Stautup:欧州スタートアップでいま起きていること

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Deep Dive: Next Startups

次のスタートアップ

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月曜夕方のニュースレターでは、毎週、世界のスタートアップシーンの最新動向をお届けしていますが、今日は先日開催したウェビナーシリーズ「Next Startup Guide」第6回のダイジェスト版をお届けします。

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「Next Startup Guide」は、世界の第一線で活躍するベンチャーキャピタリストをゲストに迎えて毎月開催しているQuartz Japanのウェビナーシリーズ。第6回は欧州、とくにイギリスにフォーカスし、Global Brain上前田直樹さんをゲストに迎え4月28日に開催しました。

今回は、月曜夕方のニュースレター「Deep Dive」の連載「Next Startup」のナビゲーター、久保田雅也さんとともにお届けしたウェビナーのエッセンスを、読者の皆さんと共有します(ウェビナーで使用したスライドのダウンロードはこちらから:PowerPoint / PDF)。

※ 次回ウェビナー第7回は5月27日(木)12:00〜の開催。コロナ禍で立ち上がるインドのスタートアップを特集します。詳細はこちらから。お申込みはこちらのリンクからどうぞ。

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上前田直樹(かみまえだ・なおき) ソニー、Sony Network Entertainment Int’lを経て、グローバルブレインに参画。ソニーでは、ソフトウェアエンジニアとして、AI、ビッグデータ技術の研究開発および、VAIOやPlayStationなどへの事業適用をリード。ヨーロッパ・イスラエルの投資とビジネスデベロップメントを担当している。

久保田雅也(くぼた・まさや) WiL パートナー。伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、2014年、WiL設立の際にパートナーとして参画。QUARTZ JAPANのニュースレター連載「Next Startup」では、毎回世界の注目スタートアップを取り上げているNewsPicksプロピッカー。Twitterアカウントは @kubotamas

how it works

欧州スタートアップ地図

久保田(以下、K) デミス・ハサビスのDeepMind(ディープマインド)がグーグルに買収されたのは、2014年のことでしたね。当時、イギリスは一躍「AIイノベーションのハブ」として注目を集めました。こうもうまくイギリスでAIのクラスターが立ち上がった背景には、何があったのですか?

上前田(以下、N) まず、大学のレベルが非常に高いことが挙げられますね。イギリスにはケンブリッジ大学やオックスフォード大学をはじめ、UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)やインペリアル・カレッジなど、AIの分野に強い大学が揃っています。DeepMindが成功して以降、さまざまなVCが「AIにフォーカスする」と謳って投資を積極的に行ってきましたが、その過程でさらに強化されてきているとも感じます。

K DeepMind以降も、AIスタートアップはずいぶん出てきていますよね。

N ええ。目立った存在なのがブリストルに拠点のあるGraphcore(グラフコア)というスタートアップで、時価総額は20億米ドル規模です。ケンブリッジ大学発のサイバーセキュリティ関連AIスタートアップ、Darktrace(ダークトレース)もユニコーンになっています。

K ヨーロッパでは、イギリスだけでなくドイツの存在感が高まっているという話も聞きます。いまでは欧州全域で、フラットかつ同時多発的にクラスターが生まれているのでしょうか。

N ブレグジット以前は、完全にイギリスの一人勝ちでしたが、いまではドイツやフランスのプレゼンスも目立ってきています。おそらくいま、AIのスタートアップの数でみるとドイツがもっとも伸びている気がします。

K やはり。

N イギリスの強さに変わりはないのですけどね。そもそもVCもパン・ヨーロピアンという見方で投資する動きが盛んだったのですが、より流動的になってきている印象はありますね。

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K 先日、上前田さんには、ヨーロッパのなかでも最近スペインがアツいと教えていただいて驚きました。気候もシリコンバレーそっくりで、こう言ってはなんですが、「意外と働く」と。

N スペインは、大学のレベルが非常に高いのと同時に、賃金が安いのですね。いま、R&Dの拠点として注目されています。かつて、欧州のスタートアップはルーマニアやポーランド、ハンガリーに開発拠点をもつというのが流行っていましたが、徐々にスペイン、ポルトガルに移っていますね。

K そもそもヨーロッパのスタートアップにおいては、「拠点がどこにあるのか?」という質問自体がナンセンスなのでしょうね。とはいえ、ブレグジット後のいま、欧州の分断も危惧されています。そんななかで、スタートアップはヨーロッパ全域を押さえようとしているのですか? あるいは、いきなりアメリカを目指すのか、それともアジアなのか……。

N イギリスだと、まずはヨーロッパを目指しますね。ブレグジットがあるとはいえ、いまだに各種ビザは取りやすいのです。一方のドイツのスタートアップの場合は、まずヨーロッパに行ってからイギリスを経由して、アメリカへ行くという感じでしょうか。

K なるほど。ヨーロッパといえば、いまUiPathの上場にヨーロッパ中のベンチャーコミュニティも盛り上がっていると思います。さらにRevolut(レボリュート)やTransferWise(トランスファーワイズ)などデカコーン級が出るなど、ずいぶん潮目が変わってきているのではないですか。

N そうですね。ファンドサイズがどんどん大きくなっているなかで、ヨーロッパのスタートアップ・エコシステムにも変化は起きています。かつてはアメリカのファンドに頼らざるをえなかったのが、ヨーロッパのファンドだけでもある程度グロースできるようになってきました。UiPathにもともと投資していたVCのEarlybird(アーリーバード)はベルリンを拠点にしていますが、それもあって、いまドイツへの注目が集まっているといえますね。

clean and diverse

クリーン、ダイバース

K ヨーロッパといえば、上前田さんには当地のクリーンテックの現状をお聞きしたかったんです。いま、テーマとしてサステナビリティSDGsが盛り上がってきていますが、やはりその分野はヨーロッパが本家ですから。

N いろいろと出てきていますよ。材料系──廃棄物からプラスチックをつくったり、二酸化炭素を吸着したり──、あるいはバッテリーの技術開発など、アカデミアと密接なテック系の事業は、イギリスでもドイツでも、さらにはフィンランドなどでも、レベルの高い大学がたくさんあることもあって目立っています。面白いことに、そうした分野に関するデータビジネスも出てきています。多様なデータをいかにうまくデータプラットフォーム化していくかというビジネスが、北欧を中心に生まれています。それらのプレイヤーが今後、グローバルスタンダードを取りにいくと見ています。

K 面白いですね。ヨーロッパではダイバーシティの議論も活発ですよね。

N ええ。ちょうどこのウェビナーの直前には投資先の取締役会に出ていたのですが、そこでも採用の際に考慮すべきダイバーシティについて議論していました。アーリーステージでもダイバーシティを保つことで、その後グロースしていくなかで会社として、ビジネスとして成功するはずです。起業の最初のころからダイバーシティを「会社のDNA」としてもつことの意義が、あたりまえに語られています。

K 土地に根ざしている文化ということでは、世界の「金融ハブ」であったロンドンからフィンテック・スタートアップが多く生まれているのも興味深いです。フィンテックを目指す若者も多いし、政府の後押しもある。上前田さんがご覧になられているなかで、やはりロンドンには「育つ土壌」があるのでしょうか。

N 非常にそう思いますね。まず、イギリス政府は3つのセクター──AIフィンテックサイバーセキュリティに力を入れていますが、実際に政府系のアクセラレータ「Tech Nation」がこの3セクターに注力しています。さらに、規制緩和をきっかけにフィンテックはものすごく伸びていて、フィンテック系のネオバンク、いわゆる「チャレンジャー・バンク」が活発に立ち上がってきました。その裏で、フィンテック周りのさまざまなインフラの会社やバンキング ・アズ ・ア・サービス(BaaS)が出てきています。

startups

「注目」の3社

N 注目するスタートアップのひとつとして挙げたいのが、まさにBaaSのスタートアップ、Railsbankです。

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#1 Railsbank(レイルズバンク)

創業年:2016年3月

創業者:Nigel Verdon

資金調達総額:$51.4M

主要VC:Moneta VC、Ventura Capital、Anthos Capital、Global Brain

事業内容:オープンバンキングAPI の開発

注目ポイント:グローバルに展開する唯一のBaaS Platform/Fintechシリアルアントレプレナーによる創業

N そもそもBaaSとは何かというと、「銀行のインフラをすべて裏でつくってAPIを提供する」ということ。例えば「上前田コーポレーション」という会社が「上前田バンク」をつくりたいと思ったとき、その会社はライセンスをクリアし、システムをつくる必要に迫られます。もっとも、そのシステム自体がバリューを生み出すわけではなく、本来、バンキングサービスをもって何をするかのほうが重要なはずですよね。しかし、現実は、その過程に何年もかかってきたのです。

K ええ。

N それらをすべてひとまとめにしてAPIを提供するのが、BaaSです。なかでもRailsbankはグローバルに展開できる仕組みをつくっていて、ヨーロッパだけでなく、東南アジアやアメリカに進出しています。

K 写真を見る限り、創業者のふたりはずいぶん経験が豊富なようにみえますね。銀行や証券会社を辞めた人間がフィンテックスタートアップを始めるようなケースは、多いですか?

N このふたりは、どちらもRailsbankが3社目だったはずです。そのひとり、ナイジェルは、UBSを経て2社目として起業したのがCurrencycloud(カレンシークラウド)というスタートアップ。Currencycloud はTransferWiseの競合として成長していますね。

K BaaSを提供する企業はほかにもいくつかあると思うのですが、Railsbankが強みとしているポイントはどこにあるのでしょうか。

N Railsbankの強みは、ライセンスの銀行のバランスシートをもっていない点にあります。本格的な銀行ライセンスを取っていないからこそ、世界各国にパートナーをもち、ソフトウェアレイヤーで一気に展開していけるのですね。身軽なことこそが強み、ということでしょうか。

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#2 Seldon(セルドン)

創業年:2014年8月

創業者:Alex Housely

資金調達総額:$13.7M

主要VC:Cambridge Innovation Capital、Amadeus Capital Partners、Global Brain Corporation、AlbionVC

事業内容:機械学習技術によるビッグデータ処理、ウェブユーザやモバイルユーザの電子コマース上の消費行為を予測

注目ポイント:注目されているMLOpsのプレイヤー/オープンソースというユニークなアプローチ/世界中にユーザーが存在

N ふたつめとして挙げるのは、AIスタートアップのSeldonです。実はファウンダーたちに最初に会ったとき、ビビッときたのですよね。

K 上前田さんはそもそもAIのエンジニアでいらっしゃいますものね。

N いま、AIはテストフェーズを経て、実際に適用されるフェーズに入ってきています。そうなると自ずと、AIのモデルそのものをメインテナンスしていかなければならないという課題が立ち上がってきます。Seldonは、そのメインテナンスを支援するツール、MLOpsのスタートアップです。

分かりやすい例として、レコメンデーションエンジンを挙げましょう。ユーザーの購買履歴に合わせて商品をすすめるレコメンデーションエンジンはいまやECサイトの売上げを大きく左右しますが、だからこそ、そこに新しいアルゴリズムを適用させるとなると重要な意志決定を伴います。その移行をスムーズに、かつ容易にできるようなツールが必要になるわけです。

K ええ。

N Seldonのプラットフォームは、実際にAIのパフォーマンスを常時モニタリングしていて、ユーザーの新しいビヘイビアを再学習しながら走らせることを可能にします。

K お聞きしていると、ぼくですらググッときます。上前田さんがいちばん重視されたポイントはどのあたりにあるのですか?

N オープンソースのアプローチを取っている点でしょうか。MLOpsには競合が何社かありますが、それらはみな、クローズドのソフトウェアを売っています。彼らのオープンソースのアプローチは非常に面白いですね。膨大な数のユーザーベースとパートナーをオープンソースで抱えたうえでプロダクトを売っていますが、そのコンバートがうまくいくと一気に跳ねるでしょうね。クローズドでやっていくとスケールするのに時間がかかりますが、彼らは真逆ですからね。

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#3 Healx(ヒールックス)

創業年:2014年4月

創業者:Tim Guilliams

資金調達総額:$67.9M

主要VC:Amadeus Capital Partners、Balderton Capital、Global Brain、Atomico

事業内容:希少疾患向けのAIを用いた創薬

注目ポイント:Drug Repurposingを活用した希少疾患向けの薬を開発/高度なAI技術と医薬品・希少疾患の膨大なデータをもつHealnetを活用

N 「AI×創薬」のスタートアップはいくつも生まれていますが、3社目として挙げるHealxはケンブリッジ大学発のスタートアップです。Healxが面白いのは、すでに承認された既存の薬を組み合わせて、新しい病気に対するソリューションを見つけるとしている点ですね。

K おもしろいですね。

N 特に、患者数100万人以下のような希少疾患をターゲットにしているのも特徴です。大手の製薬会社では、開発費と成功確率とその後のマーケットを天秤にかけたとき、ペイしないとなると研究も熱心にはされていません。そうして置き去りにされた患者に、Healxはフォーカスを当てています。いちからドラッグをつくるのではなく、AIを用いて、既存のいろんなドラッグを組み合わせようというわけですね。

K 安全性の観点からも、既存薬を活用する意味は大きそうです。

N そうですね。マーケットに出ていくまでの認証のプロセスが簡単になるのは間違いありません。彼らが希少疾患にフォーカスした理由はもうひとつあって、実は希少疾患 に関する研究そのものは進んでいるのですね。臨床データは膨大にあって、論文も数多く存在しています。既存薬と研究データを組み合わせることで、実は簡単にソリューションを生み出せるのではないかという仮説が、彼らのビジネスのスタート地点にはあるようです。

K アカデミアとの連携と、それによって担保されるデータの質と量がキモになりそうですね。

N そうですね。Healxは世界規模の希少疾患患者のグループとつながっています。彼らからデータをもらいながら、さらに大手製薬会社とも連携し、巻き込みながら前に進んでいるスタートアップです。

Europe will run the world

欧州が世界をリードする

K ウェビナー参加者の方からGDPRについての質問も多くいただいています。上前田さんは、GDPRをどう見ていらっしゃるのでしょうか?

N ご存知の通り、ヨーロッパではGDPRをはじめとするさまざまな規制が進んでいます。もちろんそれらに対応するにはコストもかかりますが、一方でそうした状況を踏まえたビジネスも生まれてきています。そして、それらのビジネスは、アメリカからはなかなか出てこないんですね。ヨーロッパから出てきたものがトレンドになって、いま、アメリカに進出していったりもしています。

K ビジネスオポチュニティとしての、GDPR。

N ええ。そのさまを世界各国政府が見ていて、自分たちのところにちょっとずつ入れようと動いています。GDPRに対応するためにつくったビジネスを、ほかのかたちに展開していく機会にもなっていますね。

K とくにプライバシーについていえば、「とりあえずもっておけ」という思想のないビッグデータ議論には、もはや意味はありませんね。ヨーロッパの動きを見ていれば、最先端にいる人間が、そのデータに意味があるのか、どんなデータをどんなかたちで押さえるかを真剣に考えていることは明らかですよね。

(編集:年吉聡太)


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