Startup:セコイアが「土下座」 次のフィンテック覇者

Startup:セコイアが「土下座」 次のフィンテック覇者

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Monday: Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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決済という巨大市場に君臨するStripe(ストライプ)。4兆円という評価額は、オンライン決済市場がいかに巨大で、魅力的な市場であるか物語っています。

最近、このStripeの地位を脅かしかねない、急成長中のあるスタートアップが注目されています。根底には、フィンテック業界で進む、大きな構造変化があります。

今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、「全ての企業を決済企業に変える」Finixを取り上げます。

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Image: COURTESY OF FINIX

Finix
・創業:2015年
・創業者:Richie Serna, Sean Donovan
・調達額:9,600万ドル(約101億円)
・事業内容:決済インフラの提供

TURNING INTO A PAYMENT VOMPANY

誰もが、決済企業に

ウェブサービスに決済を組み込みたければ、StripeやSquareのような外部の決済サービス企業(ペイメント・ファシリテーター)を使うのが通常です。簡単に実装できて、複雑な決済プロセスを丸投げできますが、決済額の3〜5%の手数料は売上が伸びるにつれ、膨れ上がります。

かといって、決済をいちから自社開発するのは大変です。各クレジットカード会社との契約、安全なシステム構築、取引ごとの認証や入金など、開発だけでなく運用も複雑です。決済システムを自社開発しているAirbnbは決済だけで110人、Uberは300人のエンジニアを抱えているそうです。

Finixは、決済を内製化したい企業に、必要なインフラを外部から提供する企業です。いわば「あなたの会社も決済企業(ペイメントファシリテーター)になれますよ」を叶える会社です。月額課金で、数日の準備期間で、決済環境を構築できます。

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Image: COURTESY OF FINIX

突拍子もない話に聞こえるかもしれませんが、先のAirBnBやUberはもとより、いくつかのソフトウェア会社はすでに「決済会社化」しています。ECサイト構築で有名なShopifyは売上の7割が、フィットネスジム予約や顧客管理ツール「Mindbody」も売上の4割が決済手数料で、サブスク売上を凌駕する規模に成長しています。

「決済会社化」によるメリットは、大きく2つあります。

まず、決済手数料が費用から売上に変わる点です。外部の決済会社に支払う費用がなくなり、ShopifyやMindbodyのように、サブスク型のほかに従量課金型の売上を加えることができます。Finix曰く「Payments are Profit(決済は利益だ)」です。

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次に、顧客体験を柔軟に設計できる点です。入金サイクルや分割払いなど、決済メニューを顧客ニーズに応じて自由に設計できます。銀行送金の代わりに「プッシュペイメント」と呼ばれるカード会社の仕組みを使って一瞬で送金できるなど、顧客にも選択肢が広がります。こちらはFinixの言う「Payments are Product(決済もプロダクトの一部だ)」です。

導入には、Finixの「プロフェッショナル・サービス」と呼ばれるコンサル部隊が、決済方針の立案や決済処理事業者との契約まで、丁寧にフォローします。決済を内製化するメリットを感じられる、売上5,000万ドル(52億円)以上の企業にターゲットを絞っています。

顧客は主にSaaS系のソフトウェア企業です。顧客はマーケティングソフトのLigtspeedやフィットネスジム向け管理ソフトのClubEssentialなど100社を超え、決済額は昨年比4倍の急成長をみせています。「全てのソフトウェア企業はペイメント企業になる」を合言葉に、現在約80名の体制で急成長しています。

THE DISAPPEARING “FinTech”

消える、フィンテック

Finixの成長の背景には、フィンテック業界で急速に進む「アズ・ア・サービス化」の流れがあります。

クラウドの登場で、誰でも安価ですぐにWebサービスが立ち上げられるようになったのと同じことが、金融サービスにも起きています。Finixのような金融インフラを提供する企業が生まれ、テック企業が金融をセットで提供する動きが加速しています。

Uberを例に説明してみましょう。Uberはライドシェア企業ですが、ドライバーへの報酬支払い用にカードを提供しています。報酬の受け取りも支払いもその1枚で済み、送金や資産運用などもできます。

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Image: COURTSY OF INNOVATION VILLAGE

Uberはドライバーの勤務状況や収入など、リアルタイムで正確なデータをもっています。Uberアプリは仕事で毎日使うため、日常的な顧客接点もあります。対する銀行は、使徒も不明な入出金データのみ、窓口での接点は月イチ程度という状況です。

では、このドライバーがクルマを買い換えるのにローンを借りる場合を考えてみましょう。いつものアプリで申し込めて、ドライバー報酬に合わせて柔軟な返済プランを組めるUberと、窓口に行って紙の用紙を記入し、多くの書類も求められ何日も待たされる銀行と、どちらを選ぶでしょうか。答えは明らかです。

ドライバーのメインバンク」になれば、Lyftなどライバルにドライバーを奪われず、囲い込めます。ショッピングをUberカードで決済したり、ローンを借りてもらえれば、金融収益が得られます。Uber自身は銀行免許をもたず、外部の銀行インフラを活用してサービスを提供しています。

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Image: AMAZON GO, CREATIVE COMMONS/SOUNDERBRUCE

Teslaが自動車保険を売る、Amazonがローンを提供する、など、この流れが加速すれば「全ての企業がフィンテック企業になる」とともに、フィンテック業界という概念はなくなるかもしれません。Amazon Goが「レジ決済」を消してしまったように、金融サービスが顧客導線の中で無意識に提供され、見えなくなる未来は、もう目の前です。

PROSTRATE SEQUIA

セコイアの「土下座」

Finixについては、もうひとつ面白いエピソードがあります。

メキシコ移民の貧しい家庭に育ったCEO兼共同創業者のRichie Serna(リッチー・セルナ)は、大学を卒業後、コンサルを経てBalancedというスタートアップに参画します。

Balancedは「マーケットプレイス向けの決済」を提供する企業です。マーケットプレイスの事業者に決済インフラを提供していました。巨人ひしめく決済業界で、Stripeなど大手がまだ目を付けていないスキを突いた事業として、著名VCからの調達を行うなど注目を浴びました。

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Image: RICHIE SERNA, VIA TWITTER/RICHIE SERNA

しかし、ほどなくしてStripeがStripe Marketplaceという競合商品で参入。2015年当時、すでに1.9億ドル(200億円)を調達していたStripeに対し、340万ドル(3.6億円)の資金力しかなかったBalancedはあっという間に飲み込まれ、最後は打倒を掲げたStripeに二束三文で売却するという屈辱を受けます。

この時の悔しさを胸に再起を誓ったリッチー。当時の仲間とともにFinixで起業し、急成長を遂げます。そして今年2月、あの最強VCのセコイアキャピタルなどからの資金調達を発表しました。

しかし、その1カ月後、セコイアはFinixへの出資を撤回し、2,100万ドル(約22億円)の出資金は返還せずそのままFinixに差し出すという事態が起きました。理由は不明ですが、セコイアの出資先である宿敵Stripeから、競合企業への出資にクレームが付いたと想像されます。なぜ発表前にStripeに確認していなかったのか謎ですが、それだけFinixへの出資争奪戦が過熱していた証かもしれません。

名門VCの48年の歴史で初めての失態、そしてVC界のトップに君臨するセコイアの「土下座」。しかしFinixがその先に見据えるのは、かつて完膚無きまで叩きのめされた、フィンテック界に君臨する王者Stripeへの1,000倍返しに他なりません。

余談ですが、Finixの社名の由来は、Balancedの失敗から不死鳥のごとく再起する姿にかけて「Fenix(不死鳥)」と名付けようとしたところ、リッチーの母親のアイデアで、Financial(金融)の“I”を付けて、Finixにしたそうです。貧しい環境で移民として苦労しながらも、人一倍息子の教育には熱心だった母親の想いを胸に、Finixが勇敢に羽ばたいていく姿に、胸が熱くなります。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. 「グーグルはこの戦いに負けるだろう」。インドでは、テックの巨人Googleに対抗する策を検討するべく、数十のベンチャーが会合を開いたようです。Googleはインドのスタートアップセクターと協力し投資を増やしてはいるものの、良好な関係とはいえません。インド5億人のスマホユーザーの99%近くがAndroid OS端末を利用しており、過度に制限されていると憤慨する国内企業。会合に参加した地場EC企業の社長は「グーグルはこの戦いに負けるだろう。時間の問題だ」と言います。この件についてGoogleはコメントしていません。
  2. ByteDanceを支える、TikTok姉妹アプリ。「TikTok」姉妹アプリの「Douyin」は、第3四半期に非ゲームアプリとして「YouTube」「Tinder」を抑えて世界1位にランクイン(SensorTowerレポート)。Douyinは中国でのみ入手可能ですが、Bytedanceのアプリの総収益の約85%をもたらし、その存在感を増しています。
  3. Xiaomi、移動販売車を農村に送り込む。世界第4位のスマートフォンベンダーであるXiaomiCorpは、6月四半期にインドのスマホの売上が前年比で50%急落したことを受け、農村部に暮らす消費者へ流通ネットワークを拡大するために、移動式小売店を立ち上げました。Xiaomiによると、インドでのスマホの売上はパンデミック前のレベルの約72%に回復しました。
  4. AsanaとPalantirの上場が示唆するもの。9月30日、ニューヨーク証券取引所でデビューを果たしたPalantir(パランティア)とAsana(アサナ)は、ブランド認知のないエンタープライズ向けテック企業でもうまくダイレクトリスティングができることを証明しました。2018年にSpotifyが、2019年にはSlackが直接上場しています。一部を優先クライアントに事前販売するのではなく、限られた数の株式を直接売りに出すこの手法は、この先のSaaSスタートアップ上場のトレンドを示唆しています。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)


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