Company:世界のスーパーアプリ大解剖

Company:世界のスーパーアプリ大解剖
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発展途上国に住む何億人もの人たちにとって、「インターネット」とは「たったひとつのアプリ」を意味します。スーパーアプリと呼ばれるそのアプリを使えば、メッセージの送信からタクシーの手配、買い物、ローンの申し込み、果ては離婚の手続きまで、ほとんどすべてのことができてしまうからです。先進国の巨大テック企業はWeb3.0やメタバースに夢中ですが、スーパーアプリの台頭は信頼できる基礎的なサービスに大きな需要があることを示しています。

2011年に中国で誕生した「WeChat(微信)」は、中国ネット大手のテンセント騰訊控股、Tencent Holdings)が提供する世界初の世界初のスーパーアプリです。ローンチ当初はメッセージアプリでしたが、2013年には電子決済の提供を開始し、その後も金融やビジネス関連のサービスを拡大しています。

2010年代半ばには東南アジアやインドでスーパーアプリが広がり、最近ではアフリカやラテンアメリカ諸国でも同様の動きがありました。スーパーアプリが定着した国には共通点があります。比較的最近になってからインターネットが急速に普及したため、単一企業が他社との競争なしで一気にシェアを獲得できるような仕組みの市場が生まれていることです。

これらの地域では、大半の人がストレージ容量の小さい安価なスマートフォンを使っています。ゆえに、さまざまな機能をひとつのアプリに集約することが重要になります。

欧米ではスーパーアプリはまだ普及していませんが、テック大手はWeChatのようなアプリからヒントを得た新たな動きを見せています。例えば、FacebookとInstagramはTikTokを真似てショッピング機能を追加しました。WhatsAppはブラジルではイエローページのように地元の店やサービスを検索できる機能、インドでは電子決済とオンラインでの融資をそれぞれ試験的に始めています。米国のアプリではSnapchatが特にこの方向に向かって進んでおり、ゲームやイベントのチケットの予約、ネットショッピングができるミニアプリを導入済みです。

スマートフォン上でのプライバシー保護が強化されるにつれ、企業にとってスーパーアプリを開発するインセンティブが高まっています。アップルは昨年4月のiOSのアップデートで、アプリがユーザーの行動を追跡するのを事実上不可能にしたほか、グーグルもユーザーがプライバシー設定を細かく管理できるようにAndroidの仕様を変更しました。つまり、ターゲティング広告から利益を得るのが難しくなっているのです。

そうなれば、これまでは広告収入に依存していたアプリ企業は、電子決済やショッピング分野に進出して新たな収入源を確保しようとするでしょう。先進国のインターネットの未来は、スーパーアプリが発展途上国で構築してきた実証済みのモデルに近いものになっていくのかもしれません。


BY THE DIGITS

数字でみる

  • 12億6,000万人:地球上で最も使われているアプリのひとつ、WeChatの月間アクティブユーザー数
  • 87%:韓国のスーパーアプリKakaoTalkの国内市場シェア
  • 32GB中国で最も人気のあるOppo(欧珀)のスマホの低価格モデルの平均的なストレージ容量
  • 465MB:アプリの平均的なサイズ。写真、音楽、メッセージ、オペレーティングシステム(OS)などと一緒に、スマホの内部ストレージに収まらなければならない
  • 15ドル(1,730円):コロンビアのスーパーアプリRappiで、配達スタッフが1日15時間働いた場合に稼ぐ日給

THE ANATOMY OF A SUPERAPP

スーパーアプリの解剖学

WeChatは中国では、Facebook、What’sApp、Amazon、PayPal、Tinder、Googleマップなどのすべてを合わせたのと同じ機能を備えています。中国語での名前は「とても短いメッセージ」を意味する「微信(Weixin)」で、月間アクティブユーザー数は13億人に上ります。

テンセントが立ち上げたこのアプリは、中国でスマートフォンが普及するにつれて人気を伸ばしてきました。これはひとつには利用が無料だったことに加え、スマホを「シェイク」すると近くにいる人とマッチングされるなど、人とつながるための機能がウケたためです。

WeChatはその後、WeChat Pay(微信支付)というデジタルウォレットのプラットフォームを立ち上げ、現在ではアリババグループ(阿里巴巴集団、Alibaba Group Holding)のAlipay(支付宝)と共に、中国の電子決済市場を支配しています。WeChatはさらに検索サービスや日常のありとあらゆるニーズを満たすエコシステムを構築できる「ミニプログラム」も導入しました。

ただ、こうした利便性はリスクも伴います。中国の他のネットサービスと同様に、WeChatでも政府がユーザーデータにほぼ無制限にアクセスできるのです。WeChatは当局の強力な監視ツールと化しており、過去には個人チャットで政府を批判したとして逮捕者も出ています。また中国で独占禁止法関連の取り締まりが強化された、ユーザーはWeChat上で競合アプリのリンクにアクセスできるようになりました。


APPS TO WATCH OUT FOR

世界のスーパーアプリ

  • 🇮🇳 Paytm:インドの「ペイティーエム」はプリペイド携帯のチャージ用アプリとして始まり、現在は電子決済から金融サービス、旅行、映画のチケット購入、ファンタジースポーツ、eコマースまで多様なサービスを提供
  • 🇸🇬 Grab:シンガポールの「グラブ」は、東南アジアの8カ国で配車、食品配達、決済、ローン、保険などのサービスを展開
  • 🇮🇩 GoTo:宅配・配車サービスのゴジェック(Gojek)とEコマースのトコペディア(Tokopedia)が合併して誕生した「ゴートゥー」は、インドネシアの国内総生産(GDP)の2%を叩き出す巨大アプリに成長
  • 🇨🇴 Rappi:コロンビアの「ラッピ」は中南米の9カ国で宅配、電子決済、ゲーム、音楽配信サービスを提供
  • 🇰🇪 M-Pesa: 2007年にケニアの通信大手サファリコム(Safaricom)のモバイル決済アプリとして始まった「エムペサ」は、電子決済、ネットショッピング、ゲーム、教育、ニュース、求人情報サービスを展開。近く、チケット予約と宅配分野にも進出を計画する

THE TRILLION-DOLLAR QUESTION

1兆ドルの謎

欧米ではなぜスーパーアプリが普及していないのでしょう? まず、米国とヨーロッパではインターネットは数十年という時間をかけてゆっくりと世の中に浸透しました。つまり、さまざまなソフトウェアメーカーがアプリ市場に参入し、それぞれの分野でシェアを得る十分な時間があったのです。

ソフトウェアメーカーは、かつては主に単一用途のアプリを開発しており、製品の投入後、その分野での縄張り争いを繰り広げてきました。用途ごとに確立されたユーザーベースをもつアプリが乱立するような細分化された市場では、既存製品と争って複数の分野を征服するのは困難です。

欧米でのスーパーアプリ普及の2つ目の障壁として、大手テック企業の取り締まりを積極的に進める競争当局の存在があります。フェイスブックのような巨大企業が新しいビジネスを始めようとすれば、当局が厳しい調査に乗り出す可能性が高いでしょう。


PERSONS OF INTEREST

注目の人

Grab's logo

グラブ(Grab Holdings)の共同創業者であるアンソニー・タン(Anthony Tan)陳慧玲(Tan Hooi Ling)はハーバード・ビジネス・スクールで出会い、同じ授業を履修していたために友人になりました(アンソニーの方が真面目な学生で、慧玲に宿題を写させてあげていたそうです)。アンソニーはマレーシアのタンチョンモーター(Tan Chong Motor Holdings)の創業者の孫で、父親は同社の最高経営責任者(CEO)です。慧玲もマレーシア出身で、父親は土木工学の専門家、母親は株のブローカーをしていました。

Grabは配車アプリとしてサービスを開始しましたが、そのアイデアは慧玲がクアラルンプールでタクシーに乗ったときの経験から生まれたそうです。彼女はこのとき、特に深夜の場合、乗っているタクシーのナンバーと運転手の名前、自分がいまどこにいるかを必ずテキストメッセージで母親に知らせていたと話しています

アンソニーと慧玲は2012年、安心して利用できる配車サービスを目指してGarbを立ち上げました。Grabのドライバーはすべて身元調査済みで、利用中はクルマの位置をアプリで追跡することができます。

2018年までには東南アジアの7カ国に進出したほか、Uberの東南アジア事業を買収し、電子決済と宅配サービスも始めました。GrabはUberのように都市部でサービスを開始した後になって当局から閉鎖を命じられることを避けるべく、自治体との間で事前の話し合いをもち、どのようにすれば問題が生じないかを探るようにしています。また、雇用創出とインターネットへのアクセスの拡大によって「国家の成長」に寄与するという“ミッション”を掲げることで、政府とよい関係を保つよう努めてきました。このやり方はこれまでのところはうまく行っており、Grabが当局から干渉を受けたことはほとんどありません。


ONE 🕵️ THING

米国のスーパーアプリ?

米国のテック大手はスーパーアプリの開発には成功していませんが、オペレーティングシステム(OS)を通じてこのアイデアを追求しているようです。モバイルOS市場ではアップルとグーグルの2社が合わせて99.7%のシェアを握っており、地球上のほぼすべてのスマートフォンには、独自のアプリを含む両社のシステムがプリインストールされています。

アマゾンは音声アシスタントの分野で同じような動きを見せています。Alexaに話しかけるだけで、メッセージの送信からUberの手配、ネットショッピングまですべてが完結するのです。

フェイスブックはどうでしょう。昨年11月24日発売の『The New York Magazine』の記事で指摘されているように、同社が掲げるメタバースのヴィジョンは、基本的にはマーク・ザッカーバーグが管理する巨大なスーパーアプリだと考えて間違いないようです。


今日の「The Company」ニュースレターは、テックレポーターのNicolás RiveroとJane Liがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。


💎 毎週水曜の夜にお届けしているニュースレター「The Company」では毎回ひとつの注目企業の「いま」を深掘りしています(今回は「スーパーアプリ」を軸にお届けしました)。

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