Startup:熱狂的「信者」を生むノートアプリ

Startup:熱狂的「信者」を生むノートアプリ

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Monday: Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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前回まで特集した「世界の起業家登竜門」のY Combinator。これに過去5回連続で落ちたある企業が、9月に発表した初回の資金調達で2億ドル(約210億円)という異次元の高評価額がつけられ、世間が驚愕しました。

この企業は、一部で話題になりつつあったRoam Research(ロームリサーチ)です。最近流行りの「メモ作成ツール」の一種に見えますが、実態は知的活動をデジタルに支援する「第二の脳」です。今、このサービスの虜になるユーザーが自然増殖し、一種のカルト的な現象をも起こしています。

今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、メモの常識を覆す、Roam Researchを取り上げます。

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Image: ROAM RESEARCH

Roam Research
・創業:2017年
・創業者:Conor White-Sullivan
・調達額:900万ドル(約9億5,000万円)
・事業内容:メモ作成ツール、アウトライナー

EXPAND YOUR THINKING

思考を「拡張」する

「Roam Research」(以下Roam)と、「Evernote」や「Notion」などの他社サービスとの違いは、情報の編成方法にあります。先行ツールのほとんどは、フォルダ(大項目)の下に各ノートが格納される、ツリーのような階層構造で情報が整理されます。

しかしながら、あとから見返して役に立つように階層構造を意識しながらノートを整理し続けるのはなかなか骨が折れるものです。大抵は雑多にノートがどんどん溜まっていって、振り返りたいときはキーワードで検索して記憶を辿る、というケースがほとんどではないでしょうか。

一方、Roamの構造はフラットでシンプルです。

立ち上げると、デイリーノートという、あらかじめ日付がついた日記のようなページが出てきます。その日に読んだ記事、取り組んでいること、考えていること、会った人との会話など、ジャンルにかかわらず、毎日書き連ねていくのですが、どこのフォルダに入れるだとか、ノートのタイトルだとか、そういったことを考える必要はまったくありません。

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Image: ROAM RESEARCH

あるとき、特定のテーマが気になってリサーチし、その内容をまとめておきたいとしましょう。Roamなら、毎日書いていたノートからリンクを貼って、そのテーマに関連したまとめノートを簡単につくることができます。

さらに、そのテーマ中にさらに気になる別のテーマが出てくれば、またそこからリンクを貼って別のノートをつくれます。お互いを参照し合うことで、これらを行ったり来たりできます。これが「双方向リンク」と呼ばれるRoam最大の特徴です。

この拡張は無限に続き、蜘蛛の巣のように広がって、あたかも脳内のシナプスのように情報と情報が結びつきます。階層構造ではなく水平的に、点と点を繋げてアイデアを促進する。Roamが「ネットワーク化された思考のためのツール」といわれる所以です。

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Image: ROAM RESEARCH

後日、同じテーマでリンクを作成すると、過去に作ったノートが自動で参照されます。同じテーマの内容はひとつのノートにまとめられ、過去をベースに思考が拡張します。この過程は、エンジニアのソフトウェア開発における「バージョンアップ」の思想と似ています。

同じメモアプリとして比較されるNotionですが、全く別のツールです。Notionは美しいデザインで、テンプレートも豊富なため、チームで共有し、誰かに何かを伝えるには適しています。一方のRoamは自分のための思考のツールで、知的活動をデジタルに支援する「第二の脳」と言えます。

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Image: ROAM RESEARCH

Roamは昨年10月に限定公開されて以降、口コミでユーザーが毎月倍増しています。YouTubeに使い方動画が沢山アップされ、カリスマユーザーによる有料のオンライン講座も登場しています。

信者は“Roamer”と呼ばれ、SNSで「#Roamcult」「#Roam部」などで検索するとその熱狂ぶりが伝わってきます。

FOR KNOWLEDGE ATHLETES

「月15ドル」の意味

この革新的ツールを世に送り出した創業者のConor White-Sullivan(コナー・ホワイトサリバン)とは、一体どんな人物なのでしょうか。

Roamでようやく陽の目をみた連続起業家のコナーも、その道のりは決して平坦ではありませんでした。

2008年に行政に関するアイデアを市民に募るプラットフォーム(「Localocracy」)で創業しましたが、うまくいかず2011年に売却。当時から、人々の思考に興味があったコナーは「読書をしても99%内容は忘れる」「メモを取ってもあとで見返したことがない」現状に、「どうやれば過去から現在に情報を関連付け、思考を拡張できるのか」という問いから、Roamの着想を得ます。

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Image: REBECCA CABAGE/INVISION/AP

3度目の起業となるRoam設立は2017年ですが、最初のプロダクトが出るまで実に2年半。この間、有名アクセラレーターに申し込むも5度も落選。「メモアプリなら、Evernoteがあるじゃないか」と投資家には相手にされず、苦労の連続でした。家賃を抑えるため、バン(クルマ)をオフィスがわりに使っていたこともあります。

Roamについての否定的なコメントの一つが、「月15ドルの利用料が高い」という点ですが、実はこれはよく練られたRoamの戦略であり、思想なのです。

とっかかりとしては楽に使えるRoamですが、実はかなり奥が深く、フルに使いこなすには一定の訓練が必要です。彼らは巨額のマーケティング費をかけて万人にウケることを狙うのでなく、「知的アスリート」と彼らが呼ぶ、先端的な知識人にまず使ってもらうことを狙っています。

最初は少数の影響力のある人しか届かない存在にし、やがて憧れる一般大衆に伝播する。これはコナーが言うところの「テスラ流」で、価格もあえて敷居を上げることで、ブランド化を狙う戦略です。

そして、資金調達に苦労した歴史から、投資家ではなく、ファンであるユーザーからの課金によって資金を賄うことを志向しています。おかげで、社員はたった11人ながら、すでに黒字です。

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Image: ウェビナー中もレッドブルとタバコは欠かせない VIA YOUTUBE/Tiago Forte

コナーは、自らのプロダクトを「エクセル」に例えています。世界に7.5億人ものユーザーを抱えるエクセルは、簡単なリストをつくりたい初心者にもすぐ使える一方で、複雑な関数を使ったシミュレーションなど、熟練ユーザーのニーズも満たす奥の深さです。Roamの未来に「テキスト版のエクセルになる」を掲げています。

コナーはボサボサの髪に、チェーンスモーカーで、レッドブルをこよなく愛し、いつも同じ青のチェック柄の服で、話せば超早口です。#Roamcultの教祖にふさわしい雰囲気ですが、その背中には長年の苦労が刻まれています。

CHANGING FINANCE

排除されるVC

そしてRoamでもう1つ注目なのが、9月に発表されたファイナンスです。シードラウンドで、バリュエーションがいきなり2億ドル(約210億円)、調達金額がたった900万ドル(約9.5億円)という、異例の条件。そして著名起業家など個人がリードし、VCの関与は限定的でした。

これはスタートアップ環境の変質を2つの意味で示していると言えます。

1つは、「ユニコーン現象の揺り戻し」ともいえる、大型ファイナンスが不要なビジネスモデルへの進化です。Roamのように、ユーザーコミュニティを中心に口コミで広がっていくプロダクトに、大した資金は必要ありません。大々的なカネのバラマキでユーザーを掻き集める手法から、本質的なプロダクトの価値でユーザーを惹きつける、あるべき姿への回帰が始まっています。

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Image: REUTERS/KIERAN DOHERTY

そしてもう1つは、投資家側の変質です。この資金調達額では、取得できる持ち分比率が小さすぎて、普通のVCはこの条件では投資できませんが、個人なら柔軟に意思決定できます。影響力のある個人が資金力を備え存在感が増す「ソロ・キャピタリスト」現象のあらわれともいえます。

「倹約な優良ベンチャーが増えるほど、VCにとって投資機会が減る」という逆説的な示唆。Roamはまだアプリが無かったり、他人とノートの共有がしづらかったりと進化が期待されますが、それとともに、水面下で進行するVC業界のトレンド変化も、要注目です。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. Superhumanが学割プラン開始。打倒Gmailを目論む、電子メールスタートアップのSuperhumanは月額30ドル(約3,200円)の料金プランに加え、学生と教職員向けに月額10ドル(1,000円)の割引プランの提供を始めます。対象は、大学生、大学院生、教職員で学校が発行したメールアドレスを持っているユーザー。謎の多いことで知られるSuperhumanについてはニュースレターの過去配信分「熱狂を創る“超人的サービス”」で詳しく触れています。
  2. Amazon支援の食品デリバリーDeliverooに上場の噂。2013年に創業したDeliverooは、Uber EatsやJust Eat Takeawayと並ぶ、英国の主要な食品デリバリー企業の1つ。同社の食品デリバリー事業の売上高は2018年に72%伸び、年間4億7,600万ポンド(6億700万ドル)に達したと報告しています。なお、今回の会談は非公開なもので、アドバイザーを集めIPOを検討する予備的な協議を始めたのみとされており、最終的な判断は行われていないそうです。
  3. NASAは宇宙トイレを打ち上げる。民間の国際宇宙ステーションへの物資補給を目的とした無人宇宙補給機(ノースロップグラマン社のNG-14)は9月29日、実験に関わる物品やエスティローダーのスキンケア用品など、大量の物資を国際宇宙ステーションに運ぶためバージニア州ワロップス島から打ち上げられます。積荷には、2,300万ドル(約24億3,000万円)相当の新しい宇宙用トイレも含まれています。
  4. シリコンバレーのCEOがキレやすいサイコパスである理由。ロシア版Amazonとして知られるOzon創業者MaëlleGavet(マエル・ガヴェ)の新著では、2019年末に取締役を辞任したUber創業者のTravis Kalanick(トラビス・カラニック)はじめ、テックジャイアントの幹部たちの“サイコパス”ぶりが検証されています。仮眠ポッドや無料マッサージ、ホテルのコンシェルジュサービスなど、一見充実した職場環境が生活圏と地続きになることで、「(子宮や繭のような)狭い環境で保護されて、何から何まで母親に世話を焼いてもらう男性が顕在化」し、幼児文化がまかり通り、最終的には深刻な「共感の欠如」をもたらす。この“病い”が起業まもない時期に定着すれば、その後の軌道修正は難しいそうです…。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)


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