Deep Dive: Crossing the borders
グローバル経済の地政学
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毎週水曜夕方のニュースレター「Deep Dive」では、国境を越えて動き続けているビジネスの変化を追います。今週フォーカスするのは、東南アジア・フィリピン。同国は、重要な「資産」を切り札に、先進国との交渉を進めようとしています(英語版はこちら)。
フィリピンは外国に出稼ぎに行く医療従事者の数に、年間5,000人という上限を設けています。
この上限について、同国の労働雇用省は、英国とドイツを適用外とすることを検討していると明らかにしています。引き換えに、COVID-19のワクチン60万回分を融通してもらうほか、二国間労働協定の見直しを求めているというのです。
英国とドイツは介護者不足が深刻で、最近の調査によると、このパンデミックを乗り切るために今後4年間で5万人の看護師が必要になる見通しです。ドイツは外国人看護師の採用に積極的で、フィリピン人についても1万5,000人を受け入れる用意があるとしています。
quid-pro-quo proposal
賛否両論(もちろん)
労働雇用省で国際労働分野を担当するアリス・ビスペラス(Alice Visperas)は2月22日にFacebookで配信されたインタビューで、入手したワクチンは外国での職場復帰を望む医療従事者に優先的に摂取する予定だと述べました。
ビスペラスは「フィリピン出身の医療従事者を雇用する国は、彼らにワクチンを摂取して欲しいと望んでいるはずです」と言います。「将来的には、ワクチンを摂取していないと医療現場で働けなくなるかもしれません」
ビスペラスはまた、英国とドイツはいずれも今回の提案に前向きで、向こう数日以内になんらかの決定が下されることを期待すると話しました。フィリピンでは国外からの仕送りが国内総生産(GDP)の11%を占めており、こうした出稼ぎ労働者へのワクチン摂取は政府にとって喫緊の課題です。
労働雇用省が示した交換条件について、看護師たちの意見は割れています。フィリピン看護師協会(Philippine Nurses Association)は、医療従事者を含むフィリピン国民のためにワクチンを確保できるのであれば、これを支持する意向を示しました。フィリピンの新規感染者数はここ数日は1日1,700人前後で推移しています。
匿名を条件にQuartzの取材に応じたある看護師は、「国立病院で看護助手として働いているので、パンデミックは身をもって経験してきました。政府の決定は公益を考えたものだと思います」と言います。「win-winだと言っていいのではないでしょうか。外国で働きたい看護師はそれができるようになりますし、(ワクチン接種が行われれば)少なくとも集団免疫に一歩近づくはずです」
これに対し、看護師の権利保護を訴えるフィリピン看護師連合(Filipino Nurses United)は、労働雇用省の提案は恐ろしいものだと批判しています。同連合は声明で、「政府がわたしたちを物や輸出品のように扱うのにはうんざりしています」と述べました。
「問題点はふたつあります。まず、外国での勤務を希望するのは看護師の権利であり、取引材料として利用されるべきではありません。次に、政府は必要なワクチンを適切な(調達)プロセスによって入手すべきです」(フィリピン語からの翻訳)
The plight of #PrisoNurses
“囚われの”看護師
フィリピンでは看護資格の新規取得者の数は年間数万人に上り、登録看護師20万人が未就業もしくはパートタイムで働いています。国内の医療機関では給与は月額500ドル(約5万4,000円)に満たず、社会保障なしの短期契約を強いられる場合も多いのです。
中東や欧州、米国での就労を望む看護師が多いのはこのためで、例えば英国では月に平均4,000ドル(約43万4,000円)、米国では最大5,000ドル(約54万3,000円)を稼ぐことができます。米国ではCOVID-19で死亡した看護師の3分の1はフィリピン人でした。
ドゥテルテ政権は昨年4月、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスのパンデミックを宣言した直後に、国外での出稼ぎを全面停止することを決め、何百人もの看護師が国外での就労許可を取り消されました。この措置は5月に解除になりましたが、医療従事者だけはその後も出国が認められませんでした。
政府はCOVID-19のために医療が逼迫しており看護師が必要なのだと訴えましたが、国内の病院の給与は月600ドル(約6万5,000円)で、危険手当も10ドル(約1,080円)しか支払われません。
出国を禁じられた看護師たちは「PrisoNurses」というグループを結成し、自分たちの境遇を訴えました。英国のバーミンガム・チルドレンズ・ホスピタル(Birmingham Children’s Hospital)での就業が決まっていたエイプリル・グローリー(April Glory)もそのひとりです。
マニラを離れられなくなったグローリーは国内の医療機関の待遇は受け入れられないと決め、生活のために小さな店を開いたほか、コールセンターで働き始めました。グローリーはウルバーハンプトン大学講師のローラ・サンダース(Laura Sanders)とのインタビューで、感染拡大は最悪の状況だったが、英国に向かうことに何の不安もなかったと話しています。
2018 case
なぜ行き渡らないのか
パンデミックはフィリピンに深い傷を残しました。厳格かつ長期にわたるロックダウンを実施したにもかかわらず、死者数は累計で1万2,000人を超え、新規感染者も東南アジア諸国ではインドネシアに続く多さで高止まりしたままです。ワクチンの接種プログラムがいつ始まるかも決まっていません。
これはひとつには、ファイザーなどワクチンを開発した製薬企業が、健康被害が生じた場合に損害賠償責任を免除することを盛り込んだ法案が上院で可決されるのを待っているためです。フィリピンでは過去に仏サノフィのデング熱ワクチンの摂取が原因と見られる死亡事故があり、2018年には同社に対する訴訟が起きています。
グローリーは「いまは世界のどこにも安全な場所はありませんが、わたしたちはリスクを冒すことをためらいません。英国ではここと違い、医療従事者は保護されているからです」と言います。フィリピンで個人用保護具(PPE)が不足しており、これを暗に批判しているのでしょう。
「わたしはフィリピンを愛しているので、こんなことを言わなければならないのは残念です。でもわたしが行かなければ、家族には何もないのです」
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Column: What to watch for
越境のスタートアップ
人口12億人、GDP合計3兆ドル。それが、人口13億人のインドと並び世界が注目し、グローバル企業がこぞって進出するアフリカ市場の実力です。しかしながら、ことアフリカ諸国同士の貿易という点では決して活発ではありません。2017年のデータによると、アフリカ域内の輸出はわずか16.6%。同時期のアジア域内の輸出が59.4%、欧州域内にいたっては68.1%だったことを考えると、域外への依存度の高さとそれによるビジネスの多様性の低さが際立っています。
大陸内のビジネスを深化させるべく今年1月1日に運用がスタートした「アフリカ大陸自由貿易地域(AfCTA)」が目指すのは、「一次産品を先進国に輸出するだけの存在からの脱却」。開始時点でアフリカ連合(AU)加盟55カ国・地域のうち54カ国・地域が署名しています。そして、そのAfCTAにおいて、重要な役割を果たすと目されるのがスタートアップの存在です。
多くのスタートアップは、設立時から複数の市場に進出する絵図を描くもので(越境型の共通決済システム、統一されたユーザー体験、etc…)、新型コロナウイルスによるロックダウン期間には、サプライチェーンや国境の制限を越え、生活必需品やときには薬やPPEを人びとの手元に届けるなど、さまざまなスタートアップが活躍していました。
(翻訳:岡千尋、編集:年吉聡太)
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