Society:「耐久型」で生き残る美術館

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Deep Dive: New Consumer Society

あたらしい消費社会

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Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週木曜夕方の「Deep Dive」のテーマは、「あたらしい消費のかたち」。パンデミックの影響で「美術館」のあり方が変化し、多くの美術館は今後、「耐久型経営」の方法を模索することを迫られているようです。

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Image: REUTERS/Benoit Tessier

世界中の美術館は、パンデミックの影響でその経営のあり方を考え直すことになりました。

これまで、美術館の収入源は主に入場券の販売、ショップ、カフェ、スペースの貸出、スポンサーからの支援などを基盤としていました。しかし、多くの美術館はいま、「耐久型経営」の方法を模索する必要に迫られているようです。

THE CHANGE

芸術への「試練」

パリの美術館は休眠に入り、「芸術の都」は静寂な都市へと化しました。フランスではパンデミックが始まって以降、昨年の夏から秋にかけて一時営業を再開した期間を除き、美術館・博物館は約8カ月間も閉鎖しています。

この影響で、パリの美術館では2020年度の入場者数が激減しました。ルーヴル美術館では昨年度の入場者数は2019年度に比べ72%減少し、約270万人にとどまりました(2019年度の入場者数は960万人)。オルセー美術館では入場者数が昨年比76%減少、ポンピドゥー国立現代美術館でも、同様に72%減少しています。

パリ7区に位置し、彫刻家アリスティド・マイヨールの重要作品を展示する「マイヨール美術館」の館長オリヴィエ・ローカン(Oliver Lorquin)は、憤りとともにコロナ禍の状況を語ります。

「これは、パンデミックという悪夢が美術業界にもたらした大惨事です。展覧会の予定も狂ってしまい、いまできることは館内の工事のみ。なにより、誰もいない美術館を見ると、とても悲しく感じます」

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Image: マイヨール美術館。PHOTO VIA FACEBOOK @ Musée Maillol

一方で、私立美術館が多い米国では、さらに悲惨な状況になっているようです。米国の美術館協会「American Alliance of Museums(AAM)」の昨年11月の報告によると、コロナ危機により、米国の3万5千の美術館は、合計で297憶5,000万ドル(約3兆1,371億円)の損失になったといいます。

こうした損失の代償として、米国の美術館では人員削減が行われています。ニューヨーク近代美術館(MoMA)では従業員の17%を削減、ニューヨーク新現代美術館は3分の1の従業員を解雇。メトロポリタン美術館では1億5,000万ドル(約158憶円)の財源不足に陥る恐れがあるとして、昨年には80人以上の従業員を解雇しました。

さらに、英国の美術業界では、パンデミックの影響に加え、ブレグジットによる影響も懸念されています。英国の芸術基金「Art Fund」が行った調査によると、60%の英国の美術館・ギャラリーが永久に閉館してしまうことを心配しているといいます。英国政府は国内の文化部門に対し15億7千万ポンド(約2,322憶円)の補助金を発表したものの、美術館を救済するには不充分のようです。

結果、国立美術館ネットワーク「テート(Tate)」では、約480万ポンド(約7億1,016万円)の資金を補うため、昨年末には120人の解雇を発表しました。テートの美術館では、すでに商業部門(小売店、カフェ、出版など)で働く従業員など295人が失業しています。

TO SURVIVE

所蔵品を売却

こうしたコロナ禍による財政難をきっかけに、人員削減のみならず、米国や英国の美術館では、生き残るための「収蔵品の売却」が行われるようになりました。

米ブルックリン美術館は、昨年秋に収蔵品の中からクロード・モネやアンリ・マティス、ジョアン・ミロなどの著名芸術家の作品をオークションで販売。メトロポリタン美術館でも、収蔵品の一部の売却を検討しているといいます。

これまで作品の売却は、「新規収蔵購入の資金調達をする場合」のみ許可されていました。しかし、コロナ禍による財政事情の悪化を考慮し、米国・カナダ・メキシコの美術館館長によって構成される美術館長協会「AAMD」は、2020年4月から2022年4月まで、特別に「運営費のための所蔵品」の売却を認めました。

英国でも、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスはディヴィッド・ホックニー(David Hockney)の所蔵絵画をクリスティーズのオークションで、1,286万5千ポンド(約19億円)で売却したことが大きな話題となりました。

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このような状況に対し、パリ第1パンテオン・ソルボンヌ大学准教授のジャン・ミシェル・トベレム(Jean-Michel Tobelem)は、「美術館の運営維持や繁栄は、所蔵品の売却に基づいてはいけません。美術館の使命は、所蔵品を保護することなのですから」と指摘します。

同氏は米国や英国の美術館に比べ、ヨーロッパ大陸では「美術館の支援は公的機関の責任」という考え方が根付いていると言います。「フランスをはじめとするヨーロッパ大陸の美術館は、政府や市から多大な援助を受けています。そもそもフランスの美術館においては『譲渡不可』の原則があり、国家の所蔵品を売却することは認められていません」

実際、コロナ禍の財政難に対し、フランス政府は昨年9月、美術館・博物館へ3億3,400万ユーロ(約427億円)の援助を発表しました。

NEW COLLABORATION

新しい取り組み

政府の支援を受ける一方で、フランスの美術館においても経済的な打撃は大きいようです。たとえば、ルーヴル美術館ではコロナ禍での閉鎖により毎月1,000万ユーロ(約12憶7,850万円)の損失となっています。

ルーヴル美術館では、コロナ危機以前から収入源の多様化を追求していましたが、これを機に、その動向が進むかもしれません。とくに同美術館では近年、クルマから服、おもちゃなどさまざまな企業とのコラボレーションに取り組んできました。

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Image: レオナルド・ダヴィンチの「聖母子と聖アンナ」のデザイン入りのスウェット。PHOTO VIA INSTAGRAM@uniqlo_fr

ユニクロ(Uniqlo)とルーヴル美術館は今年から、4年間のパートナーシップ契約を締結。ユニクロはグラフィックTシャツブランド「UT」から「ルーヴル美術館コレクション」を発表し、モナリザやミロのヴィーナスなどをモチーフとした服を今年2月から販売しています。同社は、ルーヴル美術館の人気イベントへのスポンサーも務めるといいます。

その他にも、ルーヴル美術館はDSオートモビルズ、ボードゲームのモノポリー、スイス時計ブランドのスウォッチ、インテリアブランドのメゾン・サラ・ラヴォワンヌ、スマホケースのケースティファイなどとコラボレーションをし、美術館の名画入り製品などが多くの人々の手に届くようになりました。こうした美術館と商業の「マリアージュ」は、ここ数年間で増えているといいます。

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Image: スウォッチとルーヴル美術館のコラボ商品。PHOTO VIA INSTAGRAM@totofthot

ルーヴル美術館でコミュニケーションを担当するアデル・ジアン(Adel Ziane)は、『Le Monde』の取材に対し、こうしたコラボレーションの目的は「財務上の理由によるものです」と語っています。実際に、「共同ブランド商品」による収益は増し、2020年度には、「ルーヴル美術館」ブランドは450万ユーロ(約5億7,530万円)の収益をもたらしたといいます。

同美術館で共同ブランド企画やライセンス事業を担当するヤン・ル・トゥエ(Yann Le Touher)は、「ルーヴルの使命は、誰もが芸術にアクセスできるようにすることです」と述べています

TO BE COOL

クールなルーブルへ

前出のル・トゥエの言葉を体現するかのように、ルーヴル美術館は近年、商品開発に限らず、多様なコラボレーションに取り組んできました。たとえば、ルーヴル美術館は若者カルチャーとコラボレーションをすることで、「クール」な美術館へと変化を遂げました

2018年、米歌手ビヨンセとJay-Z夫妻が「ザ・カーターズ」名義でリリースしたミュージックビデオ「Apes**t」はルーヴル美術館で撮影され、2人はモナリザやミロのヴィーナスの前でパフォーマンスを行いました。YouTubeでは、再生回数が2億3千万回を超えています

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Image: PHOTO VIA YOUTUBE

「Apes**t」は、ルーヴル美術館の入場者数増加という結果をもたらしたようです。2018年にルーヴル美術館に訪れた人は1,020万人と、過去最多の入場者を記録しました。この数字の背景には、「Apes**t」による効果があると言われています

また、ルーヴル美術館は2019年、Airbnbとコラボレーションをし、一夜限り一組限定で宿泊企画を発表しました。この企画では、ミロのヴィーナスとディナーやモナリザとアペリティフ(食前酒)などをした後に、同ピラミッド内で宿泊ができるという内容です。

一方で、こうした企画に対し、「ルーヴル美術館の神聖な雰囲気を汚染する」と批判の声も目立ちました。

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また、ルーヴル美術館は2017年にアラブ首長国連邦の首都アブダビに開館した「ルーヴル・アブダビ」では、コンサルティングのような役割も果たしました。

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Image: ルーヴル・アブダビ。PHOTO VIA INSTAGRAM@louvreabudhabi

このプロジェクトは、両政府が2007年に合意。総額10憶ユーロ(約1,320億円)の契約のもと、30年間に渡り、専門知識やサービスなどの提供、展示会の企画、フランスの15カ所の美術館からの作品の貸し出しなどが含まれています。さらに、2037年まで「ルーヴル」の名称の使用料として4億ユーロ(約530憶円)をルーヴル美術館は受け取ります。

TO LOCALIZE

美術館もローカル化

しかし、ルーヴル美術館のような「世界最高峰の美術館」の名を活かした多様な経営を実施できる美術館は多くはありません。大半の美術館が、「危機に強い」安定した経営モデルを見直す必要があるようです。

その一つの要素となるのが、「ローカル」へ焦点を向けることかもしれません。フランスにおいてコロナ禍による大規模な美術館の打撃は、外国人入場者への依存も理由の一つのようです。ルーヴル美術館の2019年度夏の入場者の4分の3、ベルサイユ宮殿の訪問者の80%が外国人でした。

このような状況に対し、前出のパリ第1パンテオン・ソルボンヌ大学准教授のジャン・ミシェル・トベレムは、美術館が長期的に安定した運営を続けるためにこう提案します。

「美術館は観光客を引き寄せたいと思っているでしょう。しかし、持続可能な経営モデルを構築するには、まず地元、そして近隣からの訪問者というベースをしっかりと確立する必要があります。これらの訪問者は安全、社会的、経済、そして今回のようなパンデミックなど、“あらゆる分野の危機”の影響を受けにくいからです」

実際に、コロナ禍ではギャラリーなどの小規模なアートスペースが地元市民に向け、アートを通した喜びを与えていたようです。

パリ11区に位置し、ギャラリー兼子どもへのアート教室を運営するポッシュ美術館(Le Musée de poche)は、大規模な美術館が閉鎖しているあいだも、ローカルの市民に芸術と触れ合う機会を提供していました。

ポッシュ美術館の創設者ポーリーヌ・ラミー(Pauline Lamy)は、次のように話します。

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Image: ポッシュ美術館の創設者ポーリーヌ・ラミー。筆者撮影

「1度目のロックダウンでは閉館を余儀なくされましたが、ギャラリーは運営再開を許可され、昨年の12月以降営業を始めました。閉館中も、SNSを使用して訪問者と繋がりを保ち、教育機関と提携して子どもにアートを教えるなど、活動をしていました。訪問者やアート教室に参加する子どもたちは、アートの世界を楽しむことで、コロナ禍の辛い現実世界を忘れることができ、心の栄養になったと言ってくれます。コロナ危機のような辛い状況の中では、アートは人の心を開放する大切な役割を担っていると感じています」

このように、さまざまな業界で「ローカル化」に目が向けられていますが、美術館においても「グローバル化」への依存を減らし、地域・国内の人々との絆を強化することも課題の一つなのかもしれません。



COLUMN: What to watch for

変わる「投資」の仕方

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株の小口取引が米国ですでにブームになっていますが、その勢いに拍車をかけたのが、先日起こった「ゲームストップ騒動」でした。『Quartz』によると、モバイルアプリ分析企業のアップトピア(Apptopia)が発表した投資アプリのダウンロード数は、株の取引に対して文化的に慎重な国とされていたブラジル、日本、ドイツでも急増しているとのことです。とくに、若年層の個人投資家を中心に人気を誇る「Robinhood」をはじめ、「Qooore」のようなオシャレで簡単な投資アプリの登場で、わたしたちの考える「投資」が身近で簡単なものへと変わってきています

一方、仮想通貨市場にも変化がありました。2月8日、テスラが15億ドル(約1,600億円)分のビットコインを購入したことが明らかになり、今後、支払いも可能にする予定だと発表。その後、12日、ツイッターのジャック・ドーシーは、ラッパーのJay Zとともに、ビットコイン開発促進を目的とするファンド「Btrust」を設立するとツイートで発表しました。2人で500ビットコインを出資したとされています。そして、16日には、一時、史上初となる5万ドル(約529万円)の大台を突破。ビットコインの勢いは衰えず、仮想通貨への投資が無視できない状況になっています。ちなみに、多くのミレニアル世代に支持されるビットコインですが、いまではベビーブーム世代も興味を示しているようです

(編集:福津くるみ)


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