Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
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Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也さんのナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。今週は、スポーツメディアの変革を示唆するスタートアップを取り上げます。
今年も残すところ10日。年末年始は、箱根駅伝、高校ラグビーなどアマチュアスポーツで盛り上がる時期でもあります。
今年はスポーツ業界にとって苦しい一年でした。無観客試合でチケット収入が激減し、無観客では盛り上がりに欠けるためテレビ視聴も低迷。NBAファイナルの視聴率は昨年比49%も減少しました。一方、スマホでハイライトだけ見られればいいファンが急増し、スナップチャットのNBA配信を見た人は37%も増えたそうです。
コロナで変革を迫られるスポーツ業界。その渦中で、「次世代のスポーツメディアのあり方」を示唆する、NY発の若きスタートアップが注目を集めています。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、アマチュアスポーツから熱狂を生む「オーバータイム(Overtime)」 を取り上げます。
Oevertime
・創業:2016年
・創業者:Dan Porter, Zachary Weiner
・調達総額3,510万ドル(約36億5,000万円)
・事業内容:アマチュア専門のスポーツメディア
WHAT IS OVERTIME?
Overtimeとは
Overtimeはアマチュア専門のスポーツメディアです。YouTubeやInstagramなどにチャンネルを持ち、高校生のバスケやフットボールやサッカーの動画を配信しています。フォロワーは世界中に4,400万人、視聴回数は月に10億回を超えます。いわば高校生アスリート版のESPN(世界最大のスポーツ専門チャネル)です。
10分程度に編集された動画は単なる試合のハイライトではなく、個々のプレイヤーにフィーチャーし、等身大で身近なプレイヤーの素顔が垣間見える内容です。いつもの練習風景から学校での様子、チームメイトとの揉め事や恋愛での悩みなど、普段の日常がストーリー仕立てになっています。
制作を担うのは、世界に散らばった7,000人のアマチュアクリエイターです。高校の対抗戦など地域で行われる試合に密着して撮影し、編集したのちOvertimeのロゴをつけて即座にアップロードします。編集アプリもOvertimeが提供し、使い方も丁寧に指導します。素人がiPhoneで撮影して個人編集したとは思えないクオリティの動画が、世界中から瞬時に集まります。
Overtimeは高校生スポーツの憧れのブランドであり、コミュニティそのものです。マネタイズは、コミュニティにリーチしたいと考えるスポンサーからの広告収入に加えて、Overtimeのロゴの入ったTシャツなどのグッズ販売です。2018年にはeスポーツにも進出し、自ら結成したeスポーツチーム「Overtime Gaming」はFortniteトーナメントの常連で、最近は別の有力チームの買収も行いました。
SPORT AMATEUR CHARM
プロにはない魅力
Overtimeが面白いと思える理由はいくつかあります。
• まず、アマチュアスポーツそのものの魅力です。普通の高校生やサラリーマンなどの等身大のスターが繰り広げる真剣勝負は人間ドラマにあふれています。「エースで4番」など規格外のヒーローも生まれやすく、試合展開も起伏に富んでいます。Netflixでも最近、高校生バスケの実話ドラマ『バスケが全て(Basketball or Nothing)』が人気を博しました。
• 次に、Z世代にとって等身大なプレイヤーへの共感です。セレブなプロ選手のテクニックや華美なライフスタイルも魅力ですが、どこか手の届かない他人事で、別世界です。一方、Overtimeに登場するのは、興味も悩みも自分に近く、親近感の持てるスターです。将来のスーパースターを応援し、育てる感覚もあるでしょう。
• そして、プレイヤー個人にフォーカスしている点です。スポーツに限らず、今やファンはチームではなく、人につきます。昨年のNBAドラフト1位のザイオン・ウィリアムソン(Zion Willaimson)のインスタフォロワー数は500万人ですが、所属チームの公式アカウントは218万人です。
「チーム」よりも、顔が見えてストーリー性のある「個人」に、人はより共感します。試合をライブ中継で3時間見るより、好きなプレイヤーだけ切り取られたハイライト動画をスマホで10分見るので十分なのがZ世代です。スタジアムでも試合を観ないでスマホを覗き込んで選手のインスタをチェックしています。
• さらに、アマチュアスポーツは権利関係が簡素です。放映権ビジネスで巨大になり過ぎたプロスポーツにとって、ネット配信は手が出しにくい領域です。これまでコンテンツとして流通することのなかったアマチュアスポーツなら、しがらみなく自由に事業展開ができます。
• そして、「未来のスーパースター発掘」の可能性です。「地元の隠れた逸材」のプレイ動画は、プロスポーツのスカウトマンにとっては大きな魅力です。プレイ動画のデータ解析によるAIスカウトなど、色々な可能性が考えられます。
THE CHALLENGE OF THE LATER YEARS
50歳からの挑戦
創業者兼CEOのダン・ポーター(Dan Porter)は、一世を風靡したソーシャルお絵かきゲーム「Draw Something」の運営会社OMGPOPを創業して成功した連続起業家です。
地元フィラデルフィアのスポーツチームの応援と音楽に明け暮れた幼少時代。大学卒業後は音楽産業の道に進みますが、OMGPOPの成功の後に、スポーツ業界の幹部が若物離れに悩んでいるのを見て、「スマホ世代に向けた新世代のスポーツメディア」の着想を得ます。
試しにNYの高校生のストリートバスケをインターネット配信したところ、想像を超える反響がありました。ソーシャルメディアを通じてコミュニティを形成し、新しいトレンドを産む若者のエネルギーに共感したダンは、Overtimeを2016年に立ち上げます。
51歳にしての新たな挑戦、タッグを組んだのはかつてスポーツ関連のデジタルメディアで起業し、Forbes誌の「30 UNDER 30」にも選ばれたことのある25歳のザック・ワイナー(Zachy Weiner)です。
親と子ほど年の離れた2人。当初は全米の高校生のバスケの試合にスタッフを派遣して、コンテンツを自作。スタッフにOvertimeのロゴ入りのシャツを着用させ、草の根的にブランドの認知を広めていきました。当初は「アマチュアスポーツにファンがつくわけがない」と懐疑的な投資家も多かったと言います。「単にアプリに広告を打って搔き集めたファンではなく、地道に足で築き上げたコミュニティだ」と胸を張ります。
「ESPNが参入したら?」という問いに「一方的なコンテンツ提供の文化に浸りきった古いメディアに、コミュニティ作りは不可能だ」とダンは言い切ります。かつてゲーム会社の運営で徹底的にユーザーと向き合ったからこその経験が、今のOvertimeの熱狂を作り上げていると言えます。
そして、彼らを支えるVCは、あのアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)のゼネラルパートナーで、先日上場を果たしたAirbnbの2011年のシリーズBをリードし、同社の取締役にも名を連ねたジェフ・ジョーダン(Jeff Jordan)です。
PayPalやOpenTableのCEOを務め、ハリウッドなどエンタメ領域での経験を持つシリコンバレーの重鎮です。61歳ながら、週2回、朝6時45分からベンチャー界のキーパーソンを集めてバスケゲームを主催するほどのスポーツ好きです。Overtimeへの出資について「経験豊かな経営陣による、デジタル時代に相応しいスポーツメディアの再定義に向けた挑戦を、心から誇りに思う」とエールを送ります。
コロナで一気に迫られるスポーツ業界の変革。全米でケーブルテレビ契約者の約9割が「スポーツ中継を見るため」と答えていますが、スポーツ業界の地盤沈下はテレビ業界の凋落をも意味します。そしてOvertimeの可能性はアマチュアスポーツが根強い人気を誇る日本でこそ、試されるべきかもしれません。ダンとザックの挑戦から、今後も目が離せません。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- グーグル社員は毎週PCR検査無料。米グーグルは全米の従業員およそ9万人に、新型コロナウイルスのPCR検査を無料で提供する取り組みを始めました。フルタイムのスタッフとインターンの希望者には、3日以内にバイオアイキュー(BioIQ)社から検査キットが自宅に届き、検体を採取して送り返すと、48時間以内に結果が通知されます。来年から、米国以外の社員にも対象を広げる予定。
- ドローン、DJIのライバルの反応。米国の輸出規制リスト「エンティティ・リスト」に追加された商業用ドローン世界最大手DJIは、この措置に「失望」を表明しました。米国での製品販売は継続する見込みですが、77%のシェアを握るDJIにとっては大きな痛手。米国で勢力を拡大させているドローンメーカーのスカイディオ(Skydio)はこの事態を歓迎する声明を出しています。
- Bumbleが秘密裏に上場準備を進めている。マッチングアプリのバンブル(Bumble)が年明け2月のIPOに向けて準備を進めているようです。バリュエーションは60億〜80億ドル(約8,300億円)を目指し、バレンタインデー頃に上場する予定。同社は2014年にTinderの創設者の1人である女性によって設立。最大の特徴は「初回メッセージは女性からのみ」で、Tinderよりもユーザーの質が高いと定評があります。
- 2021年に繁栄する企業の条件。新しい働き方の模索が続くなか、組織が生き残るためのカギは従業員の「幸福のデザイン」にあります。デロイトのレポートによると、アフターコロナで発展が見込める企業は「仕事と生活のバランスを超えて幸福を設計」する傾向にあります。オンオフの切り替えとなる「儀式(リチュアル)」、マイルストーンの設定と習慣化、従業員同士のコミュニケーションの機会の創出が、ビジネスパーソンの幸福を改善するのに役立つ3つの領域。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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