Guides:#94 前編・終わりなき戦争のナラティブ

Guides:#94 前編・終わりなき戦争のナラティブ

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週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。毎週更新している本連載のためのプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

前回の「#93 ウクライナの「脱ナチ化」」に続き、特別無料公開。毎週日曜に配信している「だえん問答」のアーカイブは、すべてこちらからお読みいただけます(要ログイン)。内容にご興味をおもちいただけたら、ぜひ7日間の無料トライアルで購読してみてください。

the narrative of endless war #1

戦争のナラティブ・前編

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Image: REUTERS

今週のニュースレターは、2万6,000字を超えるボリュームのため、前編・後編の2通に分けてお届けしています。

──お疲れさまです。今回の原稿は、いつものように土曜日ではなく、平日に書いているんですね。

そうなんです。週末に出張があるのと、調べたことを早く吐き出しておきたいと思い、早めに作業しています。

──吐き出したいこととは?

先週から引き続いて、この間、ずっとウクライナの極右問題についてさらに調べていまして、現在起きている侵攻の前から、想像をはるかに超えた状況にあったことがわかってきまして、それについて今週もお話ししようかと思っています。

──先週のニュースレターは、無料公開したおかげもあって反響も大きかったですしね。

このウクライナの極右問題というのは、本来であれば、この全面紛争が起きる前に問題にしておかなくてはならなかったものでして、いまこのタイミングでやるのは、実際、だいぶ間が悪いんです。何せ、わたしも先週の原稿を書くにあたって調べていて知ったことなので、海外で起きていることなんてろくに知らずに生きてるんだな、ということをよくよく反省させられました。

──実際、驚きましたしね。とはいえ、何が「間が悪い」んですか?

先週の記事を読んでいただいた方にはお分かりいただけると思うのですが、このタイミングで「ウクライナもめちゃくちゃな状態だよね」といったことを言うのは、すぐさま、「じゃあプーチンによる侵攻は正当だというのか?」という感情的な反論を引き起こすことになりますし、そもそもが極右勢力が民主化デモの裏で糸を引いていたみたいな話ですから、よく言って陰謀論にしか聞こえないでしょう。

さらに言えば、ここでウクライナの極右やネオナチの存在を指摘することは、プーチン大統領が指摘していることを裏付けるものとなりますので、それこそロシアのプロパンガンダに乗せられているオツムの弱い人に見えてしまうものでもあります。

──たしかに。

実際、先週紹介した極右民兵組織「アゾフ大隊」(Azov Battalion、以下アゾフと表記)に関する投稿などをSNSで見てみると、上記のような小競り合いがいたるところで見られます。

「一応事実としてお話ししときますね」の体で投稿されたものに「ロシアの陰謀論に乗せられた情弱」みたいな批判コメントがぶら下がってきて、「ウクライナの極右の存在は事実ですよ」と応答すると、「そんなものはどこにでもいるわい、間抜け!」「そんなマイナーイシューをもってロシアの侵略を正当化する気か!」とお叱りを受けるというのが基本的な流れでして、さらによくある反論として出てくるのは、「極右がやばいと言うが、選挙では数パーセントしか得票できていないわけだから、ことを大げさにしている」というものです。で、これは実際事実なんです。

──それは先週も触れていましたね。

ただ、この極右問題は、ウクライナがいまの戦争状態に入る前にどういう状況にあったのかを知る上でも重要ですし、さらにいえば、実際にいま起きている戦争が「そもそもなんで始まったのか」とも密接に関わっていますので、この戦争を理解する上での不可欠のピースであるかとは思います。

そんな観点から、今回は先週に続いて、このウクライナを取り上げたいと思うのですが、今回は、まずオタワ大学の比較政治学者でイワン・カチャノフスキーという人が、カナダの左派系フォーラムCanadian Dimensionに、この1月に寄せた文章「激化するウクライナ・ロシア紛争の知られざる原点」(The hidden origin of the escalating Ukraine-Russia conflict)から紹介していきたいと思います。今回はこの方の論文なども紹介することになるかと思います。

──はい。よろしくお願いします。

ここでまず語られるのは、今回の戦争がナラティブの戦いでもあるという点です。つまり、それぞれの陣営──というのが一体何を指しているのか自体もすでに論点なのですが──において「現実」がまったく別のものと見えている、あるいは別のものとして語られている、ということです。カチャノフスキー先生は、その状況をこう説明しています。

ウクライナ紛争の激化とその原因について、欧米とロシアの指導者、そしてメディアの見解は大きく対立している。

米国のブリンケン国務長官らは、クレムリンがウクライナ国境沿いの危機を煽り、勢力圏を拡大しようとしていると繰り返し非難している。親ロシア派のヤヌコビッチ政権が2014年に「平和的なデモ隊」によって追放され、そのうちの何十人が政府の狙撃兵によって虐殺された後、ロシアはクリミアを併合し、ドンバスでウクライナとのハイブリッド戦争を仕掛けたというのが彼らの主張だ。

加えて、欧米諸国は、ウクライナはNATOに加盟する権利を有する主権国家であると主張している。これに対してロシアの指導者たちは、ウクライナ政府はファシストたちのクーデターによって追放され、それを受けてクリミアが自発的にロシアに加盟し、ドンバスではロシア軍が関与しない内戦が始まったと主張している。彼らは、ウクライナは2014年以来、事実上NATOの支配下に置かれてきたと主張しており、また、未承認の分離地域ドンバスを独立国家とみなしている。

これまでわたし自身のみならず、この問題を研究する他の多くの西側の研究者によって繰り返し提出されている証拠は、これらのシナリオがともに不正確であることを示している。なかでも、「狙撃兵による虐殺」(2014年のマイダーン革命の際に49人が殺害された事件:訳註)をどちらの陣営が行ったのかという問題は、「冷戦終結後のヨーロッパで起きた最も血生臭い、最も議論を呼ぶ紛争」を理解する上で中心的な問題であり、ウクライナをめぐって激化する西側とロシアの対立における重要な争点となっている。

──前回も話題にした2014年のマイダーンのデモの分水嶺となった、銃撃でたくさんのプロテスターが亡くなった2月20日の衝突ですよね。

はい。

──Netflixのドキュメンタリー映画『ウィンター・オン・ファイア』では、あの銃撃は親ロシア派のヤヌコビッチ大統領がデモ鎮圧のために放った特殊部隊「ベルクト」によるものとして描かれていましたが、あの日の攻防において何が起きたのかがいま起きている戦争にいたるナラティブの分岐点になっているということは、これまで考えられてきたシナリオとは異なるシナリオがある、ということですね。

おっしゃる通りです。カチャノフスキー先生は、こう書いています。

負傷した100人以上のデモ参加者、数十人の検察側証人、政府専門家による法医学的弾道検査と医学的検査によれば、2014年2月20日にキエフのマイダーンにおけるプロテスターと警察官の虐殺は、主としてマイダーン派のメンバー、特にその極右分子によって実行されたものである。この事件は、腐敗したオルガリヒに支配されているものの民主的に選ばれた政府を暴力的に転覆する契機となり、その後1万3,000人以上の死者を出す対立へと発展した(ドンバスでの紛争を指す:訳註)。西側諸国の政府は、この転覆を少なくとも認識していたか、事実上支援していた。

──なんと。それもまた思い切り陰謀論のように聞こえたりもしますが。

そうなんです(苦笑)。とはいえ、アカデミックなリサーチを経た上での結論だと、この先生はおっしゃっています。簡単に概要だけ紹介します。

ヤヌコビッチ大統領や彼の大臣や司令官がマイダーンのデモ隊に発砲するよう命令した証拠は、捜査の過程でもメディアによっても明らかになっていない。当時の政府、警察、治安部隊のメンバーで、虐殺への関与を認めた者は一人もおらず、デモ隊への狙撃が、政府軍によって、政府の命令で行われたという証拠を明らかにした者もいない。

これに対して、警察とデモ隊の殺害にマイダーンのリーダーや極右勢力、外国人スナイパーが関与していたことを示す証拠は存在する。マイダーンの指導者や活動家数人が証言し、マイダーン狙撃部隊を自称するメンバー14人がメディアのインタビューや裁判において、自分たちや他のメンバーが警察やデモ隊を狙撃したことを認めている。(中略)

ウクライナの極右政党スヴォボダの指導者ふたりは、別々のインタビューで、虐殺の数週間前に西側政府の代表から「プロテストの犠牲者が100人に達したら西側諸国はヤヌコヴィッチ政権を見捨てるだろう」と言われたと述べている。こうした具体的な条件付けが、マイダーン側に、デモ参加者を「犠牲」にし、その殺害の責任を政権に負わせることを検討させる要因となった。その日の死者が49人であることが公式調査で確認された後も、殺害されたプロテスターたちは「天国の100人」と呼ばれている。事件直後、西側諸国政府はヤヌコビッチ政権とその部隊を虐殺の首謀者と非難し、即座にマイダーン新政権を承認した。

ウクライナ政府による調査は、2014年2月20日にマイダーン勢力が支配下に置く建物にスナイパーがおり、デモ参加者と警察の殺戮を行ったという膨大な証拠があるにもかかわらず、その可能性を否定している。映像、証言、目撃者、政府の専門家による法医弾道検査や医学的検査で確認された虐殺から約8年が経過しても、驚くべきことに、誰ひとり逮捕もされず有罪判決も受けていない。マイダーンの虐殺を理解し、その犯人を裁くことなしにウクライナをめぐる内外の紛争や、危険なほどエスカレートしているドンバスでの戦争を理解し、平和的に解決することは不可能である。

──ということは、ヤヌコビッチ大統領に責任を負わせるために、あえて味方を殺害した、ということですか。

先生は2015年の論文「マイダーンでの『スナイパーによる虐殺』」(The “Snipers’ Massacre” on the Maidan in Ukraine)でこう書いています。

本論文は、マイダーンでの虐殺が、いわゆる「偽旗作戦」(false flag operation)であり、政府転覆と権力奪取を目的に周到に計画・実行されたものだと結論づけている。極右組織、特に「ライトセクター」「スヴォボダ」、そしてオルガリヒ政党「ファザーランド」などの連合体が関与していたことを示すさまざまな証拠を発見した。少なくとも20のマイダーン支配下の建物などに、スナイパーやスポッターが配備されていた。これらの場所からデモ参加者が殺害された証拠として、デモ参加者による約70の証言、デモ参加者を狙う「スナイパー」たちを映した複数のビデオ、特定のデモ参加者の殺害時の位置と弾丸の侵入角度の比較などが含まれている。

当然、ヤヌコビッチ大統領の後を継いだ革命政権はそのことは否定していますし、『The New York Times』も この問題を取り上げ、狙撃犯をめぐる裁判のプロセスを描いた非常に面白い記事を発表していますが、裁判の結果同様、狙撃犯は特殊警察の「ベルクト」だと結論づけています。

──どっちが正しいのかはわからない、と。

そうですね。また、先生の論文に、極右政党幹部に対して西側からの「唆し」があったとありますが、これがどこの国であるかは明かしてはいないものの、おそらくアメリカではないかと推察されるところではありまして、というのもデモ開始直後から、かなりおおっぴらにアメリカの介入があったことが明かされているからです。

左派系オンラインメディア『MintPress News』は「トランプ大統領のクーデターを非難するバイデンが、ウクライナのクーデターを裏で操ったヴィクトリア・ヌーランドを任命」(While Railing Against Trump Coup, Biden Appoints Chief Ukraine Coup-Plotter Victoria Nuland)という記事でこんなことを書いています。ヌーランドは、タカ派の外交官でして、夫はイラク戦争時に政府に影響を与えたネオコンのイデオローグです。バイデン大統領は、このヌーランドを政治担当次官に任命しています。

米国とNATOは、クーデター以前からウクライナに働きかけ、このポストソビエト国を新たな仲間に迎えることで自陣営の東方拡張を狙っていた。しかし、当時ウクライナの大統領だったヤヌコビッチは、ロシアと親しくすることを決め、その決定は国中で親EU派によるデモを巻き起こした。オバマ政権(当時:編註)はこれを好機ととらえ、ヴィクトリア・ヌーランドを現地に送り込み、デモ参加者を集めて街頭でクッキーを配る写真を撮らせた。

さらに、『MintPress News』は「MintPress調査:NY TimesとWashington Postがウクライナ問題で米国をロシアとの戦争に向かわせている」(MintPress Study: NY Times, Washington Post Driving US to War with Russia Over Ukraine)という記事で以下のように語っています。

マイダーン革命は、少なくとも部分的には、米国が組織したものであることに疑いはない。実際、流出したヴィクトリア・ヌーランド議員とジェフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使との会話音声は、ふたりがウクライナの次期政権担当者を事実上選出していたことを示している。「クリッチは政府に入るべきではないと思う。いい考えだとは思わない」とヌーランドが、ボクサーから政治家に転身したヴィタリ・クリチコについて語る。「わたしは、ヤーツ(アルセニー・ヤツェニュク)が、経済的・統治的な経験をもつ人物だと思う」と彼女は続ける。ふたりは新政権をどうつくりだすかについても話し合った。案の定、音声流出から1カ月も経たないうちにヤツェニュクが次期首相に就任した。

──つまり革命政権はアメリカが用意したものだった、と。

このヴィクトリア・ヌーランドとウクライナ米国大使の会話は、BBCが文字起こしつきで紹介しています。ここでは詳しくは取り上げませんが、『MintPress News』はさらに、ウクライナにおけるアメリカのアジェンダを世界に広報し、反ロシア・ナラティブを広めるために、アメリカ政府が2200万ドル投じているというニュースも今年の2月18日に掲載していますので、併せて読むとよいかもしれません。

──読みます。

また、ちなみにですが、ウクライナの有力極右組織のひとつである「C14」のリーダーであるエフヴェン・カラス、通称Vortexは、今年の2月上旬に行ったとされるスピーチで、マイダーンの革命について、やはりナショナリストたちの主導によるものであったことを明かしています。自分たちの手柄を吹鼓するものですから、どこまで信憑性があるのかは怪しいですが、極右側のナラティブの一例として読む分には意味あるかと思います。英語字幕の訳ですが、以下となります。

マイダーンはナショナリズムの勝利です。ナショナリストたちこそが重要な役割を果たし、彼らが前線で戦いました。よく懐疑的に「あそこにネオナチはほんの少ししかいなかった」と言われます。LGBTや各国大使館の連中は「ネオナチがいたとしても10%くらいだ」と言いますが、そんなこと言うのは戦争に行ったことのない間抜けだけです。奴らにはその10%、もっと少なくて8%だとしても、彼らの影響力がどれだけの効果をもたらしたかがわかっていません。その8%がいなかったら、マイダーンの効果は90%以上落ちていたでしょう。人数は問題じゃありません。ボール財団みたいな左派連中がよく数字を挙げて「これだけの人数がいたから、これだけ影響力があった」なんて言いますが、影響ってことでいえば、ナショナリストたちがいなかったら、あの革命なんてただのゲイパレードですよ。

──マイダーンは「民主派」の勝利ではなく「ナショナリスト」の勝利だった、と言うんですね。ヤバいですね。暴言っぷりも、見た目もですが、ヤバいを通り越して、怖いです。

この「革命」の直後にロシアはクリミアへの侵攻・併合が起こり、さらにそれがウクライナ東部ドンバスでの激しい紛争へと発展していくこととなります。先のカチャノフスキー先生は、「ドンバス分離をめぐる戦争:ウクライナは分裂するのか?」(The Separatist War in Donbas: A Violent Break-up of Ukraine?)という2016年の論文において、クリミアからドンバスへといたる展開においても、複数のナラティブが錯綜していることを指摘しています。

ドンバス紛争をめぐっては、多くの矛盾したナラティブが存在する。ウクライナ政府、国内メディア、そして西側諸国は、ドンバスでの激しい紛争は、2014年春に始まった当初から、ロシア軍の正規武装部隊と諜報部が主導しており、それゆえ民衆の支持は得ていないと説明している。彼らはドンバスでの紛争をウクライナとロシア間の通常の戦争あるいはハイブリッド戦争であるとして、その原因は、徽章なしで活動するロシア兵(通称「グリーンメン」)の侵略と彼らの支援者たちの活動にあるとしている。(中略)

しかし、BBCや『New York Times』といった欧米の有力メディアのなかには、ドンバスでの戦争を「内戦」と呼んだ記事もある。ただし、オリガルヒあるいは政府が支配するウクライナの主要メディアでこうした言及は皆無であり、徴兵制に反対し、ドンバスでの紛争を「内戦」と呼んだウクライナ西部のジャーナリスト、ルスラン・コタバは反逆罪で逮捕・起訴されたとされる。(中略)

また、ウクライナでは、ドンバス紛争に関する政府広報やプロパガンダをメディアやソーシャルメディアを通じて広めるために情報政策省が設置された。2015年のラズムコフ・センターの世論調査によると、ウクライナ人の32%はドンバスの紛争は「ロシアが支援する分離主義者の反乱」であると考え、28%が「ロシアとウクライナの戦争」、16%が「内戦」、8%が「ロシアと米国の戦争」、7%が「DNR(ドネツク共和国)とLNR(ルガンスク共和国)の独立戦争」だと考えている。

この調査によれば、ドンバスの紛争が「ウクライナとロシアの戦争」であるというウクライナ政府やメディアの見解を共有する人たちはむしろ少数派で、ドンバスの戦争を「ロシアが関与した内戦」とする見方が多数を占めていることが分かる。分離派が支配するドンバスとロシアに併合されたクリミアの世論調査を含めた場合、その差はさらに大きくなる。

──2014年に始まったドンバスでの紛争については、「侵略」とみなす見方もあれば、「内戦」とする見方、さらには「ロシアとアメリカの代理戦争」とみなす見方などがあり、しかも、ウクライナ国内でも意見が分かれているわけですね。

はい。ロシアが侵略してきたから戦争が起きたと見るのか、戦争が起きたからロシアが介入したと見るのかが、ここでのひとつの大きな分岐点になるわけですが、研究者の間でも意見はまちまちだそうです。

であればこそ、マイダーンにおける「虐殺」が、いったい誰によるものなのかは、とても重要な論点になりますし、ドンバス紛争においても「どっちが先に手を上げたか」は、重要な論点となっています。また、ウクライナ東部地域における紛争において、先週ご紹介したアゾフなどの極右ミリシアが投入されたのは確かでして、2014年の革命から直後の紛争にいたるまで、一貫してその存在が確認されています。

ヤヌコビッチ政権を打倒したマイダーンにおける殺戮は、ウクライナ東部のドンバスの分離主義者の蜂起の決定的なきっかけとなった。政権転覆によって、それまでヤヌコビッチ大統領とその政党の牙城だったドネツク、ルハンスク両地域に権力の空白が生じたのだ。そして、2014年3月を皮切りに、ドネツク、ルハンスク、その他の地域の市町で、武装・非武装の分離主義者たちが、地方行政府や治安機関(SBU)、警察本部を占拠していった。ロシアのナショナリスト武装集団も、クリミア経由で合流し、2014年4月12日には、ドネツク州のスロビアンスクとクラマトルスクの警察本部を占拠した。現地の警察や治安当局は、分離主義者やロシアの武装集団に抵抗せず、ときには分離主義者たちの味方となった。

ドンバスの紛争の最初期を慎重に検討するならば、ロシアによる直接的軍事介入があったとする根拠の多くは、誤って伝えられたものか、捏造されたものだ。これは、2014年春に始まったドンバスでの分離主義者たちの戦いを、ロシア軍と諜報部、あるいはグリーンメンたちが主導したという、ウクライナ政府や西側諸国政府の主張と対立する。

証拠が示すところによれば、クリミアで行った直接的な軍事介入とは対照的に、ロシアは当初、志願兵や武器がロシア国境を越えることを許可し、武器、訓練、安全な避難場所などを提供することでドンバスの分離主義者たちを支援していた。その一方で、ロシア政府はウクライナでの武力行使を予告し、2014年春から夏にかけてドネツク州、ルハンスク州の国境付近に大量の兵力を配備している。

ロシアのナショナリスト武装集団や分離主義者たちは、空港や通信インフラ、近隣の町を掌握しようとしたが、それがウクライナ政府軍の反撃をもたらした。政府軍は紛争の平和的解決を拒絶し、(分離主義者たちをテロリストとみなし)2014年4月13日に「ATO」(対テロ戦略)を開始した。マイダーン派が率いる新政権は、軍事力と警察・治安特別部隊を投入して分離主義者たちの無力化を図ったのだ。(中略)

しかし、ウクライナ政府軍の多くは当初、分離主義者たちに対する武力行使を渋っていた。その結果、政府やオリガルヒの支援を受けてきたナショナリストやネオナチによって組織された部隊や警察の特殊部隊が、自らのイデオロギーを体現すべく武力行使に踏み切った。2014年4月20日にスロビアンスクで起きた分離主義者の検問所での熾烈な戦闘には、極右組織「ライト・セクター」が関与していた証拠が数多く存在する。(中略)

ネオナチ政治組織である「社会国民会議」が「急進党」の協力を得て組織したアゾフによる、2014年5月9日のマリウポルの地区警察本部の襲撃は、警察と民間人に死傷者を出した。また「ライト・セクター」とドニプロペトロフスク州のオリガルヒ知事イホル・コロモイスキーによって組織された「ドニプロ大隊」は、2014年5月初旬に起きたドネツク州クラスノアルミスクにおける襲撃に関与していた。さらにマイダーン革命に参加し、オデッサとハルキフで社会国民会議とサッカーフーリガンたちを支配していたライト・セクターは、2014年5月2日、オデッサの分離主義者との死闘の末、労働組合ビルに火を放ち、親ロシア分離主義者と職員42人を殺害した。

ライト・セクター、社会国民会議、さらに「スヴォボダ」(全ウクライナ連合「自由」)などの極右組織が2014年春から夏にかけて組織し指導したアゾフや「ボランティア・ウクライナ・コープス」といった民兵組織は、ドンバスのウクライナ軍のなかでは少数派だったが、暴力衝突、とりわけ市民や捕虜に対する暴力に深く関与していた。こうした組織には、ネオナチのほかベラルーシ、カナダ、フランス、イタリア、ロシア、スウェーデン、米国からの少数のボランティアや傭兵が参加していた。彼らは主にアゾフに参加しており、アゾフは後に連隊へと発展した。

──ちょっと話が細かすぎてよくわからないのですが、実際、現在のロシアの侵攻が始まってからも、ウクライナ東部地域が、どういう状態になっているのかは本当に闇の中という印象です。

今回はやたらと長々とディテールを引用させてもらっていますが、やはりいま起きている戦争は、きっかけとなった2014年の革命以来一貫して「情報戦」の様相が強いもので、先ほどちらと「ハイブリッド戦争」ということばも出てきましたが、要は現代の戦争は、いわば「前線」自体が複数あるようなものになっているんですね。

──ハイブリッド戦争?

ウィキペディアによると、「軍事戦略の一つ。正規戦、非正規戦、サイバー戦、情報戦などを組み合わせていることが特徴である。ハイブリッド戦略とも呼ばれる」とあります。サイバー攻撃から、ソーシャルメディアなどを使った情報戦まで、「前線」がいくつもあるのだとしますと、遠い日本からは主に、その情報戦の部分しか見えませんので、実際の物理的な現場で何が起きているのかが、本当に覆い隠されてしまうのだろうと思います。

──たしかにそうですね。現場の様子を伝える映像や言説それ自体が軍事戦略ともなっているということですもんね。

さらにそうした情報に反応するソーシャルメディアの投稿一つひとつが戦況に関与するわけですから、ややこしいですし、何を信じていいかわからないというのが実際だと思います。

先週から今週ここまでお話している内容も、どこまでが真実で、どこからがプロパガンダなのかは、ぶっちゃけよくわかりませんし、これがアカデミアにおいてですらそうだとなれば、シロウトには手も足も出ませんよね。報道機関も、知らずのうちに何らかのプロパガンダに汲みすることになってしまうことを思えば、よほどの慎重さが必要でしょうから大変だろうと察します。

──全体を俯瞰することが、なかなかできないわけですもんね。

ただ、そうしたなかにも現地を時間かけて歩いたような記事はありまして、そこで語られる市井の人たちの声や、軍人たち、あるいは極右の人たちの声などには、白黒では割り切れない何かがあって、リアリティを感じさせてはくれます。それも、ほんとか嘘かわからないじゃないかと言われればそれまでですが。

──難しいですね……。

例えば『The New York Times』が、ロシアの侵攻直前の今年1月に掲載した、ウクライナ東部ドンバスについてのレポート「ウクライナの終わりなき戦争の塹壕から」(In the Trenches of Ukraine’s Forever War) では、ウクライナの東側の地べたにおいて、この戦争がどう見えているかを淡々と伝えています。

マイダーン革命を支持したウクライナ人は、これを「尊厳の革命」と呼んだ。彼らにとって、悪者はヤヌコビッチと治安部隊だった。しかし、他の多くのウクライナ人、特にドンバス地方のようにロシアへの愛着が深い地域では、現実は反転する。彼らがそこに見たのは、ロシアのニュースが言うほどに組織だってはいなかったにせよ、西側によって扇動された危険な若者たちだった。

あるいは、ドンバスで出会った、極右ミリシアを介してウクライナ軍に参加したロシア人青年のことを、こんなふうに語ります。

2014年春、19歳だったミーシャは、ウクライナに志願して前線に行くことを決意した。ソ連軍の退役軍人である父親は反対した。ウクライナ人は間違っている、と父親は言った。ドンバスはロシアの土地であり、ウクライナはすべてロシアの土地なのだ。

ミーシャは反対した。彼は自己決定を重んじていた。プーチンが分離独立派を支援するのは、ウクライナを奴隷にするためだとしか思えなかった。「ロシアは、アメリカと同じような帝国だ」と彼は言った。「ロシアはアメリカのような帝国であり、常に他国を植民地化している。やることはどこでも一緒だ。侵略すること、征服すること、破壊すること」。

それ以来、彼はずっと前線に立ち続けている。ロシア国籍を失い、父親の葬儀のためにロシアに帰ることができなかった。もし、戻れば、必ず投獄される。ウクライナ国籍になった彼は、心底うんざりしていたが、他にどうすればいいか分からなかった。「戦争のために生きている」と彼は言った。

ミーシャの話を聞いて、わたしは少し戸惑った。ファシストが敬愛するエルンスト・ユンガー(ドイツの軍人、思想家:訳註)に夢中なロシア人に出会うことはあまりない。しかし、わたしは彼の勇気にほだされた。少なくとも、ミーシャの耳にある「14」が、ウクライナの白人至上主義団体「C14」のメンバーの証であることを知るまでは。

開戦時にウクライナの支援に駆けつけたボランティアのなかには、ロシアやヨーロッパ、アメリカから来た白人至上主義者も少なくない。何人いるのかは誰もわからない。彼らがプーチンを嫌っているのは、彼が帝国主義者だからではなく、白人を抑圧していると考えているからだ。ウクライナは特に人種差別的であったわけではないし、反ユダヤ主義的傾向で知られているわけでもない(ゼレンスキー大統領はユダヤ人だ)。しかし、2014年、この国は生き延びるのに必死で、助けてくれる人なら誰でも受け入れた。多くの人がやってきて、そして、ミーシャのように受け入れられた。

「白人種のために戦っている」と、ミーシャはロシア語で通訳に言った。通訳は賢明にも、わたしたちが塹壕から出るまでそれを訳さなかった。

──「プーチンが白人を抑圧している」って、どういうことなんでしょう。戦っている側も混乱している感じは伝わってきますが。

そこは、わたしもよくわからないんです。おそらくプーチンの人種的なバックグラウンドについてなにか見解があるように思えますが、詳細は追いきれていません。加えて記者が、「ウクライナは特に人種差別的であったわけではない」と書いているのもよくわからないところでして、というのも、2014年以降のキエフの政権は、かなり抑圧的な体制を敷いていまして、2018年以降、キエフでは人種差別に基づく暴行事件が多発して、人権団体などが盛んに警告を発していたりもするからです。

『Harper’s Magazine』というメディアが2021年1月に「右の軍団:ウクライナの過激派ミリシアの真相」(The Armies of the Right:Inside Ukraine’s extremist militiasという、数多くの極右ミリシアの参加者を取材した記事を掲載しています。記事冒頭では、おそらく2〜3年ほど前のキエフの状況が、こうまとめられています。

ウクライナはヨーロッパで最も貧しい国のひとつであり、ヨーロッパ大陸で最も破綻国家に近い国である。東部ではロシアが支援する分離主義者との紛争がくすぶり、国家機関のほぼすべてが、ひしめくオリガルヒたちに牛耳られている。汚職は政府のほぼ全レベルに達している。(中略)

おそらくウクライナが、ほかのヨーロッパの国々が採る自由主義の標準モデルから明確に逸脱しているのは、エリートオリガルヒたちが秘密裡に飼い慣らしている私兵として専門家も一般人も認識している、極右武装集団の台頭だ。彼らはドネツク郊外の塹壕で戦い、現在は街の通りをパトロールするなど、過剰な人員と資金不足にあえぐ警察に歓迎されながら、自分たちの考える秩序を執行する存在となっている。地域によっては、彼らは公式の選挙監視員として働いてさえいる。

民兵を募集するポスターはキエフの至るところで見かけられ、張り合いを失った退役軍人や不満をもつ若者たちに、自由主義を叩き潰し世界をつくり直すというミッションへの参加を呼びかけている。支持者たちにとって、これらの組織は、民意の代弁者であり、東からのロシアの侵攻、西からのリベラリズムの浸透から国家を守る守護者とみなされている。それ以外の人びと、特に、リベラルな秩序の前哨基地として西側から資金提供を受けているようNGOは、ますます孤立し、ウクライナの社会的調和はおろか、国家の存続そのものが危いことを明かしている。

──よくわからないのですが、極右団体が街のパトロールや選挙監視員などとして、白昼堂々活動しているということですか。

2018年頃からキエフ市やほかの自治体が、街のパトロールをこうした組織にまかせるようになったと言います。その際にこれらの組織は合法的なNGOとして登録されているそうです。

──そんなことあるんですか。

上記の記事は、先ほど紹介したC14という極右組織のリーダー、エフヴェン・カラス/Vortexにインタビューし、こうした「合法的」活動がどういうものなのかを尋ねています。

カラスは、典型的なシナリオを説明する。まず、数少ない優秀な警官が、上司や法制度の腐敗に阻まれ「子どもに酒を売る違法なバーを潰したい」「麻薬の売人を街から追い出したい」と相談にやって来る。そして、C14の部下が犯人を逮捕し、警察に引き渡し、その裁判を傍聴するというものだ。「この国の警察では手に負えない軽犯罪や反社会的行為を取り締まる」のだとカラスは言う。「強盗や泥棒、クルマを盗んだり飲酒運転したり、妻をレイプしたりするような一般犯罪はほとんど見過ごさない。うちにはたくさんのパトロール隊がいるからね」と彼は言う。C14のメンバーの多くは、キエフ市長でヘビー級世界チャンピオンに3回輝いたヴィタリ・クリチコが創設した警察の補助民兵組織「市警」(Municipal Guard)に属していると言う。その多くは退役軍人やC14の民兵で、600人の隊員を擁し、2020年のコロナ禍のなか、キエフ市の検疫措置を執行する役割を担った。

──えええっ。コロナ対策まで担うんですか。

記事は、彼が「C14の役割は、ゴッサム・シティにおけるバットマンだ」と主張していたと書いています。

──ヴィジランテ(自警団)だ、ということですね。

広くいえば、これも市民の政治参加なのでしょうけれど、人権団体やテロ監視グループなどからは当然問題視されています。Amnesty International、Front Line Defenders、Human Rights Watch、Freedom Houseの4団体は共同でウクライナ内務省と検察庁長官にあてた公開意見書を発表しています

一部の自治体行政がヘイトや差別を助長する団体から人員を採用し、平和的なデモやピケの際の街頭パトロールや「取り締まり」機能を果たしているとする報道について懸念しています。市民による法執行当局への支援はウクライナ法および国際人権法に適合するかもしれませんが、そうしたボランティアが一般市民よりも大きな権限や免責を与えられるべきではありません。彼らはいかなる状況でも武力を行使する権限をもたず、拘束、拘留や集会で使用される旗やバナーの没収といった権限を行使することはできません。

ボランティア警官に公的な地位を与え、武力行使や個人の拘束など、通常は訓練を受けた法執行機関にしか与えられない特別な権限の使用を認めるのであれば、これらのボランティアは通常の法執行機関と同じ基準およびメカニズムによって規制されていなくてはなりません。法律と執行基準についての十分な訓練を受けなければならず、また、権力を乱用した際には責任が問われなくてはなりません。

──当たり前の話ですよね。

そうなんですが、なぜ人権団体がこうした意見書を出すに至ったかと言いますと、こうした施策が行われるようになってから極右組織による暴行事件が目立って増えたからです。ある集会で実際にこうした「自警団」に殴られた経験をもつあるジャーナリストは、2018年に「ウクライナでネオナチが拡大しているのに、なぜ誰も問題にしないのか」(Why Does No One Care That Neo-Nazis Are Gaining Power In Ukraine?)という記事を、ジューイッシュ・メディア『The Front』に寄稿し、こう書いています。

彼らはロマのキャンプを何度も襲撃し、2018年の初めにはロマの男性を殺害した。地元の市議会に押しかけ威嚇したこともある。ジェノサイドに参加した第二次世界大戦時のナショナリスト集団を記念して、何千人もの人びとが通りを行進する。彼らは自警団と称して行動するが、当局からのお咎めはほとんどない。

──議会に押しかけるのもすごいですね。

議員たちをいわば軟禁して、予算だかを通すまで外に出さなかった、とどこかで読みました。

後半は、このニュースレターの配信1分後にお送りしている「Guides:#94 終わりなき戦争のナラティブ・後編」にて。


꩜ 「だえん問答」は毎週日曜配信。次回は2022年3月13日(日)配信予定です。本連載のアーカイブはすべてこちらからお読みいただけます(要ログイン)。