A Guide to Guides
Guidesのガイド
Quartz読者のみなさん、こんにちは。週末は米国版Quartzの特集〈Guides〉から、毎回1つをピックアップ。世界がいま注目する論点を、編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。
──今週末は連休ということで、いつも土曜日にやっているこの対話を、木曜日にやってますが、都内の新型コロナの感染者が本日300人超えとなっていますが、どうするんでしょうね、これ。
そうですね。心配ですよね。わたしも最近はふらふらと外食してましたが、控えたほうがよさそうですね。
──「日本モデル」などと首相は胸を張っていましたが、なんだったんでしょうかね。
さあ。“民度”のことを言っているのであれば、そもそもそれはモデル化できませんし、PCR検査を積極的に実施しないのが“モデル”ということなら、今なぜ増やそうとしているのかわかりませんし、おそらくは、他の国が「〇〇モデル」と言っているのに適当にあやかっただけなんじゃないでしょうか。
──よその国で使われてます?
自分の知っている範囲ですと、台湾が、蔡英文総統を筆頭にオードリー・タン大臣なども「台湾モデル」という語を使っている印象です。行政府のウェブサイトにも「コロナと戦うための台湾モデル」というページがありますね。
──なるほど。そこで言う「台湾モデル」とはなんのことを指しているんでしょう。
もちろん例のマスクの在庫をオンラインで可視化するシステムであったり、ロックダウンを行わないで感染拡大を防いだ方法など色々と細かいところは数多くあると思いますし、つい先日も米国の『TIME』が大学再開にあたっては台湾の事例を学ぶべきだ、という記事を掲載していましたが、ここで見ておいたほうがいいのは、同じく『TIME』に掲載された蔡英文総統の寄稿文じゃないかと思います。
──そんなのがあるんですね。
ウェブ記事は4月16日にアップされていまして、後半を読んでいただくとわかるのですが、当たり前のことですが、ただ「台湾すごいだろ」と言っているわけではないんですね。ちょっと引用しておきましょうか。
「台湾はたしかに、自国内において効果的にコロナウィルスを封じ込めることができましたが、COVID-19は人類全体に関わる災厄であり、あらゆる国家がともに協力しあうことでしかそれを乗り越えることはできません。台湾は不公正にも、WHOや国連から除外されていますが、製造、製薬、テクノロジーといった分野で私たちの強みを生かし、世界と協働していくつもりです」
──ああ、なるほど。政治的なメッセージなんですね。
そうなんです。台湾はコロナ対策の成功と、それがもたらした世界的な注目やバズを、国際社会のなかにおける自国の位置づけを喧伝しプロモートするために、したたかに利用しているわけです。と言えば、もうお判りだと思うのですが、「台湾モデル」がいったい何と対置されているかと言えば、これはもう明らかに「中国モデル」ということになるわけですね。
──ははあ。
つまり、中国政府が武漢において行ったような、言うなれば全体主義的なコロナ対策に対する、強いアンチテーゼとして「台湾モデル」は提出されていまして、その根本にあるメッセージは、それが「民主的なモデルである」ということだ思うんです。
──そのあたりはオードリー・タンさんの発言でもかなり明確ですね。
はい。コロナ対策に限らず、デジタル技術のガバナンスという問題系は、現状、中国政府のようなかたちでの“国家による独占”か、あるいはGAFAのような“私企業による独占”かという、どっちに転んでもさして魅力的ではない両極の間で揺れ動いている格好となっていますが、台湾は、そうではない第3の道がある、という方向性に賭け、かつ、それを証明することで、中国との距離感をできるだけ離しつつ、同時に、そのメッセージを通じて、いわゆる「西側」の陣営を味方につけていきたいはずなんです。というのも、香港で起きていることを、おそらく台湾の人びとは「明日は我が身」と、かなり切実に感じているからだと思うんです。
──なるほど。WHOの立ち位置をめぐる中国とトランプの綱引きも、そうやって見てみると、もっと大きなコンテクストが見えてきますね。
これは世界の覇権をめぐる争いで、それぞれのパワーが衝突する舞台として、香港や台湾といった東アジアの小国がある意味矢面に立っているという構図だろうと思うのですが、ここで本当に見過ごしてはならないのは、このコロナ禍のなかで、中国が覇権をどのようにして抑えていくつもりなのか、その絵図が徐々に明らかになってきたところだと思います。
──そうなんですか?
トランプと中国の派手なやり取りのところにばかり目が奪われがちではあって、もちろん最終的には、世界覇権は経済をめぐるものとなるのですが、貿易や関税のところが主戦場であるとばかりは言えなくなってきているのは、これもつい先日ですが、アメリカ下院外交委員会がとあるレポートを出したことからも明らかです。
──どういったレポートなんでしょう?
『The Washington Post』の記事によればこのレポートには、「アメリカはもはやサイバードメインにおける未来を中国に明け渡す瀬戸際にある」と書かれているようです。イギリスが5G技術の実装にあたってファーウェイを締め出すことを決定し、米国では連邦職員のTikTokの使用を禁止するといったことが矢継ぎ早におきているのは、まさにこうした(もしかしたらすでに手遅れかもしれない)危機感の現れでもあって、それほどまでにサイバードメインにおける覇権奪取をめぐる動きは、進行しちゃっているんですね。
──ひー。
中国政府は実は、2018年から「China Standard 2035」というプロジェクトを進行させてきておりまして、これは製造業におけるグローバル戦略を描いた「Made in China 2025」をさらに大掛かりに進化させたものと見られていまして、今年その全容が発表されるとのことですが、まず予測されているのは、あらゆる次世代技術の「標準規格」を、中国が自らセットすべく動こうとしているということですね。
──ヤバいですね。
『CNBC』の記事によれば、例えばスマートフォンの国際規格の決定は、QualcomやEricssonといった各リージョンのメインプレイヤーたちが主導してきたのが、この数年間、中国のプレイヤーの存在感は徐々に増してきていたそうで、おそらく「China Standard 2035」をもって、一気に主導権を取りに来るのではないかと考えられています。その領域はIoT、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、5G、AIまでおよび、かつ、それ以外にも、バイオテクノロジーも射程に入っているとされています。
──すごいですね。
アメリカはこれまで、デジタル領域において中国とバチバチやってきましたが、それもAppleやGoogleといったカードをもっていればこそできた喧嘩だったわけですが、形勢はもはやすっかり逆転してしまっていますよね。中国が、GAFAを出禁にしたのは、当初はやせ我慢のように見えていましたけど、そのやせ我慢の時間のなかで、首尾よく国内プレイヤーを成長させ、しかも予想をはるかに超える実力を身につけさせちゃったことで、逆にアメリカが中国のアプリを禁止せざるを得ない事態になってしまっているわけですよね。加えて、13億人という巨大市場への参入を拒まれるのは、世界各国のビジネスセクターにとってつらいことになりますから、そう考えると、もはや中国の方が手持ちのカードが多そうに見えます。
──ほんとですね。
China’s changing influence
チャイナの新世界秩序
──これは今回の〈Guides〉でも触れられていますが、製薬や製造業は、もはや中国抜きには存在しえなくなっているわけですもんね。ビジネスにおける一番基礎的な、いわばエッセンシャルな領域を、安価であることを理由に中国に預けて極端に依存度を高めてしまったことで、引くに引けない状況になってしまっているわけですよね。西側諸国は、まんまと罠にハマったという感じすらします。
ちなみにですが、TikTokは、もともとはアメリカの「Musical.ly」というアプリをByteDanceが買収したもので、のちのキラーアプリとなるものをみすみす売り渡しちゃってるあたり、政府が関与すべき領域ではないとはいえ、アメリカの弱体化を見る思いがしますね。Zoomのファウンダーも、もともとCisco Webexのエンジニアだったという事実にもどこか似たようなところがあるかもしれません。
──あれ、Zoomって中国の企業でしたっけ?
いえ、アメリカのサンノゼが本拠ですが、開発部隊700人ほどが中国にいることから、中国政府による圧力を懸念する声や批判は出ていますよね。Google、Apple、NASA、SpaceXはZoomも使用を禁止していますし、ニューヨーク市の学校でもそうです。FBIがZoomのセキュリティ問題に関して警告を出したことからも、どれほど米国が、Zoomの背後で中国政府が動いている可能性を危険視しているかがわかります。
──毎日なにかとZoomにはお世話になっちゃってますが、いいんですかね。
今回取り上げる〈Guides〉は、コロナ危機を通じて「世界各国が中国との関係を大慌てで見直さなくてはならなくなっている」状況をレポートしたものですが、〈China’s vision for the post-pandemic world is taking shape〉は、以下のようにこの状況を総括しています。
「中国との関係性を大慌てで再調整する試みが世界中で進行している。多くの政府はどのように製造業を自国に取り戻せるか、あるいはサプライチェーンを友好的な国々に移せるかを検討中だ。米中関係は、もはや後戻りのできない地点を過ぎた。中国が主権を主張する台湾への米国の支援も始まっている。
北京政府の秘密主義と懲罰的システムがローカルな感染症をパンデミックへと変えたという非難を通じて、世界各国が中国への態度を硬化させている状況は、理屈からいえば、共産党にこれまでの外交政策の再考を促すはずのものだ。が、実際は逆のことが起きている。中国政府は好戦的なレトリックをさらに強め、南シナ海の領海権を主張し、ヒマラヤでインド軍と小競り合いを演じ、国家安全法をもって香港を効率的に管理下に置いた。
端的に言うなら、中国はコロナ危機を無駄にするつもりはない。彼らは今年起きたあらゆる出来事は、世界に新秩序を打ち立てる道のりにおける避けては通れない通過点と考えている。
『2008年の金融危機、2011年のユーロ危機、そしてコロナウィルスのパンデミックを通じて、中国は新たなナラティブを手に入れつつある。それはアメリカの衰退であり、もっといえば西洋民主主義の衰退である。これらの危機は、その度に覇権をめぐる新たな均衡を生み出し、それはことごとく中国のシステムに有利に働いてきた』。パリのシンクタンクのアジア担当のシニアアドバイザーは語る。
ミネソタで起きた警官によるジョージ・フロイド殺害によって巻き起こった暴動は、アメリカ社会の困難をさらけだし、アメリカが衰退しているという中国のナラティブを一層強化している」
──なるほど……。
というなかで「Japan」は、特集のなかでおそらく1回しか出てこないんですよね。
──蚊帳の外、という感じでしょうか?
というわけでもないですが、言及されているのは中国共産党の英字御用新聞『Global Times』が論説のなかで、中国政府は米国主導の「反・中国戦線」を分断することにもっと注力すべきだとしながら、日本政府に対しては「米中どちらの肩ももつな」と警告を発した、というくだりのみです。
──日本はとにかく黙っておれ、と。
日本は実際かなり難しい舵取りを要求されているんだと思いますが、それでも立場を明確にせざるを得ない状況にはあるようで、香港の国家安全法について言えば、米英豪加の4カ国による中国批判の共同声明に日本も打診をされたが断った、なんていう話も報道されて非難も浴びましたが、中国からのプレッシャーに抗うかたちで、「我々はこの決定を再考するよう強く求める」というG7の共同声明を発表しています。これについては、「対中外交において、ついに一線を超えた」という報道が日本でもされています。
──世界がある意味二分されつつある、ということだと思うんですが、そもそも中国の味方っているんですか?
例えばファーウェイの処遇をめぐる5Gの問題でいえば、中国の味方として知られているのはブラジルとロシアですよね。加えてアフリカ諸国も入りそうですが、〈The Covid-19 pandemic is changing China’s playbook in Africa〉という記事は、中国のアフリカの関係性が、COVID-19以降、かつてほど盤石ではないことを明かしています。
パンデミック以前から、アフリカ諸国の成長には、アフリカ内部での市場の連携といわば「内需」の拡大が必要だという議論がされてきていましたが、その議論がさらに強まっているとされています。アメリカは中国に対するアフリカ諸国への仕打ちは「債務の罠」と呼んで揺さぶりをかけていますが、アフリカ内部でも、とくに杭州でのアフリカ人差別を受けて大きな非難の声があがったことから見てもわかるように、中国への一極集中的な依存を、分散化していく施策もエチオピアなどで講じられていると記事は報じています。
また欧米諸国も、パンデミック後の世界の安定のためには、サハラ以南のアフリカの安定化が、重要事項として改めて認識するようになっているとも書かれています。
──アフリカの取り合いみたいな様相です。
過去のアフリカ援助が、世界のお荷物を救ってやろうというものであったのに対して、現在では、特にヨーロッパ諸国は、アフリカの安定を、自国に直接影響する問題として捉えるようになってきていますし、その一方で、アフリカにビジネスチャンスを見出そうという機運も強まっていますので、かつてのような「搾取の対象」というよりは、自分たちに直接関わりのあるステークホルダーとしてアフリカを位置付けるという方向に変わっていこうとしているようです。もちろん、パンデミックのようなグローバルな問題になりますと、アフリカを放置しておくことは世界的なリスクにもなりますので、医療・保健分野でのアフリカにおける国際協調も、今後増えていくだろうと記事は予測しています。
──なるほど。
話を5Gに戻して、中国の対抗勢力についてお話をしておきますと、この5〜6月にかけて、英国を中心に、10カ国による「5Gクラブ」が形成されまして、これにはG7諸国に加えてオーストラリア、韓国、インドが含まれています。日本はファーウェイを出禁にしていますので、このクラブに入っていますが、瓢箪から駒みたいな話としては、NTTとNECが、アメリカ主導の産業グループ「The Open RAN Policy Coalition」に米国政府から直々に参加を求められたなんていう話もあります。「死んだと思っていた5Gへの希望が蘇った」と『Nikkei Asian Review』は報じていますが、実際、5Gクラブ側でファーウェイの競合として戦えるのはNokiaとEricssonだけだと言いますので、援軍が必要になったということなのではないでしょうか。
──かなり慌てふためいている感じがします。
実際そうみたいです。5Gを国家の重要課題と位置付けてファーウェイを資金面でも税制面でも優遇してきた中国政府の戦略性と比べると、アメリカも英国も5Gを産業政策レベルで重要事項として位置付けてこなかったと『Atlantic Council』の記事は報じています。
加えて、この〈5Gクラブ〉も、強固な一枚岩なのかといえばなかなか微妙なところもあるようで、インドは自国内の5Gの試験運用にファーウェイの参加を許していますし、イタリアも出禁にする意思がないことを表明、韓国はファーウェイのセキュリティリスクは低いと語りアメリカが半導体の輸出制限を行ったことを非難していまして、『Asia Times』は「韓国がファーウェイ戦争においてピボットした」と報じたほどです。さらに、カナダもフランスもドイツもファーウェイを出禁にしていません。
──随分とバラバラですね。
今回の〈Guides〉でとりわけ面白いのはEU諸国と中国の関係を報じた〈Covid-19 is a defining moment in the relationship between Europe and China〉ですが、ここではドイツの産業界がいかに中国と抜き差しならない関係になっているかが明かされています。
──ドイツが、ですか。
はい。中国はユーロ危機に乗じる格好で、ドイツ企業に対して激しく投資をかけまして、ハイエンド工業ロボット製造のKUKAを買収したほか、すでにVovloを傘下に収めている中国の自動車メーカーGeelyが、ダイムラー社の10%近い株式を取得したりと、ドイツの産業の根幹に食い込むことに成功したと言うんです。中国の投資を受けているドイツ企業を列挙した2018年の『ロイター』のレポートが、記事内で紹介されていますが、それを見ると、ちょっと抜き差しならない感じがしてきます。2018年時点の数字ですが、一応ざっと列記しておきますと、こんな感じです。
- PUTZMEISTER(エンジニアリング/買収)
- OSRAM(照明機器/買収)
- MEERWIND(風力発電/買収)
- KUKA(工業ロボット/買収)
- KION(フォークリフト/43%)
- KRAUSMAFFEI(プラスチック加工機器/買収)
- ISTA(エネルギー計測/買収)
- HAUCK & AUFHAEUSER(銀行/買収)
- GRAMMER(自動車部品/25.5%)
- ENERGY FROM WASTE(廃棄物処理/買収)
- BIOTEST(医療/買収)
- DEUTSCHE BANK(銀行/8.8%)
──ヤバいじゃないですか。「インダストリー4.0」のお膝元のドイツで。しかも金融から製薬から再生エネルギーから自動車からロボットまで、これから次世代テクノロジーによって伸びる可能性がある分野ばかり。
この問題を受けて、当然、中国からの投資に対する規制も設けてはいるのですが、それもいまひとつ生煮えでしかないのは、米中の関係が悪くなればなるほど、例えばドイツの自動車は中国でのビジネスチャンスが広がるといった旨味もあったりもするからで、断固たる態度にどうしたって出にくいんですね。記事にはEUの外交政策のチーフのこんな言葉を紹介しています。「中国は競合であり、パートナーであり、同盟であり、またライバルでもある。その複雑な関係性を、ある一面だけで捉えることはできない」。
──抜き差しならない関係ということですよね。
それは実はアメリカも同様で、貿易戦争になっているとはいえ、アメリカはスマホから戦闘機までを製造するにあたって、中国のレアメタルに依存してきましたので、その代替を見出すのに四苦八苦しており、レアアースに関わるプロジェクトに国防総省やペンタゴンが巨額を投じていることを今年の5月に『Foreign Policy』が報じています。
──厄介ですね。
香港や新疆ウイグルなどでの人権侵害についてメルケル首相もトランプ大統領含め、国際社会が、それをいまひとつ厳しく追求できずにいるのは、こうした複雑な関係性が背後に控えているからで、中国政府側はそのことも見越した上で、この間、かなり強硬なやり方で、いたるところで喧嘩を吹っかけていると見られています。トランプが香港問題を批判した際の中国の反応も実に冷ややかなもので、先にも紹介した政府機関紙の『Global Times』は、「香港の暴動者も警察官も『民主的なアメリカ』がミネソタでのカオスにどう対処しているかをよく見ておくべきだ」と皮肉たっぷりに書き、トランプの言を「ダブルスタンダード」と一蹴しています。
──実際、いまのアメリカを見ていると“人権”を盾に中国を非難してもやっぱり説得力ないですよね。それにしても、ここまで見てきますと、なんか世界のすべてが中国の術中に見事にハマってしまっている感は拭えませんね。
冒頭にお話した「Made in China 2025」から「China Standard 2035」へといたる流れを見ていますと、今の状態がいかに周到に練られ、しかもその通りにことが推移しているように見えるのは、ちょっと恐ろしいほどです。「世界の工場」として下請けをやりながら製造業のレベルを向上させ、13億のマーケットを餌に他国のビジネスを囲い込み、それと同時進行で徹底した排外主義のもと自国内でIT産業を開花させ、その技術力をもって、一転、次世代テクノロジーのルールメイカーとして世界を制圧にかかるわけですから、その構想力は凄まじいものだなと思わざるを得ないのですが、それにしても、西側先進諸国の緩慢さと見通しの甘さは、中国政府にしてみたら嬉しい誤算だったかもしれませんよね。
──と言いますと。
また5Gの話になりますが、5Gは実装の段になりますと、これまでの通信技術と比べて、より多くの設備が必要になるものなのですが、それらをひとまとめの「スタック」として開発・生産ができる企業は、実は世界にファーウェイ1社しかないそうなんです。中国政府だけが唯一真剣に実装の青写真を描いていたことの結果がそれだとすると、世界の他の国々は、一体何をそんなにのんびりしていたのかと思いたくもなります。
──たしかに。
しかも次世代テクノロジーということでいえば、IoTやAIにおける規格争いなどが続々と待ち受けているわけですが、それらの分野においても、すでに研究レベルでも、あるいは実地での経験値の量でも、中国は世界に先んじているわけですよね。もちろん、中国は政府からのトップダウンで、人権や個人情報保護といった論点を無視するかたちで実装できてしまうのだからズルいじゃないか、と話はあるとは思いますが、とはいえ、これらの次なる分野において、「結局、それを実装できるのが中国企業しかない」ということになれば、みながそれに従うしかなくなるわけですよね。「China Standard 2035」では、そうした切り札を、続々と切っていくことになるんでしょうけど、5Gにおいてですら西側はこれだけの撤退戦を強いられているわけですから、それに次ぐ領域で、西側が、中国を出し抜ける分野があるのかと考えると、相当苦しいんじゃないかと思わざるを得ませんよね。
──そういえばコロナ下の4月には、デジタル人民元の実証実験なんかもスタートしていました。
自分自身もそうなんですが、きっと西側諸国の多くでも、中国のテクノロジーをどこかで侮っていたところがあったんじゃないかと思うんです。自分は、それこそアリペイの仕組みを知ったときに──って、お恥ずかしながら2年前のことなんですが──ほんとうに衝撃を受けまして、その衝撃というのは、技術そのものというよりも、いかに彼らがエレガントにデジタルテクノロジーの特性を活かしているかというところにあって、そこで感じたのは、彼らがいかに詳細にGAFAのやり口を研究した上で、それとは違うやり方でビジネスを開発しているかということだったんです。それは、昨年上海と深圳を訪れた際にも感じたことなのですが、デジタルテクノロジーのネイチャーを、もしかするとシリコンバレーよりもよく知っているんじゃないかとさえ感じました。
──そうですか。
台湾のオードリー・タンさんがコロナ下で主導したデジタルソリューションは、それはそれで非常にエレガントなものだったと思いますが、中国でWeChatにすぐさま実装された感染追跡機能だったり、遠隔問診や遠隔授業のシステムや地下鉄のQRコードを用いた乗車登録の仕組み、さらにはロックダウン後も、感染可能性のある人とそうでない人とを分類するシステムなどは、たしかに管理主義的側面の強いものではあるのですが、極めて理に叶ったシステムであることは間違いないと思うんです。いわゆる「アフターデジタル」の世界の新しい原理を、なぜか中国人が一番すんなり身につけてしまっているという事実を、もはやあまり侮らないほうがいいと思いますし、むしろ積極的に学んだほうがいいと思うんです。
──TikTokが化けたのも、結局中国においてですしね。
英国の政府系イノベーションラボのNestaは、この5月に中国のAI戦略に関する詳細なレポートを発表し、その序文で、中国のやっていることをすべて「全体主義」「監視国家」と片付けてしまうのではなく、そこから学べることは学ぶべきだと書いていますし、このNestaのレポートを紹介した『The Conversation』という英国のオピニオンメディアの記事は、読者にこう忠告しています。
「中国を”悪者”扱いするのは、物事を単純化しすぎているばかりでなく、結果高くつくことになる。中国政府のAIの使い方には、疑いようもなく危惧すべき側面もあり、それは正しく批判されるべきだが、それが中国のAIイノベーションに関する理解のすべてを覆ってしまうべきではない。
世界は、もっと本格的に中国のAI開発にエンゲージすべきで、ほんとうに何が起きているのかをもっと詳細に見なくてはならない。中国に関する物語は複雑だ。わたしたちは、一般化された悪者論に抗って、中国がもたらしている有用なAI利用にもっと光をあて、同時に問題の多い利用について、さらに注意深くならなくてはならない」
──中国に学べ、と言うと、しかし、それだけであちこちから矢が飛んできそうです。
Nestaのレポートを読むと、でも、たしかに勉強になりそうだ、ということはたくさんあるんですよね。「イノベーションエコシステムの創出」なんていう話は、日本でも政府が躍起になって進めながらなかなか実を結ばずにいますが、レポートには「中国の地方行政府が主導するクロスセクターパートナーシップによるローカルなイノベーションエコシステム創出のやり方には、英国の政策立案者にとっても有用な学びがある」なんて書いてあるんです。英国のシンクタンクが有用だって言ってるんですから、それにはせめて耳を傾けてもいいんじゃないでしょうか。
今回の〈Guides〉が示唆しているのは、コロナ後の世界というのは中国の覇権がさらに強まった世界でありうるということで、「ニューノーマル」というのは、なんのことはない、「中国による新世界秩序」のことかもしれないということだと思うんです。そうやって見てみると、コロナ禍で起きているあらゆることの中心には中国がいると言えなくもないように思います。コロナのトンネルを抜けたらそこは中国だったということに、トンネルを抜けてようやく気づいたでは、いくらなんでも間抜けですよね。
──そういえば、東京オリンピックの話も、2022年の北京冬季五輪とセットになってきていますから、たしかにあらゆる論点に、中国は絡んできますね。
そうでした。冬季五輪は2022年の2月ですから、来年の東京と半年強の時間差しかないんですよね。そこに中国が絡んでくるとなると、日本の駆け引きの仕方も当然、変わってくるでしょうし、これもまた難しい舵取りでしょうね。
──どうなっちゃうんでしょう。
さあ、まったくわかりません(笑)。
──にしても、今回は、長かったですね。
すみません。最後に、もうひとつだけ。これは香港のメディア『Inkstone』で読んだことですが、中国は1839年の阿片戦争から、1949年の中華人民共和国建国までの110年、つまり日本を含む列強に小突き回されてきた屈辱の歳月を「百年国恥」という言葉をもって、いまなお言い表しているというんです。かつ、その恥辱を晴らすことが根強いモチベーションになっているとも言います。
世界がいよいよ本格的にデジタルトランスフォーメーションを行うなか、来たるべき新世界の盟主として返り咲こうという野望は、そうと知れば単なる権力欲ではなく、むしろ心情的なリベンジであり、悲願でもあるのかもしれません。アメリカが世界の盟主の立場から自ら撤退、脱落しつつあるなか、世界でただひとり中国だけが、その立場を奪いにいっているわけですが、その本気度を過小評価してはいけないんだろうな、とも思います。
──「百年国恥」ってすごいですね。
その記憶が、現政権の政策にも色濃く大きな影響を与えているといいますから、200年前に始まった歴史の因果のなかに、わたしたちの社会とその未来が放り込まれているということを認識しておいたほうがいいのがしれません。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともホストを務めるポッドキャスト「こんにちは未来」のエピソードをまとめた書籍が8月5日に発売。オードリー・タンにもインタビューを行っている。
✍️若林恵さんによる本連載は、毎週末お届けしています。Quartz Japanメンバーには、過去の配信記事もご希望に応じてお送りしています。下記フッター内のメールアドレス宛てにお問い合わせください。
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