Startup:ポストサブスクはNFTから生まれる

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Image: MOONBIRDS

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Quartz読者のみなさん、こんばんは。月に一度、土曜にお届けするこの連載では、毎回ひとつの「次なるスタートアップ」を紹介しています。

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今回は、発売開始2日で300億円超を売上げ、その革新性が注目されるNFTプロジェクトの「Moonbirds」を取り上げます。


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Who is moonbirds?

世界を席巻するフクロウ

日進月歩の展開に、世界中で話題に事欠かないWeb3クリプト、そしてNFT。今月16日、その分野でまたひとつ、驚くべきトピックがありました。今回紹介する「Moonbirds」が1万個限定のNFTを売り出すと、発売開始後たった24時間で、このジャンルの王様だった「Bored Ape Yacht Club」(BAYC)の1カ月での売上額を超えてしまったのです。

Moonbirdsの売上は、わずか2日間で2億8,000万ドル(約360億円)にまで到達。さらに、先日、このNFT1点が、NFTマーケットプレイス「OpenSea」で350ETH(約100万ドル、日本円で約1.3億円)で取引されたというニュースも飛び出ました。

購入した「ホルダー」が手に入れられるのは、フクロウをモチーフにしたNFTのアート画像です。用意された1万点の画像のフクロウは、サングラスや帽子の有無、毛並み、くちばしといった特徴がそれぞれ異なっています。マイノリティからなるデザイナーパネルでデザインを徹底吟味し、女性や有色人種、LGBTQなどへ配慮したそうです。

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Image: MOONBIRDS

ホルダーには、Moonbirdsが開催するイベントへの参加権や、ホルダー限定のプライベートDiscordへのアクセスなど特典が用意されます。さらに今後、NFTを見せるだけでレストランやイベントに入れる機能を実装していくという予定も明かされています。

普通に考えれば、開始2日で300億円の売上を達成するビジネスなど、従来のどんな産業においても例はないでしょう。自動車でも住宅でも、一般消費者を相手にこれだけの速さと規模を両立させるビジネスは考えられません。しかも、商品は単なる「ふくろうのJPEG画像」です。

Moonbirdsはなぜそれを成しえたのでしょうか。またその成功から、どのような示唆を得られるのでしょうか。

1,000 True Fans

1,000人の忠実なファン

Moonbirdsの仕掛け人は、Kevin Roseさんです。彼はソーシャルメディア「Digg」の創業者として知られる連続起業家で、Twitter、Facebook、Squareなどへの投資実績もあるエンジェル投資家です。現在はTrue Venturesのパートナーを務め、160万人以上のTwitterフォロワーを抱える著名な活動家のひとりでもあります。

Kevinさんは、NFTに関する話題を取り扱うPodcastPROOF」を運営しています。NFTアーティストやファウンダーなど影響力のある人を招いたインタビューがメインコンテンツで、この分野に興味関心のある人の間では名の知れた存在です。

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Image: REUTERS/Beck Diefenbach

Moonbirdsの成功のベースは、このPROOFで培ったコミュニティでした。Kevinさんは2021年12月、Moonbirdsの前身ともいえるNFTプロジェクト「Proof Collective」を立ち上げます。1,000名限定のハードコアなNFTコミュニティで、参加者にはPodcastの先行試聴のほか、プライベートDiscordへのアクセス、イベント無料参加権、NFT業界レポートが提供されています。

このていねいなコミュニティづくりが功を奏し、PROOFCollectiveNFTの価格は売出時の1ETHから現在132ETH(約32.5万ドル、約4,880万円)にまで上昇。「Kevinさんがつくる世界観の一部になりたい」と思う人が所属する、NFTコレクターによるエリートクラブのような存在となっています。

ProofCollectiveはメンバー向けにさまざまな施策を打ち出しています。例えば「Grails」ではメンバーが20点のNFTアート作品の中からひとつだけを選んでMint(入手)できますが、このうちの4つはNFT界の超有名アーティストが手掛けたもの。しかし、実際に選ぶまで誰の作品なのかわからないという仕掛けです。

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Image: PROOF COLLECTIVE

こういった遊び心ある仕掛けを数々用意することで、Kevinさんは“pump & dump”(パンプ・アンド・ダンプ、話題性のあるNFTを投機的に売り買いして利ざやを稼ぐこと)の対象とならないような、長く所属できるNFTコミュニティを目指していました。実際に、KevinさんがProofから受け取る給与は5万ドルのみ。それ以外の利益はさまざまな施策を通じて全てコミュニティへ還元しています。

こうしてケビン・ケリーが言うところの「1,000人の忠実なファン」を見つけたのが、Proof Collectiveを成功へと導きます。Moonbirdsでは、この1,000人を1万人へと広げるにあたり、メンバーだけが得られる体験がさらに洗練されています。

Moonbirdsのホルダーには、一定期間保有すると自分がもつNFTのデザインがあしらわれたオリジナルステッカーが250枚、自宅に届けられます。またラッキーな人には、有名ブランドとコラボして自分のNFTデザインがプリントされた高級フーディも送られてくるようです。これらは、Moonbirdsのコミュニティの一員であることを顕示することで承認欲求を満たすと同時に、他の人にもMoonbirdsの存在を伝播する巧妙なマーケティングの仕掛けでもあるのです。

そのほかにも、Moonbirdsは独自のメタバース空間のローンチを計画しています。まだ想像の域を出ませんが、おそらくホルダーにはメタバース空間での限定イベントの招待や、メタバース上の土地が付与、そしてメタバース空間内でつかうファンジブルトークンの付与など、さまざまなベネフィットが用意されていると予想されます。自らがホルダーであることを強く認識し、またときに他者へ顕示でき、コミュニティに帰属させるような、飽きのこないさまざまな仕掛けが施されています。

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Image: JIMMY FALLON VIA TWITTER

anti-pump & dump

2つの革新性

MoonbirdsはこれまでのNFTと比べて何が新しいのか。その革新性を2つ挙げましょう。

まず、彼らが「ネスティング(=巣づくり)」と呼ぶ仕組みです。Moonbirdsでホルダーに提供されるベネフィットは、すべて所有期間に連動しています。たとえば先述したステッカーは購入して3カ月経たないと送られてきません。短期間で売り払ってしまうとこれらの利益を得られませんから、ホルダーには売らずに持ち続ける誘因が働きます。

現在のNFT市場は、話題のNFTを発売前のプライベートセールで買って、発売直後の盛り上がりとともに売り抜ける人たちの存在が問題視されています。真のファンやサポーターが“高値掴み”させられてしまい、いわば投機の対象となっています。この「売らせない」「長く持ち続けられる(=“Hold to Earn”)」ための仕組みづくりにおいて、ネスティングはひとつのヒントを示唆しています。

NFT発売直後の異常な盛り上がりについては、仕方のない面もあります。NFTの爆発的な初速の源泉は、「デジタルコンテンツの所有権」がもたらした、圧倒的拡散力を帯びた承認欲求といえます。ブランドバッグも高級スポーツカーも、リアルの世界では、他人に見せびらかそうにもその範囲は自分の生活圏に限られます。ところがデジタルコンテンツなら、時空を超えて世界中の誰にでも誇示することができます。

なお、所有しているNFTを外部へ預けて金利をもらうサービスも登場しています。しかし、NFTをサービス事業者に委託することで、盗難やハッキングなどの不安も生まれます。一方のMoonbirdsは、外部へ預けることなく、ただ所持しているだけでメリットが得られるため、安全です。

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Image: NFTSTATISTICS.ETH VIA TWITTER

2点目として、所持しているNFTの商業利用権をホルダーに提供していることです。これは先行するNFT界の王者BAYCがすでに採用していますが、ホルダーは自らのNFTを用いて事業を行い収益を得ることができるのです。同時に売上の一部をトレジャリー(treasury、基金)として運営者に還元することで、コミュニティへの貢献も行います。

BAYCの例ではNFTをモチーフにした期間限定のハンバーガーショップがLAにオープンし、数時間待ちの大行列になるなど人気を博しています。BAYCをバンド名に冠して音楽活動をする人も登場しているほか、世界中でさまざまな事例が出てきています。

こういった商業利用権の活用は、従来のIPビジネスではなかなか考えられないことでした。たとえば、ディズニーのあるファンが、PCにステッカーを貼ったり、フーディを着たりして周囲に「ディズニー好き」をアピールし、それによってディズニーランドへ訪れる人が増えたとしても、このファンに対しては直接的な収益などの還元はありませんでした。ましてや、ディズニーのIPを用いてレストランをオープンするなどもってのほか、でした。

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Image: REUTERS/Issei Kato

しかし、NFTの本質はコミュニティ主導の経済。ホルダーは顧客であると同時に、その世界観のビルダーでもあります。商業利用権の提供やステッカー、アパレルをホルダーに配布することで、彼らの自発的活動によってコミュニティを広げ、価値を高めていきます。コミュニティ構成員の自主性によってブランドの世界観がつくられ、拡張し、成果が共有される姿をみるに「Web3時代のディズニーは、コミュニティがつくる」と予言できるかもしれません。

コンビニでも外食でも、フランチャイズで店をもちたいのであれば、これまでは決められたフォーマットで決められた商品を提供し、統一化された顧客体験を中央がコントロールしてきました。きれいで安全ではあるものの、オーナーの個性も熱量も創意工夫も反映されません。商業利用権の提供は、個性をバグではなく長所と認めるコミュニティ駆動型組織における、いわば究極の姿といえます。

post subscription

ポスト「サブスク」

圧倒的な成果を挙げたMoonbirdsから、新しいビジネスモデルの発明について考えを巡らすこともできるでしょう。広告、サブスクリプションに次ぐ「第三の矢」です。

まず、これまでの問題点を考えてみます。広告中心のビジネスモデルでは、コミュニティに参加する1人ひとりの熱量は価格に反映されませんでした。そのコミュニティをいかに愛していても、「1クリック」や「1ページビュー」から得られる価格は均一です。

そのため、とにかく多くのトラフィックや注目を集めることに関心が向けられてきました。ちなみに、Moonbirdsをつくる前にKevinさんが2004年に始めたDiggは、月間3,800万人のユーザーを抱えながら赤字続きだったそうです。広告モデルの歪みを表すいい例といえるでしょう。

広告に次いで、消費者へと主権が移っていくなかで隆盛したのがサブスクリプションです。ただ、ここにも歪みがあります。コミュニティ参加者には、仮に「1万円を払っても構わない」と思う人もいれば、「500円までしか出せない」という人もいます。しかし、サブスクは基本的に全ての人から均一な価格で売上を立てるものですから、この差異を埋めることができません。

どれだけそのコミュニティを愛し、1万円を払ってもいいと思う人がいたとしても、その人がコミュニティ全体に貢献できることは限定的で、かつ直接的なメリットを得られるケースも少なかったのです。

さらに、サブスクではデジタルコンテンツそのものの所有権がユーザーにはありません。アクセス権を手にしているのと変わらないため、提供者の都合によってアクセスできなくなったり、あるいはサービスが終了すれば、それとともにすべてを失うといったリスクも当然あります。

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そこで新しい可能性を見せてくれるのが、今回のMoonbirdsのようなNFTコミュニティに基づくビジネスモデルです。

そこでは人びとの熱量に応じ、トークン発行などを通じて適切な価格での購入が可能になり、またNFTで所有権を担保することによって、値上がりから利益を得ることもできます。サブスクであれば1,000円でしか買えなかったものが、実は需要が高く1万円の値がつくのであれば、差額の9,000円がクリエイターやホルダーに還元されるのです。

また、そもそも自分たちのNFTの販売初動だけで一定金額を調達できてしまう上に、コミュニティの自主性に任せるため人件費がかかりません。外部資本を受け入れる必要がなくなり、投資家とユーザーの境界線も消滅させています。いわばNFTがファイナンスとユーティリティが融合させたといえます(ただし、これは実質的な資金調達と変わらないという指摘もあり、NFTはその特徴において証券であるか否かという線引きは、今後整理されていくと思われます)。

今回のMoonbirdsも、売出価格からして2.5ETH(約97万8,000円、レートは売出当時)という高額なもので、「一部のセレブリティによる自慢のための道具だ」とする批判もあります。

事実、高額のNFTであるBAYCの購入者には、ジャスティン・ビーバーやエミネムなどのセレブも多く含まれています。中央集権から分散へ、国籍や環境に依らない不公平を解消するはずの暗号通貨やブロックチェーンが、金持ちがさらなる金持ちを産むことを助長する現状に対し、イーサリアム創設者のヴィタリク・ブテリンも「望んだものではない」と批判しています

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Image: VITALIK BUTERIN VIA TWITTER

このニュースレターのテキストも、その可能性のすべてを伝え切れているとはいえません。省略した部分も多くあります。しかし、それでもWeb3ならびにNFTのビジネスにおける革新性を十分に感じさせる一面をお伝えできたのではないかと思います。Web3から新たな潮流が生まれるという期待は、決して大袈裟な話ではないのです。


久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。ベンチャーキャピタリスト。主な投資先はメルカリ、Hey、RevComm、CADDi等。外資系投資銀行にてテクノロジー業界を担当し、創業メンバーとしてWiLに参画。本連載のほか、日経ビジネスで「ベンチャーキャピタリストの眼」を連載中。NewsPicksプロピッカー。慶應義塾大学経済学部卒業。Twitterアカウントは@kubotamas

(構成:長谷川賢人)


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