Guides:#46 ノンアルコールの希望

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A Guide to Guides

週刊だえん問答

週末のニュースレター「だえん問答」では、世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今週は「断酒」という新たなビジネストレンドについてのお話ですが、語るのにあまり気乗りのしない様子です。

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Image: ILLUSTRATION BY KEZIA GABRIELLA

──先週の「だえん問答」(#45「テレヘルスの梃子」)の最後の方ではLINEとヤフージャパンとの経営統合のお話が出ましたが、その直後、22日には「LINE」利用者の個人情報漏洩の問題が炎上しました。先週チラと指摘したのは、行政府がいくら便利だからといってLINEのサービスに依存するのが果たして望ましいことかということでしたが、今回の騒動で一番慌てていたのは、まさに行政でしたね。先週は、こう指摘されていました。

行政がテコ入れして、GAFAや中国企業に対抗できる、巨大IT企業を国内につくるのは必要なことだというのはわからなくもないですが、それが過度に進行すれば、国民はひとつのプラットホームのなかで選択肢を奪われることにもなりかねませんから、それはそれで結構なディストピアのようにも思えます。

そうですね。この毎日新聞の記事は、今回の騒動を受けて行政府の対応を大まかに以下のようにまとめています。

  • 内閣府:防災情報を提供するアカウントを停止
  • 厚生労働省:自殺防止相談、入国者健康確認などでの利用を停止
  • 総務省:採用活動、マイナポイントの問い合わせ対応、意見募集での利用を停止
  • 経済産業省:現時点で利用を制限せず
  • 大阪府:いじめ相談の受け付けを中止
  • 東京都:新型コロナの自宅療養者支援などで利用を継続
  • 山形市:予定通りワクチン接種の予約手続きで活用

LINE、中国からのアクセス遮断も…政府・自治体の利用停止広がる、毎日新聞、2021/3/23)

──国民や市民がアクセスしやすくなるとはいえ、いたずらに商業アプリに頼むのも考えものですよね。

そりゃそうですよね。国や自治体が一民間企業のサービスに極度に依存してしまうことは、当然市場における健全な競争を歪めますし、それによって、そのサービスを利用しないユーザーが不利になることがあれば、それ自体が公正性という原理にも反することになってしまいます。もちろんそのあたりは考慮されているとは思いますが、やはり全体に不用意だったようには思えますし、また、「LINEを使った情報発信をしています」みたいなことがあたかもデジタル先進性の証であるかのような言説がまかり通っていたことも、自分も含めてですが、改めて反省すべきことですね。

──ほんとですね。

その一方で、現実として、実際にLINEのようなサービスは、すでにして社会インフラでもあるようなものになってしまっていますので、行政府が、それに匹敵するようなインフラを自前で構築できるのかといえば、それも難しいところですから、これはなかなか困難な課題なんですね。

──トランプ前大統領とツイッターのバトルについても似たような議論がありました。

はい。SNSというものの遍在性と浸透度を考えると、それがすでに「公共性」をもっているのは明らかなのですが、とはいえ一民間企業のサービスでもあるわけですから、そこを公共空間として、どうガバナンスしうるのかは、難しい問題です。

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──どうするのがいいんですかね?

極論なことを言ってしまえば、国有化してしまうのが早い、ということなのかもしれません。

──えっ。

メディア美学者の武邑光裕先生によれば、そうした議論はすでに欧州では提出されているそうですし、日本においても、LINEとヤフージャパンとの統合は、半ば国策案件のようにも見えないこともないわけですから、国有化しちゃうのと実質変わらないところすらあるように、自分には見えてしまいます。メッセージアプリに関していえば、たいした競合は国内にはいないわけで、実質独占みたいなものだともいえますし。

──言われてみると、まあ、たしかにそうかもしれません。

ただし、LINEは韓国の企業ですからそんなことができるのかどうかは知りませんし、それが果たして本当に望ましいのかどうかもわかりません。ただ、コミュニケーションからペイメント、医療といった領域をカバーし、多くの国民がアクセスもたやすいデジタルインフラは、デジタル化にもたついている行政府としてみれば、喉から手がでるほど欲しいものであることは間違いないと思うんです。デジタル先進国と呼ばれる国は、それをこの20年近くをかけてせっせと整備してきたわけですが。

──エストニアの「X-Road」は、言ってみれば国有のOSなわけですもんね。

まさに。エストニアでは、行政ポータルのなかで国民がさまざまな行政手続きを行うことができるわけですが、言ってみれば、それこそが国内最強の「スーパーアプリ」となっているわけですね。行政府からのメッセージも専用のメールボックスで受信できたりしますし。

──なるほど。それを自前でつくらずに、商業アプリにそのまま乗っかった自治体や行政機関が、今回の騒動で慌てている、ということになるでしょうか。

とはいえ、そこまでリスクの大きくない領域に限って利用していたということではあると思います。

──なんにせよ、でも、国有化というのは、やはりちょっとした薄気味悪さがありますね。中国っぽいと言いますか。

今回の事件で実際に大きな問題とされたのは、まさに中国をめぐるリスクでもあります。ユーザーにきちんと明示せぬ状態で個人情報が国外に持ち出され、韓国に置かれたサーバーに保管されていたこともさることながら、中国のエンジニアに個人情報へのアクセス権限を与えていたほか、中国企業にデータの監視業務を委託していたことが問題視されていました。先の毎日新聞の解説です。

「政府や自治体で利用を一時停止する動きが広がったのは、情報管理を巡る『中国リスク』が強く意識されたためだ。中国には、民間企業や個人に国の諜報(ちょうほう)活動への協力を義務付ける国家情報法がある。日本の要人らの利用者情報が渡り、悪用されるリスクは否定できず、安全保障の観点から自民党でも『看過できない問題』(下村博文政調会長)などと懸念の声が上がっていた」

──ふむふむ。

さらに記事は、こうも書いています。

「元経済産業省貿易管理部長で、安全保障問題に詳しい細川昌彦・明星大教授は「個人情報に含まれる個人の嗜好(しこう)や行動などが分析され、脅しやスパイ活動に利用することも可能だ」と指摘する。また、楽天が最近、中国IT大手テンセントからの出資を公表したことを引き合いに出し、『日本企業は警戒感が低いのではないか。ラインの問題は氷山の一角であり、日本政府は情報管理のあり方を厳しく再点検すべきだ』と話す」

──大問題ですね。

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この細川先生は、さらに『日経ビジネス』に「楽天への日本郵政・テンセントの出資に浮かび上がる深刻な懸念」「楽天・日本郵政の提携を揺さぶる『テンセント・リスク』の怖さ」といった記事を書かれていますので、ぜひ読んでいただけたらと思いますが、まあ、日本のビジネスが、すでにして日本の外交・安全保障上のリスクになりつつあるという問題は、かなり深刻化している問題なんじゃないかと感じます。

──と言いますと。

例えば、これは中国を専門とするジャーナリスト安田峰俊さんのツイートですが、つい数日前に、こんなことが起きているんですね。ツイート文を引用しておきますね。

「東京オリパラ、スポーツ用品唯一のゴールドパートナー・アシックスの中国法人、25日付微博で『私たちは今後も新疆綿を買い付け使い続ける』『アシックスは一貫してひとつの中国の原則を堅持し、(中国)国家の主権と領土を守り抜く。中国の行為への一切の侮辱とデマに断固として反対する』とマジで声明」(Twitter、2021/03/26

──おお、やばいですね。

『ハフポ』は、こう報じています。

「兵庫県に本社を置くスポーツ用品大手・アシックスの中国法人は3月25日、中国SNS・ウェイボーで、引き続き新疆ウイグル自治区産の綿花を購入すると発表した。

中国では、同自治区産の綿花を購入しないなどとした海外企業に対するボイコットが呼びかけられていて、アシックスは「中国に対する一切の中傷やデマに反対する」とした。声明は日本の本社の了解を得て出された」(高橋史弥、「中国に対する一切の中傷とデマに反対する」アシックス中国法人、新疆ウイグル自治区めぐる問題で声明、HUFFPOST、2021/03/26)

──すごいすね。

この声明のなかで、アシックスさんは、「台湾は中国の一部分とする『一つの中国原則を堅持』し、『中国の領土と主権を断固として守り、中国に対する一切の中傷やデマに反対する』と表明した」そうなのですが、この文面は、個人的には見覚えがあるものでして、これ、昨年秋に、「赤井はあと」「桐生ココ」という日本の人気Vチューバーが「台湾」をめぐって不適切な発言を、中国の動画サイト上で行ったことから、中国向けに謝罪文を掲載するハメに陥った際に、運営会社の「カバー」が発表した謝罪文と同じなんですね。こういう文面でした。

「カバーは常に中国の主権と領土の完全性を尊重し、『日中共同宣言』と『日中平和友好条約』を尊重し、『一つの中国』という考えを支持します」(「一つの中国」支持声明のVTuber運営企業が謝罪 安全守るための「緊急措置」だったと説明、JCASTニュース、2020/9/30)

──ひー。そんなことがあったのですね。

そうなんです。これ、大問題だと思うんですね。つまり多くの日本の大企業は、とっくに中国とはもはや抜き差しならない関係になっていて、それがあてにしている14億人の巨大市場から追い出されるくらいなら、「中国の領土と主権を断固として守る」という立場をたやすく選ぶ、という状況になっているということです。

──巨大市場へのアクセス権を盾に「踏み絵」を踏まされているという感じですね。

まさにそうなんですが、その際、どうも見ていると、多くの企業は、ほとんど「じゃあ、中国から出て行くわ!」とはならないんですね。

──そうですか。

ならないですね。映画『ムーラン』が新疆ウイグル地区で撮影を行っていたことで全世界から非難を浴びたディズニーは、ろくに回答もせぬまま問題を有耶無耶にしてしまいましたし、つい最近ではファストファッションブランド「ZARA」の親会社Inditexが、新疆ウイグルの問題について、不法労働を認めないとするステートメントを取り下げたというニュースも出ています。

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──ものすごい影響力ですね、しかし。

これが由々しき事態だなと思うのは、特に東京五輪の約半年後に控えた北京五輪という争点があるからです。アメリカと中国が、現在のようにバチバチと喧嘩しあっている状況下にあって、西側諸国のボイコットというのは、それなりに現実味のある話のように思えますが、そうしたなか、日本は非常に難しい立場に立たされることになってしまうわけですね。

──政治的には、西側諸国の一員として足並みを揃えないわけにもいかないでしょうし、とはいえ、経済界からは、中国との関係において波風を立てないでくれ、と圧力をかけられることにもなりかねない、ということですね。

東京オリンピックの国内最高水準のゴールドスポンサーであるアシックスが、「新疆ウイグル自治区を含めた中国国内から引き続き原材料を購入する方針を明らかにした」ことは、こうした観点から見ると極めて重大な判断で、東京オリンピックは、すでにして完全に北京五輪と一蓮托生であることを世界に明かしているようなものですらあるわけですね。結論から言うと、日本の経済界は、まず確実に新疆ウイグルの問題を非難することはないと思わざるを得ません。

──政府はどう出ますかね。

行政サイドにとって悩ましいのは、仮に経済界に足並みを合わせてしまえば、今度は、自分たちの支持基盤であるところの保守層の支持を危うくしかねないというところではないでしょうか。勢力としての規模がどの程度かはあるとして、いわゆるネトウヨと呼ばれる人たちのアイデンティティの基盤は基本「反中」にあるように見えますので、べったり中国に追随するような見え方ともなれば猛攻撃を食らうのは必至のように思いますし、アメリカが中国に対して相当に強硬な姿勢に出れば、日本政府は相当のプレッシャーをかけられることにもなりそうです。そうした各方向から迫ってくる圧力をどうかわしうるのか、現総理大臣の手腕の見せ所と言えるかと思います。

──うう。大丈夫でしょうかね。

4月に控えている菅首相の訪米では、そうした問題が議題に上がるのではないかと予測していますが、呑気に「バイデン大統領を東京オリンピックに招待するつもり」などと言っている場合ではないように思います。

──オリンピックをめぐる一挙手一投足が外交カードになっているという感じですね。

まさにそうだと思います。実際、中国はワクチンをIOCに提供することを申し出てみたりと、明らかにそれを外交カードとして使っているわけですから、日本だけ「スポーツに政治を持ち込むな」「平和の祭典」だと言ってみたところで、すでにして政治経済の国際覇権をめぐる駆け引きの舞台となっているわけですから、どうしようもないですよね。

──そこから、とっとと降りちゃえばいいのに、と思ってしまいます。

わたしの見るところ、中国がそれを許してくれないんじゃないかと思います。

──一蓮托生というより、共犯関係にさせられている感じですね。

実際、そうなんじゃないかと個人的には疑っています。

──とほほ。

自分は、2020年のオリンピックは、東京と競っていたトルコのイスタンブールでやればいいじゃないかと思っていたんですが、トルコの現状を見てみると、もし仮に、イスタンブールで開催されていたとしたら、それはそれで大変なことになっていただろうな、と最近のニュースを見て思いました。

──トルコで何があったのですか?

これはわたしもまったく知らなかったニュースで、たまたま読んだものですが、ちょっと信じられないくらいひどい状況なんです。

──どういうニュースでしょう?

エルドワン大統領というわりとめちゃくちゃな右派の大統領が「イスタンブール条約」という、女性に対する暴力防止、被害者保護、加害者免責の撤廃を謳った条約の批准を撤回したというニュースなのですが、何がひどいかと言いますと、条約からの離脱直後に、わずか12時間の間で6人の女性が殺害され、そのうち4人の殺害理由は、別れ話を切り出したことにあるのだそうです。

──想像を超えるひどさですね……。

しかも大統領が、男女平等が真っ向から否定し「女性と男性の平等を信じていない。自然に反している」と公言しているそうです。

──すごいですね。森元首相が可愛く見えてきてしまいます。

仮にこのような状況のなかでオリンピック開催を控えていたら、それこそ各国のボイコットが必至となっていたかもしれません。あるいは似たような話として、ロシアでは政府がパンデミック下でドメスティックバイオレンスが増えている状況を否認し、問題をないことにしようとしていることに対して女性たちが、さまざまなやり方で立ち上がっていることを『TIME』が「パンデミック下の女性たち」という特集でレポートしています。

──日本の状況はまだだいぶ穏便とはいえ、問題系は同じようにも思えます。

女性やマイノリティの権利主張の高まりにつれて、それに対する反動が激化し、分断がより深刻化するという意味では、たしかに遠からぬところもあるのかもしれません。男性原理的なものへの反動的な回帰という現象は世界的なものとなっているように見えます。そういえば、アメリカでピックアップトラックが、この数十年で巨大化を遂げ、かつ、コロナ禍によって爆発的な売上を記録しているという記事を見かけたのですが、記事は、これを「男性性の危機」に紐づけて論じています。

──へえ。面白いですね。

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The joy of  sobriety

ノンアルコールの希望

ところで、今回の〈Field Guides〉のお題は「断酒の喜び」(The joy of sobriety)というものなんですね。

──唐突に、本題(笑)。

わたしはまったくお酒を飲まない人なので、今回の特集は、ほぼなんの共感もなく、基本、まったく面白くないものとして読んだのですが(笑)、それでも何か書かないといけませんので、お酒にまつわるあれこれを思い返してみて気づいたのは、少なくとも自分のなかでは、酒というものと男性原理社会のイヤさとが、分かち難く結びついているということなんですよね。

──おお。さっきの話と繋がっている、と。

自分のなかでは完全にそうなんですね。個人的な話をしますと、自分は大学時代、ほとんど友だちと呼べる人がいなかったのですが、そのひとつの大きな理由が、当時の大学を規定していた、いわゆるコンパ・飲み会文化というものにまったく馴染めなかったからなんですね。

──あれま。そうですか。

酒が飲めない立場からすると、そこは極めて暴力的な空間で、基本声はでかいしうるさいガサツな空間なわけですから、シラフでいるには堪え難い空間なのは間違いないですし、さらにそこにタガの外れた自尊心や自己顕示欲や性欲が絡んでくるともなれば、ロクな空間じゃないわけですよね。加えて、大学であれば、それが一種のイニシエーションと見做されてもいますので、そこで、「ちゃんとタガやハメを外せないヤツ」は、一人前と見做されないという見えない制約があって、それが無言の同調圧力をつくりあげているんですね。

──うーん。たしかに。

こうした文化は、聞くところによれば電通などの会社に引き継がれていて、社員というコミュニティの一員となるためのイニシエーションとして機能するわけですね。

──それがイヤだった、と。

死ぬほどイヤでしたね。そうした空間には憎悪に近い反感がありましたので、基本そうしたものとできるだけ関わらないように生きてきた、というのが、いま思い返してみると自分の人生だったような気がします。

──しかも、そうした文化は、「無礼講」というような言い方で「社会にとって必要なもの」と根強く見做されてきたものでもありますしね。

そうですね。といって、まあ、こっちとしては、それが楽しくてしょうがないという人をくさしたり、批判したりしてみても何の益もありませんので、ただただ無関心になっていくんですね。勝手にどうぞ、ただし近くでやらないでもらっていいですか?という感じで。そういう文化は、自分のなかでは、いま世間で問題にされている「おっさん文化」の象徴のようなもので、そういう文化に喜んで身を浸していた人は、男女関わらず同じように「鬱陶しいもの」と感じちゃうんですね。

──手厳しいですね。

そんなわけで、ある時期からは、酒席に呼んでも楽しくない人間とされるようになったのか、基本お声もかからなくなって、そういった煩わしさに巻き込まれることも少ないので、お気楽きわまりないのでありがたい限りです。

──あははは。でも、そうやって居場所ができたのはよかったですよね。

そうですね。ですから、今回の特集が取り上げているように、新型コロナをきっかけに世間的にアルコール離れが進んでいることについても、まるで関心が湧かないんですね。その文化そのものと自分をある意味完全に切り離しちゃっていますので、そういう状況になって喜ばしいという気持ちすらない感じです。

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──それでもどこか、面白い話はないですか?

最近は、それこそ今回の特集のメイン記事「カジュアルなお酒飲みも断酒を楽しみ始めている理由」(Why even casual drinkers are embracing the pleasures of sobriety)にも紹介されていますが、アルコールフリーのバーなどが出てきている状況から、ノンアルコール飲料の分野に、目に見えて多様性が増えてきていることは楽しいなとは思っています。それこそ世界で起きているクラフトビールやクラフトジンのトレンドが、コーラやジンジャーエールといったノンアルコールの領域に広がっているのは嬉しいですね。

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──他にはないですか?(笑)

うーん。今回、難しいのは、この特集には、それこそ断酒した人のコメントが多く寄せられていて、しかもそれがいかにポジティブな変容を自身の生活にもたらしたかが語られているところでして、わたしのような酒を飲まない立場からすれば、それを取り上げて、酒を飲むというのがいかにひどい習慣、文化であるかを鬼の首を取ったように語ることもできるのでしょうけれど、自分の飲酒習慣をどうしようが、基本は個人の好き勝手ですから、それを声高に言うのも気が進まないんですね。というのも、タバコを辞めた途端に、原理主義的なアンチ喫煙論者になるような人っているじゃないですか。ああいう感じになるのもイヤじゃないですか。

──たしかに。とはいえ、いまの記事に記載された数字をみてみるとやっぱりお酒の有害度は極めて高いようですね。リソースが明示されていないのですが、2010年の調査によれば、個人と社会にもたらすお酒の有害指数は100点満点で72点というスコアだそうで、これはコカインの27点の3倍近いポイントです。

自分は喫煙者なので、その手の数字でタバコの有害性を訴える数字には敏感だったりしますが、そんな数字を見たからといって止めようとはなかなかならないんですね。それはお酒を飲む人にとってもそうだろうと思うんです。ぶっちゃけたところ、人には自分の健康や生命を自己選択において縮める自由もありますから、特定の個人をそうした数字でもって説得しようとしたところで、余計なお世話だというのは原則としてそうだと思うんです。という前提の上で、それを社会の問題として対応すべきかどうかは、主に飲酒する人たち、それでビジネスをしている人たちが真剣に考えるべきことだとは思います。

──ですよね。

例えば、「飲酒と暴力」ということで言えば、厚生労働省のウェブサイトに、そのものズバリのページがありまして、そこにはこんなことが書かれています。

「例えば日本においては、飲酒による暴言・暴力やセクハラなどの迷惑行為は「アルハラ」と呼ばれており、この『アルハラ』は家庭内だけでなく、社会や職場にも広がっています。2003年の全国調査によると、このような『アルハラ』を受けた成人は3,000万人にも達しており、そのうち1,400万人はその後の生き方や考え方に影響があったと回答しています。このように本邦においても、飲酒による暴力の問題が様々な場面で起こっており、社会的にも大変重要な問題です」(飲酒と暴力 | e-ヘルスネット(厚生労働省)

──3,000万人!

ついで、DV問題について、こうして報告しています。

「飲酒とDVとの関連性には諸説ありますが、刑事処分を受けるほどのDV事件例では犯行時の飲酒は67.2%に達していたという報告があり、激しい暴力においては飲酒との相関がより強いようです。とりわけ日本においては、飲酒をして暴力が発生することが男性に多いという特徴が指摘されています。またアルコール依存症者においては一般人口に比較し暴力問題が頻繁にみられ、断酒後には激減することから、依存症レベルでは飲酒と暴力との関連は明確といえます。

その一方でアルコール問題を持つ者に対する家族からの暴力もあります。特に女性のアルコール依存症者は、夫をはじめとした家族からの暴力を受けやすいようです。しかしながらDVの原因は飲酒だけではなく、夫婦関係や生活歴などの様々な要因が関与しており、飲酒とDVとの因果関係は非常に複雑で、いまだよく分かっていません」

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──いずれにしても、女性が暴力の被害者になっていることが多いということですよね。これは深刻です。

これと先のトルコやロシアでのニュースとを並べてみますと、先にお話したように、男性原理社会の強力なドライバーとしてアルコールというものがあったことは、必ずしも故なしとはしないような気もしてくるのですが、社会全体がそれを受け入れるのかどうかは、私のあずかり知らぬことです。

──今回の特集のなかでは、盛んに「ウェルビーイング」ということばが使われていまして、個人だけでなく会社のウェルビーイングにおける断酒の意義が「会社が社員の断酒をサポートする9つの方法」(9 ways companies can support sober employees)という記事でも明かされていますが、いま、お酒を辞めることが、大きな流れになっているのは、実際はそうしたことと関係があるのかもしれませんね。

どうなんでしょうね。

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──「ウェルビーイング」は個人だけで取り組んでも意味がなく、それは身の回りの環境、つまり会社やコミュニティや都市のウェルビーイングとシームレスに繋がりあっているということは、折に触れてこの連載で指摘されてきたことですが、個人の飲酒習慣は会社や職場の飲酒文化に深く関わっていることを思えば、それなりに広範な変化となるのかもしれません。

コロナによるリモートワークの一般化が、個人の生活文化と会社文化とを切断してしまったことで、個人ベースの改変が可能になったということはあるのだろうとは思います。その結果、ヘルシーにアルコールを楽しむことができるようになったのであれば、それは喜ばしいことだとは思いますが、だからといって、そうした人たちが「ウェルビーイング警察」みたいになって、タバコでやったみたいに、ありとあらゆる「害悪」を環境から追い出そうとするようになるのは、やはりやりすぎだろうと思いますし、結局のところ、なんでもバランスが大事なんですよね。ウェルビーイングの本質は、そこだと思うんです。

──たしかに。

そういえば、わたしは、前内閣報道官で総務省時代の接待で職を追われた山田某という女性にとても反感をもっているんです。

──そうでしょうね。飲み会を断らない人ですから(笑)。

おそらくお酒が好きな方なだけな気もしますし、そのこと事態は罪でもなんでもないと思いますが、男性原理社会のなかで女性としてそれなりのポジションにたどり着くために「どんな飲み会にも参加する」という戦略を自身に課し、かつそれを若者に向けて推奨していたという点で、典型的な「名誉男性」という感じがしてしまうんですよね。つまり、男性文化を完全に内面化した女性ということですが。

──ふむ。

女性たちが、おおっぴらに酒を飲んでへべれけになるということが世間的にアリになったのがいつのことかと振り返ってみると、やっぱりバブル時代だったと考えられるんです。「流行語“オヤジギャル”を生みだした!? バブルの女王・中尊寺ゆつこの功績」という記事に目を通していましたら、バブル当時がこんなふうに描写されていました。

「バブル期当時は女性の社会進出が目立ちはじめ、働くOLたちはそれまでオヤジの趣味(居酒屋飲みやギャンブルなど)と言われていたことにもどんどん手を出していった」(空町餡子、流行語“オヤジギャル”を生みだした!? バブルの女王・中尊寺ゆつこの功績 – ライブドアニュース、exciteニュース、2016/10/4)

そうしたなか、バブルの女王と呼ばれた漫画家の中尊寺ゆつこさんが『オヤジギャル』ということばを漫画のなかで登場させ、大変な流行語になったのですが、女性が広く社会進出し、大きな自由を謳歌できるようになったときに、そこで目指されたのが『オヤジどもがやっていることを自分たちもやる』ということだったというのは、いまから振り返ってみると、なんと言いますか、ある種のややこしさを感じます。

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──むむ。たしかに。この連載の第39話「ホームリノベーションの効能」で、森元首相の辞任騒動をめぐって以下のようなやりとりがありましたが、それに通ずる問題ですね。

森元首相に反発している女性の側が主張しているのは、「その密室のプロセスに女性も参加させろ」ということではないように思うんですね。むしろ、そこで主張されているのは「透明なかたちでやれ」ということなのではないかと思います。

──橋本聖子五輪担当相などは、その密室プロセスに入っていそうですが、みんながあれになりたいわけではないんですよね、きっと

そうなんです。

──ところが、バブル期において、女性たちが自由を謳歌した際の彼女たちの要求は「オヤジがやっていることにわたしたちも参加させろ」ということでもあった、ということですよね。

ゴルフであったり、居酒屋であったり、競馬やパチンコであったりといった、それまで男性に独占されていた空間を自分たちにも解放しろ、という要求・欲求は、当時においてはある種のプロテストとしての意味もあったのだろうとは思うのですが、そうした空間に身を置くために、「自分たちを『オヤジ化』しなくてはならなかった」ということが起きたのだとすると、そうした時代感のなかで「オヤジ化」した女性たちは、結局はオヤジ文化と一心同体の存在でしかないという問題はあるのかもしれない、と思ったりもします。さしたる確証はないですが。

──たしかに、ちょっとややこしいですね。

自分は、へべれけになって正体を失っている女性を見ると昭和のおっさん文化の構成員と見てしまう癖がありますので、そうしたおっさん文化が厳しく断罪されているいまであっても、女性だからといってすべからくそうした「おっさん文化」から除外されているわけではないという感覚は抜きがたくあるんです。そうした文化がはびこるにあたっては、男女間に共犯関係がなかったわけではないはずなんです。

──ふーむ。

ところで、2018年の産経新聞の記事は、アルコール消費量が年々下がっているなか、唯一伸びを示している層が「40代以上の女性」であることを伝えています。

──へえ。

記事にはこうあります。

「日本のアルコール消費量がピークを迎えたのは平成8年。時代でいえば、企業の中間管理職の多くを団塊の世代が占め、昭和46年~49年生まれの団塊ジュニアと呼ばれる世代が大学を出て、社会人として働き始めたりしたころにあたる。

バブル経済は崩壊していたが、先輩や上司につれられて、長酒をともにする『ノミニケーション』の会社文化が色濃く残っていた」(20代男性より『呑んべえ』40代女性の飲酒率1.5倍、産経新聞、2018/8/27)

──つまり、そうした文化・習慣のなかで社会人となった女性たちが、アルコール消費において伸びを示しているということですよね。

記事は明確にはその因果には触れていませんが、ピークにあった平成8年、つまり1995年から20年を経た2016年になると、「男性全体の飲酒率は52.5%から33%に低下。40代男性63.3%から37.9%、20代男性は36.2%から10.9%にまで下がった」となっていまして、男性サイドでは大きな変化がおきています。

──少なくとも若者は男性からして「飲み」を基軸とした文化から離脱しているということにはなりそうです。

こうしてみると、「飲み会は断らない」と豪語していた人はバブル文化の残骸そのものかもしれず、だとすれば、それがここにきて放逐されるのは必然だったんでしょうね。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。NY在住のジャーナリスト、佐久間裕美子さんとともホストを務める「こんにちは未来」をはじめさまざまなポッドキャストもプロデュース。黒鳥社ではビジネスパーソン向けメンタリングプログラム「blkswn lounge」第2期の募集を始めたそうです。


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