Deep Dive: Crossing the borders
グローバル経済の地政学
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毎週水曜夕方のニュースレター「Deep Dive」では、国境を越えて動き続けているビジネスの変化を追います。世界の電気自動車(EV)市場をひた走るテスラは、中国から歓迎されているように見えますが、その蜜月は続くのでしょうか(英語版はこちら)。
中国のビジネス界で「ナマズ」といえば、それはある種、称賛のことば。競合ひしめく市場で貪欲に勝ち抜こうとする「ナマズ企業」を前にしたライバル企業は、業績を上げるか、さもなければ滅びるのみ。競争激しい中国の電気自動車(EV)市場におけるテスラには、まさにそんな攻撃的な魚の喩えがしっくり当てはまります。
在米ワシントンのシンクタンクCenter for Strategic and International Studiesによると、中国に現存するEVメーカーの数は約450社に上ります。もっとも、実際にクルマを販売しているのはそのうちほんの一握り。資本集約型の自動車産業において、製造に必要な資金を調達しているプレイヤーはほとんどいないのが実際のところです(20世紀の米国でも同様で、当時存在した何百社もの自動車メーカーは淘汰され、結果残された大手自動車メーカーは3社を数えるのみです)。
そんななかで中国政府が同社を迎え入れているのは、テスラは中国のEV市場にとって必要なナマズであると考えているからにほかなりません。2019年、中国首相の李克強(リー・クォーチャン)は、テスラCEOのイーロン・マスクに中国永住権に相当する許可を与えました。さらにテスラは、国外の自動車メーカーとして初めて(国内メーカーとの合弁でなく)100%自社のみの工場を設立しています。
「そこには、『官僚的な追い風』が吹いていたのです」
クライスラーの元役員で、現在は上海に拠点を置くコンサルティング企業AutomobilityのCEOを務めるビル・ルッソ(Bill Russo)は、そう説明します。
There was a bureaucratic tail wind
北京の思惑
今年1月、ある中国の政府関係者が公にしたある狙いに対して、中国国内のEVメーカーからは不満の声が上がりました。工業情報化部の元長官である苗圩(ミャオ・ウェイ)は、テスラを「水たまりを活性化させるナマズ」と呼んで歓迎の意志を見せたのです。
北京がなぜテスラを必要としているのか。それは、国内の競合他社が政府の補助金に甘んじることなく技術革新を進めるよう促すためであり、米中関係が悪化するなかでも外国人資本家が喜んで参戦したがっていると印象づけるためでもあります。
中国は現在、国内の自動車産業にメスを入れようとしています。EV補助金を段階的に廃止するなかで、EV製造にまつわるさまざまなプロセスのうち、グローバル競争力をもった部門が成長することを期待しているともいえます。北京のシンクタンクAnboundが、テスラの存在は中国国内の高品質な電気自動車のサプライチェーンを強化し「最終的には中国の電気自動車産業の繁栄につながる」と説明している通りです。
テスラ側も、それと同じくらい、いや、それ以上に中国を必要としています。中国はいまや、テスラにとって米国に次ぐ第2の市場。今年、テスラは中国で記録的な台数を生産・販売する予定です。
2020年のテスラの売上のうち中国における売上は67億ドルで、総売上の約5分の1を占めています。ロイターによると、2020年、テスラ上海工場は中国で約15万台の自動車を生産しています。2021年の生産見込みは約50万台で、その多くは欧州市場に輸出されることになります。
マスク自身の発言も見てみましょう。彼は、中国への賞賛を公言しています。昨年のインタビューでは、「中国は最高。この国に満ちているエネルギーはすばらしい」と発言。中国の国有タブロイド紙『環球時報』が引用したこのセリフは、国際的に失墜した中国政府のイメージアップに寄与するものだといえるでしょう。また、別の中国メディアは、テスラの中国事業責任者・朱暁東の、テスラの中国進出が習近平国家主席の構想である「二重循環」(国内外2つの「循環」で経済を促進する戦略。双循環とも)を前進させるものだとする発言を紹介しています。
How Tesla changed the view
iPhoneが通った道
7年前の2014年、テスラが中国市場に初めて「モデルS」を投入したとき、一般的な自動車購入者にとってEVは「舶来ものの高級品」に過ぎませんでした。「金持ちだけのおもちゃ」を手に入れるのか、あるいは「実用的な低価格な国産モデル」で満足するのか。テスラは、この状況を見事に変えてのけました。同社はEVを従来のガソリン車に代わるものとしてだけでなく、「魅力的なもの」としても販売することに成功したのです。
現在の中国は、世界最大のEV市場のひとつです。そして2020年、中国で最も売れたEVはテスラの「モデル3」でした。テック分析ファームのCanalysによると、昨年の世界のEV販売台数の実に41%を中国が占めています。さらにこの国では、現在販売されている新車のうち5%にすぎない電気自動車、燃料電池車、ハイブリッド車の割合を、2035年までに100%にすることが求められています。
前出のAutomobility CEOのルッソは、テスラの成功を中国におけるアップルのそれに喩えます。アップルは中国で、スマートフォンを「日用品」から「中流階級が欲しがる贅沢品」に変え、市場をファーウェイ(華為)やシャオミ(小米)など国内メーカーに開放しました。いま、テスラによって同じことがEVで再現されようとしていると言うのです。
テスラが中国に上陸した2014年以降、中国独自のハイエンドEVメーカーが次々立ち上がっています。そのうちNIO(上海蔚来汽車)、Xiaopeng(小鵬、Xpengとも)、Li Auto(理想汽車)などは、テスラをインスピレーションの源であり、ライバルであると評価。なかでもXpengの創業者であるフ・シャオピン(He Xiaopeng、何小鵬)は、QUARTZの取材に対して、同社を設立した理由のひとつは、テスラに初めて乗ったときの感動(そして、テスラが200件以上の特許を公開するという決定)だったと語っています。「テスラはわたしに大きなインパクトを与えてくれた」と、彼は言います。
中国におけるテスラ「モデル 3」の価格は24万9,900元(3万8,392ドル)。手が届かない消費者には、XpengのようなプレミアムEVメーカーのものから、Chery(奇瑞汽車)のもののような1万ドル以下の低価格ブランドまで、国産EVの選択肢が揃っています。
EVメーカー上位3社の1月の販売台数は、前年同期比で350%増と急増しており、メーカーの中には今年の生産台数が15万台に達するところもあるようです。同時に、中国で製造されたテスラ車には、バッテリーメーカーContemporary Amperex Technologyのものが採用されており、中国国内のEV部品メーカーの支援にもつながっています。今後、テスラが地元企業から調達した部品をより多く使用することは大いに予想されます。
What’s next for Tesla and China
生まれ始めた温度差
こうした流れは、EVに対して中国が張った大きな「賭け」のひとつだといえます。AlixPartnersのマネージングディレクターで、フォードの元幹部だったスティーブ・ダイアー(Steve Dyer)は、「中国政府は、EV開発については非常にオープン。かつ積極的に支援している」との見方を述べています。
実際、中国は2009年以降、プラグインハイブリッド車、バッテリーのみの電気自動車(BEV)、水素燃料電池車などの「新エネルギー車」に多額の補助金を供出してきました。昨年は、1台あたり平均1万8,000元(2,766ドル)という高額の補助金を出しています。
EVメーカーXpeng社長のブライアン・グー(Brian Gu)は、人口13億人の中国では国民所得も向上し続けており、市場は「まだ形成されたばかり」だと説明します。しかし、プレミアムEVブランドであるNIOやXpengのほかにも、中国国有企業SAICとゼネラルモーターズの合弁会社であるSGMW(上汽通用五菱汽車)をはじめとする格安自動車メーカーなど、すでに有力なプレイヤーがいくつも現れています。実際に、約4,500ドルで販売されている上汽通用五菱汽車の「Hong Guang Mini EV」は、1月には「モデル 3」を上回る販売台数を記録しました。
中国国内のEVメーカーとテスラとの競合関係がより目立ってくれば、テスラと北京の関係がこのまま続くかどうか、不安視する声もあります。
すでに、テスラに対する当局の冷ややかな処遇も目立ってきています。2月、テスラは輸入車の「モデルX」と「S」を3万5,000台以上リコールした後、加速の異常やバッテリーの発火などの品質問題に関する苦情を受けて、中国の規制当局からの召喚命令を受けました。ある国有メディアは、このリコールを「中国の消費者を理解していないことの表れである」と糾弾し、別のメディアは「理不尽で傲慢だ」とテスラを非難。1年前の絶賛を思えば、すっかり手のひらを返されたような現状に、当のテスラは、当局の指導を「真摯に」受け入れたと述べています。
ただし、北京がテスラへの優遇措置を撤回する様子はまだ見受けられません。当局は、テスラがこの国のEV産業の勃興を加速させるべく、テスラにかけた鎖をもう少し長く伸ばすつもりのようです。テスラの「ナマズ」としての役割は、まだ終わっていないのです。
Column: What to watch for
一方、インドでは…
テスラがインドで「モデル3」予約を開始したのは2016年のことでした。それから5年が経ち、ようやくインドでの販売が開始するようです。これまでにインドで確認されているテスラの具体的なアクションとしては、2021年1月にカルナタカ州で子会社を登録したことだけですが、同社がさまざまな地域に研究開発施設を設置する計画であるとの報道が相次いでいます。
「テスラはインドのEV産業全体にパラダイムシフトをもたらすだろう」と言うのは、ニューデリーに拠点を置くEVスタートアップOmega Seiki MobilityのDeb Mukherji。現在、インドの自動車産業は国内総生産の6%を占めていますが、自動車販売台数に占めるEVの割合は1%未満にすぎません。
しかし、発展めざましいインドのEV市場がチャンスに溢れていることは明らかです。インドの電動モビリティ技術企業の連合体India Energy Storage Allianceが2020年12月に行った調査によると、EV業界は今後6年間で40%以上の成長が見込まれています。ナレンドラ・モディ政府は、2030年までにインドで販売される商用車の70%、自家用車の30%、バスの40%、二輪車と三輪車の80%を電気自動車にする意向を示しています。
(翻訳・編集:年吉聡太)
🎧 Podcast最新エピソードのゲストは、世界8カ国を移動しながら都市・建築・まちづくりに関する活動を行う杉田真理子さん。多様な「都市」がもつ魅力と、トレンドとなりつつあるその価値とに迫ります。 Apple|Spotify
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