す事業をNYで立ち上げますが、破綻。その後モバイルクーポンアプリ「SnapSaves」を起ち上げてGrouponに売却を果たすなど、山あり谷ありを経験した生粋の起業家です。
起業家は、自分たちにとっての魂である株式を、簡単に安売りすべきではありません。また、投資家にとっても、この手作りスマホケース企業への投資リターンが100倍になるはずもありません。カナダの田舎での起業の苦労から「スタートアップ成長の最大の課題は資金調達」と感じていたロマノフ。シンプルでスピーディな資金提供で起業家を助けたいと、Clearbancを構想するに至りました。
PONZI SCHEME
VCマネーの行方
リーンスタートアップに代表される起業ハードルの低下は、「圧倒的な物量戦で、真っ先に面を取る」同質的な事業者間でのマーケティング競争を招きました。日本でもスタートアップのテレビCMをよく見かけるようになりましたが、VCから調達した資金の4割は、革新的な研究開発ではなく広告宣伝費に割かれているのが現実です。
つまり、VCがスタートアップに投じた資金の大半がGoogleやFacebookやAmazonに吸い上げられ、これらテックジャイアントの異次元の拡大を助長しています。革新的な事業で大企業に挑む“ジャイアント・キリング”ではなく、補完的な事業で大企業に買収してもらい、投資したVCも潤う循環。こうした一連の“出来レース”はPonzi Scheme(ポンジ・スキーム)として、批判を浴びたこともあります。
大量のマーケティング戦争の軍資金をVC調達に求めた結果は、IPO時点での起業家の株式持分にも表れています。米国ではIPO時点で、創業者の株式持分は平均で15%、ライドシェアのLyftでは6%、ファイル共有のBoxに至っては4%に過ぎません。
「資金使途と資本コストのミスマッチ」は、クラウドファンディングやトークンファイナンスのような新たなトレンドも相俟って、シリコンバレーが抱えた大きな課題のひとつであり、Clearbancの根底に流れる思想であるとも言えます。
DISCRIMINATION THAT TECH ELIMINATES
テックが解消する差別
もう一点、Clearbancで目を見張るのが「ジェンダーバイアスの解消」です。
1,720億ドル(約18兆円)に上る米国のVC投資のうち、創業者が女性のスタートアップ割合はわずか2.8%に過ぎません。対峙するVCも女性比率は低く、米国のVCパートナーのうち女性は11%に留まっています。一方、データに基づいてAIが審査するClearbancでは、資金提供先の女性創業者の比率は15〜20%と、実に8倍だそうです。
「起業家としてこれまでも無数の“No”を突きつけられ、なかには自分が女性という理由もあった。でも世の中にnはかつてないほどチャンスが転がっていて、未来は可能性に満ちている。たとえ99回のNoを突きつけられても、1回のYesに巡り合うこと。自らがコントロールできない性の偏見に心を囚われず、前を向いて進み続けることだ」と女性起業家にエールを送っています。
Black Lives Matter運動の波はシリコンバレーにも及び、有力投資家や著名人が声を上げています。黒人起業家へのVC投資の割合は1%以下、そして黒人が一人も参加していないVCは、全体の8割に上ります。VCマネーの80%が4つの州(マサチューセッツ、ニューヨーク、カリフォルニア、テキサス)に集中し、その一方でVCの投資を受けたスタートアップが存在しない州が9つと、地域も偏在しています。
対面での面談が憚られる環境で、VCもオンラインだけで投資意思決定が普通になってきました。Clearbancのデータファイナンスが性差別を解消するように、Zoom革命は地理的な偏りを解消しています。シリコンバレーが生んだ技術で、シリコンバレーがディスラプトされる皮肉。ファイナンスの民主化を推し進めるClearbancとロマノフの挑戦から、今後も目が離せません。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- インスタは露出が多い写真を優遇。Instagramのタイムライン上位に表示される投稿を調査した結果、ビキニや水着の女性の写真はニュースフィードに表示される可能性が54%(男性の場合は28%)高くなることが分かりました。一方、食べ物や風景の写真がフィードにポップアップ表示される可能性が60%低くなります。Instagramをソフトポルノの無料ソースとして使う一部のユーザーの行動が機械学習によって増幅され他のユーザーに適応されたことが原因と考えられます。
- 「薬になるゲーム」をFDAが承認。Akili Interactive Labsが開発した治療向けゲーム「EndeavorRx」が、注意欠陥・多動性障害(ADHD)を改善するデジタル治療(DTx)として米FDA(食品医薬品局)から認可を受けました。FDAがゲームをベースとしたADHD対象のDTxを認可するのは初めてのこと。Akiliは、ゲームを処方された子どもたちに、1日25〜30分、週5日、4週間プレイすることを勧めています。Akili Interactive Labsについては、2020年1月に配信したニュースレターでも詳しくふれています。
- Google、GDPR違反控訴を棄却される。Googleが透明性とユーザーの同意という点で、「EU一般データ保護規則(GDPR)」に違反したとして、2019年1月にフランスのデータ保護局CNILから5,600万ドル(約60億円)の罰金を命じられた件で、国務院は当初の決定を支持。Googleの控訴は棄却されました。GDPRの罰金としては過去最大です。
- アメリカンドリーム、再び。危機への失望は今回が初めてのケースではなく、2008年の不況時も同様でした。2019年のGallupのレポートでは、米国人の7割が「アメリカンドリーム」は実現可能だと答えています。McKinseyの調査によると、アメリカのデジタルトランスフォーメーション(DX)市場にはいまだ8割も成長の余地があり、Y Combinatorの夏のプログラムの応募数は15〜20%増加したという報告も。アメリカンドリームが起こる分野が変化しつつあります。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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