Feature:中国は地球を救えるか

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Special Feature

中国ウォッチャーに訊く

Quartz Japan読者の皆さん、こんにちは。今週は、1週通してワンテーマで午後のニュースレターお届けする特集週間。3日目の今日は、世界の大国となった中国の環境への取り組みをみてみましょう。

Abstract photo illustration of Isabel Hilton
Image: Illustration by Ricardo Santos & Daniel Lee

今週は…[中国ウォッチャーに訊く]

ワクチン外交やコロナ後の世界復興、あるいは人権問題から途上国のインフラ整備、さらには気候変動まで。あらゆる問題で世界が避けては通れない国、中国と、わたしたちはどう向き合えばいいのか。今週(21〜25日)お届けするニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」は、対中政策のキープレイヤーである英国の視点から、さまざまな分野の識者のインサイトをお伝えしていきます。第3回の今回は、中国の気候変動への取り組みを15年以上見てきたジャーナリストが登場します。


イザベル・ヒルトン(Isabel Hilton)はスコットランド出身のジャーナリストで、中国の環境や気候変動に関する記事を英中2カ国語で発信する非営利ウェブサイト「China Dialogue」(チャイナ・ダイアログ)のファウンダーです。2009年には「中国における環境意識向上への貢献」が評価され、大英帝国勲章オフィサーを授与されています。

ヒルトンが中国に初めて触れたのは、10代のころ、オハイオ州の高校に交換留学した際に中国語の習得に挑戦したときでした。スコットランド帰国後もエジンバラ大学で中国語を勉強。その後、中国に3年間滞在し、北京言語学院と上海の復旦大学で学びました。

ヒルトンは2006年に英国に戻りChina Dialogueを設立しましたが、2021年、自身の個人プロジェクトを追求するためにCEOを退いています。英国王立国際問題研究所(Royal Institute of International Affairs)のシンクタンクおよび英国中国学者協会(British Association of China Scholars)のメンバーでもあります。


Interview with Isabel Hilton

中国に期待できること

──まず、China Dialogueについて教えてください。

わたしたちがChina Dialogueを立ち上げた2006年は、インターネットが発展し、中国にかつてない公共圏が突如出現した年でした。当時はかなり楽観的な見方がされていました──中国はよりよくなり、市民社会は動員され、優れた調査報道が行われ、未来を見据える活発な社会になる、という具合に。

当時、気候変動に関する話題は、どちらかというと非難の対象になりがちでしたね。ロンドンやニューヨークで気候変動の話をしようものなら「中国が10分ごとに石炭火力発電所を建設しているのに、われわれが電球を(LEDに)交換する意味があるのか」と言われ、かたや中国では「(欧米の)1人あたりの二酸化炭素排出量はわれわれの3倍で、みんな高炭素の生活をしているのに、それを維持するためにわれわれに発展を止めろというのか」と言われるような……まるで耳の聞こえない人同士の対話だったのです。China Dialogueは、いわば相手の立場を理解するためのプラットフォームとして生まれ、その根底には「悪い情報からよい政策は生まれない」という考え方があります。

──China Dialogueは、中国ではどのように受け止められましたか?

設立当時、気候変動を重く受け止める人はいてもまだ力不足で、“仲間”を必要としていた(中国の)環境保護機関も含めて、関心をもって受け入れられました。中国の政府関係者の多くは、自分たちから発信される情報が他国であまり信用されていないことを理解していましたからね。

わたしたちは、中国が抱える課題を、少なくとも公平に扱っていました。独立した非営利団体であり、わたし自身にはジャーナリストとしてのキャリアがあります。中国政府のプロパガンダだと疑われないようなプロフェッショナルな活動をすることが非常に重要で、中国にはその価値を理解してくれる人がたくさんいました。

現在、中国では気候変動や環境問題についてより広く議論されています。が、2006年当時はそうではありませんでした。つまり、China Dialogueは、「みんな気づいているけれど実際には考えられていない」事柄への窓を開くような存在だったわけです。当時は、中国に関する会議に出席したとしても誰も気候変動については触れず、逆に気候変動に関する会議では誰も中国について触れなかったわけですが、中国との関わりをもたなければならない人が増えるにつれ、それぞれ議題として上がるようになってきました。

いま、状況は大きく変わっています。気候変動の分野に限っていえば、わたしたちが長年にわたり培ってきた交流がありますし、中国の現状に対する理解も深まっています。中国人は本来もっとオープンで、かつては実際にそうでした。しかし、国家主席に習近平が選出されて以来、非営利団体であれ企業であれ、中国国外の団体が中国で活動するための条件はより厳しくなっています。China Dialogueも、設立当初はグレーゾーンが多かったため、誰かに迷惑をかけなければ何をしてもいいという状況でしたが、現在、規制はより厳格に。シンクタンクや事業として独立性を保つことが、非常に難しくなっています。

地政学的な緊張感から、疑心暗鬼も生じています。(米国などでは)アジア系アメリカ人が非アジア系アメリカ人からの暴力に晒されているのを実際に目にしますが、一方で中国にいる外国人は中国に敵対しているとみなされています。しかし、いずれは落ち着くと思います。この国で永久に続くものはない。中国に長く関わるなかで、そう思うに至りました。

──気候変動に関して、中国から出されている最良のプランは?

中国から提出されている最善のシナリオは、2060年までにカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量から吸収量・除去量を差し引いた合計をゼロにすること)の達成と、2030年までに二酸化炭素排出量をピークアウトさせるというものです。

40年後のカーボンニュートラル達成を発表したことそのものは、長期的な取り組みを期待できるものとして評価できます。しかし、本当に重要なのは、その目標を達成するために、いまからどのようなステップを踏むかということです。

その点で残念なのが、2030年までに排出量をピークアウトするという目標です。これは6年前のパリ協定で約束されたもので、当時からかなり緩やかな目標だとみなされていましたから。排出量が増加し続けるのを放置すればするほど、その分ピークは高くなり、それ以降で達成すべき下降曲線もより急なものになります。いまから2030年までは、中国だけでなく、パリ協定を遵守して「1.5℃目標」(*1)を達成しようとしているすべての国にとって、本当に重要な時期です。

*1:2015年に合意されたパリ協定では、産業革命前に比べて世界の平均気温の上昇を2℃未満に抑えること、可能であれば1.5℃の水準に制限することに175カ国が合意。

現状について率直に言うと、世界のどの国も順調に進んでいるとはいえません。中国にいたっては、まったく進んでいないといえます。

──どうしてそんなことになったのでしょうか?

第14次5カ年計画(*2)において、中国には明確かつ断固とした道筋を示すことが期待されていましたが、そうはなりませんでした。(2021年3月の全人代での同計画の)発表では、気候よりも安全保障が強調されていた印象ですが、これは地政学的な緊張が気候変動への長期的な取り組みに優先されてしまった結果だと思います。

*2:2021年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)において承認された「国民経済・社会発展第14次五カ年計画と2035年までの長期目標要綱」では、イノベーション、協調、エコなどからなる「新しい発展理念」に添った方針が示されている。

中国で消費されるエネルギーはパイプラインや船で運ばれてきますが、後者がほとんどです。そして、そのときチョークポイントとしてよく話題に挙がるのが、マラッカ海峡の存在です。つまり、中国の国外からのエネルギー供給は、常に脆弱性をはらんでいるのです。一方、国内では石炭が豊富に産出します。だからこそ、中国は高度経済成長期に極端な石炭依存に陥り、その依存からどう脱却するかという大問題に直面しているといえます。

──では、中国には何が期待できるのでしょうか。

新たな石炭火力発電所への融資を行わないとすでに表明している国々の列に、中国は加わることができるでしょう。中国がこれまで「一帯一路」(*3)参加国に対して行ってきた投資のほとんどはエネルギー産業に関するもので、化石燃料とくに石炭火力発電が多くを占めています。しかし、これらの石炭火力発電所は、5年以内に座礁資産(stranded asses、*4)となるでしょう。なぜなら、パリ協定の目標を達成するためには、世界規模での石炭火力発電の閉鎖が不可欠だからです。

*3:習近平が2013年に提唱した経済圏構想で、中央アジア経由の陸路(一帯)とインド洋経由の海路(一路)において、鉄道や港湾などのインフラ整備を進める構想。

*4:座礁資産とは、市場や社会環境が変化することで価値が大きく既存する資産のこと。とくに化石燃料資産を指して用いられることが多い。

いま、寿命が30〜40年の石炭火力発電所を新たに建設するなど、ありえない話です。これでは、化石燃料からの完全撤退を今世紀半ばまで待たなくてはならなくなります。つまり、これら発電所を中心にエネルギーシステムを構築している国は、長く見積もっても10〜15年以内に閉鎖しなければならないものを買っているわけです。

代わりに中国から提供されるべきなのは、自然エネルギーを利用した21世紀型の送電網でしょう。中国は世界的な自然エネルギー大国です。しかし、いまのところ、中国からの輸出は、石炭会社やダム建設会社、大手水力発電会社など、大規模な国営企業に対するものです。中国はもてる資金や外交努力、技術支援を動員して自然エネルギー企業を支援し、一帯一路参加国が今世紀中に発展も見込める持続可能なエネルギーシステムを構築することができるはずです。

中国が世界から「グローバルプレイヤー」として本当に認められたいのであれば、開発や援助、海外への融資の際に、パリ協定を中心に据える必要があります。しかし、中国はまだそれを行っているとはいえません。

──そのために、どんな課題があるのでしょうか。

わたしが初めて中国を訪れたのは学生時代の1973年でしたが、当時の中国は非常に貧しい国でした。文化大革命も終わりにさしかかっていましたが、商店の店先にはモノがなく、人びとは党に支配された生活を送っていました。物事が移り変わるスピードを思い出すのは、ときとしてよいことなのでしょう──中国が成長してきたスピードは中国人のエネルギーと能力によるもので、同じようなスピードでことが起きれば、目に見える結果をもたらすはずです。

2006年にChina Dialogueを立ち上げたとき、中国南西部の河川での大規模ダム建設を問う市民活動のムーブメントがあったのを覚えています。中国の行政は強固な官僚機構を備えていますから、活動は力不足ではあったものの、経済と環境の両立について問い直そうと、市民とジャーナリストとが連携を図っていました。当時の公式見解は「環境への配慮は余裕のある金持ち国がすればいいので、中国が金持ちになったときに我々が掃除をする」というものでした。それから何年もが経ち、中国の環境危機が深刻なものであることがわかり、金持ちになるまで待っていられないことが明らかになりました。

党は党で、経済を支えている産業システムが、長期的には国を破壊しているという事実に取り組まなければならなくなりました。中国の官僚は、達成しなければならないことをリストアップしていますが、その多くは気の毒なほどに全く矛盾しています。

──アクティビストは、中国の気候変動対策について「もっとできるはずだ」とよく言います。中国は一党独裁国家なのだから、党がそう決めてしまえばいいのではないか、と。こうした考え方は妥当でしょうか?

中国は大量の石炭に依存する高炭素モデルに依存しています。これを転換するのは非常に困難でしょう。

ほかのどこの国とも同じように、中国にも政治があり既得権があります。多くの人は、習近平には力があるのだから彼が断行すればいいと考えているようです。しかし、権力とは常に交渉されるもので、それは中国も同じです。

よい面を挙げてみましょう。第11次5カ年計画(2006〜2010)、さらに第12次5カ年計画(2011〜2015)のころになると、中国は将来が低炭素社会になることを理解していました。そして、「中所得国の罠」(*5)から抜け出すためには、経済を発展させるとともに低炭素社会への移行をサポートするテクノロジーを開発する必要があると考えました。中国はこれらのテクノロジーに莫大な投資を始め、いまでは低炭素に関するテクノロジーを世界に向けて供給するサプライヤーのひとつとなっています。

*5:新興国が中所得国になったあと、なかなか先進国になれないことを指すことば。「罠」を回避するには、抜本的な経済構造の変化が必要だとされる。

そして、中国はその投資の過程で、再生可能エネルギーのコストを大幅に削減しました。いま発展途上国で再生可能エネルギーによるエネルギーシステムを構築したとしても、化石燃料によるエネルギーシステムよりもコストを抑えられますが、それは中国がテクノロジーを安価にしたからです。この点において、中国は世界に大きな恩恵を与えているといえるでしょう。

──気候変動問題に対して、中国は意味のある関与をするのでしょうか? そして、それはCOP26で実現するのでしょうか?

国際関係にこれから何が起きるのか、自信をもって言えることはありませんが、昨年の同時期に比べれば多くのことが非常に明るく見えます。まず、アメリカでは政権交代が起きました。ドナルド・トランプ政権下の米国がパリ協定から離脱したおかげで、中国はパリ協定の影響を受けずに済んでいたといえるでしょう。しかし、米国が気候変動のプロセスに戻ってきたことで、中国には課題が突きつけられることになりました──この国は、世界最大の排出国であり、現時点で世界最大の責任を負っているわけですから。

重要なのは、アメリカと中国とのあいだでの気候変動に関する話し合いを、それ以外の敵対関係からくる悪影響から守れるかどうか、ということ。米中の双方には、お互いに協力したくないというある種の民族主義的な圧力もあります。中国では、アメリカの言いなりになっていると見られることは、習近平にとっていい印象を与えませんしね。また、イギリスでもアメリカでも、誠実な人もいれば利己的な人もいて、基本的に中国とは何も話すべきではないという声も多く聞こえてきます。こうした声は、気候変動を真剣に考えていない層から出てくる傾向があります。また、気候変動が他の政策目標のために利用されてしまうこともたいへん危険です。

その点で、英国の外交官が抱える課題は、グラスゴーで開催されるCOP26において最大限前向きな誓約を得るために、いまから12月までの間に気候に関する会話をつないでいくことだといえます。

(翻訳:年吉聡太)

at this time tomorrow…

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Image: Illustration by Ricardo Santos & Daniel Lee

今週25日(金)まで5日間にわたってお届けするニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」。明日24日の17時ごろにお届けする第4回では、香港問題について深掘りしましょう。政治史家のスティーヴ・ツァンへのインタビューをお届けします。ご感想をTwitterのほか、このメールに返信するかたちでもどうぞお聞かせください!


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