Startup:「声」はリモートワークを変える

Startup:「声」はリモートワークを変える

Deep Dive: Next Startups

次のスタートアップ

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Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也さんのナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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この1年で「Slack」や「Teams」といったチャットツールは一気に普及しました。一方で、メンションの通知が鳴りっぱなしでプライベートの時間も仕事に追われる現状に、「通知疲れ」「Slack恐怖症」などを訴える疲弊しきった声も上がっています。

とはいえ、よりスローなメールでは、詳細をテキストで書く手間が面倒で、スムーズなやり取りは望めません。「Zoom」などのビデオ会議は便利ですが、参加者の日程調整は大きな手間で、報告を受けるだけの人の参加はコストでしかありません。

「リモートワーク下の理想のコミュニケーションツール」を巡る戦いはまだ始まったばかり。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、この巨大な新市場に音声を武器に挑戦を仕掛けるYacを取り上げます。

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Image: YAC

Yac
・創業:2019年
・創業者:Hunter McKinley, Jordan Walker, Justin Mitchell
・調達総額:950万米ドル(約10億円)
・事業内容:非同期型ボイスメッセージ

LIMITATIONS OF SLACK

Slackの限界

コロナ禍を追い風に、SlackやTeamsなどチャットツールは日本でも爆発的な普及を見せていますが、一方で致命的な不便さも明らかになっています。

リアルタイムのやり取りを目的としたチャットツールでは、大事な情報が次々に流れていってしまいます。あとで話の文脈を理解しようにも、遡って会話をトレースするなど、あとで見返すのに多くの時間を費やすことも少なくありません。

また、在宅勤務ではプライベートが仕事に紛れ込んでおり、リアルタイムでのやり取りもままなりません。相手の状況などお構いなしに入り込んでくる独特の通知音に、落ち着いた思考や集中が阻害され、ストレスを溜める要因にもなります。

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チーム間での共有やリアルタイムでのコミュニケーションに慣れたエンジニア向けサービスとして始まったSlackを、リモートワークの一般社員に応用するには無理があります。降って湧いたコロナ禍に、「リモートワークに適したコミュニケーションツール」という課題は、まだ手がつけられたばかりと言えます。

WHO IS YAC?

Yacとは

Yacが目をつけたのは、音声です。日本でも注目が高まるポッドキャストや「Clubhouse」で注目される音声という媒体を、いわば「現代版ボイスメール」として再発明し、リモート時代に適したコミュニケーションツールとして世に送り出しました。

Yacでは伝えたい内容を音声で録音し、相手に送ります。一度に遅れるメッセージは、簡潔に、120秒までと決められています。

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Image: PHOTO VIA YAC

メールのような非同期型のコミュニケーションで、相手がすぐに読むことを前提に送るSlackと違い、心理的プレッシャーを与えません

Yacの音声メッセージには「開封通知」が付いています。Zoomのようなビデオ機能もあるため、開封通知を受けてすぐにビデオでフォローもできます。

録音内容は自動で文字起こしされ、音声と一緒にテキストでもメッセージが送られます。受け手は見返せるだけでなく、重要な箇所をコピぺするなどして他への共有も簡単です。音声のみであれば、重要箇所を聞き直そうにもまた頭から、となりがちですが、その手間も省かれています。

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Image: PHOTO VIA YAC

PC画面を見ながら説明したければ、レコーディングした動画も送れます。自分のPC画面上の動きを自分の声で説明しながら録画して、さっとチームに共有できます。「プレゼンの、この部分をこうしたい」など、画面を見ながら伝えるのも簡単です。

UNEXPECTED FRENZY

予期せぬ熱狂

Yacをうんだのは、米フロリダ州にあるデザイン事務所So friendly(ソーフレンドリー)。世界に散らばり時差もバラバラな社員同士の効率的なコミュニケーションに悩み、自分たちでつくり上げたのがそもそもの始まりです。

当初のコンセプトは「同僚からの音声メッセージを送れるMac用のトランシーバー」でした。Product HuntのMakers Festival(ハッカソンのコンペ)に「参加してみた」のがきっかけで、当初は会社ですらありませんでした。

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Image: PHOTO VIA YAC

大会前のほんの数日でつくり上げたというYacの初期バージョンは、コンペで見事入賞。ただちにProduct Huntのコミュニティが殺到、ローンチ前のウェイトリストがあっという間に3,000人に達したのは、当の本人たちも予期せぬ熱狂具合でした。

Yacという会社には、いわゆる「会議」は一切存在しません外部とのミーティングもゼロ。今年1月に750万米ドル(約7億8,500万円)を調達しましたが、デューディリジェンス(案件精査)はすべてこのYacを介して行われたそうです(当時のピッチブックも公開されています)。

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Image: 「もうミーティングは受けない」VIA TWITTER@JMITCH

コロナ下で波に乗るYacは、昨年、400%の成長を遂げました。曰く、人は1カ月に平均31時間も無駄な会議に時間を費やしており、Yacを使うことで週休3日に移行する会社も現れているそうです。

VOICE AND ASYNCHRONOUS

「音声」と「非同期」

Yacが面白いと思える理由はいくつかあります。まず、非同期のコミュニケーションに目をつけた点です。

勃興する「リモートワーク・テック」の領域は、SlackやZoomのクローンや、それらプラットフォーム上で動くさまざまなアプリケーションで凌ぎを削る企業が溢れています。

一方、そう遠くない未来の働き方を思考してみると、それはいまよりずっと自由で柔軟で、仕事と生活が密接に溶け合ったものになると考えられます。会議で相手の時間を拘束し、通知で関心を奪い取る同期型のツールは大きな矛盾を抱えています。

また、音声をビジネスコミュニケーションに持ち込んだ点も注目すべきです。メールやSlackなどテキストのみのコミュニケーションは、どこか無機質でニュアンスや人格も伝わりにくいもの。とはいえZoomなど動画では、リッチすぎてコミュニケーションコストが重すぎます。Yacは、音声というその中間を、うまく突いています。

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人の声がもたらす親近感は、世界中で起きている「Clubhouse現象」の一端です。人と疎遠になる状況で、人の温もりやニュアンスをカジュアルに伝達できる音声を、ボイスメールという枯れたツールをアップデートして持ち込んだ点は秀逸です(Clubhouseについては、2020年5月4日配信の「中毒者続出。謎の“雑談”アプリ」で詳しく触れています)

最後に挙げるのは、Yacの徹底したユーザーファーストの姿勢です。「自分たちが欲しくてつくった」Yacにとって、自分たちはいちばんの顧客です。Yacの起源がデザイン会社である点も「機能より体験」が優先される現代のプロダクト開発として象徴的です。

Clubhouseの熱狂の陰で産声を上げた、音声領域の新たな挑戦者。リモートワークというゲームチェンジングな事象に直面するなかではあらゆるものが再定義され、新たなニーズが生まれています。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。


What to watch for

チャットボットとヘイト

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Image: VIA FACEBOOK@AI.LUDA

韓国のスタートアップScatter Labが昨年12月にリリースしたAIチャットボット「Lee Luda」が波紋を呼んでいます。「20歳の女子大生」のペルソナが男女間の恋愛アドバイスを行うチャットボットで、韓国を始め日本でも相当数ダウンロードされてました。ただ、オープンソースということで、悪意あるデベロッパーがシステムを改悪するなどし、差別的な表現を含む不適切なチャットが氾濫。「レズビアンが嫌い」、黒人について「汚い」など差別的な発言が問題視され、韓国政府が規制に乗り出し、ローンチから20日で停止に追い込まれました。AI政策に力を入れる韓国政府にとっては頭を悩ませる事態になっています。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)


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