Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
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Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜夕方にお届けしているこの連載では、毎週ひとつの「次なるスタートアップ」を紹介しています。今週取り上げるのは「Signal」。プライバシーを守るメッセンジャーです。
プライベートのみならず、業務連絡にも「Facebookメッセンジャー」や「LINE」を使う人は多いと思いますが、セキュリティを気にしたことはありますか?
Facebookメッセンジャーにはプライバシーを守る「秘密のスレッド」がありますが、その存在はあまり知られていないようです。かつてFacebook上での会話データの無断アクセスが問題にもなりましたが、実際のところ、わたしたちのデータがどう使われているのかは謎です。
世界で高まるプライバシー意識に、完全な秘匿性を保証するメッセンジャーアプリがいま、注目を集めています。
Signal
・創業:2018年
・創業者:Moxie Marlinspike
・調達総額:5,000万ドル(約53億円)
・事業内容:完全にセキュアなメッセンジャープロトコルの開発
WHO IS SIGNAL?
Signalとは
「Signal」は無料のメッセンジャーアプリで、電話番号を登録しPINコードを設定するだけで誰でも使うことができます。テキストでのコミュニケーションに加えて、写真や動画、その他ファイルの送受信、ビデオ、グループ通話なども可能です。
Signalの特徴はなんと言っても、強固なセキュリティ。通信内容はエンドツーエンドで暗号化され、プロバイダや途中で経由するすべてのサーバ所有者のいずれも、やり取りの内容を覗くことはできません。メッセージを閲覧できるのは送信者と受信者のみで、送信中にメッセージが何らかの方法で盗まれたとしても、内容が漏れることはないとされています。
メッセージ傍受の不安を解消するだけでなく、Signal上で交わされたチャットの内容がどこかに残ってしまう心配も不要です。たとえ情報の開示請求があっても、データはサーバに残らないため、提供すべきもの自体が存在しないのです。
技術力の高さは折り紙付きで、米国家安全保障局(NSA)による大量監視を告発したエドワード・スノーデンや世界的な暗号研究者ブルース・シュナイアー博士、さらにはツイッター創業者のジャック・ドーシーまで、著名人がこぞってSignalの秘匿性を評価しています。
サービスは2017年から存在していますが、香港民主化デモやBLM運動など、世界中で市民が声をあげる活動が活発化するなかで、個人が特定されるのを防ぎたいユーザーに支持されています。米国上院議員の公式な連絡ツールとしても使われていますが、最近のセキュリティハックの事例が相次ぐなか、Signalの利用を奨励する企業も出てきています。
NPO CHALLENGE
NPOの挑戦
無料で提供されているSignalですが、フェイスブックやグーグルのようにユーザー個人のデータから広告収益を得るビジネスモデルではありません。
運営団体はSignal FoundationというNPOで、データを第三者に提供しないことを約束しています。Signalの技術仕様(Signal Protocol)はオープンソースとして公開されており、誰でも使うことができます。
この傘下にあるSignal Messengersという子会社で、40名ほどの社員が、開発やプラットフォームの運営などを行っています。
運営資金の主な出所は、ユーザーなどからの善意による寄付と、Signal Protocol利用時のコンサルティング収益です。グーグルやフェイスブック(WhatsApp)といった大手テック企業がこぞって使っています。
Signalが産声をあげたのは2013年、米国の連続起業家のモクシー・マーリンスパイク(Moxie Marlinspike)によって設立されたオープンソースプロジェクト「Open Whisper Systems」(OWS)が起源です。
カリスマエンジニアと称される彼は、2010年に立ち上げたモバイルセキュリティ企業を翌年にツイッターに売却。同社でサイバーセキュリティの責任者を務めた経験をもちます。
NPOというかたちを取ったことについて、マーリンスパイクは「個人データを知らずに盗み取り、お金に変えるビジネスこそが異常だ。少数の企業が大量のデータを蓄積する状況は健全ではない」と切り捨てます。なお、Foundation(基金)という形態のため、例えばフェイスブックが兆円単位の価格を提示したとしても、買収することとは不可能です。
FATEFUL PARTNER
WhatsAppとの因縁
Signalの財務的な後ろ盾になっているのが、WhatsAppの共同創業者ブライアン・アクトン(Brian Acton)による多額の寄付です。
アクトンはWhatsApp親会社のフェイスブックに不信を募らせ、“Delete Facebook”を叫び、同社を退社すると同時にSignalに5,000万ドル(約53億円)の出資を行い、Signal Foundationの会長に就任します。2018年2月のことです。
巨大テック企業による情報搾取に反発が強まるなか、今年1月にWhatsAppとFacebookとの間でデータが共有が始まると報道されると、ユーザーは猛反発。イーロン・マスク(Elon Musk)がSignalの利用を勧めたことも手伝い、70カ国以上のAppStoreと50カ国のGoogle PlayStoreで無料アプリダウンロードトップに。一時はサービスが中断するほどの急成長を見せました。
「打倒WhatsApp」の急先鋒となるサービスを、WhatsAppの創業者が資金面で支える皮肉な構図。Signalの躍進から透けて見えるのは、ユーザーに善意だけに頼るビジネスモデルの限界と、個人情報の切り売りによる広告モデルから脱し、新たにユーザーとの関係性を構築するプラットフォームの青写真と言えます。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。
🌏 今週木曜開催! ウェビナーの申込み受付中です
世界各地で活躍する日本人VCが現地の声で伝えるウェビナーシリーズ、第4回は、インドにフォーカスします。開催は2月25日(木)。これからスタートアップに、そして日本企業に求められる役割を、現地からお届けします。また、当日はウェビナー終了直後より「Clubhouse」でのアフタートークも開催します。どちらもこぞってご参加ください。
- 日程:2月25日(木)11:00〜12:00(60分)
- 登壇者:佐藤輝英さん(Founder, BEENEXT)、久保田雅也さん、Quartz Japan編集部員(モデレーター)
- 参加費:無料(Quartz Japan会員限定)
- 参加方法:こちらのフォームよりお申込みください
Cloumn: What to watch for
ギグワークの行方
インターネット上のプラットフォームを介して単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」の権利を守る動きは世界各地で見られ、19日にはイギリスの最高裁判所がUberドライバーは従業員だと認める判断を示しました。この決定により、英国のUberドライバーは、最低賃金や有給休暇などの福利厚生を得ることができます。裁判所はまた、雇用審判の判決による以前の判決に対するUberの控訴を満場一致で棄却。実際のところドライバーが収入を増やすには「Uberのパフォーマンスの基準を満たしながらより長い時間働くしかない。経済的地位を向上させることが難しく、ウーバーに従属し、依存している」と指摘しました。今後裁判所によって数十人のドライバーを補償する方法が決定されます。英国には4万人の運転手がおり、ロンドンだけで200万人がUberを使用(2016年の公聴会時点)。Uber利用都市としてトップ5のうちのひとつであるロンドンでの決定はビジネスモデルに大きな打撃を与える可能性があります。
とはいえ、先立ってこの議論が進んだ米カリフォルニア州では昨年11月に、2019年に可決された同州で労働法の適用を免除される「プロポジション22」が住民投票で決定。法案成立に必死になったUber、リフト(Lyft)、インスタカート(Instacart)らは2億ドル(約211億円)以上の巨額を投じ、投票を制しました。日本でもUberEatsの配達員が結成した「ウーバー・イーツ・ユニオン」がUberEatsに団体交渉を求めるなど曖昧な労働条件を巡る論争が見られますが、プロポジション22の成立前に「富める少数者が彼らの労働者の犠牲の上でさらに裕福になる」と恐れていた米ギグワーカー団体Gig Workers Risingの懸念が世界で実際のものとなるのか。結論が出るには時間がかかりそうです。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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