New Normal:崩れ始めたファッション業界

Friday: New Normal

新しい「あたりまえ」

Quartz読者の皆さん、こんにちは。毎週金曜日のPMメールでは、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。今日は、本格的な変革期を迎えているファッション業界の「ニューノーマル」をお届けします。

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新型コロナウイルスは、ファッション業界に非常に大きな影を落としています。というのも、衣類を主とするファッションビジネスは、消費者の裁量支出に大きく依存するから。この業界は、パンデミックとそれに伴う経済不況の影響を最も受けやすいビジネスのひとつです。

もっともその厳しい状況は、パンデミック以前、人々の生活様式が変わるなかで、すでに如実にあらわれていました。

マッキンゼーの分析によると、北米とヨーロッパの上場ファッション企業の34%が、コロナウイルスが流行する前にすでに財政難の兆しを見せていたことが明らかになっています 。

パンデミックの発生はその兆しを現実のものとしました。海外では、米国のJ.Crew(Jクルー)J.C. Penny(J.C.ペニー)BROOKS BROTHERS(ブルックス ブラザーズ)、大手百貨店のNieman Marcus(ニーマン・マーカス)など、名の知られたブランドや百貨店が軒並み倒産しています。

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大手だけではなく、インディペンデントな小規模ブランドも苦戦を強いられています。今年3月、British Fashion Council(ブリティッシュ・ファッション・カウンシル)がデザイナーを対象に行った調査では、その35%が外部からの支援なしには3カ月以内に廃業すると考えていたことが分かりました。パンデミックの影響も重なり、デザイナーの実に半数が、年末までに廃業すると答えています

また、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)の調査によると、2020年、ラグジュアリーブランドの売上見込みは850〜1,200億ドル(約9.1〜12.8兆円)に留まり、さらに、ファッション・高級品市場全体では、4,500〜6,000億ドル(約48〜64兆円)の売上が失われることになるともいわれています。

かくも甚大なダメージを与えているパンデミック。その変化を、さらにファッション業界そのものの「ルール」の変革をもたらすものとして捉えるべき動きが、世界では起きています。

CONSERVATIVE WORLD

あまりにも「コンサバ」

ラグジュアリーブランドを基盤とするファッション業界は、そもそも考え方がコンサバティブ。プレイヤーたちは、ブランドのアイデンティティやイメージ、価値を維持すること、物理的な“社交”を重要視してきました。

その背景には、積み重ねてきた歴史があります。19世紀後半から20世紀初頭にかけて第二次産業革命が拡大する欧州では、英国、フランス、イタリアで、上流階級のためにBurberry(バーバリー)、Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)、Gucci(グッチ)などといったブランドが立ち上がり、資本を持ち始めた貴族たちに日常生活に必要な装飾品を供給していました

1885年に制作された、Louis Vuittonのトランク。 REUTERS/Jason Lee
1885年に制作された、Louis Vuittonのトランク。 REUTERS/Jason Lee

それらのブランドは“高級なもの”として認識され、ファッション業界は確固たるバックグランドや才能をもつ人々が集まる、ある種の“社会”として存在してきました。白人至上主義的な見え方になることも多く、一般人はなかなか手を出せないものとして捉えられてきました。

こうしたコンサバティブな姿勢も、デジタル化や多様化が進む近年においては崩れ始めかけていました。が、根本的なルールを変えることはできずにいたのです。

DIGITAL FIRST

デジタルファースト

パンデミックは、これまでデジタルシフトに時間を要していたファッション業界を、必然的にデジタルチャネルでのコミュニケーションへと移行させることになりました。

まず、ファッション業界のメインイベントともされる「コレクション」の物理的な実施が不可能に。本来であれば、今年の6月はロンドン、パリ、ミラノなどのヨーロッパ各都市で2021年春夏メンズコレクションとウィメンズのプレコレクション、パリではクチュールが行われる予定でしたが、物理的に実現できませんでした。

そのため、今シーズンは各都市で史上初の「デジタル・ファッション・ウィーク」が開催され、各ブランドはオンライン上での新しいクリエイションを披露。多くのブランドは、インタラクティブな動画を使ったコレクションを発表しましたが、一部のブランドはゲストを招き、野外でショーを行いました。

ソーシャルディスタンシングが保たれた、Etro(エトロ)の2021年春夏メンズレコクションとウィメンズのプレコレクションの会場。 REUTERS/Alessandro Garofalo
ソーシャルディスタンシングが保たれた、Etro(エトロ)の2021年春夏メンズレコクションとウィメンズのプレコレクションの会場。 REUTERS/Alessandro Garofalo

パリ・デジタル・ファッション・ウィークでは、7月10日、ヴァージル・アブローがアーティスティックディレクターを務めるLouis Vuittonが、アニメキャラクターを主演に起用した『The Adventures of Zoooom with his friends by Virgil Abloh』と題した動画を公開。YouTubeの公式チャンネルでは7月17日現在、約340万回再生を記録、InstagramTVでは約115万回の視聴を記録しています。ちなみに、昨年同時期に公開されていた2020年春夏メンズコレクションは約237万の再生回数なので、非常に短期間で多くの人が最新動画にアクセスしたことが分かります。

「The Adventures of Zoooom with his friends by Virgil Abloh」VIA YouTube
「The Adventures of Zoooom with his friends by Virgil Abloh」VIA YouTube

一方、Loewe(ロエベ)は、パンデミックの制限されたなかで、視聴者にもクリエイティブな思考を与えてくれるアイデアを展開しました。

クリエイティブディレクターのジョナサン・アンダーソンは、芸術家マルセル・デュシャンの「Boîte-en-valise(スーツケースの中の箱)」からヒントを得た「Show in a box」のコンセプトを提案。世界中の業界関係者に配送したボックスのなかには、音楽、パターン、素材など、ファッションショーに必要なすべて要素を詰め込みました。そして、7月12日から24時間かけて行われたオンラインイベントでは、毎時間異なるコンテンツを配信。コレクションができあがるまでの過程やプレゼンテーションだけでなく、アーティストのパフォーマンスや音楽コンテンツ、デザイナーとのブレックファストなど、オンライン上での“お祭り”を楽しませてくれました。

また、視聴者も新しいやり方での参加に挑みました。インフルエンサーでプレゼンターのモニカ・デ・ラ・ヴィラルディエールは、ライヴ配信されているコレクション映像に対して“デジタルチャット”を行っています。最新のものだと、7月14日に開催されたPrada(プラダ)のデジタルショーに合わせ、自身のInstagramTVにゲストを招き、デジタルチャットを公開しました。

2020年9月には通常通り、ミラノやパリでファッションウィークが開催される予定です。しかし、SAINT LAURENT(サンローラン)は7月のミラノ・デジタル・ファッションウィークに参加しましたが、9月のパリコレには不参加Fendi(フェンディ)Burberryは、限られたゲストとデジタルの要素を盛り込んだ新しい形のショーを行う予定だといいます。

このデジタルファーストな発信方法が、今後のファッション業界において浸透することになるかどうかは分かりません。しかし、これまでになかったやり方で、業界に新しい風を吹き込んだことには間違いなさそうです。

RECONSTRUCTION

サイクルを見直す

かねてより、多くのブランドが行うランウェイショーの回数(年に4〜6回)やタイミングに関して、議論にもなっていました。とくに、Burberryはデジタルシフトが早く、より消費者に向けたストラテジーを展開するうえで、2016年、ランウェイショーを年4回からメンズとウィメンズを統合した2回へ変更しました。

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Image: REUTERS/CAITLIN OCHS

今回のパンデミックでは、さらに多くのビッグメゾンやトップブランドがコレクションのタイミングや頻度、やり方を見直し、概要を表明しました。

Gucciのクリエイティブディレクターのアレッサンドロ・ミケーレは、5月25日、ショーの回数をこれまでの5回から2回に削減することをオンラインにて発表。メンズとウィメンズの区別や、秋冬コレクション、春夏コレクションといった昔からの呼び方も止めたいとも話しました。

Michael Kors(マイケル コース)は2021年春夏コレクションを9月ではなく、2020年の10月中旬から11月中旬の間に行うと発表Giorgio Armani(ジョルジオ アルマーニ)Empolio Armani(エンポリオ アルマーニ)は、メンズとウィメンズの各ショーを9月に開催予定。なお、2021年1月には、シーズンレスとなるクチュールラインををミラノで発表する予定です。

一方、CHANEL(シャネル)は、ファッションシステムを変えずに、パンデミック後もこれまでのやり方を貫くようです。現在のところ、プレタポルテが2回、オートクチュールが2回、クルーズとメティエ・ダールの年6回のショースケジュールを堅持しようとしています

TURNING POINT

「本当」の多様性へ

人種差別に対する大規模デモ「Black Lives Matter(以下BLM)」では企業のあり方や姿勢が問われましたが、多くの白人が関わるファッション業界はこれまで、「黒人を失望させてきた」と言われてきました。表面的には多様性をうたっていても、“組織的な権力”が存在する現実のなかでは、なかなか変わりませんでした。

The Fashion Spotのレポートによると、2016年春のファッション広告に登場したモデルの78.2%が白人、8.3%が黒人、4%がアジア系、3.8%がヒスパニック系でした。ただ、2015年は白人モデルが84.7%だったため、着実にほかの人種の数は増えていることが分かります。

2018年においては、米国ファッション協議会(CFDA)のメンバーのうち黒人はわずか3%。また、2018-19年秋冬ニューヨークコレクションに参加した黒人のデザイナーは、10%に満たない割合です。さらに、同シーズンにランウェイを歩いていたモデルのうち、黒人は15%しかいないことも、調査で分かっています

しかし、大きな変化は確実に生まれています。2018年3月、先述したヴァージル・アブローがLouis Vuittonのメンズのアーティスティックディレクターに就任した際には、LVMH史上初となる黒人デザイナーの誕生が、大きな話題になりました。

デザイナーのヴァージル ・アブロー。REUTERS/Charles Platiau
デザイナーのヴァージル ・アブロー。REUTERS/Charles Platiau

出版業界においては、2017年8月1日より、ガーナ出身でロンドン育ちのエドワード・エニンフルが、初の黒人男性としてUK版VOGUEの編集長に就任。このニュースは、これまでの白人スタッフで固められていた構造を抜本的に変える機会になると注目を集めました。また、最近では、米国版Harper’s Bazaarに、同誌153年の歴史上初の黒人編集長となるサミラ・ナスルが2020年7月6日より就任が決まっています

今後、ファッション業界の組織の上層部に、白人だけではないほかの人種が関わることで、抜本的な組織改革も期待できるでしょう。コンサバティブゆえにスローペースでしか変化しえなかった業界は、今、ニューノーマルな世界を前に、よりダイナミックに変化が加速していくよう動き出しているのです。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. Netflixが一人勝ち? Netflixは、第2四半期に全世界で1,000万人以上の加入者が増加したことを発表。ウォール街と社内双方の予想を数百万人上回ったことを明らかにしました。これらの新規加入者のうち300万人近くは米国からのもので、米国会員数の単四半期での増加としては、ここ数年で最大となりました。
  2. ワークアウト、ラウンジウェアが引き続き好調。自社ラインおよびその他主要ブランドのワークアウトウェアを販売しているAsos(エイソス)は、6月30日までの4カ月間で、昨年の同時期に比べてアクティブウェアの売上高が約2倍になったと発表しました。また、カジュアルウェアやスニーカーの売上も好調に伸びており、パンデミックにもかかわらず総売上高は期間中10%増。イブニングドレス、フォーマルウェア、デイドレスの売上はすべて落ち込んでいます。
  3. 「自殺防止」のためのホットライン。米国では、3桁の自殺防止のためのホットラインが導入されます。番号は988で、国家緊急電話番号の911に似たものです。7月16日、連邦通信委員会で満場一致で可決し、同ラインは2022年7月16日までに配置される予定とのことです。
  4. 投資コミュティのトレンドは? 投資家は今、「ジェンダーニュートラル」なブランドへ目を向けています。Kleiner Perkins(クライナー・パーキンス)は、ファッション&ライフスタイルブランド「Re-inc」に投資。The Craftory(ザ・クラフトリー)は、下着とスイムウエアの「TomboyX」に出資しています。

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