月曜夜のニュースレター「Climate Economy」では、毎週ひとつのテーマについて、世界は気候変動をどう見ているのか、どんな解決を見出そうとしているかをお伝えしていきます。
2022年4月、IPCCが第三作業部会(WGIII)報告書を発表したことをご存じの読者は多いことでしょう。「産業革命前からの気温上昇幅を1.5度に抑える」という文言や、温室効果ガス排出量の規制として「2025年までに」という期限が示されたことが発表当時の報道でも伝えられていました。
ただ、その重要性の高さに比例するかのような大量のページ数を前にしては、サマリーですら目を通す機会がないのも当然です。
Quartz Japanでは、その詳細を皆さんにお届けすべく、このWGIII報告書を読み解く特集ニュースレターを企画しました。
特集は今週土曜7月2日から3週にわたり配信していく予定ですが、今日のニュースレターはそのイントロダクション。この社会のなかで生活をするすべての人が知っておくべき気候変動についての最新課題を把握するためのポイントを、“面白がり方”とともに一問一答形式で紹介していきます。
what to watch for
ここが面白い!
──そもそもIPCCはどのような組織ですか。
IPCCは気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)の略称です。世界195カ国の政府が加盟しており、気候変動に関する最新の科学的知見をまとめる情報センターの役割を果たしています。
──他の組織とはどう違うのでしょうか。
気候変動に関する情報をまとめている組織は他にもたくさんありますが、IPCCはこれを最高水準で行っているという点で卓越しています。
具体的には、数百人の執筆者が数万本にもおよぶ既存の専門研究文献を網羅し、報告草稿を用意します。これを土台に数千人の専門家が査読に関わり、数万件の査読コメントが寄せられます。その後、査読者および世界195カ国の政府の間で合意がとれた結論のみが採用されます。この手続きのおかげで、IPCCの評価報告書には世界各国の専門家の共通了解(コンセンサス)が反映されます。
──195カ国が「合意」している内容だということですね。ところで、第三作業部会(WGIII)とは何でしょうか。
気候変動に対する緩和策に特化した専門家チームです。温室効果ガス(GHG)の排出量の削減や、すでに排出されたGHGの除去を専門としており、過去の努力や将来的な対策の選択肢の評価を行っています。
──では、今回のWGIII報告書の見所は何でしょうか。
WGIIIに限らず、IPCCの評価報告書の一番の魅力は「具体的な数字や選択肢を与えてくれる」点にあると言えます。何が「見所」であるかは、読者の興味関心やニーズによって異なるでしょう。WGIII報告書の詳細は後にQuartz Japanで順次ご紹介します。
demand-side solutions to mitigation
3つの「できること」
以上を念頭に置いたうえで、ビジネスの観点から有益だと思われるポイントをいくつか見ていこうと思います。まずは、排出量削減・GHG除去技術への投資についてです。
──温暖化対策を「投資」と捉えるのは面白い視点ですね。
環境対策は投資の機会ではなくコストであるというイメージを漠然とおもちの方もいるでしょう。温暖化対策への投資に対して、いかがわしさを感じている方もいると思います。しかし、専門研究が示すように、公正かつ有効な温暖化対策には投資が必要であり、雇用創出も伴います。
WGIIIによると、CO2・1トン当たりのコストが100ドル以下の緩和策を実施した場合、2019年比でGHG排出量は2030年までになんと50%以上も削減されます。そのための実施コスト総額は世界GDPの1.3〜2.7%(年間GDP成長率に換算すると0.04〜0.09%ポイント)にすぎません。
また、気候変動による損害の回避がもたらす経済的利益は緩和策の実施コストを上回るとされてもいます。つまり、緩和策を実施した方が経済も潤うわけです(ただし、気候変動による損害が予想値域の低い方の極であった場合や、将来的な損害の割引率を高く設定した場合は、この限りではありません)。
──これはかなり直感に反する結果という気がします。
人間が文明的な生活を送れるような地球環境を持続させることも大切ですが、緩和策は経済的にも理に適った選択肢であるという点が今回の報告で示されました。その意義は大きいです。
──では、具体的にどのような緩和策が有力視されているのですか。
まず、WGIIIは「効果的な緩和策が何であるかは、地域社会ごとの文脈によって異なる」という点を何度も強調しています。そのため、具体的にどのような緩和策をとるべきかは、各地域の自治体や事業者に委ねられている部分が大きいです。ローカリズムが推奨されていると言い換えてもよいでしょう。
この点を十分に考慮しつつ、費用対効果や実行可能性などの要素を評価した上で、WGIIIは以下の緩和策をハイライトしています。
- 太陽光発電
- 風力発電
- 都市システムの電化
- 都市における緑のインフラ
- 省エネ
- 需要側緩和策
- 森林・農地・平地管理の改善
- 食料廃棄・ロスの削減
──意外とたくさんの選択肢がありますね。ところで、この中には「需要側緩和策」という見慣れないことばがありますが、これは何を意味しているのですか。
需要側緩和策は「demand-side mitigation」の和訳であり、物品やサービスの利用や消費のされかたを変えることで、GHG排出量の削減やGHGの除去につなげていこうという考え方です。需要側緩和策は次の3種類に分類されています。
まず、「社会文化的な要素」。ここには個人の行動や選択、暮らし(ライフスタイル)、そして社会的な慣習や規範を変えていくような対策が含まれます。次に「インフラの使用」。個人の行動や選択の変更を後押しするために、インフラの設計や利用方法を変えていく方法が含まれます。最後に、「最終用途技術の採用」。ここには、エンドユーザーによる適切な技術の採用が含まれます。
具体例として、工業製品部門における需要側緩和策を分類ごとに紹介しましょう。
- 社会文化的な要素:製品寿命が長く、修復が可能な商品を利用するなど、持続可能な消費への移行
- インフラの使用:金属、プラスチック、そしてガラスのリサイクル、用途変更、再生産、そして再利用を行うためのインフラネットワークの構築
- 最終用途技術の採用:素材の利用効率が高い物品やサービスへのアクセスを視野に入れた、グリーン供給網の確立
以上からもわかるように、需要側緩和策はエコバッグやマイボトルのような小さな変化を意味しているわけではなく、事業者や地域社会が積極的に参加できるような包括的で強力な温暖化対策です。
the time for action
あと3年でできること
──たしかに、本格的な対策オプションという気がします。では、WGIII報告書は温暖化の緩和におおむね楽観的だと見てよいでしょうか。
今回の報告によると、各国の各地域の自治体や事業者や個人消費者が力を合わせて問題に取り組めば、危険な温暖化を食い止める可能性は残されています。その意味では「楽観的」と言えなくもないですが、他方では大きな問題がいくつか指摘されてもいます。
まず、WGIIIによると、現在運転中および計画中の化石燃料インフラをすべて満期まで使い切った場合、そこからのGHG排出だけですでに摂氏1.5度の温暖化が確定してしまいます。要するに、化石燃料インフラの拡大は論外であり、むしろ既存のインフラの縮小が要求されています。
──化石燃料産業の利権を思うと、これを縮小してくのは大変そうですね。
はい、とても大変です。化石燃料から省エネ・再エネへ移行していく際にもそうですが、緩和策を実施するにあたっては、失業や所得の減少を被ることになる人びとに対する「気候正義」「公正な移行」が必要だとWGIIIは述べています。
次に、各国政府が現時点で発表している政策の不十分さが挙げられています。各国の緩和策は「国が決定する貢献」(NDCs)と呼ばれていますが、これがなかなか絶望的な状態にあるわけです。
──絶望的ですか……。具体的には、どういう問題があるのでしょうか。
まず、現時点で世界各国が発表している政策をすべて実行に移したとしても、NDCsは達成されません。
──なんと。
しかも、仮に各国が追加の政策を発表してNDCsを達成したとしても、それだけではパリ協定の目標(=温暖化を産業革命前比で摂氏1.5度以内に抑えること)は達成されません。
──これはたしかに大問題ですね。
パリ協定を遵守するためには、まずNDCsを達成するための追加政策を発表・実行した上で、さらに追加の緩和政策を導入していく必要があります。
最後に、時間制限の問題があります。WGIIIによると、摂氏1.5度目標を達成するためには、2025年までに世界のGHG排出量がピークに達し、以後は減少し続ける必要があります。行動を起こすためにわたしたちに残された時間はたった数年であるわけです。
──楽観と悲観が入り混じった報告というわけですか。
繰り返しますが、WGIIIは早期かつ広範な緩和策を各主体が実行すれば、摂氏1.5度目標も達成可能だという立場をとっています。また、そのための具体的な緩和策案もふんだんに盛り込まれています。さらに、地域社会を最重要視しているという点では、地方自治体や事業者が積極的に行動を起こせるようにしていこうという意志が読み取れる報告でもあります。
消費者として、事業主または従業員として、労働者として、あるいは行政に関わる一員として。自分にできることを見極めるための土台となる報告書です。
Quartz Japanではその詳細を皆さんにお届けしていきます。特集ニュースレターは、今週土曜7月2日から3週にわたり配信していく予定です。ぜひご期待ください。
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