Startup:北欧スタートアップのあらたな息吹

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Deep Dive: Next Startup

次のスタートアップ

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Quartz Japan読者の皆さん、こんばんは。今週は、先日開催したウェビナーシリーズ「Next Startup Guide」第9回のダイジェスト版をお届けします。

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Image: REUTERS/LEHTIKUVA

Quartz Japanのウェビナーシリーズ「Next Startup Guide」は、世界の第一線で活躍するベンチャーキャピタリストをゲストに迎えて毎月開催してきました。

今日のニュースレターでは、月曜夕方に月2回のペースでお届けしている「Next Startup」のナビゲーター久保田雅也さんとともにお届けしたウェビナーの内容を、読者の皆さんと共有します。

シリーズ最終回の第9回でゲストにお迎えしたのは、北欧を拠点とするNordicNinja宗原智策さん。ウェビナーで使用したスライドは、PowerPoint版PDF版をそれぞれダウンロードしていただけますので、宗原さんが注目しているスタートアップ3社の詳細はそちらでぜひチェックしてみてください。


📺 8月からは新しいウェビナーシリーズがスタートします。米テックシーンの最新情報を伝えるメディア「Off Topic」とのコラボレーションでお届けする全4回の新シリーズ、第1回は8月26日(木)に開催。詳細はこちらから。参加申込はこちらから受け付けています。


それでは、以下、宗原さんと久保田さんが繰り広げたトークのエッセンスを、どうぞお楽しみください。

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宗原智策(そうはら・ともさく)慶應義塾大学卒業。国際協力銀行(JBIC)にて、M&A投資の方針・戦略立案や欧州のクリーンテクノロジー向け投融資を行ったのち、JBICと経営共創基盤(IGPI)でのJVであるJBIC IG Partnersの立ち上げに参画し、ロシア・欧州向けのベンチャー投資をリード。2019年にNordicNinja VCの設立と共に拠点をフィンランドに移し、現在に至る。Twitterアカウントは@TomosakuS

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、2014年、WiL設立の際にパートナーとして参画。QUARTZ JAPANのニュースレター連載「Next Startup」では、毎回世界の注目スタートアップを取り上げている。Newspicksプロピッカー。Twitterアカウントは @kubotamas

the DNA

ビジョンドリブンのDNA

久保田(以下K) 日本から見ていると、「北欧」とひとまとめにして考えてしまいがちですが、もちろん国によって明確な違いはあるんですよね?

宗原(以下S) まず、言語も8カ国でそれぞれ異なります。いわゆるバイキングの子孫であるアイスランド/ノルウェー/デンマーク/スウェーデン、言語も近いフィンランド/エストニア、バルト三国のエストニア/ラトビア/リトアニアと、歴史的・民族的な背景からすると大きく3つに分かれます。

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イノベーションの文脈も、国によってそれぞれです。なかでもスウェーデンとフィンランドがこの地域をリードしていて、デンマークやエストニアが追随しているというかたちでしょうか。スウェーデンとフィンランドが勃興した背景には、エリクソン(スウェーデン)とノキア(フィンランド)の存在が大きいですね。2000年代、iPhoneが台頭し両社が衰退していったときに、そこから離れて起業した人が多くいました。

K 北欧はDXについてもリードしている印象があります。

S ええ。日本ではあまり知られていないと思うんですが、「DX」というコンセプト自体、1990年代にスウェーデンのウオメ大学から提出されているんですよね。いまでこそ日本でも盛んに議論されていますが、北欧では1990年代後半〜2000年代から、行政サービスやさまざまなBtoC向けサービスのデジタル化が政府主導で進めてられてきました。

K クリーンテックの印象も強いですね。

S サステナビリティについては、とくにスウェーデンがリーダー的な存在です。デジタルプラットフォームの分野ではアメリカに“負けた”ものの、クリーンやDXの文脈ではアメリカの先を行こうという気概を強く感じますね。EUの後押しもあって、アジェンダセッティングやルールメイキングに積極的に参画している印象をもっています。

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Image: REUTERS/TT NEWS AGENCY

K 個人的な感想ですが、北欧で開催されたカンファレンスに参加したときの雰囲気は印象深く心に残っています。セッションでもちょっとした会話でも、やれ「人生とはなんぞや」「100年後の世界はどうなっているのか」「自分は何のために生まれてきたのか」なんてことが議論されていました。さらには、それをきっかけに起業した人も大勢いて。

S いますね。

K ただ、それっていわゆる「ブリッツスケーリング」とは真逆にある発想だともいえるわけですが、投資家としてどう向き合っているんですか? 歯痒かったりはしませんか?

S 5年前、10年前は状況も違っていました。「ビジョンやパーパスは大事だけど、スケールのためにしっかり売れる物をつくろう」という、プロダクトドリブンな考え方があったでしょうね。ただ、最近はそれに対するアンチテーゼの存在感が大きくなっています。ESG投資やインパクトファンドが増えてきていてお金も集まりやすいですし、エグジットのオプションも増えてきています。パーパスドリブンな動きに対して、お金がつくようになってきたんですね。

K “時代が追いついてきた”感があります。

S 消費者の行動が実際に変わってきたことも大きいです。パーパスドリブン/ビジョンドリブンでも成功するという仮説が成立しようとしていますね。

K 宗原さんとは2019年のヘルシンキで開催されたSlushでお会いしていますが、そのときのセッションでひとつすごく記憶に残っているフレーズがあって──「中国にはデータがあり、アメリカにはマネーがあるが、わたしたちヨーロッパにはパーパスがある」というんですが──確かに起業って、突き詰めると課題解決に行き着きます。ああ、ここにいるのはそういった問題意識をもって生まれてきている人たちなのだなと、強く感じました。

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Image: REUTERS/LEHTIKUVA

S 北欧/バルト地域では、教育の影響も多分にあります。わたしの子どももそうですが、小学1年生のときから授業でダイバーシティやSDGを学ぶんです。そうなると当然、親も子どもに説明できないといけないわけですが、つまり「サステナビリティとは何であるか」が自然と頭に入ってくるわけです。とくに若者層にとって、サステナブルに生きるのは当たり前といえます。

K 取って付けたサステナブルやダイバーシティではなく、必要かつプラスだという観点でもって、ど真ん中で議論する。それは世界のなかでも独自性を発揮できるし、そういった意味ではアメリカとの違いを明確にしてくれますね。

S ええ。サステナビリティにかかるコストは、いわば「追加のコスト」「割高なコスト」です。しかし、北欧ではそれを普通に許容しているんですよね。スーパーで売られている魚ひとつとってもサステナビリティに配慮した漁業で捕られているという認証が付与されていたり、家庭の電源もいろいろな電源ソースから選べるなかで、割高でも再エネであることが選ばれる基準になっていたり……。サステナブルへの貢献意識は、世界でもまだ浸透している過渡期ですが、北欧からヨーロッパ、そこからアメリカ、アジアに伝わっていくだろうと思います。

a greater safety net

起業のセーフティネット

S 北欧のスタートアップは、絶対数でいえばシリコンバレーやイスラエルには劣後しますが、人口10万人あたりのユニコーン数となると、シリコンバレーを除いて世界最大の地域です。つまり、スタートアップのクオリティという意味では、かなりのアドバンテージがあるといえます。

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K なかでもスウェーデン、デンマークがリードしているのにはなにか理由があるんですか?

S スタートアップが勃興し始めたのはこの20年ぐらいですが、その先駆的存在になっていたのがスカイプだったというのは有名な話です。スカイプはエストニア発祥ではあるんですが、3人いる創業者がそれぞれスウェーデン人とテンマーク人とエストニア人でした。

2005年、そのスカイプがeBayに約26億ドルで買収されましたが、当時のエストニアの当時のGDPって百数十億ドルだったんです。この買収がエストニアの若者に与えたインパクト、希望は計り知れません(その後2011年にはマイクロソフトに買収されています)。そして、3人のファウンダーがそれぞれ異なる国を出自としていたため、北欧全体にエコシステムやエンジェル投資家が広がっていった──ですから「スカイプから始まった」というのは、あながち間違っていないと思います。

K 翻って今年のVCマーケットを見渡すと、ヨーロッパの伸びが特によく騒がれています。今年の上半期、ヨーロッパ全体ではVC投資が6兆円に迫ろうとしています。去年の上半期との比較で3倍以上に伸びているんですよね。

S ええ。

K そこは北欧の貢献も大きいのではと思うんですが、いかがですか。

S  同じ時期、VC投資の最高記録はフィンランド、スウェーデンでも更新されています。コロナ以前とコロナ以降で大きく変わる印象をもっていますが、コロナ以前は北欧/バルト地域のスタートアップには投資の絶対額が足りていませんでした。しかしこの1、2年で、アーリーステージにも米国のお金が入ってきています。「投資家の多様化」が起きていて、国境さえ感じさせなくなっています。そういう意味では、情報の非対称性を武器にするローカルインベスターは商売あがったり、ではあるんですけれど。

K それはもう、日本も同じです。いま、海外マネーが大量に流入してきていますから。一方で、資金調達の件数そのものは減少傾向にあるようですね

S おっしゃるとおりです。これはおそらく世界的に起きていることだと思いますが、AWSやSaaSの台頭で起業しやすくなり、起業件数は増えているんです。これは同時に玉石混交ともいえる状況を生んでいて、すばらしいスタートアップもあれば、そうでないスタートアップもある。となると、投資家はどうしても人気銘柄に集まるので中間層がなくなるんですね。全く資金調達ができていないところと、資金調達をしようとすれば世界中から投資家が集まってくるところの差が明確になっています。ですから、件数は減っているけれども、一つひとつのラウンドでの金額は増えているということです。

K 起業が増えているという点でいえば、そこにおける政府の役割が気になっています。例えばスウェーデンでは国を挙げて起業を支援する政策もあると聞きます。「起業休暇」のような制度があって、起業しますと手を挙げたら3カ月の有給休暇がもらえるだとか……。

S 「起業準備手当」ですね。

K 起業のためのインフラが、整備されているんですよね。

S ええ。しかも、ものすごく手厚いものが。それもこれも、北欧バルトにはマーケットがないことが起因しています。要は、世界のマーケットに対抗するにはイノベーションを生むしかないと政府が理解しているんですね。同時に興味深いのは、隣国同士で争うのではなくひとつの地域として考えられている点です。協力しないと世界では戦えないからこそ、一緒にいいものを生み出していこう、エコシステムをつくっていこうという機運は非常に強いです。

K しかも、その課題に具体的に取り組んでいるのですよね。

S いろいろありますよ。外国人起業家には特別ビザが出ますし、さまざまな固定費に対する手当ても充実しています。なによりも、行政の長自らがスタートアップ誘致に関心をもっています。有名なところでは、エストニア大統領は自らのTwitterで海外送金ユニコーンのWiseのIPOを喜んだりしています。

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Image: VIA TWITTER

K 行政との関わり方という点でいうと、DXにおけるスタートアップの立ち位置はいかがでしょうか。

S 行政がスタートアップのサービスを積極的に使っているケースが多数あるのは、なかなか面白いのではないでしょうか。エストニアのスタートアップGuardtimeは、立ち上げから数年で電子政府のバックボーンを担うに至っています。スタートアップであれ大企業であれ、いいサービス、いいプロダクトであれば積極的に取り込もうという姿勢は、おそらく、日本でもアメリカでもないのでは。

K なるほど。素朴な疑問ですが、それほど行政が積極的かつ手厚いセーフティネットが用意されていると、起業にまつわるモラルハザードの危険性はありませんか──つまり「手当ももらえるし、失敗しても保証されているなら、とりあえずやっちゃえ」というような……。

S 判断が難しいところですが、少しハングリー精神に欠けると思うことはありますね。ただ、セーフティネットがあるからこそ果敢にチャレンジできるという側面があるとは思います。失敗してもまた起業すればいいし、失敗してもそれを学びとして成功するまで起業し続ければいいわけです。

K 大企業に勤めながら起業もできる。

S はい。起業してうまくいったら、そちらに集中するケースもあるようです。アンケート結果によると、北欧の大学生の9割が起業にポジティブなんです。

K すごいですね。ノキア、エリクソンにはじまり、スーパーセルやスポティファイが登場し、いま新たなDX、グリーンテックの芽が出てきてお金も回るようになった。ロールモデルとしての起業家の成功例も見えている。そういった後ろ姿が、あとに続く人たちに見える段階に来ているんですね。

(編集:年吉聡太)


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新ウェビナーシリーズの第1回開催決定!

D2C、Z世代、クリエイターエコノミー、次世代SNS、メタバース……。それぞれ別個に取り上げて単なるビジネス・バズワードとして消費するのではなく、ひとつの大きなビジネス×カルチャーのムーブメントとして理解する。8月から始まる全4回のウェビナーは、そんな内容になりそうです。

・テーマ:世界はなぜD2C化しているのか
・日時:8月26日(木)20:00〜21:00
・料金:無料
・開催:Zoom
・申込こちらのリンクから
・登壇者:宮武徹郎さん(Off Topic)、久保田雅也さん(WiL)


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