Thursday: MILLENNIALS NOW
ミレニアルズの今
今日取り上げるのは、今、Netflixで“話題”のドラマシリーズ『エミリー、パリへ行く』。巻き起こる批判は、ミレニアル世代像に対する認識を誤り、文化の違いを汲み取れなかった、「グローバルコンテンツの失敗例」を象徴しているのかもしれません。
かの有名な「セックス・アンド・ザ・シティ」シリーズの脚本家/エグゼクティブプロデューサーのダーレン・スター(Darren Star)が新たに手がけ、2020年10月2日にNetflixオリジナル作品として全世界へ配信されたばかりの新ドラマ『エミリー、パリに行く』。
世界中の女性たちを虜にしたヒットメーカーの新作で、「パリに引っ越した米国人女性がキラキラした世界で仕事に恋に一生懸命に生きる」という内容に、かつてマロノ・ブラニクで5番街を闊歩したキャリー・ブラッドショーが魅せたような“ドラマ”を期待して観ていた人もいます。
しかし、実際には、まったく違う部分に引っかかりを覚えた人たちが、多くいました。映画批評サイト「Rotten Tomates」での評価(5点満点のうち3.5点以上をつけた人の割合)は62%で、さほど悪いわけではありませんが、とくにフランス人にとって「非現実的」で「アイロニック」な世界観に対しては、さまざまな論評が繰り広げられています。現実的なストーリーを求める彼らにとって、米国のプロダクションが制作したファンタジーを受け入れるのは困難だったようです。
NOT REALISTIC
ユートピアに苛立ち
『エミリー、パリに行く』は、シカゴでマーケティングの仕事に励んでいたエミリー・クーパー(年齢については諸説あり)が思いがけずパリで働くことになったという、誰もが憧れる「海外生活」のストーリー。
リリー・コリンズ(Lily Collins)演じるこのキャラクターの、いったい何が問題となったのでしょうか? 『The Hollywood Reporter』のレビューでは、「現実逃避するには素晴らしい作品」と評していますが、主人公エミリーの幼さに問題があるとしています。
エミリーは、フランスのブランドに「米国人の視点を取り入れよう」と決意し、パリに飛び込みます。しかし、彼女がその文化的無知が弱みとなるとは一度も考えたないことは、浅はかさの現れでしかないというのです。さらには、登場するフランス人がプライド高く描かれており、いかにも典型的なステレオタイプでしかないうえに、彼女自身は「自分には何の問題もない」というスタンスを貫こうとしています。
『Vulture』では、「自分の人間性を考え直さず、その想像力や目的意識が、ブランド戦略を練っているときにしか発揮されない。そんなキャラクターを登場させることは、古さを連想させるだけでなく、主人公のつまらなさを物語っている。観る側にとっては、パリ旅行の幻想を提供するためにだけ存在していて、彼女自身の成長は一切描かれていない」と酷評しています。
Stereotype
古いステレオタイプ
実際にドラマを観た、フランスの文化に精通した人々からのコメントは、かなり辛辣です。
「ベレー帽、クロワッサン、バゲット、敵対的なウェイター、無愛想なコンシェルジュ、恋人と愛人。作品が描いているのは、そんなフランスに対するクリシェだけ」と言うのは、米国出身で14年以上パリに住み、2014年にフランス国籍に帰化したジャーナリスト、リンジー・トラムタ(Lindsey Tramuta)。
『The New Parisienne: The Women and Ideas Shaping Paris』の著者でもあるリンジーは、『20 minutes』に対して、「より多様化している現代を描いてもいいはずなのに、米国のプロダクションがそうした側面をあまりに考慮していないのは衝撃的。社会的にも経済的にも、的外れなドラマ」と述べています。
『The New York Times』では、「パリに移り住み、街の官能的な快楽を(フランス人の恋人とともに)楽しみ、古い習慣(見知らぬ人には決して微笑まない)をマスターする米国人の女性の時代遅れ名物語」と論評。
『VOGUE』では、パリのクリエイティブエージェンシーPictoresqの共同設立者であるステファニー・デルポン(Stéphanie Delpon)のコメントを紹介。「フレンチスタイルとは、呼吸するようなスペースをつくり、美と個性が自然に発散できるようなゾーンを切り開いていくこと。有り体に言えば『エミリーは、わたしのスタイルではない』」
また、『French Grazia』誌の編集長であるマチルド・カートン(Mathilde Carton)は、エミリーが着ている衣服が現実とはあまりにかけ離れていると指摘しています。「ファッションの観点から見ると、明るすぎて、派手すぎ。漫画のようで、一日中着られるほどの汎用性もない」と語っていますが、ドラマとはいえ、たしかに彼女のような姿をした人物は、ファッションウィークの期間でもない限り目にすることはないでしょう。
多くは現実離れしているという評価ですが、ただし、「真実」として受け入れられている部分もあるようです。それは、ファッション業界、おもにラグジュアリー業界についての描写です。
先出のデルポンは『VOGUE』に対し、「ドラマでは、退屈なインスタグラマーといまだ社会的なヒエラルキーに頼ったオールドメディアとのあいだにある、業界内の緊張関係が描かれている」と話します。「わたし自身も、男性のエリート主義者が顧客に幻想を投影し、性差別的な男性の視線ですべてを見て、女性が心から共感できないような億単位のキャンペーンをつくることと戦っているのです」
さらには、米国人であるエミリーが困難に立ち向かい、自分自身のために立ち上がり前進し続ける姿がとてもクールだと称賛する声も。パリジェンヌの多くが内向的で内気で、自信に満ちているわけではないことと比較し、その行動力や熱意は尊敬に値するという声もあります。
同ドラマの脚本を手がけたスターは、「このショーは、パリに行ったことのない米国人の女の子の目を通したラブレター」であると『The Hollywood Reporter』にコメント。「彼女の視点だからこそ、最初に見えているのは決まり文句ばかり。華やかなレンズを通してパリを見るのは悪いことではない。パリは美しい街で、その部分をこそ讃えるショーをやりたかった」と、続けています。
I DON’T SPEAK FRENCH
フランス語を話さない
もうひとつ、このドラマについて議論になっているのは、主人公のエミリーがフランス語を話さず、理解もしないということです。本当に学ぶ気があるどうかすら分からない、というのがより正確かもしれません。
現在でさえ、ヨーロッパには英語が通じない国は多くあります。若年層はかつてより英語を話すようになったので、10年前と比べればいささか状況は変化しているものの、パリにおいても日常生活を送る上でフランス語が必要不可欠な場面は多くあります。だからこそ、仕事となると、言うまでもありません。
劇中でエミリーは、スマートフォンの翻訳アプリを使ってフランス人とコミュニケーションを取ろうとしますが、こうしたシーンが馬鹿げているとまで言うのは、劇場用の衣装を制作するアトリエのオーナー兼ディレクター、キャロライン・ヴァレンティン(Caroline Valentin)。「絶対にうまくいかない」と、『New York Times』に対してコメントしています。
『Huffinton Post』では、記者が自身のパリでの体験談を述べています。「わたしが米国人としてパリに住んでいた約2年間の経験では、米国人が『少しフランス語を話す』と言うとき、それは『わたしは“Bonjour(こんにちは)”の言い方を知っている』程度の意味でしょう。逆に、フランス人にとっては『少なくとも5分間は英語で会話ができる』という意味になります」
とはいえ、フランス人も、英語を頑として話さないことを指摘されても仕方がないかもしれません。
海外留学や語学教育などを展開するEFが調査している世界の英語力別ランキング(100カ国対象)では、1位はオランダ、2位はスウェーデン、3位はノルウェーと続くなか、フランスは31位となっています(ちなみに、日本は53位)。
IS IT TRUE?
ミレニアル世代の幻想
『Vox』では、「このドラマは、怠惰なミレニアル世代の人生を描いた団塊世代によるファンタジー」であると、興味深い見解が論じられています。
同記事で指摘されているのは、ミレニアル世代である主人公が、そのいいところだけをかき集めて描かれているという点(記事は、制作陣がリアルなミレニアル世代と出会ったことがないのだろうと推測)。「(脚本家の)スター自身が、一生懸命働き十分なパフォーマンスをしなければならないというプレッシャーのもとで人生を送ってきた」ので、「時代が変わって便利な世の中になろうが、ミレニアル世代も常に仕事をする必要がある」と考えており、「仕事をしなければ、誰も成功しない」と結論づけているように見えると分析しています。
ダーレン・スターは現在59歳で、「セックス・アンド・ザ・シティ」シリーズが公開されたのは、もう20年も昔の話。ソーシャルメディアなどのツールについてはアップデートできても、現代のパリやミレニアル世代の実像を反映できず、描き慣れた過去の世界観をそのまま引きずってしまっていると言えるのかもしれません。
一方、『The Atlantic』では、「エミリーは、年齢的にはミレニアル世代ではあるが、心配性ではない楽観主義者(ミレニアル世代は心配性だと言われている)。夢の街で夢の仕事をしながら、将来に自信をもっている若い女性が単純に描かれているだけ」とも論評されています。
NEED TO ESCAPE
現実逃避が必要
終わりの見えないパンデミック(撮影はパンデミック前の2019年に終了)と、その影響による経済破綻。米国の未来を左右する大統領選。今直面しているものを挙げるだけでも、米国には問題が山積しています。それらで気を病むよりも、分かりやすく単純な「ユートピア」に触れている方が、ネガティブにならず、大きな安心感を得られるのかもしれません。
対話の多い劇中でも、政治やその他の話題はほとんど話に上がらず、ブリジット・マクロン大統領夫人がジョークの小道具として使われていただけ。このドラマに「最悪なシナリオ」は起きず、まったく破綻はありません。
Netflixから公式コメントはいまだ出されていませんが、シーズン2を期待する声が上がっていることも、また事実。スターは「彼女はもう少し地に足をつけているだろう。なにしろ“そこ”で生活をしているのだから」と、『OprahMag.com』に対して語ってます。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- 突然の契約終了の謎。『The Wall Street Journal』によると、Walmartが、在庫確認のロボットを展開するスタートアップBossa Nova Roboticsとの契約を終了したと報じています。Walmartは今年1月に、ロボットを650カ所に追加導入し、合計1,000カ所に拡大すると発表していました。
- 85年の歴史をもつFriendly’sが、破産申請へ。アイスクリームで有名な東海岸のレストランチェーンであるFriendly’sは、約200万ドル(約2.1億円)でレストラン投資会社 Amici Partners Groupに会社を売却する計画と並行して、破産申請を発表しました。破産手続きを経ても130店舗のほぼすべての店舗が営業を継続する予定だと述べています。
- 音信不通よりもタチが悪いトレンド。恋愛において、せっかくうまくいっていたと思っていた相手が突然姿を消すことを「ghosting」と言いますが、今、それよりも不気味なものがあります。それが、「zombieing(出戻り)」。消えてしまうだけでも人を傷つけるのに、突然、何ごともなかったように相手の人生に入り込んでくるという屈辱を与えるようです。
- DIY系YouTubeはなぜ人気? 世界で5番目に大きいYouTubeチャンネルとして、6,930万人の購読者を抱える「5Minute Crafts」。キプロスのリマソールを拠点にするロシアのTheSoulPublishingが展開している同チャンネルが扱っているのは、全く役に立たないようなライフハックに見えます。ガソリンを入れるボトルからスーツケースをつくったり、ジーンズのポケットをスリッパにしたり、アイスキャンデーのスティックをビーチサンダルにしたり……。その意図は謎に包まれたままです。
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