Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
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Quartz読者のみなさん、こんにちは。月曜夕方にお届けしているこの連載では、毎週ひとつ「次なるスタートアップ」を紹介しています。今週は、ゼロベースで再構築された患者ファーストの歯医者「Tend」を取り上げます。
Tend
・創業:2019年
・創業者:Doug Hudson、Andrew Grover、Michael Stenclik
・調達総額:1億9,800万ドル(約216億円)
・事業内容:テクノロジー武装された歯科医院の運営
CHALLENGES FOR DENTISTS
歯医者の「課題」
米国の歯科医療(デンタルケア)業界は1,380億ドル(約15兆円)規模と推定される巨大市場でありながら、「歯医者」はイノベーションを避け、旧態依然のサービスを続けてきました。
軽い風邪や頭痛なら市販の薬で済ませることもありますが、虫歯や歯周病など歯を患った場合に思いつく選択肢は、ほぼ歯医者一択。それでも実際に歯医者に行くのをためらう人は少なくありません。アメリカでは専門的な治療が必要とされても、足を運ぶのは半数ほどだと言われています。
ここまで歯医者が敬遠される理由はいくつか考えられます。まず、ネガティブなイメージです。歯を削る「キーン」という音が響く待合室や薬品の独特の匂いなどから、誰しも「歯医者=怖い」という不安が刷り込まれています。
治療方針や治療費の目星がつかないのもネガティブな要素です。抜く必要のない歯を抜いて、インプラントで高額な請求を受けることもあるでしょう。保険の貧弱なアメリカでは普通の虫歯の治療も数十万と高価で、知らずに治療して自己破産する例もあります。予約も電話が中心で、時間どおり行っても待たされるのがオチです。
顧客ロイヤルティを測るNPS(Net Promoter Score)はなんと1で、金融サービスの39、小売の46と比べてダントツの最下位です。「ベストな解決法は歯医者に行かないこと」という深い矛盾を抱えた歯科業界。行くのが嫌になり、虫歯の処置が遅れるほど儲かるという、業界全体が陥った負のサイクルです。
そのしわ寄せは患者に向きます。歯科治療という顧客体験は20年間その姿を変えず、子どものころに行ったときとさほど変わらない有様です。
WHO IS TEND
Tendとは?
Tendはこういったネガティブな要素を排除した歯科医院を運営しています。
まず驚かされるのはホスピタリティの高さです。まず、予約はすべて、洗練されたUIの専用アプリから。クリニックに着くと、エステサロンのような洗練された空間で、明るい雰囲気のスタッフが出迎えてくれます。
受付を済ませると、スタイリッシュな洗面台に通され歯を磨き、その後は治療が行われる個室の歯科用ユニット(診察椅子)に寝て待つだけ。医師が個室を訪れ、治療が始まります。治療中は専用サングラスとヘッドホンを装着し、天井に設置されたモニターでNetflixの番組を観ることができます。
診察前の歯磨き粉のフレーバー、治療中に焚いてほしいアロマの香り、Netflixの好みの番組は、予約時にオーダーできます。会話しながら進める医師がよいか、黙って静かに治療だけして帰りたいかなど、治療の進め方まで予約時に選べます。デンタルケア製品をTendのオリジナルブランドで統一しているのも利用者の心を掴むポイントです。
もちろん、あの「キーン音」を抑える対策として、静音設計の治療用ドリルを採用。医師のユニフォームは病院にありがちな白衣ではなく、ライトグリーンの柔らかい色合いにするほか、クリニックを「スタジオ」、治療前の歯磨きタイムを「フレッシュアップ」という言葉に置き換えるなど、患者の緊張をほぐすためのきめ細やかな工夫も忘れません。
歯科医の品質にも徹底してこだわります。Tendの医師を名乗るために課される独自の試験は合格率5%の狭き門です。技術はもちろんのこと、コミュニケーション力やホスピタリティ性など厳しく審査されます。
また、治療費は予約時に提示されるので、会計時に怯えることはありません。治療も料金も、患者の理解と納得を前提に進められる仕組みです。
Tendの革新性はデジタルを前提に、歯科体験をゼロベースで再定義した点にあります。既存の歯科にテックを上乗せするだけでは、顧客体験の変革に限界がありました。NPSの低い金融業界で、デジタルを中心に銀行そのものを作ってしまう「チャレンジャーバンク」が登場したのと同じ文脈で、Tendの登場は理解できます。
FROM CRISIS TO OPPORTUNITY
コロナという「好機」
創業者でCEOのダグ・ハドソン(Doug Hudson)はデンタルケアの領域で過去に3社を起業した経験を持つシリアルアントレプレナーです。2013年に立ち上げた3Dプリンターの歯科矯正のSmile Direct Clubは2019年にNasdaqに上場を果たしました。
ハドソンによると、デンタルケア業界は「ほとんどイノベーションが起きていない」状態で、電動歯ブラシを扱うところはあっても所詮オーラルケア(口腔衛生)止まり。デンタルケアの本丸である歯医者に食い込むスタートアップはなかったと言います。
満を持してTendの1号店をニューヨークに構えたのが2019年。「家賃も人件費も高く、競争も厳しく顧客が求める品質も高いが、この環境で磨き上げたホスピタリティならば全米どこでも勝負できる」と、ニューヨークに6店舗をオープンし、世界一厳しい市場でサービスを磨き続けました。
興味深いことに、Tendはコロナで一旦はクローズしますが、6月の再開後の売上はコロナ前を上回ったそうです。理由は「厳密な予約制、個室での処置、クリーンで衛生の行き届いたな施設、そしてステイホームで気が滅入る患者が求めるホスピタリティ」と、ハドソンは言います。
Tendは今月1億2,500万ドル(140億円)もの巨額のファイナンスに成功しました。20年間変わらなかった歯科業界に、コロナが開けた風穴。選別が厳しくなった消費者に、求められたテクノロジーの透明性と、人間味あふれるホスピタリティ。リアルビジネスに逆風が吹くなか、Tendの躍進はコロナを危機から好機に変えるヒントを与えてくれます。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。Twitterアカウントは @kubotamas 。
Cloumn: What to watch for
2人のリーダー
米国の1〜3月期GDP速報値が発表され、年率換算で昨年同期の4.3%から6.4%へ加速しました。牽引役となったのはGDPの7割近くを占める個人消費で、10.7%と大きく増加。企業の設備投資も9.9%、住宅投資も10.8%と、それぞれ伸びました。米国は1-3月期の決算発表シーズンを迎えていますが、こちらも好調です。米グーグルの持ち株会社、アルファベット(Alphabet)の四半期売上は34%増の553億ドル(約6兆円)と過去最高益。AppleとFacebookの純利益は1年前と比べほぼ倍増しています。決算発表企業のうち、市場予想を上回る発表をしている企業が86%と、数字は米国経済の順調ぶりを表します。米国では人口のおよそ3割にワクチン接種が完了されていて、ワクチン接種が進んだことへの安心感、経済開発が再開した実態が今回のGDPに反映された形になりました。ニューヨークのビル・デブラシオ市長は7月1日には経済の正常化を目指すとの意向を示しています。
ここでリーダーシップを発揮するのが、米連邦準備理事会(FRB)ジェローム・パウエル議長と、4月29日で就任100日目を迎えたジョー・バイデン米大統領。バイデン大統領は施政方針演説(100日間の成果と今年の指針を示す演説)のなかで「3つのC(COVID-19 、China、Climate)」というパワーワードを示しました。新型コロナによるダメージからの雇用回復、経済活動の再開をアピール。中国については、次世代の技術で優位に立たなければならないと警戒感を示し、気候変動対策を通じアメリカに雇用を生み出し、成長戦略とする考えを強調。気候変動対策を含めたインフラ投資や教育の拡充などの成長戦略に総額4兆ドル(約430兆円)規模を投じ、経済の再生を図る構えです。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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