Startup:ストリーミング戦争の「刺客」

Startup:ストリーミング戦争の「刺客」

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Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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Image: AP/ERIC CHARBONNEAU/INVISION FOR SHOWTIME

熱を帯びる「ストリーミング戦争」。Netfrix、Amazon Prime、Huluがひしめく市場に、昨年、Disney+とApple TVが参戦し、大混戦です。ビッグネームが名を連ねる“頂上決戦”ともいえる市場に、設立1年足らずのスタートアップがユニークなアプローチで切り込み、話題を呼んでいます。

今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、インタラクティブ動画でストリーミングの未来を切り拓くWhatifiを取り上げます。

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Image: WHATIFI

Whatifi(インタラクティブ動画)
・創業:2019年
・創業者:Jaanus Juss, Hardi Meybaum
・調達額:1,000万ドル(約11億円)
・事業内容:スマホ特化のインタラクティブ動画配信

THE END RESULT IS UP TO THE VIWER

結末は「私」が決める

Netflixの『ブラック・ミラー: バンダースナッチ』をご存知でしょうか?

2019年に配信開始となったこのドラマは、ストーリーの要所要所で主人公の人生を視聴者に選択させます。複数のエンディングが用意され、視聴者の選択でストーリーが決まる、インタラクティブ動画です。この“動画とゲームの融合”は驚きをもって受け入れられ、高い評価を得てエミー賞にも選ばれた話題作です。Twitter上には、物語での選択とたどり着いたエンディングについての議論が飛び交いました。

「Whatifi」は、このインタラクティブ動画をスマートフォンに最適化させたかたちで実現、仲間と楽しめるようにしたアプリです。アプリをダウンロードして観たい動画を選択すると、誰か一緒に観る人を招待するよう誘導されます。ショートメッセージやアプリ経由で誘われた友人や家族など、最大9人まで同時に視聴できます。

重要な場面で二択の選択を迫られるのですが、一緒に視聴している全員の選択が一致していないと先に進めないため、仲間でチャットせざるをえない仕掛けです。話すきっかけと理由が、あらかじめ仕組まれているのです。

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Image: WHATIFI

現在2本の短編動画が提供されていますが、エンディングは計80通りにも及びます。見終わっても違うエンディングが気になって、仲間と何度も観てしまいます。いわば、“動画とゲームの融合”コミュニケーションを足し合わせた、全く新たな体験を提供しています。

6月のローンチと同時に1,000万ドル(約11億円)のシリーズA調達を発表しました。出資をリードした有力VCのAndreesen Horowitzの担当パートナーAndrew Chen(アンドリュー・チェン)は、今話題の“音声版Twitter”を提供するClubhouseへの出資も率いた人物で「エンタメにソーシャル要素を付加して体験を高めるサービスを探していた」とコメントしています。他にも元Netflix CFOのDavid Wells(デイヴィッド・ウェルズ)やZynga創業者のMarc Pincus(マーク・ピンカス)など、シリコンバレーの有力エンジェルがこぞって参加しており、期待の高さが伺えます。

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Image: FLICKR/TechCrunch

STARTUP-LIKE “FIGHTING”

巨人との「戦い方」

Whatifiが興味深いのは、強者ひしめくストリーミング戦争の渦中で、スタートアップならではの戦い方を繰り広げているからです。

Netflixの視聴環境はいまだに70%がテレビ経由で、大画面に耐える合成の技術など、細かな部分までコンテンツの質を高めなければなりません。一方、WhatifiがターゲットとするGen Z(Z世代)は、動画をスマホで見るのがむしろ普通です。スマホの小さな画面ならばアラは目立たず、迫力のある映像も不要なため、制作費を大幅に抑えることができます。

Whatifiのキャスティングは、誰もが知るハリウッドの有名俳優や女優ではなく、知名度のないアマチュア役者を起用します。TikTokやYouTubeが台頭し、素人とプロの垣根がなくなった環境では、ユニークなアマチュアを起用する方がチャットで盛り上がります。Gen Z世代は高額のギャラを得るセレブより、自分に近い出演者に共感します。

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また、Whatifiのコンテンツには膨大な数のエンディングが用意されますが、圧倒的に多くのシーンの撮影が必要になります。これに匹敵するものをNetflixが既存コンテンツの質の延長線上でつくるならば莫大な制作費と制作時間がかさみ、大きな足かせです。ライバルの強みである「高品質のコンテンツ」を逆に急所として突いています。

そして、ストーリーの要となる脚本はアワードを開設し、作品を個人のクリエイターから公募します。賞金は20万ドル(約2,100万円)で、1タイトルに数百億円かけるNetflixを考えると微々たるものですが、インディーなら未開拓ゆえコンテンツも安く仕入れることができ、作品の権利もすべて保持できます。そもそもコスト高な古い脚本家は、エンディングが無数にあるストーリーなど書いたことがなければ、その気もありません。競争軸をズラしたスタートアップらしい戦い方です。

ABANDONED HOLLYWOOD

乗り遅れるハリウッド

今、「スマホ特化のストリーミング動画」といえば、「Quibi」です。QuibiとはQuick Bite”の意味で、10分以内の短尺動画を気軽に楽しめるサブスク型の動画配信サービスです。スマホでしか視聴できず、縦型でも横型でもフルスクリーンで見られるというのが特徴です。

創業者はハリウッドの大物プロデューサーであるJeffry Katzenberg(ジェフリー・カッツェンバーグ)、CEOは元HP社長でテック業界No.1の女性富豪としても知られるMeg Whitman(メグ・ホイットマン)。作品にはスティーブン・スピルバーグやジェニファー・ロペスなど大物が名を連ね、売上ゼロのサービスローンチ前に17億5,000万ドル(約1,900億円)という破格の資金調達を行うなど、鳴り物入りでストリーミング戦争に名乗りを上げました。

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Image: REUTERS/STEVE MARCUS

ところが今年4月のローンチ早々、各方面から酷評される始末。1エピソードが10分と細切れすぎてストーリーの途中でブツ切れになる、スマホのタテ視聴は情報量が限られて観にくいなど、理由はさまざまですが、なかでも「アンチ・ソーシャルな姿勢」は最大の批判の的です。インフルエンサーがコンテンツをQuibiに提案しても拒否されたり、スクリーンショットを撮ると著作権の関係で真っ黒の画面になりSNSでの拡散ができません。

ローンチから3カ月を迎え、無料トライアル期間が終了するタイミングで、実に90%以上のユーザーが有料プランに移行せず、離脱しました。Quibiの苦境は、ハリウッドが総力戦を挙げても牙城を崩せないストリーミング戦争の厳しさと、時代に取り残されたメディアの権威とを浮き彫りにしたといえます。

CARVING OUT A FRONTIER

フロンティアを開拓

アメリカ人はテレビが大好きです。動画視聴時間は1日6時間近くで、ここ10年近く変わっていません。そのうち7割がいまだに他のデバイスではなくテレビを通じ視聴しているため、ストリーミングへのシフトが進むに伴い、大きな市場機会が生まれています。

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Image: SAMUEL DE ROMAN/GETTY IMAGES

出足好調なスタートを切ったWhatifiですが、将来的な課題はマネタイズ(課金)でしょう。Quibiが陥ったように、無料コンテンツに慣れきったユーザーを有料に移行させるには、大きな谷が存在します。Whatifiは当面は完全無料で、いずれ「選んだ選択肢の先を観たい場合には有料」などの課金オプションを考えているようですが、未知数です。

ストリーミング戦争で覇権を争う各社は、Netflixを除けば、動画専業ではないテック企業です。彼らは動画を儲ける手段とする気はなく、顧客の囲い込みに利用しているに過ぎません。DisneyはDisney+でコンテンツに触れる機会を増やしてファンを増やし、テーマパークやグッズ販売でマネタイズします。Amazonも、Amazon Prime Video はAmazon Primeに入っていれば無料提供されますが、ジェフ・ベゾス自ら「ゴールデングローブ賞を取れば、靴が売れる」と発言するなど、動画はECへの導線程度でしか見ていません。

ストリーミングという巨大市場に漕ぎ出した、Whatifiという小さな船。「動画+ゲーム+コミュニケーション」での新たな体験は、若いユーザーの熱狂で新境地を開拓することができるでしょうか。今後も目が離せません。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. 米国とオーストラリアも禁止を目論むTikTok。香港で国家安全維持法が施行されたのを受け、香港市場からの撤退を決定したTikTok。ほぼ同時期にアメリカ、そしてオーストラリアもTikTokなどの中国製アプリの禁止を検討していると伝えられています。7月10日には、Amazonが従業員に向け、社内メールにアクセスする全ての端末からTikTokを削除するよう業務命令があったのちに、これを誤りだったと発表したとも。動向に注目です。
  2. Rackspaceが再IPOを準備。2016年にPEファンドのApollo Global Managementの1株当たり32ドル(約3,400円)、総額43億ドル(約4,600億円)という投資条件を受け入れ株式を非公開化していたRackspaceは、7月10日(現地時間)に普通株式の新規株式公開(IPO)申請書を米証券取引委員会(SEC)に提出したと発表しました。
  3. WeRideが無人走行テスト。ロボットタクシーの本格運用を目指す、中国発スタートアップのWeRideは、広州の指定されたエリアの一般道で無人での走行テストを開始しました。WeRideを支援するのは日産、ルノー、三菱。中国では、トヨタが支援するPony.ai、Baidu Inc、Didi Chuxingなどの企業もテストを行っていますが、こちらは安全スタッフが同乗しています。
  4. 職を失ったスタートアップ従業員は約7万人。コンサルティング会社Gartner Incのシニアリサーチディレクター、Max Azaham(マックス・アザハム)によると、新型コロナウイルスのリスクを回避する動きから、1億ドル未満の資金調達を目指すIT企業の投資資本は急激にダウン。3月以降、先週までで世界で7万人近くの技術系社員が職を失ったようです。テック系スタートアップのレイオフは、コロナの経済的影響を映し出す鏡でしょう。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)


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