New Normal:テレビCMは「死なない」

Friday: New Normal

新しい「あたりまえ」

毎週金曜日の夕方のニュースレター「Deep Dive」では、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。今日は、「テレビ広告のこれから」をテーマにお届け。あらゆるコンテンツの視聴体験がデジタルシフトしている今、テレビCMは、どのように生き残っていくことができるのでしょうか?

ELIO MOAVERO FOR QUARTZ
ELIO MOAVERO FOR QUARTZ
Image: ELIO MOAVERO FOR QUARTZ

広告はこれまで、テレビにとって非常に重要な存在でした。1948年にオンエアが始まった『テキサコ・スターシアター』のように、スポンサーの名前「Texaco(テキサコ)」を冠した番組もあったほどです。

広告は、いまだにテレビ業界の生命線です。1940年代以来、広告主は、視聴者の前に「メッセージ」を置くことと引き換えに、テレビネットワークの財源を満たしてきました。

また、長きにわたり、テレビにとっては、視聴率が、ネットワークが広告主にどのようなタイプのユーザーが見ていたのかを伝えることができる唯一の方法でした。映画製作や通信技術は20世紀前半に比べれば根本的に変わってきました。しかし、15〜30秒というCMの形式はそのままで、テレビでコンテンツを見るという体験は変わっていません。

nightmare for advertisers

増える選択肢

歴史的に見て、これまでテレビには競合となる媒体はありませんでした。

しかし今、新しい変化のステップに立たされています。消費者がさまざまなメディアから選べるようになったため、ネットワークはテレビ広告のビジネスがどのように成り立つのか、考えなければりません。Netflixのような広告のないストリーミングサービスやYouTubeのようなウェブベースのサービス、ビデオゲームやその他のプラットフォームなどに対応せざるを得なくなっているのです。

また、この20年でインターネットが普及し、ウェブ検索やソーシャルメディア向けの広告も登場しました。消費者は今やどこにでもいるので、広告主はリーチするための最善の方法を把握するのに苦労しています。

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業界の変貌を物語るのは『サタデー・ナイト・ライヴ(SNL)』です。“ライヴ”という名の示す通り、1975年にテレビで生中継を見るエンタテインメントとして企画されました。広告主は、視聴者との結びつき方を正確に把握した上で、そのシンプルな構成を気に入っていました。

しかし、今はテレビだけがその視聴方法ではありません。

NBCユニバーサルのデータによると、現在、SNLの視聴者の60%近くはデジタルプラットフォームからです。つまり、ほとんどのファンは番組をそのまま見ているのではなく、映像を切り取って見ているということです。

デジタルでの視聴も、全く異なる方法で消費されています。約70%は依然としてテレビで視聴していますが、スマートフォン、タブレット、パソコンで視聴する人が増えています。

より多くのオプションがあることは、消費者にとっては素晴らしいこと。しかし、各メディアにどれだけの費用をかけるか、プラットフォームによって伝えるメッセージがどのように変化するかを考察する広告主にとっては悪夢のようなものです。

CORONAVIRUS PANDEMIC

コロナで広告費は減少

新型コロナウイルスのパンデミックによって、デジタル消費へのシフトは加速しています

パンデミックはあらゆる業界に大きな打撃を与えていますが、消費者向け企業がマーケティングから手を引くなかで、広告は特に影響を受けています。

The New York Times』は、米国における広告費は今年25%減少し、少なくとも2023年まで回復しないだろうとレポート。世界の広告費は、今年は約9%の減少が予想されています。その結果、メディア企業の広告収入は、Diseny、WarnerMedia、ViacomCBSのようなコングロマリットを含め、全体的にダウンしています。eMarketerによると、Googleの広告収入でさえ今年は5%の減少となり、2008年以来初の減少となりました。

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メディアが細分化し、パンデミックで所得が減少した消費者は、数あるエンタテインメントのなかからどれがお金を払い続ける価値があるのかを見直さざるを得なくなるでしょう。

専門家は、このパンデミックによって、高額なケーブルテレビネットワークから、ストリーミングやより安価な広告付きサービスなどのデジタルオプションへのシフトがさらに加速するだろうと考察しています。

PEOPLE STILL HATE ADS

広告は嫌われる

「広告が好きだと公言する人はいない」と、WarnerMediaの広告イノベーション部門の責任者であるダン・アバーサノ(Dan Aversano)は言います。

全世界の消費者を対象にした調査では、テレビを含むほとんどのプラットフォームでの広告体験を強く嫌っていることが分かっています。

今日、消費するメディアの数が多いため、以前よりも多くのCMを目にするようになっています。

また、視聴者は、これまで以上に広告を見ることに時間を費やしています。米国のテレビネットワークの人気番組の多くは、過去10年間で“短く”なっていますが、その原因は、広告の時間が放送時間の大部分を占めているためです。

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FEWER PEOPLE ARE SEEING THEM

コード・カッティング

最近のトレンドとして、テレビ視聴者の多くが高額なケーブルテレビや衛星放送の受信料パッケージを捨ててストリーミングに流れるという「コード・カッティング」(cord-cutting)が、よく知られています。

実際、リニアテレビ(従来型のテレビ放送)が残っているのは、生中継のスポーツ番組の存在があるからこそ。スポーツ番組は、広告主が一度に大量の視聴者に自分たちのメッセージを伝えることができる、唯一の最高なプラットフォームであることに変わりはありません。

パンデミックのあいだ、広告主は、スポーツ番組が中断したことによる業績の悪化を目の当たりにしました。

すべての主要なテレビプロバイダからは、加入者の解約が続いています。たとえば、情報通信・メディアコングロマリットのAT&Tは、2020年の第2四半期だけで100万人近くのテレビ加入者を失ったといいます。なお、同社の全体的な加入者は、2018年の2,400万人から現在の1,700万人へと、過去2年間で30%近くも減少しています。

米国全体では、2015年以降、2,000万の家庭がテレビプロバイダを解約し、調査会社MoffettNathansonは、今後4年間でさらに2,700万件の解約が増加する予測しています。

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The data revolution

データの活用

新しいテレビ広告体験を提供するために必要となるのが、「データの活用」です。

テレビネットワークは、視聴者が誰で、何を望んでいるのかを知りたいと考えています。これは、GoogleやFacebook、Amazon、その他のデジタルプラットフォームには何年も前から存在していましたが、テレビにとってはまだ比較的新しい概念です。

位置情報、モバイル、アプリの利用状況、クレジットカードのデータ、その他消費者の行動に関する情報があれば、テレビネットワークや広告主は、どのような人が広告を見ているのかを把握できるだけでなく、ビジネスの目標を広告露出に結びつけることができるようになります。

データの入手方法は日々、変化しています。先日、Nielesenはバーやオフィスなどの公共スペースで行われるテレビの視聴を視聴率レポートに含めることを発表しました。これは、バーで放映されているスポーツのようなライブイベントの視聴率を追跡するために特に重要になります。

また、データ活用は、テレビ広告を民主化することにもつながります(誰でもテレビ広告が使えるようになる)。一般的に、米国および世界のテレビCMは、世界の主要なブランドによって支配されています。しかし、優れたデータ活用は、中小企業が自分たちのニーズに合わせてテレビ広告キャンペーンをうまく活用できることを意味します。

米NBCユニバーサルは最近、「CFlight」という独自の測定システムを導入しました。これは、同社のリニアテレビとデジタルプラットフォーム全体の広告インプレッションをカウントして、集計指標を作成するもの。他の企業も同様のクロスプラットフォーム計測の技術を開発していますが、まだ広く採用されていません。

Ads will actually be relevant

テレビ史上最大の変化

より優れたデータとより正確な測定に加えて、「アドレサビリティ( addressabity)」、つまりターゲットを絞ったテレビ広告も可能になります。

たとえば、あなたとあなたの隣人が同じ時間に同じ生放送番組を見ていると想像してみてください。最初のCMのタイミングで、あなたはAppleの広告を、隣人はSamsungの広告を見るかもしれません。あなたが独身であればデートアプリの広告が出るし、隣人が既婚者で最近子どもが生まれたら、おむつの広告を見ることもあるでしょう。

不気味だと思うかもしれませんが、ターゲティングは広告主たちにより大きな売上げをもたらします。テレビの強みは、広く消費者にリーチできることですが、広告主はFacebook上でできるような視聴者をよりターゲティングしたオプションを望んでいるのです。

前出のWarnerMediaのアバーサノは「アドレサビリティはおそらく、過去70年間の伝統的な広告エコシステムにおける、最大の変化のひとつだ」と、コメントしています。

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アバーサノは、アドレサビリティはまだテスト段階ではあるものの、広告主の投資は年々増加しており、2020年には30億ドル(約3,160億円)以上になると説明しています。また、同氏は、2021年にはアドレサブル広告の規模が拡大し始め、2022年には「実際にビジネスになる」と予想しています。

ケーブルボックスやスマートテレビを使うたびに、これらのデバイスは情報を記録します。その情報によって、視聴者にキュレーションされた広告体験を提供することができます。

しかし、アドレサブルTVをデフォルトとして使うには、いくつかの障害があります。

第一に、コストがかかります。広告主は、特定の世帯のために広告をキュレーションできるようにするデータの種類へのアクセスのために使用されているよりも多くのお金を支払わなければなりません。

第二に、必然的にプライバシーの懸念につながります。ネットワーク側が、消費者の同意がもともとない情報を使用していないと話していても、彼らがテレビで広告を見ている際に自身の行動に関連性の高いものであれば、不審に思うかもしれません。アドレサビリティに関わるアドテク企業の中には、すでに米国の規制当局の目に留まっているものもあり、この手法が普及すればするほど精査の目は厳しくなっていくでしょう。

Fewer ads

どうぞ広告は少なめに

アドレサビリティは、広告がより関連性の高いものになりますが、広告自体が減っているわけではありません。『Quartz』が話を聞いたすべてのテレビ局幹部が、リニアテレビにおけるそもそもの広告ボリュームを減らす必要があると述べています。というのも、全コンテンツのうち広告に平均15分を使うという伝統が常態化しているからです。

5年前、米国の全国放送のテレビCMは15秒間と30秒間のものが半々だったといいます。今日では、より多くのブランドを詰め込むために、広告の70%が15秒間のものになっています。テレビCMは増えても、広告を見る時間自体は減っていないのです。

消費者が煩わしいと感じる広告の数や時間を減らしたり、広告主をより目立たせるため、2018年、NBCユニバーサルは「Prime Pod(プライムポッド)」を導入しました。60秒間の新しい広告枠で、1社か2社の広告主のみのCMを、NBCのゴールデンタイムの番組の最初と最後に流す仕組みです。その前後に他のブランドのCMが流れることはありません。

NBCユニバーサルが展開する動画サービス「Peacock(ピーコック)」のようなプラットフォームでは、CMが流れる時間はずっと短くなっていますし(プランにより広告の有無を選べる)、何より、そうである必要があります。

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Peacockのようなサービスを使うことによる消費者の大きな魅力は、従来のテレビよりもユーザーフレンドリーな広告体験を提供していることです。そして、Netflixのような完全に広告のないサービスに対抗するためには、広告体験が扱いにくいものであってはならないのです。

Peacockでは、プラットフォーム上で視聴するテレビの1時間ごとに5分を超える広告が表示されません。WarnerMediaが展開している動画配信サービス「HBO Max」から来年発売予定の広告サポート版は、これに追随することになるだろう、とアバーサノは予測しています。

Less annoying ads

煩わしい広告を減らす

このような流れから、将来的にはCMは少なくなり、目にするのはもっと関連性のあるものになるでしょう。しかし、それらが「宣伝」であることに変わりはありません。今後はネットワークや広告主ではなく、視聴者自身がいつ、どのようにCMを見るかを決めることができるようになるでしょう。

NBCユニバーサル、Disney、WarnerMediaはそれぞれ、新しい「広告フォーマット」といえる革新的な動画広告を展開しようとしています。

これら3つの企業が実験しているフォーマットが、「Pause Ad(一時停止広告)」です。これは、動画を一時停止すると、一時停止を解除するまでスポンサー付きのオーバーレイが画面に表示されるものです。

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Disneyのジェレミー・ヘルファンド(Jeremy Helfand)は、Huluの広告プラットフォーム部門の責任者としてこのコンセプトの導入を支援してきましたが、Huluのユーザーは、月に10億回も動画を一時停止していると述べています。

「わたしたちはビジネスにおいて、非伝統的なフォーマットが増えるという事実に賭けています」とヘルファンドは語っています。PeacockもPause Adも採用していますが、WarnerMediaの広告部門ザンダー(Xandr)は、この一時停止広告に望みをかけています

HuluとPeacockが使用するもうひとつの新しい形式なのが、「Binge Ad(ビンジ広告)」。これは独占的なスポンサーシップで、3回連続で視聴した後、広告のないエピソードを「報酬」として視聴者に提供するものです。Pause AdとBinge Adともに、画面上に表示されるショッピング可能なQRコードを発行やセカンドスクリーンとの連動など、よりインタラクティブな形式の広告も開発しています。

リニアテレビでもこういった新しいコンセプトの広告を導入することはできますが、インフラの関係上、より限定的なものになります。これからは、より革新的で押し付けがましくないかたちの広告が増えていくでしょう。

The Great Convergence

広告はひとつになる

Disneyは、リニアプラットフォームとデジタルプラットフォーム両方に広告主が1回の広告出稿ができるシステム「Disney Hulu XP」をまもなく開始する予定です。

NBCユニバーサルは今年初め、同様の製品「OnePlatform」をリリースし、広告主が同社の膨大なチャンネルとプラットフォーム全体ですべての視聴者にアクセスできることを約束しています。これは、デジタル化を進めることで、マーケターに包括的に考えることを求めるアイデアでもあります。

広告の世界が融合することで、テレビの概念も変わっていき、今後はテレビの体験かデジタルの体験かを区別することはなくなっていきます。「すべてが“テレビ”であり、わたしたちもそう呼ぶことになるでしょう」と、ヘルファンドはコメントしています。


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今週の注目ニュース4選

  1. 野生動物を保護するために。フランス環境相のバルバラ・ポンピリ(Barbara Pompili)は、「野生動物に対する姿勢が変化した」と話し、国内のミンク農場の他、移動式サーカスでの野生動物の使用、水族館でのイルカとシャチの繁殖を段階的に禁止すると発表しました
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