Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
[qz-japan-author usernames=”masaya kubota”]
Quartz読者のみなさん、こんにちは。月曜夕方にお届けしているこの連載では、各回ひとつの「次なるスタートアップ」を紹介しています。今週は、一人ひとりの個人がクリエイターとして市場をつくる「クリエイターエコノミー」に新たな風を起こすプラットフォーム「PearPop」を取り上げます。
PearPop
・創業:2020年
・創業者:Cole Mason、Spencer Markel
・調達総額:1,600万ドル(約17億6,000万円)
・事業内容:セレブとのコラボが買えるプラットフォーム
POOR CREATORS
食っていけない!
人気YouTuberやTikTokerがオールドメディアに出演することも増え、その華やかなイメージが浸透してきました。しかし、“ウマい”話ばかりでありません。YouTuberの97%の年収は、貧困ラインとされる1万2,000ドル(約132万円)以下。実のところ「食えていない」のがリアルです。
インフルエンサーとしての活動に欠かせないフォロワー数を増やすには、地道な努力が求められます。しかも、バズるかどうかは運に左右される部分も多く、不確実です。
その点で有効なのが、セレブとのコラボ。拡散を誘発・視聴者を共有し、チャンネルのフォロワー数を伸ばす方法として認知されています。ところが、クリエイターがコラボを目的にセレブと出会うための手段は存在していないのが現実でした。
CELEBRITY COLLABORATIONS
コラボ権のマーケット
「PearPop」は、クリエイターがセレブ/インフルエンサーと“絡む”権利が売買され、コラボでフォロワー数やファンを増やすプラットフォームです。
使い方は簡単です。自分の動画投稿のリンクを付け、〈デュエットしてもらう〉〈コメントをつけてもらう〉〈サウンドをつけてもらう〉などから選択し、自ら金額を設定しコラボを申し込みます。
金額は5ドル(約540円)〜1万ドル(約108万円)で、インフルエンサー毎に最低価格が設定されています。最低金額以上の価格での入札(ビッド)も可能です。断られても価格を上げて再度申し込めるので、一種の「競り」のようなかたちで市場価格が形成されます。落札金額の25%が、手数料としてPearPopの取り分になります。
PearPopに登録しているのは、スーパーモデルのハイディ・クルム(Instagramフォロワー827万人)やミュージシャンのローレン・グレイ(Instagramフォロワー2,184万人)などのセレブをはじめ、数万〜数十万人のフォロワーを抱えるマイクロ/ミドル級までさまざまなインフルエンサー。現在一番人気はTikTokスターのAnnaBanana(TikTokフォロワー1,120万人)で、彼女とのデュエットには4,000ドル(約44万円)の最低価格が設定されています。
コラボ権を獲得したクリエイターが投稿をすると、それに対してインフルエンサーによるコメント、デュエット、サウンド投稿がされます。現在はTikTokのみで提供していますが、Instagramにも進出を予定しています。
PearPopは今年1月にローンチするやクリエイターの大きな支持を集め、ユーザー数は10万を突破しています。実際に、米国の18歳のAnna Shumateの投稿にスヌープ・ドッグがコメントして100万件近くの「いいね」がつき、Annaのフォロワーは一夜にして2万人から13万人に増えたそうです。彼女はPearPopを介しスヌープ・ドッグとの“絡み”を5,000ドル(約55万円)で買ったことを明かしています。
A MUTUAL AID PLATFORM
互助のプラットフォーム
PearPopは、「次のスター」を目指すクリエイターにとってだけでなく、セレブ側にもメリットをもたらします。これまでアーティストとそのPRチームは、ソーシャルメディアで曲を宣伝するためにいわゆる人気インフルエンサーに高額の報酬を支払ってきました。
しかし、インフルエンサーとの支払額の調整や管理は面倒で、高額な割に効果も限定的でした。その点、PearPopであれば、金額も明瞭でアーティスト側の手間も省けるうえ、自分たちの固定ファン以外への露出を高めることも可能です。
PearPopは“食えない”インフルエンサーが収入を得るプラットフォームとしても有効です。PearPopではコラボを買うだけでなく、自分とのコラボを売ることもできます。フォロワー数万〜数十万人規模のインフルエンサーにとって、トップセレブほどの高値はつかないまでも、稼ぐ手段は喉から手が出る存在です。
誰かと絡むことでコンテンツを気軽に創作でき、ひとりでは表現できなかった可能性も広がります。次のスターを夢見る“そこそこ”なクリエイターがお互いのフォロワーやファンを共有し、互いの影響力を高め合う「助け合い」のプラットフォームでもあるのです。
PearPopはエンタメ界から多くの支持を集めています。株主には、俳優のアシュトン・カッチャーやマドンナのマネジャーとして知られる実業家ガイ・オセアリーなど、大物が多数顔を揃えています。支えるVCは、セリーナ・ウィリアムズのパートナーで、次世代ソーシャルメディアとして注目される「Dispo」を支援する有力投資家アレクシス・オハニアン率いる776と、強力な布陣です。
A NEW CREATOR ECONOMY
新しいクリエイター経済
PearPopを立ち上げたのは、モデル出身の24歳、コール・メイソン(Cole Mason)です。
18歳でニューヨークに移住しモデルとしてのキャリアをスタートさせたメイソンは、案件にキャスティングされるとまず自身のソーシャルメディアのフォロワー数を訊ねられたと告白しています。まだ駆け出しだった彼は、モデル事務所の指示のもとフォロワー数の多い人気モデルと一緒に写真を撮り、その影響力にあやかったそうです。
ファンを増やしてきたメイソンですが、数十万人のフォロワーがいるだけでは稼げない現実も知ります。そんななか、知り合いのクラブにモデルの友人を紹介するなど、自分のネットワークが他人を助けることに興味を覚えます。
クリエイター同士が信用を創造し、影響力を高め合うことで収入を得る──。メイソンのこの世界観に共感したのが、弁護士出身で連続起業家のスペンサー・マーケル(Spencer Markel)です。2人はLAに戻り、PearPopを起業します。
PearPopが興味深いのは、ビジネスモデル的にも優れていると思える点にあります。
まず、強靭なネットワーク効果が内在されています。マッチングを促すマーケットプレイスでありながら、需要者と供給者の境目が曖昧です。セレブとのコラボを依頼した人がそのフォロワーを増やせば、今度はコラボを依頼される側にも回れます。売り手と買い手の境界線のない「メルカリ」のような、ネットワーク密度を高める構造が内在されています。この点で、素人がセレブにメッセージを特注する「Cameo」(カメオ)のような一方通行型のマッチングとは異なります。
次に、コラボによって供給者・需要者双方にメリットを生む点です。とくに供給者にとっては、有益なマネタイズ手段であると同時に、自らのフォロワー増も期待できる一石二鳥のサービスといえます。自身の実働は、他人の投稿へのデュエットやコメントというコンテンツ制作の労力を最小限に抑えたかたちではありますが、露出は高まります。
最後に、クリエイターエコノミーの成長に必須な「ミドルクラス(中産階級)」育成のカギとなるサービスである点も。いまやYouTuberが「小学生のなりたい職業」ダントツ1位となり、3人に1人が将来の夢として思い描く時代ですが、実際に“食えている”のはトップ数パーセントとほんの一握り。市場が活力を生むには、ミドルクラスが経済的安全性を得て、トップに健全な競争を挑む環境が必要です。PearPopは、トップに偏在しがちな富と影響力をミドルクラスに再分配するための、画期的なプラットフォームといえます。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。Twitterアカウントは@kubotamas。
🌍 save the date!
海外で活躍する日本人VCから世界のリアルなスタートアップシーンを語り合うウェビナーシリーズ「Next Startup Guide」第9回は、7月21日(水)13:00に開催! シリーズ最終回となる今回は「北欧」にフォーカス。ゲストにNordicNinja VCの宗原智策さんをお招きし、サステイナブルやDXの分野で最先端を走る国々のスタートアップのシーンをお届けします。お申し込みはこちらのリンクからどうぞ。
Cloumn: What to watch for
まだ1.2%
「黒人がトップを務めるスタートアップ企業は資金調達に苦労する」という定説は、この1年で改善したように見えます。今年上半期だけで、米国の黒人起業家が設立した企業への投資は18億ドル(約1,980億円)と、昨年同期比で4倍以上に。2019年の14億ドル、2020年の10億ドルのそれぞれの年間額をすでに上回ります。
とはいえ、その金額も、米国のスタートアップ全体の投資額1,470億ドル(約16兆1,460億円)のわずか1.2%にとどまります。黒人/アフリカ系アメリカ人が人口の13%以上を占めるにもかかわらず、です。黒人投資家が新興企業のパートナーレベルに昇格して影響力をもち始め、昨夏のジョージ・フロイド殺害事件をきっかけに先鋭化したBlack Lives Matterが世界に広まっても、歪な数字を改善するにはまだまだ時間を要しそうです。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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