Impact:これからの「いい株、わるい株」

Looking ahead.

Deep Dive: Impact Economy

始まっている未来

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過去2年、時価総額で業界の頂点に立ってきた資産運用会社、ブラックロック。その投資判断や投資先へのアクションは、これからのスタンダードになるのでしょうか。毎週火曜の「Deep Dive」では、今世界が直面しているビジネスの変化を捉えるトピックを深掘りしています(英語版はこちら)。

Looking ahead.
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Image: REUTERS/BRENDAN MCDERMID

世界最大級の資産運用会社、ブラックロック(BlackRock)。その最高経営責任者(CEO)であるラリー・フィンク(Larry Fink、ローレンス・フィンク)は昨年1月、他企業の経営幹部に宛てたメッセージのなかで、「気候リスクは投資リスクそのものです」と書いています。気候変動により近代の金融システムの中核を成す前提が覆されることで、数兆ドルが危険にさらされるというのです。

フィンクは「大方の予想より早く、大規模な資本の再分配が起こるでしょう」と続けます。「持続可能な投資が顧客のポートフォリオを支えていく上で最強の基盤になると信じています」

the lens through

あたらしい投資基準

この言葉は金融業界に対する“通告”として機能しました。世界最大の資産運用会社とその動きを追いかける投資家たちは今後、投資判断を行う際には気候変動というレンズを使っていくということが示されたのです。

企業による環境への取り組みの促進を図る事業者団体セリーズ(CERES)のCEOであるミンディー・ラバー(Mindy Lubber)は、ブラックロックの決断は業界全体に影響を与えると説明します。「彼らが行動を起こせばたくさんの人が従います」

ウォール街でも気候変動問題が重視されるようになった現在、温室効果ガスの排出量削減目標を公表する企業が大きく増えています。もっとも、すべてがブラックロックのおかげというわけではありません。企業は気候変動やその問題における自らの責任を無視できるという主張は明らかに誤りで、ブラックロックはその事実を受け入れたにすぎません。

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Image: 10/08/2019, REUTERS/MIKE SEGAR

こうした動きはステークホルダー資本主義(stakeholder capitalism)への転換という大きな流れの一部で、企業は「すべてのステークホルダー(消費者、従業員、サプライヤー、地域社会、株主)」の利益を尊重すべきだと考える経営者たちの支持を得ています。

ブラックロックは、これが口先だけのきれいごとではないことを証明するという決断を下しました。今後はすべての投資を持続可能性という基準から審査し、例えば燃料炭の生産者のような企業からは投資を引き揚げる方針を示しています。

ただ、これは今後も投資利益を出していくための判断です。フィンクは冒頭に紹介したメッセージのなかで、「社会に損害を与える行動は悪い結果をもたらし、株主価値を低下させます」と書いています。「目標をもつことは、最終的に長期的な収益性の原動力となるのです」

Doing good, paying dividends

いいことをして稼ぐ

ブラックロックは金融業界の「スイスアーミーナイフ」と呼ばれてきました。同社は銀行ではありませんが、機関投資家、資産運用会社、プライベート・エクイティ(PE)ファンドとして、巨額の資金を動かしています。巧みな運用手腕に加え、おそらくはESG(環境・社会・ガバナンス)リスクに注意を払っていることも奏功し、過去2年は時価総額で業界の頂点に立ってきました。

昨年3月には新型コロナウイルスのパンデミックを受けた株価の急落により市場価値が大きく下がりましたが、その後はすぐに80%持ち直しています(ブラックロックに追いついたのはチャールズ・シュワブのみで、それもここ数カ月のことです)。

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これには、ESG投資全般のパフォーマンスが反映されています。ESG面で問題のある企業を投資対象から外している資産運用会社の昨年のキャッシュフローは前年から4倍に増えたほか、株価の推移はS&P 500種の平均を上回っています。

A brief history

ブラックロックの歴史

1988年設立

1999年:ニューヨーク証券取引所に上場。運用資産額が1,650億ドル(約17兆1,600億円)に達する。自社のリスク管理ツール「Aladdin」の提供を開始。

2014年:FTSEインターナショナルなどと協力して化石燃料関連企業を除いた株価指数を公開。

2020年1月CEOのフィンクが他企業の経営陣に宛てたメッセージで「抜本的な資産の再構築」を宣言。気候変動は金融セクターに深刻な影響を及ぼすと予測し、排出量ゼオの促進を目指す投資家のイニシアチブ「Climate Action 100+」に参加。

2020年12月:資産ポートフォリオの気候変動リスクを分析する「Aladdin Climate」を公開。Aladdinは世界最大規模の年金基金や資産運用会社、機関投資家など金融機関200社が利用しており、監視対象となる資産は総額18兆ドル(約1,872兆円)に上る。「プラットフォーム全体で、流動性リスクなどの重要なリスクに気候変動関連リスクを含める」ことを正式発表

Climate commitments

ブラックロックの取組

ブラックロックは昨年、「持続可能性を投資アプローチの中核」に据えるためにどのような取り組みを進めていくかを明示しました。その重要な部分をいくつか紹介しましょう。

⛏️ 石炭会社からの投資引き揚げ

🌡️ 投資先の企業に対し、世界的な気温上昇を2℃以内に抑えるというパリ協定の長期目標達成に向けた計画策定を求める

💰 すべてのポートフォリオおよび資産運用アドバイスでESGオプションを提供するほか、将来的にはすべての金融商品にESG評価を含む。

📆 議決権の行使を巡る情報公開を1年ごとではなく四半期ごとに変更し、理由なども開示する。

👁️ 気候変動問題で監視対象とする企業を440社から1,000社に拡大する(2020年には191社が「注視」となった)。

👎 行動を起こさない経営陣には退陣を求める。「企業の行動に十分な緊急性が伴っていないと判断した場合、責務を負うべき経営幹部の再任に反対票を投じることになるだろう」

🗣️ 政府への働きかけを求める。「行動宣言もしくは情報開示というかたちで、企業の政治活動が重要かつ戦略的な政策問題に対する公式見解と合致しているか確認していく。(中略)矛盾が存在する場合は説明を求める」

🌎 自然資本の評価に着手する。「自然資本へのアプローチについては2021年1月にさらに包括的な方針を公開する。ここでは、事業の運営能力を損なうようなマイナスの影響を避けるために貴重な水資源およびエネルギー資源をどのように管理していくかについて、弊社が企業に対して期待することを提示する」

Power of the proxy

「物言う株主」

ブラックロックはS&P500種の構成銘柄の90%以上に出資しており(平均出資率は7.7%に上ります)、企業や経営陣が何をするかについて強い発言力をもっています。同社が経営陣の再任に反対すれば、株主の過半数から賛同を得る可能性が高いでしょう。ブラックロックの調査では、企業の94%は株主の過半数が賛成した動議を完全もしくは部分的に受け入れています。

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アスペン研究所(Aspen Institute)のジュディー・サミュエルソン(Judy Samuelson)は、「ブラックロックはその規模のために特別な地位を占めています」と話します。同社の運用する資産は実に7兆8,000億ドル(約811兆円)に上り、主要産業はほぼすべてを網羅しています。サミュエルソンは「つまり売り逃げるということができないのです」と説明します。「出資する企業の株は保有し続けるしかありません」

同社は2021年のスチュワードシップ・コードに関するリポート(PDF、スチュワードシップは「機関投資家の行動規範」の意)で、緊急意識が足りないと判断した経営幹部は解任するよう求めていくと述べました。ただ、昨年上半期にブラックロックが環境関連の動議に賛成した回数は前年同期を下回っています。これに対し、JPモルガンなど競合の機関投資家の賛成回数は3倍に増えました。

ブラックロックはこれについて、昨年7月に方針転換を行い、その後は問題の是正に向けてより深く介入するようにしたと説明します。実際に下半期になってからは変化が起きており、“物言う株主”が提出した動議に賛成票を投じた回数は、7月1日〜12月4日の6カ月間で22回に達しました。環境問題や社会的責任を巡る動議の半分を支持したかたちです。

ESG investing will soon just be…

ESGは「あたりまえ」

かつてはほとんど例を見なかったESG投資ですが、最近は存在感を増しており、UBSのデータによれば、昨年ESGファンドの運用総額は1兆ドル(約104兆円)に達しました。昨年4〜7月の3カ月だけで過去5年間の合計を上回る額の資金がESGファンドに流入しています。

これはESG投資は相対的に高利回りでリスクが低いためです。マイナス金利も珍しくなくなった現在、市場ではかつてない金余りが続いており、投資家は利回りがよく安全性の高い避難場所を必死になって探しています。前述のように、ブラックロックは今後、全ポートフォリオおよび資産運用アドバイスにおいてESGのアカウンタビリティを徹底するほか、各企業の活動についてデータ開示を促進していく方針です(ブルッキングス研究所の調査によると、上場企業の60%〈PDF〉は気候変動リスクに関する何らかのデータを公表しています)。

ブラックロックが昨年2月に発表した持続可能性についてのリポートには、「持続可能性はこれまで“資産価値”と“価値基準”とのトレードオフだと考えられてきました」と書かれていますが、そうした時代は終わったのです。

ブラックロックは昨年、資産ポートフォリオの気候変動リスクを割り出す「Aladdin Climate」を公開しました。Aladdin Climateは各社のエネルギー使用、温室効果ガスの排出量、廃棄物、水、事業効率性といったデータを処理してリスク分析を行うプラットフォームで、例えばパリ協定の下でのゼロエミッションへの移行などさまざまなシナリオを想定したポートフォリオのストレステストをすることができます。

ただ、アルペン研究所のサミュエルソンはこれだけでは不十分だと指摘します(ブラックロックもそれは認めています)。

彼女は「ESGファンドは答えではありません」と話します。「それは現行のシステムにおけるノイズであり、最終的な目標は金融市場をよりよく機能させることです。究極的には、株式を良い株と悪い株と2つに分類することが重要で、この際の基準を上げていく必要があります」


What to watch for

インド、北極、モンスーン

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Image: REUTERS/NATALIE THOMAS

インドは長年にわたり北極圏への投資を続けています。今月初め、同政府は北極圏政策の草案を発表しましたが、そのなかでは「気候研究や環境モニタリング、エネルギー安全保障のため」の北極圏へのインドの関与が示唆されています。

もちろん北極圏にインドの領土はありません。しかし、北極圏は地球の生態系のあらゆるサイクルに影響を与える重要な地域。気候変動により、北極圏は海氷や氷冠の減少、海洋の温暖化に直面しており、これが地球の気候に影響を与えています。「北極圏は現在、地球上で(気候変動による)気候の変化が最も早く顕れる地域であるため、その研究は非常に重要な意味をもつ」とするインドの政府草案。北極圏の変化は、水の安全保障や持続可能性にはじまりモンスーンの発生パターンや沿岸侵食、氷河融解、経済安全保障にいたるまで影響を与え、インドは大きなインパクトを受ける可能性があるとしています。

(翻訳:岡千尋、編集:年吉聡太)


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