Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
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Quartz読者のみなさん、こんにちは。月曜夕方にお届けしているこの連載では、各回ひとつの「次なるスタートアップ」を紹介しています(これまでの配信記事はこちらから)。今週は、「インターネット時代のスタンフォード」(Stanford for the internet)を謳う「On Deck」を取り上げます。
・創業:2015年
・創業者:Erik Torenberg, Julian Weisser
・調達総額:2,500万ドル(約27億円)
・事業内容:オンラインスクール兼コミュニティプラットフォーム
DISCONNECTION FROM “SCHOOL”
「学校」からの断絶
いまや人類は「人生100年時代」に突入したともいわれる一方で、不思議に思うのが、「学校」という体験からの断絶です。大学卒業を22歳とすると、一般的に、それ以降は学校と無縁の人生を歩む人がほとんどでしょう。
学校は夢や目標の探究、スキルや技能の習得、そしてさまざまなネットワークや交友関係を築く場で、本来これらの営みは一生をかけて続くはずです。社会人になってから学校に舞い戻るケースもありますが、場所や金銭面での制限もあり、そのハードルは高いまま。世界ではインターネットが当たり前なのに、です。
多くの業態でルールチェンジを起こしたインターネットの恩恵は、人生100年時代の「学び」にまで及んではいませんでした。
WHO IS ON DECK?
On Deckとは?
人生のどんなときでも学びたいことを学べる──。これを実現するのが「On Deck」です。多様なオンライン講座を提供するプラットフォームを運営しています。
各プログラムは8〜10週間で、選りすぐりの受講生が世界中から集まります。ライブ授業や仲間とのワークショップにはじまり、大物投資家へのプレゼン(デモデイ)までがラインナップされており、クラスは実にさまざま。頻繁にクラスに現れる著名人のゲストは、無報酬でこのコミュニティに協力をしています。
受講生は「On Deck Fellow」(ODF)と呼ばれています。Slackでは活発に相談や議論が行われ、誰とでも1対1の面談をリクエストできます。バーチャルディナーが頻繁に開催されますが、参加者の組み合わせは機械学習を駆使して綿密に練られています。
On Deckが目指すところは、「誰がどんな環境にいても、一生涯を通じて学び、仲間と出会い、自分を高め続けることのできる場所」です。
起業を例にとれば、プログラムではまずデザインなどのスキルを習得。起業の基礎から共同創業者の発掘、業界特有の知識やネットワーク構築、事業グロースの方法論からエンジェル投資のやり方まで、すべてを網羅しています。
On Deckは学校の提供価値をライフスパンという時間軸で再構築し、インターネットを介して世界中のどこからでもアクセス可能にしています。
On Deckのモットーは「何かを得るより前に、誰かに貢献すること」だとされています。「入学」のための合格率は5〜20%と米国の名門スタンフォード大学並みの狭き門ですが、その選考の際にも「利他の精神」が重視されています。On Deck参加者の満足度が高いのは、抜群に優秀で協力的な仲間との出会いが最大の理由です。
On Deckは、しばしば世界トップのアクセラレータであるY Combinator(YC)と比較されます。両者の違いは、YCが12万5,000ドルの出資と引き換えに7%の株式を提供する一方で、On Deckでは2,000ドル程度と有料なうえに出資はナシ。YCの参加者はスタートアップ企業であるのに対し、On Deckがフォーカスするのは「人」であり、より広く高い次元を対象にしていると言えます。
THE RARE ASSET OF “COMMUNITY”
資産は「コミュニティ」
各コースの「生徒数」は2〜30人と少数精鋭。On Deckではこれを数百人単位にすることは考えておらず、逆にコースの種類を増やすことであらゆるテーマを網羅する計画です。
そう聞くと「果たしてスケールするのか?」と疑問が湧きますが、そこにビジネスモデル的にもよく考えられたOn Deckの狙いが見えてきます。
1つ目はネットワーク効果です。コースを細分化して参加者の多様性を重視することで、「自分にないものをもっている人とつながれる」効果が最大限に発揮されます。講座の人数ではなく種類を増やすのは、多様な目標やバックグラウンドをもった人の参加を促すためです。卒業生が増えていくなかで価値が希釈化するのではなく、ODFが増えれば増えるほどOn Deckの価値が増すという構造です。
2つ目は「一生涯の学校」と位置付けていることです。「卒業したら終わり」な大学やアクセラレータと違い、人生の転機やステージの変化の度に戻って来たくなる場所です。参加者のライフタイムバリューは数週間ではなく一生涯にわたり、高い採算性が見込めます。
3つ目にブランドです。有名大学のランキングが長い間変わることがないように、いったん強固な評判や名声が築かれると競合があとから追い付くのは簡単ではありません。結果、新たな受講生の獲得もマーケティング費用は一切投入せず、すべて口コミです。
つまり、On Deckが提供しているのは「コミュニティという希少資産」です。毎年1億円の奨学金を用意し潜在的なタレントを掻き集めている理由もそこにあります。企業に属さず自立した環境にある個人が求めるのは、質の高い出会いや意味のある繋がりです。そのニーズを的確に捉えたOn Deckは凄まじい成長を見せ、事業としてもすでに黒字化しています。
THE CONCEPT OF ON DECK
On Deckという構想
On Deckの起源は、創業者のエリック・トレンバーグ(Erik Torenberg)が、起業家やテック関係者向けに開いていたディナー会に遡ります。2016年から2019年まで、世界23都市で数百回も、招待制でさまざまなユニークな人を招いた会を不定期に開催していました。
トレンバーグの気づきは、「人はキャリアの狭間にこそ多くの迷いを抱え、起業のアイデアや次のチャレンジの仲間を求め、出会う機会を求めている」でした。“On Deck”には「準備を整える、待機する」という意味がありますが、人生の節目でいつでも戻ってきて、次の挑戦に備えるための場所も意味します。
新型コロナが直撃したとき、On Deckはすべての活動をオンラインに移行するとともに、困難な課題を前に立ち上がりたいという人びとの想いに寄り添いました。奮い立たされた世界の「潜在起業家」から、毎月数千ものアプリケーションが届き、協力するベンチャーキャピタリストは200を超えています。
On Deckを支える著名投資家のKeith Rabois(キース・ラボイス)は、テック関係者にマイアミ移住を呼びかける「マイアミ・ムーブメント」の仕掛け人です。
物価の高騰、貧富の拡大と治安の悪化、多様性の欠如など、根深い問題を抱える脱シリコンバレーの思想は、On Deckが目指す最終地点である「Siliconvalley in the Cloud(クラウド上のシリコンバレー)」に通じます。On Deckはシリコンバレーを「場所ではなくコミュニティ」と再定義し、フラットになった世界でデジタル上にこれを再構築しようという野心的な試みであり、シリコンバレーをディスラプトする狙いをもった壮大な構想と言えます。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。Twitterアカウントは@kubotamas。
連載「Next Startups」では、これまで精子バンクからライブコマース、暗号資産まで多くのテーマを扱ってきました。配信数は70を超え、各回毎に最先端のスタートアップの動向をキャッチアップできる内容になっています。過去アーカイブ一覧はこちらから。
Cloumn: What to watch for
愛にワクチン必須
マッチングアプリ各社が、ユーザーにワクチン接種をすすめています。新機能として、例えばユーザーの予防接種ステータスを表示するバッジや予防接種を受けたユーザー向けの無料のプレミアム機能などが実装されているようです。そのひとつ「Tinder」では「予防接種を受けた」「ワクチンは命を救う」と宣言するステッカーをプロフィールに追加することができ、6月2日〜7月4日の間にこのキャンペーンに参加した人は、無料で「スーパーライク」を送る特典を獲得できます。
マッチングアプリ各社を巻き込んでワクチン接種の促進に乗り出したのはホワイトハウスで、今月21日、若年成人のワクチン接種奨励を目的にマッチングアプリと提携したことを発表しました。
Tindierが実施した調査によると、パンデミックが始まって以来、アプリを介してデート相手を探す際に「ワクチン」に言及するケースは800%増加したそうです。ワクチン接種済み、または接種予定の場合、未接種よりも14%多くのマッチを獲得することを示す「OKCupid」の調査結果も出ています。TinderやOKCupidのみならず、「Plenty of Fish」「BLK」「Hinge」「Bumble」などの競合同士が一丸となって、今後数週間にわたって同様のキャンペーンを展開する計画です。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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