Quartz Japan読者のみなさん、こんばんは。地球外生命体の経済的可能性を伝える週刊ニュースレターへようこそ! これから1カ月、宇宙ビジネスについてのエッセイとニュースを(そのあいだに、ちょっとした小ネタも挟んで)毎週木曜の夜、お届けします。
🚀 Space Business Insight
民間企業への不安?
「記憶違いでなければ、米国は民間企業の力に頼らず月に到達した」──。6月23日、米下院議員のジャマール・ボウマン(Jamaal Bowman)が、そう話したのを聞いてわたしは思わず吹き出してしまいました。人類初の月面着陸は、米国の大手十数社の技術協力なしには果たせなかったというのが「事実」なのに、それを歪曲しかねないコメントが飛び出たからです。
対して、1986年にスペースシャトル、コロンビアにロードスペシャリストとして搭乗し実際に宇宙飛行を経験した米航空宇宙局(NASA)のビル・ネルソン(Bill Nelson)長官は、「アポロ計画では、下院議員と米国企業とともに月に行った」と、冷静な反応を示しています。
事実、アポロ計画でNASAは、ミッション達成に向けて必要になるテクノロジーを割り出し、当時、最先端技術をもつ企業の協力を得て、ロケット、カプセル、着陸機、スーツ、ローバーをつくり上げました。2万人を超える民間企業や大学のサポートを受けたといいます。
アポロ計画が、国の命運を賭けたプロジェクトであったことは間違いないものの、民間企業の力が不可欠だった事実を風化させるようなことがあってはいけません。それなのに、なぜこのような歴史修正主義が議論されるのでしょうか?
この10年の間、米国の宇宙計画は民間企業に「外注」することで大きく飛躍しました。NASAは宇宙船の設計者やエンジニアを直接雇用するのではなく、計画と人材のニーズを効果的に市場に伝え、宇宙船の設計からサービスとして運用するまでを手掛ける民間企業から提案を受け入れたのです。この方針から、スペースX(SpaceX)が生まれ、米国の民間宇宙開発は新時代の幕開けを迎えました。
この種の官民のパートナーシップのロジックは、いくつかの要因に支えられています。まず、これまでに行われてきた仕事を、新しい組織がより簡単に引き受ける道を拓いたこと。民間企業と政府が資金を出し合うため、公的資金の節約につながること。民間企業との提携により、政府には難しい、より多くのリスクを取った高度な技術を利用できることなどです。
例えば、2011年以来のプログラムであるボーイングのSLSロケットの開発計画は延期を繰り返し、予算を超過した開発費をNASAが負担しています。ボーイングは、官民連携で購入したスターライナー宇宙船の再試験のために、数億ドルを拠出。NASAは、月面にロボットを送り込むことから、人類を月に運ぶためのシャトルから月面着陸機の開発まで、あらゆることを民間企業に依頼しています。こういった互助関係が続いてきました。
いま、米国が約50年以上の歳月を経て月へのリターンマッチを目論むなか、民間企業の役割について議論も活発になってきました。
米下院、科学委員会のエディ・バーニス・ジョンソン(Eddie Bernice Johnson)委員長が、企業がこれらの仕事を引き受けられるかどうかについて懐疑的な姿勢を示すなど行き過ぎた「外注」への不安も広まっています。
宇宙開発への懸念は確かに存在しますが、何もバカげたアイデアではありません。地球以外の天体に着陸するのは、地球低軌道(LEO :Low Earth Orbit)での飛行よりもはるかに大きな意義のある挑戦です。おまけに月面のマーケットは政府の独占状態で、民間の入る余地は十分あります。
いまのところ、民間委託先として一強だったイーロン・マスクのスペースXが月面着陸機の製造を請け負っていますが、5月にアマゾンのジェフ・ベゾス率いるブルーオリジン社が初の有人宇宙飛行のシートの入札を実施するなど、宇宙事業をめぐる民間企業の動きも本格化しています。(なお、ベゾスは7月20日にも宇宙に旅発つとされていましたが、政府の決定に異議を唱え、プログラムは少なくとも8月まで延期されることに)。
億万長者の個人的なプロジェクトとして自社を売り出すスペースXとブルーオリジンを筆頭に、実質的には民間に宇宙開発の主導権が渡った現状を鑑みて、反対派はNASAと民間のパートナーシップを企業への“手当て”と見なしています。
🌘 IMAGERY INTERLUDE
写真でひとネタ
今年6月、中国の宇宙飛行士3名が長征2号Fロケット「神舟12号」で新しい宇宙ステーションの中核となる居住区「天河」に到着。宇宙から繋いだ飛行士が荷ほどきをしながら習近平国家主席と話す様子が中国国営テレビ(CCTV)で大々的に放映されました。
気になってしょうがなかったのが乗組員のユニフォームのおしゃれなデザインです。カメラが回っていない時にはもっとラフな格好をしているのだろうか……と余計な気を揉んでしまいました。
🛰 SPACE DEBRIS
宇宙ビジネスのいま
- 批判的人種理論。そもそも宇宙開発をめぐる「競争」とは何なのか? 参戦者はルールに同意する必要があるのか? もしも旧ソ連が1959年にルナ1号で月面着陸に成功していたら? タラレバの話に答えはありませんが、いま現在、米国と中国が月面を目指し凌ぎを削っている宇宙開発レースに過去のすべてがつながっていることは間違いありません。ただし、宇宙政策の専門家マーシャ・スミス(Marcia Smith)は、中国とパートナーを組むロシアは、2036年まで人類を月に送ることは想定していないと強調します(人間を送る設計はするもののあくまでロボット止まりと見ている)。米国にとっては、急ピッチで進める現行のプロジェクトをより現実的なものに仕上げる猶予が与えられることになるでしょう。
- 謎すぎるLEOの覇権争い。米衛星運営会社イリジウムは6月24日、米陸軍との間で、新たに3,000万ドル(約33億3,000万円)の契約を結んだことを発表しました。この契約でイリジウムは、LEO(地球低軌道)を飛ぶ複数の衛星を組み合わせて位置情報やナビゲーション、タイミングをGPSシステムでサポートするペイロードを設計します。謎に包まれたこのネットワークは、イリジウムではない別の民間企業が運営する可能性も否定できませんし、軍が開発を進めている多くの新しい衛星コンステレーション(多数の人工衛星を協調して動作させる運用方式)のひとつということもありえます。
- 天使の分け前。ロンドン発の宇宙特化ファンド、セラフィム・キャピタル(Seraphim Capital)は今月中に、ロンドン証券取引所で新規株式公開(IPO)し、2億5,000万ドル(約277億7,000万円)の資金調達を予定しています。実現すれば、一部の億万長者だけでなく一般の投資家にも民間宇宙企業を直接支援する機会がもたらされます。同社はこれまで50社以上の投資実績をもち、なかには衛星通信事業を展開するASTスペースモバイル(AST SpaceMobile)、6月3日にシリーズBラウンドで6,500万ドル(約72億円)の資金調達を発表したレオラブズ(LeoLabs)といったユニコーン企業も複数あります。IPOで得た資金を元手にスパイアー(Spire)やアイサイ(ICEYE)などの株式を追加取得する計画です。
- トランスポーター2。 ジェイソン・ステイサムスペースXは、またしても大金をはたいて過酷な領域でのミッションを実施しました。現地時間6月30日、多くの宇宙ベンチャーや米宇宙開発庁の車両や数十機の衛星を乗せたファルコン9ロケットがフロリダ州ケープカナベラルから打ち上げられました。電気推進システムを搭載した初の軌道輸送機「シェルパFX2、LTE1」は「トランスポーター2」と銘打たれたSFさながらのミッションに取り組みます。
(翻訳:鳥山愛恵)
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